8 試験
何も無い、殺風景な部屋。床は木。壁も木。一方向だけ緑色の板が取り付けられている。窓は廊下側と窓側に大きなものがある。部屋の真ん中に机と椅子が一つずつ。机の上には紙。たくさん文字が書かれているものが三枚。枠がたくさんあるのが一枚。枠の中はまっしろ。
まっしろ。
まっっっっしろ。
私の頭もまっしろ。
というわけで楽しいはずだった編入試験真っ最中。
「どうして……どうしてなの……っ」
事態は2時間前に遡る。
学園に着いた私は、王子に連れられてどこかの部屋に来ていた。
「少し疲れているだろうけど、先に魔力の測定だけして欲しいんだ。できるかな?」
魔力の測定は精密な結果が出るまで時間がかかるため、なるべく早くしておきたいのだとか。なんでも基本四属性とその他18種類の適正、それに魔力の強さまで測ってくれるのだそうだ。
しかし、私はあまり乗り気ではなかった。戦闘面でチートを貰っても戦いたくない。何が悲しくて異世界で人殺しにならないといけないのだ。何より戦いが怖い。あの森を根城にしていたらしい山賊達は、確実に私の心にトラウマを植え付けていた。
「指の先に針をさしますねー。じっとしててください」
女の先生に手を抑えられて、だんだん針が近づいてくる。
あれえ?水晶玉は?測り方が思ってたのと違った。
ちくっとした痛みがあって、血が白い紙の上に垂らされる。この紙に出た色で魔力の判断をするのだと教えてもらった。赤なら火、緑が風とかで、魔力が強ければ強いほど濃い色になるのだとか。
指から流れた血が、紙に落ちてじわじわと染みを作る。
「この紙に今から液を垂らします」
女の先生が小瓶を傾けると、紙にできた染みが真っ黒に染まった。
やっぱり私って悪魔憑きだったんじゃないの?
そのぐちゃぐちゃの心のまま、引きつった顔の先生に学力試験の部屋に連れられて今に至る。
確かに今世の私は悪魔に似ているといえば似ている。異世界から赤ん坊に乗り移った悪魔が私?だから黒髪黒目が不吉なもの?だとしたら元の魂は?私が殺したの?
全然試験問題が目に入らない。あとお腹すいた。言えばお昼食べさせてくれたのかな。こんな事考えてる場合じゃないのに。サンドイッチどうなったんだろう。
馬車の中に置いてあったはず。確か山賊が荒らして、それでどうなったっけ?
いけないいけない。山賊を思い出して、勝手に体が震えだす。だいたいこんな状態で試験なんて受けられるわけないだろ。王子どこ行った。
あー。
私は転生者だから、世界に愛されてるから、チートてんこ盛りで逆ハー三つくらい作って生涯溺愛されて豪華で優雅な貴族ライフが何をしようと待ってるから、転生元が死んでたとしてもテンプレだし、山賊に誘拐なんてチュートリアルもいいとこだから、絶対ハッピーエンドが待ってるから‼︎
だから大丈夫。
よし、気合も入ったところで早速チートの一つ勉強チートを体感するとする。転生前のスペックそのままのタイプと頭の出来だけ転生後のタイプ、どっちかな?
どちらにせよ転生当時は花の女子高生、受験戦争を勝ち抜いた(高校受験だし志望校のランク落としたけど)私の実力を見せてやろう。
学園を社交界の縮小くらいにしか考えていないであろう貴族のぼんぼんどもとは頭の出来が違うのだ。
ふっふっふっ。
結論から言うと、ぼろぼろだった。かろうじて算数は覚えていたけれど、歴史が全滅だった。最後に一問ボーナスで書いてあった
「今の国王の名前を答えなさい」
にすら手が出なかった。あと地理も死んだ。
古典は異世界七つチートの一つ、言語チートが無事発動してくれた。文法はさっぱり分からんが何が書いてあるかは分かる。十歳が対象の試験で助かった。
他に常識と倫理っていうのもあった。これはまあ満点だろう。
そうして永遠にも思われた編入試験が終わった。
数時間ぶりに顔を見せた王子が言う。
「クリスティナ、お疲れ様。よし、次は体力試験だね!」
終わったのは私……?