13 食堂前
「私、クララと幸せになります!」
「うん、仲良くなれたみたいだね、良かった良かった。お昼を一緒に食べようと思ってきたんだ。まだ食べていないだろう?」
見事にスルーされた。王子の前ではしゃぐのは初めてのはずなのに、よくできた王族で国民の一人としては安心だ。はしゃぎたい本人としては嬉しくない。ムカついたから脳内で内臓かっさばいてやる。私の愛読書、猫面人のトーマスと首狩り鬼の孤島で見たようなやつだ。王子みたいな王子なのはいい事だけど、でも王子はいつでも王子である必要は無くて、だから王子は王子じゃなくてもうんよく分かんない。二人に連れられて食堂へ行く。
私には一つの方針があって、それは自分の気持ちに正直に生きるという事である。また私にはいくつかの原則があって、そのうちの一つは知らない場所は怖いという事である。今私は、心拍数が上がって足の関節の動きがおかしくなって、少し口の中が乾いた状態にある。つまり少し恐怖している。理由は簡単、食堂が迫ってきたからだ。
知らない人がいっぱいいて、知らないルールで動いている場所。ルールを間違えたら笑われる。みんなが新顔である私のミスを探すのだろう。一言で言うと怖い。今世に入ったから私は人が大勢いるところに行ったことが無いのだ。耐性がゼロなのだ。踊っているところを見られただけで泣いてしまうこの心だ、見知らぬ人に囲まれた場所でへまなんてしたらショックで死んでしまうかもしれない。
「それでその時、ハリーがその剣を取ってね……。クリスティナちゃん?聞いてます?」
「さっきから上の空だよ。どうしたの?」
「え、ああうん注文はAセットライス少なめ、それにサラダと本日のデザートでお願いします」
「これは……。間違いない、初めての食堂に緊張しているんだね」
「クリスティナちゃん、今日の朝も寮の食堂に来なかったんですよ。人がたくさんいるとダメなのかも」
彼らが何を言っても気にしない。今の私は対注文脳内シュミレートで頭がいっぱいなのだ。思い出せ。前世の私は月に一度は外食をしていたはずだ。大抵友達と行くレストランやカフェだった。 どんな注文方法があったっけ?まさかこの世界に食券機は存在しないだろう。握り寿司方式なら泣く。泣き喚いて帰る。王都に帰る。へいたいしよー大トロいっちょーとか言うんでしょ?絶対無理。ある程度我を忘れないと大きな声を出せないのがこの私だ。
「クリスティナちゃん、私達毎日食堂でご飯食べるのが普通ですし、そこまで怖い所じゃないですよ。いつまでも行かないわけには行かないんですから、もう今日から行ってみませんか?」
「注文方法は僕達の注文を見れば分かるよ。大丈夫、ごく普通の方法だから」
王族のごく普通など信用ならん。しかし、いつまでも立ち止まっているわけにもいかないので仕方なく歩く。次はコーヒーの注文が複雑だったパターンだ。私は前世コーヒーを飲んだ記憶が無い。要は苦い飲み物なんでしょ?くらいにしか知らない。確か、パリスペッタのプルプルプキューロバニ二のショートあったかいやつでみたいなこと言えば良かったはずだ。一回行ってみようと思って調べたのだ。なんだっけ?キャラメルカプチーノだっけ?ラテ何とかがおすすめと言われたのは覚えているけれど、肝心の全文の型が思い出せない。多分勢いで誤魔化せるはず。あったかいのか冷たいのかは最後で良かったはずだ。練習練習。いつ食堂に着くかも私は分かってないのだ。
「カラメルカプチーノのプルプルキューショートを冷たいので、カラメルカプチーノのプルプルキューショートを冷たいので、カラメッカラッ、カラメルカプチーノのプルプルププ、……。ぜぇぜぇ。」
「クララ、クリスティナは何の呪文を唱えているんだい?」
「さぁ……。クリスティナちゃんがおかしくなるの、もう私慣れちゃいました。多分変な呪文とかでは無いと思います」
「さすが、聖女候補は呪文まで勉強中なんだね」
「いえ、ただクリスティナちゃんは、慣れない所で緊張してるだけだと思いますよ。笑うととっても可愛いんです」
「へぇ、今度見てみたいな。それはそうと、僕達はあと何周食堂の周りを回ればいいのかな?」
「クリスティナちゃんの心の準備が出来るまでです。初めての場所ですから、きっと不安でいっぱいだと思います。この呪文が終わるまでは、待ってあげませんか?」
畜生。聖女候補とか呪文とか、なにか重要な話をしている事は分かるけど話が全然頭に入ってこない。不安で不安でしょうがない。心臓は100メートル走が終わった後みたいに大きな音を立てて、頭はふらふらしてきた。どうしよう。もはや私の脳内では、食堂でお昼を食べる事からこの状況からどうやって逃げ出すかに目標がシフトしていた。どんな注文方法か分からない、無限に可能性がある食堂のおばちゃんよりも、王子とクララをごまかす方が確実なはずだ。
「えーと、二人とも、私朝食が遅めだったからかな?あんまりお腹空いてないから、二人で」
「くきゅー」
「ぷっくふふ……クリスティナちゃん、お腹は正直でしたね。大丈夫、先に注文方法を教えてあげますから」
もう無理。今日一日で私はどれだけのダメージを受ければいいのだ。メンタルがもたない。なんで?朝はあんなに機嫌良かったのに。というかこの世界の元々の悪役令嬢はどうやってこの数々のトラップを突破したのだ。ああそうか。そもそも引きこもりじゃないんだっけか。
「入るとすぐに今日のメニューがあるから、その中から食べたい物と名前を注文受付の人に伝えるんです。ある程度、大盛りとか苦手な物抜きでとかも対応してくれるんですよ。ほら、この列に並べば注文できます」
それを先に言って欲しかった。ここまでの私の努力は一体なんだったんだ。王子とクララの後に続いて列に並ぶ。この長さだと、あと十人と行った所か。ちらちらと先の様子をうかがう。
ふーむ。私は気付きたくない事に気付いてしまった。さっきからちらちらと見られている気がすると思ったら、そういう事か。こいつらみんな制服だ。普段着のドレスを着ているのは私だけである。きっと私の制服ももう少しで貰えるだろう。そっかー。学校にしては何か足りないと思っていたのだ。制服だったか。納得納得。クリーム色と言うのか、薄い黄色と言うのか、そんな感じの色の服をみんな着ている。王子も着ている。クララも着ている。
……。
クララは朝起こしに来た時ドレス着てたよね?いつのまに着替えてたんだろ。記憶が無い。
「ほら、これがメニューですよ。寮の食堂もだいたい同じシステムです。クリスティナちゃん、何食べますか?」
「ドーナツ」
「いいですね、ドーナツ!授業で頭使いましたからね。メインは何にするんです?」
「メインがドーナツ。あと紅茶とマカロン」
私の心は糖分を所望している。
「え?メインがドーナツ……?ていうかマカロンなんてあったんだ初めて知りましたよ。こんな隅っこにあるのよく見つけましたね。ほら、王子からも何とか言って下さいよ。クリスティナちゃん流石にアウトローすぎて、私もう着いていかれませんよ……てっまだ笑ってたんですか。ツボでしたかそうですか。あんまり笑うとクリスティナちゃんが可愛そうなのでそろそろやめてあげて下さい」
馬鹿め。お昼をお菓子二品ぐらいにすれば、毎日食べても太らないのだ。私は前世からこの生活を続けている。朝ご飯がっつり派だった事の弊害といえなくもない。アンさんも、テーブルマナーさえちゃんとすれば特に何も言わなかった。まだ見ぬ学園スイーツに心を躍らせながら列を詰める。
「なんか私だけ疲れてる気がします……」