15 成績
それからしばらくして、私は一ヶ月と一週間遅れで王子の学級に入った。そこで気がついたのは、宰相の娘って、偉いんだっていう当たり前の事実だった。クララとか王子とか、イレギュラーな人達だったからすぐに仲良くなれただけで、私のコミュ力は前世と変わっていない。仲のいい人達とは好き放題するけど少しでも知らない人がいると静かになるやつ、それが私だった。そんな人がすぐにグループが完成しているクラスに入ったらどうなるか。今年は読書が趣味になりそうくらいの覚悟はしてた。寝たふりの復習でもしとくかなって思ってた。
とてつもなくちやほやされた。クラスの席に着いた途端、さっと周りに取り巻きが集まる。移動教室で忘れ物をしても安心、大抵誰かが持ってきてくれる(週に三回は助けてもらう)。食堂にクララと王子とハリーと一緒に歩いていると、私の取り巻きと王子の取り巻きが合わさって凄いことになる。可哀想に彼らは、私についていっても何もいい事がないという事を知らないのだ。学園に通う事半年、図書館が意外に快適だった私は夏休みも王都に帰らず、学園の図書館探検で休みを潰すことを選択した。たまには一人で探検してみたかったのだ。手紙はオスカー兄に頼んで、アンさん宛てのものを持って行ってもらった。うん。
父親との連絡なんて無かった。宰相に名前を覚えてもらおうと必死な取り巻きどもは、そんな事情など知りもしない。私のご機嫌とりに毎日忙しそうにしている。全部で六人かそこらの取り巻きのおかげで、私のスクールライフは思ったより快適だった。
生活の質だけで言うなら、王都時代の何倍も充実しているのだ。実に学生らしい毎日を送っている。問題は大体一つ。学業である。私が今、王子の前で正座させられているのもそれが理由だ。
「ねえクリスティナ、このままいくと、少しまずいんじゃないかなって僕は考える」
「勉強してないからこうなっちゃうんですよ。これからは頑張りましょう?クリスティナちゃん」
学期末のテストでまさかの平均未満の成績をとった私は、終業式後のその足で王子の自室に連行された。クララも補佐係として何故かついてきた。
「勝負は時の運。勉学にも言えることだと考えます」
私の主張はこれに尽きる。ちょっと七の段を覚えていなかっただけだ。七七四十二とかやってたら算数が全滅した。否。もはや数学だ。普通に分数のかけ算とかさせるのだこの学校。受験する訳でもないのに、ここまで普通するか?私七の段よく分かってなかったけど高校生できてたぞ?
「百歩譲って七七四十二を勘違いで済ませたとしよう。この三三が六っていうのは何かな?」
「足し算しましたね」
仕方ない。ケアレスミスは前世からの私の特技だ。
「クリスティナちゃん、せめて反省の色を見せて欲しいです。夏の学期末テストも同じこと言ってたじゃないですか」
まさかここに来て勉学チートを貰い忘れた事が響いてくるとは。っていうか私あと五年は監禁ライフで良かったのだ。学校に通わない前提だったから、この世界の歴史とか何も勉強してこなかった。
「私との勉強会、役に立ちませんでしたか?」
「いや、勉強会でやった所はまだマシだから、他の所を一切勉強していなかったんだろう」
「学年一位と学年三位で勉強を教えて、まさかクラスで下から四番目になってしまうだなんて……」
ちっ。
私の巧妙な叙述トリックが破られてしまった。平均未満とは言ったが平均をぎりぎり下回ったとは言ってない。
「二つ上の僕の時と、あまり内容は変わってないはずなんだけどな……。クララ、心当たりはある?」
「クリスティナちゃん授業中いっつも寝てるんです。それも、姿勢をそのままにさりげなく首を傾けて顔を隠す形で寝るものですから、私も気づかない時があるんですよ」
うんうん。時々クララが気づかないまま私が問題に答える番が回ってきて、えらいこっちゃになるんだよね。まず教科書のページを直すところから始まるからね。
これでも私、テスト勉強は一応していたのだ。ただ異世界の教育を舐めてた。どうやらこの世界の貴族は学園に入る前に、家庭教師なるものから勉強を教えてもらうらしい。アンさん……!本だけ読んでりゃいいって訳じゃなかったよ……!
地理の暗記とかは一応したものの、帳簿とか法律とかの実用系が壊滅的だった。そんなの聞いてないよ。帳簿に至っては本番までテストがあることすら知らなかった。なんか繰り越しがどうの、税がどうの、一つ前の帳面がどうのでややこしくてわけ分からん。
「クリスティナ、僕は君と結婚したいんだ。でも、さすがに留年すれすれの女性が王族と結婚はまずい。いくら宰相の娘とはいえ、周りからの反対が上がるかもしれない」
まさか……!真の敵はヒロインではなく学業……⁉︎
なんつって。正直言って結婚はどっちでもいいんだよね。私はどんなルートを通ろうと最後には幸せになれるから、なるべくなら自分の負担が少ないものを選びたい。
「真面目に学校生活を送るのも大事なことなんですよ、クリスティナちゃん。最近クラスの人達もクリスティナちゃんの学力に気付きかけてきてますから、この長期休みでなんとかしましょう」
私は転生者だぞーっ‼︎チートがあるから勉強なんて要らないんだぞーっ‼︎て叫びたい。いや叫ばないけど。正座してる人がいきなり大声出し始めたら頭がおかしくなったと思われてしまう。
「クリスティナちゃん、冬休み、一緒に勉強しましょうね。私の家に泊まりでお勉強会です!」
「宰相からの許可も取ってあるんだ。僕は公務でたまにしか顔を出せないけれど、頑張ってね」
「お泊りだ……!お泊りキタ……!やった!さっすがクララ!こういう長い休みの定番イベントを抑えてるね!まずパジャマパーティーでしょ、銭湯でしょ、それから一緒に料理も作ろ!ふっふっふ楽しみだな楽しみだなぁ、やっぱり頑張った人にはご褒美がないとね。いやっほぅ!夜更かししようね!私いつもより三時間は起きちゃうよ!くぅぅぅやっぱりこうこなくっちゃ‼︎ビバ恋バナ!クララの部屋も漁っちゃうぞ!隠したいものは今のうち隠しときなよー、まぁ私は運が最強だからね、簡単に見つけちゃうけどね!一緒にいっぱい思い出作って、特別な冬休みにしよう!する!できる!私達のコンビならぜっっったい楽しくなるよ!ねえねえクララの実家ってどんなとこ?雪とか降る?私まだ見た事無いんだ雪!ああ楽しみ!今からでも待ちきれない学園崩壊しないかな、したらいいな!うっふふふふふ」
冬休みにボーナスステージ用意してくれるなんて、神様ありがとう!そうだよこういうのが異世界だよ!
痺れた足なんかに構わず、部屋の中をくるくる回る。嬉しくって嬉しくって、自分が抑えられない。
「あちゃー、スイッチ入っちゃいましたね。どうしましょう?」
「ふふっ、いつ見てもクリスティナは可愛いな。もう勉強出来なくたって可愛いからいいんじゃないかな。いいと思う」
「あちゃー。こっちもかー。今日の真面目な会議が終わってしまいました……。クリスティナちゃん友達イベント大好きだからなぁ。私も大好きだけどクリスティナちゃんアホの子ですからどうしましょう、このまま行くと将来社会的に死にかねない……」
もーいくつねーるーとーふーゆやーすみー‼︎