16 前日
部屋を出ると、ハリーがいた。
「お説教はもう終わったのか?」
「あんなのお説教のうちには入らないわ。それと私、
冬休みクララとお泊まりするから」
ハリーはクララの幼馴染。騎士を目指しているらしい。最近は王子、クララ、ハリーと四人でつるむことが増えてきた。どちらかというと馬鹿組の人間だけど、それでも平均は超えている分私よりは頭がいいのかもしれない。
「おう、楽しんでこいよ。あいつの実家だろ?でっかい湖とかあって、泊まりでキャンプした事あるぞ」
「何それ超楽しみ!」
「遭難だけはするなよ?」
「私山も無いのに遭難するほど馬鹿じゃないもん」
「お前夏休みに図書館で遭難したじゃん。軽く事件だったぞあれ」
そう。夏休みの図書館探検は、大抵の探検隊の例に漏れず遭難したのだ。図書館の二階部分の奥の方の本棚を漁ってたら、床の穴から一階に落ちた。どうも落ちた先が古い秘密書庫で、しかも鍵付きだったのが原因らしい。水と出口を求めて彷徨う私が救出されたのは、遭難三日目の
事だった。ひんやりとして暗い図書館の奥地は、夏だからと薄着だった私の体温をどんどん奪っていった。
珍しい本はいっぱいあって面白かったけど、遭難は二度としたくない。
「あー。あれは死ぬかと思った。ハリーも図書館行く時は気をつけた方がいいよ。本探しは命がけだから」
「怖っ。でも、実際に遭難したやつが言ってるから信憑性がある所が嫌だな」
「そうそう。ダンジョンだよ、ダンジョン。暗い中に本棚が積み上がってて、埃かぶってるの。何度も同じような所を通るから、すぐ迷子になっちゃって困った」
「ダンジョンかー。あと何年かしたら実習で行くらしいな。その頃までに、騎士候補くらいにはなっておきたいな」
ダンジョンあるんだ。ちょっと世界観的に合ってないっていうか、この世界そこまでがっつりした戦闘系だったんだっていうか。なんにせよ、ダンジョンと聞くと私の血が騒ぎ出す。千回ではすまないくらいには遊んでいるのだ。まさに広告以上の品だった。
「ダンジョンあるの?入るたび地形が変わるやつ?」
「えっ何その発想怖い。本にでも書いてあったのか?要は、奥から奥から魔物が出てくる洞窟だよ。一番奥に何があるのかは誰にも分からない。定期的に魔物の数を減らさないと、洞窟から餌を求めて外に出てきて、大変な事になる」
後半は上の方を向いて唱えていた。次のテストの暗記範囲だったりするのかな。どうせ関係ないけど。
「……ん。じゃ、俺は騎士訓練講座に行ってくる」
「頑張れー」
手をひらひら振ってやると、律儀に振り返してきた。
学校が終わって、明日から冬休みだというのに訓練とは哀れなやつめ。
……。ハリー、幼馴染にくっついて私達と行動してる感じだけど、友達いないのかな?今度会ったら優しくしてやるか。
自室に戻ると、鍵が開いていた。あれー、鍵しめてなかったっけなんて思う私ではない。扉を開けるとほら、クララがそこで、鞄に何かを詰めていた。
「あ、クリスティナちゃん。今、クリスティナちゃんの分の荷造りしてるんです。服はこの間買いに行ったのでいいとして、他に持って行きたいものとかありますか?」
この子は私のお母さんにでもなりたいのだろうか。成績の次は私の荷造りまで。一家に一人、クララママ。
まあクララは料理苦手なんだけどね。炭しか作れないヒロインという物を、私はこの世界で初めて知った。ちょっと失敗しちゃった、とかのレベルをはるかに超えているのだ。
元々の悪役令嬢は、どんなふうに学校生活を送っていたんだろう。ヒロインと仲良くはなっていないとして、勉強は当然できる方だったのかな。間違っても図書館で遭難するようなへまはしなかったと思う。私がこの世界に転生した事で、話がだいぶ歪んでいる気がする。もっと真面目な性格で、クラスのみんなを従えてたりするのかな。取り巻きもだいぶ適当になってきてるけど、きっと私なんかと違ってカリスマもあったんだろうな。
王子はいつも、昼食を私達ととる。その時に自分の友達を連れてきた事は、二度しかない。私が王子と結婚するのに反対しているらしい。王子は気づかせないよう頑張ってるみたいだけど、この前直接言われたのだ。私がぽんこつすぎるからだって。
中身を完全に私のままで転生してしまい、知識の同化とかそういうのを一切してない私は、悪役令嬢に向いてない。ストーリー通りに進めたいわけじゃないけど、このままでクララが幸せになれるかどうかっていうのは結構心配してたりする。
「本と、あと枕」
「枕?クリスティナちゃん、枕変わると眠れませんか?他に変わると駄目なもの、有ったら言ってくださいね」
「ううん、枕投げしたい」
「却下……、うーん、一回だけですよ?」
こういう所はまだまだ十歳。安心した。
「クララの家の近くに湖があるって聞いたけど」
「あ、ハリーから聞きましたか?勉強が順調に進んだら、行ってみましょうか。船で真ん中まで行って、みんなで釣りが出来ますよ。きっとクリスティナちゃんも、楽しめると思います」
雑談しながらも、クララはてきぱきと鞄に私の洋服を詰め込んでいく。どうやってしまってるんだろう。
そして、忘れてはいけない、一番大切な事。
「馬車の護衛は何部隊?」
「え⁉︎単位が部隊ですか⁉︎多分十人もいないと思いますけど……。そっか。クリスティナちゃん山賊に襲われた事があるんでしたっけ。その心配はしなくていいですよ。昼間の明るい時間だけ、大きな街道を通りながら一泊二日で向かうんです。途中おっきな港町にも寄りますよ。安心して楽しんでください」
私真っ昼間に襲われたんだけど。でもまあクララもいるし、何か大変な事があっても王子とハリーが駆けつけてなんとかしてくれるでしょ。港町は大抵活気があって治安が悪くて、第二の誘拐フラグかもしれないけど私はもう魔法が使えるのだ。
……ちょっとだけ。理論が難しくて何言ってるのか分かんないのと、精神力が必要なのに私には集中が足りないのとで最近は諦め気味。使えない人も多いらしいし、アルメーヌ先生はがっかりしてたけどそんなもんだ。過ぎた力は自分では扱えないのが鉄板。
まあどうにかなるでしょう。
クララが自分の部屋に戻ったあと、ベッドに横になって両手を上にあげる。手のひらを天井に向けて、大きく広がる。目を閉じて、宇宙と自分との一体を感じる。適当だけど。
神様ー、見てますかー?私です、クリスティナですよー。これハッピーエンドまだまだ狙えますよねー?
そろそろチートで活躍したいでーす。恋愛はまだ十歳だから、先に異世界ならではの魔法や知識チートで遊ばせてくださーい。よろしくお願いしまーす!
…………。
おーい、聞こえてますかー?私これから何したらチートできますかー?努力とか無しな方向でお願いしまーす。
…………。
生きてらっしゃいますかー?
返事はなかった。私神様にあった記憶無いし、しょうがない。最近毎日心の中で唱えてる気がする。今度実際に大声出してやってみよ。山の中とかいいかもしれない。虫がいるかな。やっぱやめとこ。
そんな事をしているうちに眠ってしまったようで。
目が覚めたら朝三時。
今日からいよいよ!クララちゃんちにお泊りだー!
クララまだかな、まだかなって部屋の中をうろうろしてたら、割と力尽きた。あと四時間しないとクララ起きないからね、本を鞄に全部詰めてしまったのが失敗だった。
扉のたてるカチャって音に反応して、勢いよく開く。
待ってましたクララ!今日からいよいよお泊りだ!