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9 兄

走ったら3歩でぶっ倒れた。意識が戻るともう夜だった。お医者さんの診断によると、引きこもりがいきなり外界に触れたストレス、そして空腹、あと体力不足。よく食べ、よく眠り、これからは運動も定期的にすれば問題ないでしょう。分かってはいたけれど実際に診断されるとちょっと腹が立つなぁ。特に引きこもりがいきなり外に出たからのくだり。事実だけど、事実ではあるけど馬鹿みたいで気にくわない。まさか自分が空腹で倒れる事があるなんて。家にいた時は昼抜いても全然平気だったんだけど。アンさんは、作法さえ守ればお昼の代わりにドーナツ二つで済ましても何も文句は言わないでくれた。甘いものは食べたいけれど運動はしたくない、そんなあなたにオススメの方法である。

で、私の目の前には金髪に赤い目の柄の悪そうな男がいる。だいぶ筋肉質だけれど、ごつい感じはしない。むしろ、しなやかでどう猛な肉食獣のよう。


「でさ、あのバカ王子、センセに怒られてやんの。そりゃそうだろうよ。何年かぶりに外に出た病人をあっちこっち連れ回すんだから、倒れたって仕方ないよな?あ?」


誰だ。お医者さん、何故このヤンキーに後を託したのですか。もっと病人の世話には適任者がいたはずなんだ。


「しっかしお前も普通のやつだったんだな。安心したわ。王都の使用人どもが黒魔女だの悪魔憑きだの言うから何かと思ってたら、可愛いじゃん。ま、兄弟同士で付き合う趣味は無いけどよ。あ?」


ああ。今ので分かった。私の学園にいるって言われてた兄の一人だ。しかし、父はこんなやつに詳しい事が説明できると思っていたのだろうか。学園の案内もしてもらえみたいなこと言ってたけど、どうせ案内先は隠れてタバコが吸える場所とかだろう。


「でもまぁ親父も親父だよな。いきなり放り出しておいて後は現地でなんとかしろだろ?お前よく素直に放り出されたよな。あ?そうだ、確か学校の案内をするんだっけ?明日、マリアンヌと一緒でいいなら回るか?あ?」


ちゃんと言うことは聞くんだ。なんというか、凄く意外。マリアンヌが誰かは分からないけれど。それとこの人私には優しいかもしれない。妹だからかな?


「いや、マリアンヌは駄目だな。あ?あいつはうるせーからな。ジルベルトはどうだ?あ?あいつならうるさくないし、それに服屋の娘だからな。お前のは山賊に荒らされたからな。俺が言えば仕立ててくれるはずだ。あ?」


多分服屋の娘っていうのは服屋の社長のお嬢様って事だよね。ブルジョワって言うんだっけ。



そんな一方的な雑談をしていると、夕食が運ばれてきた。実に12時間ぶりの食事である。夕食と一緒に王子もやってきた。目の前のヤンキーがオスカーなのかダニエルなのか分からない現状、話しかける対象が増えたのは喜ばしいけど王子かー。ちょっとしたカオスが味わえそうではある。


「お、バカ王子じゃん。んじゃもう大丈夫そうだし、俺はもう行くわ。メアリーとの約束に遅れちまう」


今のところ三人か……。どうやらただのヤンキーというわけではないらしい。兄が出て行った後、残ったのは王子と私、そして夕食。もちろん最重要は夕食である。


「クリスティナ、今日はすまなかった。疲れていたろうに、気づかなかったせいで倒れさせてしまった。反省している」


ベッドから立ち上がり、席について夕食を食べ始めようとすると王子が何か言ってきた。うおお。前世と今世を合わせても稀に見る真剣な表情が私に向けられている。これが王都の私の部屋ならきっと、私は思いっきり笑っていただろう。しかし今私がいるのは完全アウェー。正直言ってここがどこかも分かってない。あのヤンキー明日の約束だけして去って行きやがった。

私はかろうじて、気にしてないのでみたいなことをもごもご口にして早速食事を始めた。


「さっきまで居たのはダニエル先輩?ダニエル先輩が、そうか、宰相の子供だからそうなるか。となると、君のお兄さんはもう一人、オスカー先輩もそのはずだね?オスカー先輩は二年前生徒会長を務めていた

すごい人だ」

「今も学園にいるのに、生徒会長は二年前なのですか?」

「この学園の上級生の半分くらいは、もう職も決まっているし職場で働くこともしているんだ。だから、生徒会長はだいたい16歳の時にするのが常なんだよ」


生徒会。多分乙女ゲーのヒロインとかがよく入ってるあの組織。もちろん会長は王子ここまでテンプレ。このパターンでは生徒会の中の一人は眼鏡で、(大抵副会長か会計を担当してる)他の一人は王子の幼馴染の親友(こっちは多分庶務)ってことが多い。私の中の偏見が教えてくれた。この世界が恋愛ものだという前提で話を進めると、生徒会にはおそらく王子が誘ってくれるでしょう。それよりも、兄二人の名前が分かったのは大きい。これから先何か嫌な奴がいたら、ダニエル兄様に言いつけちゃうんだからって言えばどうにかなる気がする。あ?

その後ちょっとだけ学園について話を聞いて、また眠りについた。



朝。小鳥の鳴き声で目を覚ました。カーテン越しに春のうららかな日差しが分かる。床には、隙間から漏れた太陽の光が幾何学模様を作っていた。プールの底のように、ゆらゆら揺れている。私にとって寝坊である。昨日は色々あったけど、それ以上にずっと寝てたはずなのに。足りなかったのかな?手足を伸ばすと、いつもと違う肌触りの毛布に驚く。こりゃ寝心地いいわけだ。ふっかふかだ。アンさんまだかなー?

寝坊かな?いや、アンさんは王都にいるんだった。寂しいなぁ。まだ一日会わないだけなのに、もう会いたくなってきた。


ベッドの上で上体を起こしてぼーっとしていると、だんだん意識がはっきりしてきた。昨日は確か、試験の途中で倒れてしまったのだ。今日は体力試験の続きかな?やだなー。


ベッドのそばにベルがあることに気づいて鳴らしてみる。なんだこれ。鳴らしたらメイドが来るやつ?そもそもこの部屋はどこだ。王子に聞きそびれた。


ベルは鳴らして正解だったらしい。メイドがやってきて、身支度を手伝ってくれた。ここがどこかと聞いてみると、学園の女子寮の私の部屋だとか。てことは王子と兄は女子寮に入ったということか。こういうのって普通異性立ち入り禁止だよね?特例措置なのかな。


朝食は食堂で食べるらしい。まじですか?

私は寮の食堂とやらにはいった事はありません。

私には知り合いがいません。

私は知らない人に自分から話しかけることができません。

全部大前提。まったく、どうして私が一人で知らない食堂に行って知らないご飯を知らない人と食べられると思ったのだろうか。むしろ抜くか。


覚悟を決めたら後は簡単。メイドを下げて、いつのまにか運び込まれていた本を読みながら、新品であろうソファに寝っ転がる。昨日はだいぶメンタルを使ったから、あっまあまなラブコメを読むことにする。20歳年上の辺境伯に溺愛されるやつ。アンさんがミステリとスプラッタ系ホラーに紛れ込ませてたものだ。まさか読みたくなる時が来るとは思わなかった。昨日動きすぎたせいであちこち痛いし、今日は一日こうして過ごすことにしよう。


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