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4 ブンブンごま

怒られた。廊下に響く私の笑い声を聞いたアンさんに引き摺られるようにしながら自室に押し込まれた。


「ですから、お嬢様はもっと自覚を持たないといけないのです。黒髪黒目が悪魔憑きだという迷信が、このままだと迷信でなくなってしまいます。今は亡き奥様は、お嬢様の未来をそれはそれは案じておられました。お嬢様は周りの目というものを気にする必要があるのです。毎日毎日部屋にこもって人殺しの本を読んでいる時点で、一部の使用人の間では噂が流れているのです。私は悲しいです。廊下を笑いながらのたうち回るのは狂人のする事です。お嬢様は読書家で、基本的に聞き分けが良くいらっしゃいます。しかもお嬢様は第3王子との婚約者です。お分かりですか?」


ぶぃーん、ぶぃーん。


「婚約者にふさわしい態度を身に付けて欲しく、私は10年頑張って教育を施してきたというのに、何をどうしたら半年振りに出た部屋の外で笑い転げることになるのですか。自覚が足りないのでございます。」


ぶぃーん、ぶぃーん。


「だいたい‼︎もう10歳になるというのに‼︎お茶会に行った回数はたったの2回!同年代の子供と話したことがほとんど無いどころかたまに使用人に挨拶されても目をそらす始末。今日の朝大声を出して朝食に行きたくないと言った時、私は半分ほっとしたくらいです」


ぶぃーん、ぶぃーん。


「そもそもエクバート家の始まりはお嬢様のひいおじいさまのおじいさまの代に遡ります。隣国との戦争の際……」


ぶぃーん、ぶぃーん。


あー。いつものが始まりました。こうなるともう止められません。この後私の父親が宰相になるところまで暗唱が続きます。アンさんはひょっとしたらただのメイドさんではなく、代々仕えてきたような由緒正しいメイドさんなのかもしれない。後今になって右足首が痛い。捻っちゃったかもしれない。後アンさんミステリを人殺しの本って言ったな?合ってる……?まあ一番楽しみにしてるのはそこだけど。

それにしても、みんなと一緒に学園に入学ならいいけど、1ヶ月遅れで編入だなんてぼっち確定な気がする。異世界の修正力と私のコミュ力、どちらが強いか試すような事はしたくない。唯一の希望だった顔も知らない婚約者は上級生だということが判明してしまったし、勉強で無双してもガリ勉と呼ばれるだけなのではないだろうか。冷静になるとだいぶ詰んでる気がしてきた。


「そしてこの時、モーリス様は壁に拳をどーん‼︎壁どんがらがっしゃーん‼︎‼︎悪党どもがどわっー!ドーン!バーン!じゃきんじゃきん、キュアアオーン、ドカーン!こうして窮地を…お嬢様、聞いておられますか?」


ぶぃーん、ぶぃーん。


「その手に持っている回転する物体は何なのですか?」


ふっふっふ。分かるまい。これぞ私が部屋にあった謎の糸と椅子の裏の板をほんの少しだけ引っぺがして作ったブンブンごまである。板に二つの穴を開けて、糸を通して輪にする。完成。糸を見つけて知識チートというものをしてみたくて作った。だいたい日中は昼寝とブンブンごま、妄想で潰れる。コツを掴むと指を傷める事なく何十分とブンブンしていられるのだ。ブンブンをやめて渡してみる。


「……?これがどうしたらブンブン回るのですか?」

「板の両側に糸を出して、指をかけて糸をねじって、タイミングよく引っ張るんですよ」


くるくる……ぶぃーん、ぶんぶるぶるぶる。

ぴたっ。


「あっ意外と難しい……ではなく!ちゃんと話を聞いてください!私は学園についていく事は出来ないので、お嬢様のことが心配なのです。人の話を聞かないでとりあえず黙って大人しくしておけば叱られないだろうとお考えでしょうが、それではいけないのが学園なのですよ」


くるくる、ぶぃーん、ぶぃーん。


ふん。これが私の実力。


「そういう所を直して欲しいと申し上げているのです。学園で失敗して悪魔憑きの噂が館の外にまで広がってしまっては、第3王子の婚約者の地位も危なくなってしまうのですよ?」


ぶぃーん、ぶぃーん。


これっていつまでも飽きないのが特徴だよね。やめ時が見つからなくて食事時怒られたのは私だけではないはず。



しばらくして、アンさんの声が聞こえなくなったので顔を上げる。お昼にはまだ早いし、もう一眠りしようかな。今日も私は幸福な日々を過ごしている。この暮らしが領地の農民の努力の上に成り立っていると思うと、少しの罪悪感と2倍の幸せが手に入る。悪役令嬢っぽい?



―――――――――――――――――――――――



娘が去った後、廊下から笑い声が響いてきた。幻聴だと信じたいがおそらく違うだろう。私はハルトニア国の宰相、バートランド・エクバート。流行り病で妻に先立たれてから4年になる。仕事はいたって順調。最近では長男のオスカーも手伝ってくれるようになった。今年で学園を卒業して、本格的に私の補佐をする事になるだろう。次男のダニエルは騎士になりたいらしい。学業も疎かにせず同学年で3本の指に入る強さというのだから、たいしたものだ。問題は最後に生まれたクリスティナにある。

クリスティナが3歳の頃、妻が病気になった。家中がそちらにかかりきりになり、もともと大人しかったクリスティナは放って置かれることが多くなった。感染症だったので、出来るだけクリスティナと離そうとして彼女に半地下の倉庫を改造した自室を与えた。オスカーはもう学園に入学していて、ダニエルは領地にいた。一番情緒が形成される時期に放って置かれたのがまずかったのかもしれない。気がついた時には、クリスティナは部屋から出てこなくなっていた。会いに行って衝撃を受けた。彼女は周りに全く興味がないようだった。ソファに寝っ転がって天井を見るか、歌を歌うか、寝るか。これではいけないと思って教育係をつけた。本を読ませたらしいが、おかしなものばかり好きになっている。外には全く出たがらないそうだ。便利だろうと思い倉庫の中に何でも備え付けたのが良くなかった。

クリスティナは本当に悪魔憑きかも知れない。彼女は母親の葬儀の日、泣かなかった。たった一言私に、もう部屋に戻って本を読んでいてもいいですか?と聞いた。6歳児が言うことでは無いと思う。本当は私が彼女を信じてやらないといけないということは分かっている。でも、どうしても向き合えないのだ。


机に置いてあった手紙をもう一度手に取る。何故かクリスティナの婚約者になっている第3王子からのものだ。丁寧な字で、なんとしてもクリスティナを学園に通わせろと書いてある。クリスティナは確かに可愛い。親の目線だからなどではなく、事実だと思う。黒髪でなくて奇行も無くなれば、本当に素敵な娘だ。分からないのはたった二度会っただけのクリスティナをどうして婚約者に選んだのかだ。王家には何か私の知らない事情でもあるのだろうか。


クリスティナについて考えていると頭が痛くなってきた。そもそも彼女は知り合いがいるのだろうか。

あれ……?勉強って教えたことあったっけ……?

ひょっとしたらこの世の人の半分くらいは殺人鬼と勘違いしていてもおかしく無いのではなかろうか。

アンはこの館に必要だし彼女は知らない人と会話できるのだろうか?そう言えば黒髪の対策をしておくべきだったかもしれない。専用の魔法具を今からでも買うべきだっただろうか?


頭がズキズキしてきて 目のピントが合わなくなってきて 私は 考えることを やめた

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