12 友人
「エクバートさん、エクバートさん?」
……はっ!
目を開けると、先生が呆れ顔でこちらを見ている。一ヶ月遅れの私のための特別補習。その一回目で、私は居眠りをしていたらしい。隣をちらっと見ると、クララが信じられないものを見る目でこちらを見ていた。仕方ないじゃん。授業を受けたら眠くなる、これ常識。私の前世では授業中の居眠りは必要な睡眠時間だった。
「まさか初回から居眠りされるとは……。宰相の娘ということで安心していましたが、どうやら間違っていたようですね。今は時間も少ないのでこのまま授業を続けますが、次はありませんからね」
はーい。さすがに授業人数二人で寝るのは無理があったらしい。その後は特に変わったこともなく、初めての魔法学とやらは終了した。
「クリスティナさん、授業中寝ちゃダメなんですよ?
アルメーヌ先生は怒るととっても怖いんですから。せっかくクリスティナさんのための特別補習なのですから、ちゃんと聞いてください」
教室から出ると、早速クララに言われた。多分クララは真面目さんである。なんかムカついたので、クララは自分の授業出なくていいの?とお前邪魔アピールをしてみると、
「一緒に授業受けるまでが私の任務なんです!それに、みんなの授業はハリーからノート見せてもらうから大丈夫です。ハリーは幼馴染で、クリスティナさんと同じ黒髪なんですよ。将来は騎士になりたいって言って、小さい頃はちゃんばらばっかりしてたのに、最近は勉強も頑張ってるんです。なんか騎士になるには学力試験もあるらしいんですよ。それでそれで…」
クララが止まらなくなってしまった。ヒロインがこの調子なら、私の地位は安泰かな?そうだといいけど、ハリー君幼馴染って話だし。幼馴染は大抵負けるんだよなぁ。しかもこの世界で黒髪って、なんか地味でモブっぽいし……。黒髪?そういえば黒髪の子は悪魔憑きで嫌われるって話、家を出てから一度も聞いてない。何か問題があるなら覆面の男に言われてただろうし、この世界の迷信がよく分からない。本とかにもよく黒髪の悪魔使いとか出てくるし、そうなんだと思ってたけど違うの?
「黒髪ですか?そんなの迷信に決まってるじゃないですか。小さい頃にちょっと多めに教会でお祈りして、それでおしまいですよ。クリスティナさんは違ったんですか?」
「教会なんて言った記憶ないし、家では悪魔憑きとか魔女とか言われてましたよ?」
「ええ……。それは酷いです。宰相様の家だと、やっぱりその辺厳しかったんですか?」
「うん。本当に厳しくて、第三王子の手紙一つで引きこもりの娘を学園に追い出すの」
「あれ?ひょっとしてクリスティナさん、その評判はあなたの奇行が原因だったりするかもですよ?」
「まさか。私はまともな人間です。世界一と言ってもいいです。二位以下に大差をつけて、ぶっちぎりで優勝です」
「あー。これは奇行説が重みを増してきましたよ。クリスティナちゃん、ひょっとして時々机の上で歌ったりしてました?」
「クリスティナちゃん」
なんということでしょう。ヒロインにちゃん付けされた。悪役令嬢として耐えがたい屈辱だ。クララ貴様は何も分かってないようだが私と貴様は敵対する運命にあるのだぞ?宿敵なのだぞ?多分。
別に今のところの感じだと普通に友達だけど。というか私に友達できたんじゃない?私のことちゃん付けで呼んでくれたよ?わーい嬉しい。学園生活二日目でちゃん付けの友達なんて、友達作りTA上位入賞間違い無しだ。前世では知り合いすら一週間以上かけて作ったのだ。え?待ってすごいすごい。二日?たったの二日?やばくねこれ学園生活ヌルゲーじゃん。そうかそうか私のコミュ力ってそんなに上がってたのか。これを異世界チートと言わずしてなんと呼ぶ、異世界で転生者がみんな話し相手に困らないのはこのチートがあったからに違いない。
「え、えーとクリスティナさん、ちゃん付け嫌だったかな?ごめんね?急に下向いて黙り込まれるとちょっと怖かったりするかも。怒ってる?本当ごめん脳内で呼んでたのが出ちゃって、嫌ならやめるから、ね?」
「嫌なんかじゃない!すごい!すごいよクララ!ふっふっふやっぱり私は人生の勝利が約束されてる転生者、二日目にしてこんな可愛い便利な子と友達になれるだなんて夢みたいだよぉ!私の人徳と日頃の行いのおかげかな?だって毎日早寝早起きしてたもんね、前世よりずっと順調だぁ!うっふふ、えへへおほほほほ、これは楽しい学校生活になりそうな予感、癒しの魔法が使えるピンク髪を世話係として侍らせる宰相の娘の公爵令嬢!どっから見ても死角なんて無い、パーフェクトな存在だと思わない?ふぇっふう!一月遅れがなんのその、クラスの陽キャどもの一軍主将はこの私だ!ふえへへ、ひゅー、ひゃふうっ!嬉しいな、嬉しいな、魔法でチートとかは予想してたけど良き友人枠の存在をすっかり忘れてたよ!うふふ、うふふふふ、そうかクリスティナちゃんかクリスティナちゃんなのかこの私は、ならクララの事は何か相性で呼んでやるぞ人の一歩先を行くのがこの私パーフェクトクリスティナだからね、当然!えっとねえっとね、駄目だ思いつかんそこのピンク髪めクララなんて単純な名前しやがって、略す余地がもう無いじゃないかこの間抜け!よーしこうなったらクリスティナちゃんって言われる二倍クララちゃんって呼んでやる!朝のおはようから夜のお休みまで、修学旅行の夜の恋バナで、体育祭の応援席で、文化祭の計画立てる時だって、クララちゃんクララちゃんって呼んでやる!私の学校生活全てを陽キャっぽい事するのに注いでやる!いいな、いいな、楽しいな!」
「う、うわぁ、こんなハイテンションで天使みたいな笑顔……。あの、クリスティナちゃん、ちょっと落ち着こう?」
「落ち着いなどいられる?今日は私に素敵な友達ができた記念日なの!これから毎日一緒だよ?大丈夫、私にくっついてくれば絶対いい事あるから!友達料が欲しいならいくらでもくれてやろう、だって私、パーフェクトクリスティナだからね‼︎ふーふっふっふ、あひゃーはっはっ、ああおかしい、自称パーフェクトさんだって自称ふふっ、私だってパーフェ、パーフェクトけほっ、あーひゃっひゃっひゃひゃ」
「うわ怖い怖いよクリスティナちゃん……。こりゃ道理で悪魔憑き疑惑が晴れない訳だよ。やっぽど嬉しかったのは分かったから、ちょっと落ち着こう?午後も授業あるから、ね?」
クララの手を掴んで、今にも踊り出さんばかりの私。さすがに出会った初日に思い切った行動には出られないのか、今ひとつストッパーになりきれないクララ。
そしてこの場所、よくよく考えたら廊下。みんなが普通に通る、年季の入った廊下。二人で立ち止まって話す声がよく響く。このままクリスティナ劇場が永遠に続くかと思われたその時、曲がり角から救世主が現れた。
「どうしたんだ、大きな声で?ってよく見たらクリスティナとクララじゃないか。もう仲良くなったの?
クララ、僕の婚約者は可愛いだろう?」
「殿下、私、クララと幸せになります!」
もちろん私はたかが救世主の一人くらいで、この勢いを止める気は無い。