1 目覚め 10歳
いつも、こんな夢を見る。
震える手でスマホとにらめっこしながらロープをドアノブに結びつけようとする。なかなかうまく結べず、泣きそうになってくる。胸の中で誰かが言う。
「当日になってやっと方法を検索するなんて馬鹿だよ。今日はもう頑張ったし、明日を本番にしよう?」
この声に耳を貸してはいけないのだ。私はなんとか結びつけたロープを引っ張り強度を確認する。ガチャガチャと思ったより大きな音が出てビクッとするけれど、もうそんなことは関係ない。私はタオルを巻いた首を輪っかに差し入れる。
ビクビクしながらマンションの外付け階段を登る。きっとこんなことでもなければ一生縁はなかっただろう。毎日電車の窓から見ていた10階建のてっぺんを目指す。10分と待たずに中に入れた私は幸運に違いない。後ろについてくる侵入者をなんとも思わなかった名前も知らない住人に感謝する。9階と10階の間の踊り場で、下を覗いてみる。生垣も、駐車場も無く、アスファルトの道路に一直線だと思っていたそこには、誰かの車が停まっていた。また誰かが言う。
「やっぱり飛び降りなんて私には無理だよ。運の要素が強すぎるし、それにさっき覗いただけでもう頭がくらくらしてる。頭からなんて落ちれないよ」
うるさい。私はしゃがみこんで壁にもたれる。目を閉じて、心の中で300秒数える。もう一度下を覗けば、やっぱり車は消えていた。私は逸る心を抑えることもせずに、空へ飛び出す。
海のそば。火曜サスペンスに出てきそうな崖の周りをうろついて飛び込む場所を探す。森の奥。手にはやっとの思いで手に入れた農薬。雪の中。上着を脱いで、睡眠薬を飲む。駅のホーム。快速電車がもうすぐやってくる。
目の前が真っ暗になって、意識が薄れていく。どきどきしている心臓が解放と幸せを叫ぶ中で、目が覚める。
意識が現実に戻る。手足にはまだ少しの浮遊感が残っている。頭の半分はまだこわばっている。私は、ゆっくりと自分の存在を確かめる。
私は今をときめく女子高生。一人っ子。文化研究部に所属。顔を出す頻度は3回に1回。文系。だけど古典が苦手。好きな食べ物はチー鱈、よっちゃんイカ、ところてん。ペットはいない。昼寝が好き。
なんて自己紹介ができたのも10年前の話。現在の私が正しく自己紹介するなら、ごきげんようから始めないといけないかもしれない。
ゆっくり目を開けるとそこには見慣れた天蓋。豪華なベッド。広い部屋。昨日ソファの上に脱ぎ散らかしたドレスは、きっとメイドが片付けたのだろう。
ハルトニア国宰相エクバート公爵の娘、クリスティーナ・エクバート10歳。兄が2人。婚約者あり。愚民どもの稼いだ金で、日々遊び暮らしてます。よろしくね?
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よろしくお願いします