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2 朝食 10歳

ノックの音がして、扉が開く。入って来たのは、金髪の優しそうな目をしたメイドさん。私の専属メイドのアンさんである。おはようございますと言って部屋に入ったアンさんは、まず部屋の上の方の小窓のそばに寄った。私は眩しい日差しに部屋の隅に避難する。アンさんが窓を開け、そこから春のうららかな日差しが…入ってこない。

そりゃそうだ。まだ日は上ってない。3時か4時か、多分その辺。電気のない異世界だからか、星がよく見える。アンさんが持ってきたランプが唯一の光源である。私は夜目が効くからね。このくらいならランプなしで全然平気。


私が異世界に転生したと始めて気がついたのは、4歳頃だった。うっすらとしていた自分がだんだんはっきりしていく感覚。前世の自分がどうやって死んだのかは覚えてない。毎日をキリギリスのように過ごしていたことは確かだ。

そして、私が前世から受け継いだものは人格以外にも存在する。黒髪黒目である。ちなみにお父さんは金髪。お母さんが何色だったかはちょっと分からないけれど、多分金か銀かブロンズか、その辺りだと思う。やばい。由緒正しい日本人の家庭なら黒髪オールオッケーだけども金と銀から黒は無い。目は注意したことはないけれど、みんなカラフルだった気がする。普通に取り替え子とか悪魔憑きを疑われた。今も自宅で隔離監禁されている。

しかし、私が人生を悲観したことはない。なぜなら私は異世界転生ものの愛読者だったからだ。悪役令嬢も読んだし順当にヒロインに転生するものも読んだ。聖女様になるものも読んだし、一風変わったところで男装の麗人に転生も読んだ。そして今の私が黒髪の公爵令嬢で、この世界の人の髪の色がきらきらしているという事実。十中八九悪役令嬢もので間違いあるまい。生憎私は不思議のダンジョンくらいしかゲームはしなかったけれども、きっと私の兄か婚約者が攻略対象でなんとかなのだ。のしをつけてヒロイン枠に進呈しよう。転生者補正と貴族の生まれで人生の勝利が約束されているわたしからしてみればヌルゲーもいいとこである。さっさとラブコメを、消化した後貴族の暮らしを楽しむだけ楽しんで贅沢三昧な一生を送ってやる。

この世界に生まれてから何度も繰り返した人生設計をまた考えて、ふっふっふと笑う。


「お嬢様、その笑い方はやめてくださいと何度も申し上げたはずです」


少し顔に出てしまったようだけど、気にしない。そもそも私は社交界に出られるかどうかすら怪しい監禁娘である。この年までまともに教育も受けていない事からしても、ここまで聞き分けのいい子供に育ったことをまず奇跡と思ってほしい。だって転生者だもの!


ベッドから起き上がって、鏡の前で着替えをする。黒髪黒目は受け継いでしまったが、今世の私は普通に可愛いのだ。手入れはアンさんに任せきりだけれども、うまく育つことを願ってる。椅子に座って、アンさんに髪を整えてもらう。アンさんは小さい頃から私の面倒を見てくれていて、まるで私のお母さんのようなメイドさんだ。こうして髪を整えられていると、なんだかとても安心する。



いつもなら私の着替えを手伝った後すぐに本を出してくれるアンさんが、今日はなかなか動かない。ここから2時間ほどの読書が私の朝の楽しみなのだ。アンさんはこの前、私の部屋と図書室を往復するようになって筋肉がついたと話していた。今日は魔法が使える殺人鬼系ホラーの下巻から読む予定である。昨日は上巻を読み終わったところで眠くなってしまったのだ。

しかし、私に毎日の楽しみを提供してくれるはずのアンさんからとんでもない一言が発せられた。

「お嬢様の今日の朝食は、旦那様と一緒に食べていただきます」

おいまじか。



「やだやだやだ!嫌です!私が何か悪いことしたっていうんですか⁉︎ほっといてください!」

「お嬢様、まだ朝の4時です。半地下の自室とはいえあまり騒がないでください」

嫌だ。最後に顔を合わせたのはいつだったか、その時には婚約者ができたことを伝えられたのだ。今度はどんな厄介ごとを持ち込んでくるかわかったもんじゃない。それに私はあの人が苦手なのだ。金髪で若作りのイケメンだから笑顔でも見せればいいのに、無表情で冷たい視線を向けてくる。その上私が何か礼儀作法を失敗したとみるや、眉をひそめ睨みつけてくるのだ。

「やだ!嫌です!わたしは今日の朝食は読書するって決めてるんです!予定があるのでダメです!忙しいんです!」

「わがまま言わないでください。だいたい朝ごはんを食べながら読書することは私が許しません」

「あの人には会いたくないんです!何か伝えたいことがあるならアンさんを通じて伝言すればいいじゃないですか!私はこの部屋から出たくない!」

「あの人には会いたくない…ですか…」

アンさんが露骨に悲しそうな顔をする。やってしまった。アンさんは私が父親をあの人と呼ぶのをよく思わないのだ。

「お嬢様がそこまでおっしゃるなら仕方ありませんが…。旦那様はとても悲しむと思われますし、私も悲しいです。確かに旦那様は良い父親とは言えないかもしれませんが、お嬢様の事を忘れているわけではありませんよ。今回のお話は、お嬢様にとって嬉しいものであると聞いています。せっかくだから、一緒に朝食を食べていただけませんか…?」

この目だ。この目で見られるとどうしても断りにくい。それに私にとってアンさんは大事な人なのだ。あまり悲しませたくない。しょうがない。

「分かりました…。行きます…」

「本当ですか⁉︎旦那様もとても喜ばれると思います!本当に良かったです!」

まだ行くと決めただけなのに、いいも悪いもないと思う。気合を入れて発声練習をして、少し深呼吸して扉に近づき、ドアノブに手をかけたところで止められた。

「お嬢様、朝食は7時です」

もっと早く言ってよ。



久しぶりに使う食堂は、重苦しい空気が充満していた。外の爽やかな空気を吸っているはずなのに、朝食開始5分で自室の淀んだ空気が恋しい。それもこれも全部目の前の金髪宰相のせいだ。はいはい今日もイケメンイケメン。いつもは半熟の目玉焼きに突っ込んでかぶりつくパンを上品にちぎって食べる。その間も父親がじっとこちらを睨んでいる。味わう余裕なんてあったもんじゃない。


結局食べ終わるまでお互い一言もかわさなかった。

何がしたかったのかは分からないが私が今何をしたいのかははっきりしている。席を立ってそのまま真っ直ぐドアへと向かう。この場を速やかに離れたい。ソファに寝転んで午前の昼寝をしたい。すり減った私の精神を夢の世界で癒すのだ。さらば父親、また会う日まで。

「待ちなさい」

ちっ



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