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その猫の秘密  作者: onyx
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防人の苦悩

厚木基地 特別機動戦闘団司令部


 特別機動戦闘団。2020年に発生した横須賀市巨大生物災害における教訓から、政府は「対巨大生物有事」を想定する法整備を進めた。これに当たって、陸海空自衛隊を統合運用して対処するよりは、専門の部隊を立ち上げた方がやり易いとの考えに至り、この部隊は編成された。

 隊員総数は約5千人。主兵装は16式機動戦闘車や、一旦は事業中止として白紙化された装輪装甲車(改)を戦闘団発足の予算案に託けて正式化させ、20式装輪装甲車として装備を取得。教導団へ優先的に回されていた19式装輪自走155mm榴弾砲もこちらへの配備を進め、徹底的に機動力を特化させた部隊として作り上げた。

 またC-2輸送機による全国展開を実現するため、航空支援集団の隷下に機動航空輸送隊を編成。特別機動戦闘団が駐屯する厚木基地に同部隊を併設し、日本中へ何時でも飛び立てる体制が整えられた。

 予断だが、30機に満たない調達数を予定していたC-2輸送機の大増産にメーカーは歓喜し、現在XC-3の開発が進められている最中だそうだ。


 その戦闘団発足以後、2代目の司令官として就任している男の下へ死刑宣告を意味する通達が届いた。内容は部隊規模の縮小と段階を踏んだ解体である。横須賀を襲った謎の脅威による被害から10年間、彼らは常に備え続けていた。しかしここに来て、政府もいよいよ決断に踏み切ったようだ。


「……悲しいもんだな。必要とされた存在の筈が、10年も無駄飯を食らった連中として認識された訳だ」


 ため息混じりにそう話すのが、この戦闘団の司令官を務める十川そがわ陸将補だ。3つ折りにされた通知の内容を眺めつつ、椅子に深く腰掛ける。

 この10年、何所に現れるか分からない未知の脅威に対処するため、様々な戦術を編み出し続けた。あの特戦群や空挺の連中も舌を巻くような技術を持った隊員を多く輩出し、他部隊の発展にも尽力して来た。そんな我々の結末がこれなのかと、憤りを隠さずにはいられなかった。

 十川自身、戦闘団には幕僚チームの1人として選出され、6年前に副司令官へ就任。翌年の司令官を拝命すると同時に陸将補へ昇進し、ここまでやって来た結果がこれとは受け入れ難い物を感じていた。


「…………10年か」


 思い返して見れば、長いようで短い年月だった。6年目を過ぎた頃から予算が少しずつ減らされ始め、その年に正式化された26式偵察警戒車を最後に、新規装備の取得は打ち切られていた。

 最も、戦闘団の発足に当たってはアメリカから使い古しのストライカー装甲車やLAV-25を買わないかとの打診があったが、防衛産業の成長を促す意味でもこれは丁重にお断りした。しかし、部隊独自に長距離火砲や航空戦力を整える必要もあったので、アメリカからはHIMARS、イギリスからはWAH-64等を購入していた。

 こうして部隊は独立性を高め、対巨大生物戦闘だけに特化した部隊へと進化していった。だがそれも、ここに来て終わりを迎えようとしているらしい。


「そろそろ、身の振り方を考えろって事でもあるのかな」


 陸将への昇進を断り続けてここに居る事を選んで来たが、上もそこまで甘くはないようだ。然るべきポストに収まらなければ下がいつまでも昇進出来ないと言う事もあるのだろう。

 とは言え、ここから先の人生なんて考えた事も無かった。自分や他の隊員たち、住んでいた人々から全てを奪い去ったあの巨大生物から日本を護り、その脅威に備え続ける。それが自分に課せられた使命であると考えてここまで来たのだ。

 空へ飛び上がっていく航空機のエンジン音を聞きながら、今さらこの身をどうすればいいのかと思案に明け暮れてしまう。



防衛省 庁舎A棟


 ここにも同じく、ある意味で死刑宣告に近い内容の通知を手に持つ男が居た。男の名は百武義次ひゃくたけよしつぐ。自衛隊の中でもいわゆる「背広組」に振り分けられる人間で、防衛審議官として知られていた。

 百武は、数居る防衛書記官の中でも数年に1人の逸材と噂されている佐伯健史さえきたけしを執務室に呼び出し、内心は苦虫を噛み潰すような思いで招き入れた。


「急に呼び出して済まない。まぁ掛けてくれ」


 佐伯をソファへ座るよう促し、自らがコーヒーメーカーを使って佐伯のために1杯を拵えた。


「ありがとうございます。それで、お話とは」


「この前の閣議で、横須賀市巨大生物災害被災者への生活支援金支給の打ち切りが決まったのは知っているな?」


「はい。復興が殆ど終わったとは言え、怪我で障害を負った人々や体が不自由になった人たちの生活を考えると、私は賛成出来かねます。特に精神的な疾患を抱えた人は、継続の手続きがそもそも出来るのかと言う不安もあります」


「これに先立って、特別機動戦闘団の規模縮小も決定された。まるであの日に起きた事、これまでの事を全て清算するような動きだ。そして、その余波は当然だがこっちにもやって来た」


「まさか、あの部署も解散ですか?」


「取りあえずは戦闘団と同じく規模縮小が言い渡された。だが、これはもう死刑宣告と言ってもいい。読んでみてくれ」


 百武は、例の通知を佐伯に手渡した。その中身を読み終わった佐伯の表情は、誰が見ても曇っているとしか言えないものになっていた。

 その内容は、巨大生物が再び出現した際に、効率的に避難や撃退作戦を行えるよう研究を重ねている、とある部署の更なる規模縮小を行う旨が記載されていたのだ。


「……こうするのなら、もう解散させた方が後腐れないと思いますがね」


「まぁ、国会内と世論の出方を見ているんだろう。だがこれでは、もう存在する意義も無いのと同じだ。来てくれ」


 佐伯を伴って執務室を出た。コーヒーはまだ半分ほど残っているが、今日はもっと大事な話しがあって呼び出された事を、佐伯は何となく予感していた。


 2人はエレベーターを使って地下1階へと降りていく。そのフロア内に、今月に入ってから設置された部署へ向かって歩いた。


「発足当初は、各省庁から集まった総勢500人から成る立派な内局だったんだ。それが今じゃあ、この有様だ」


 案内表には「巨大生物災害資料編纂室」と書かれていた。この部署は先月まで「巨大生物調査室」と言う名が与えられていたが、今月に入ってこの地下へ前者の名前で設置されていた。それまでは地上階にあったのが、急に地下室送りになるとは随分と異例の事だった。


 当初「巨大生物災害調査対策部」として発足し、長年に渡って災害シミュレーションや巨大生物の生態について研究を続けて来た。しかしこの10年間、巨大生物の存在を感知する事が出来ておらず、対策部は月日を重ねる毎に規模の縮小を続け、「巨大生物災害研究部」から「巨大生物調査部」、「巨大生物調査室」と名前は変わっていった。

 所属する人間も、年を取る事で変わっていく体調の変化や、家庭環境。自身の事情、蔑ろにされつつある現状を憂いて等の理由で、その多くが次第にここを去って行った。


「今は何人になったんですか」


「……10人だ」


「10人!? 先月までは30人ぐらい居たんじゃ!」


「異動になった。中には、この敷地から去った者も居る」


「……そんなにあの夜の出来事が恨めしいんですか」


「政府としては、何時までも引き摺っている訳にはいくまい。これで、上層部へ発言する権利も奪われた。私がここを守り続けるのも限界らしい」


 百武は佐伯を向いて、彼に伝えなければならない事を放った。これは佐伯と言う人間の人柄と能力を信じてるからこそ、言える事だった。


「佐伯書記官。来月付けを持って、ここを君に任せたい。私は防衛事務次官への昇進が決まった。次の審議官には、ここと君の事を十分に引き継いでおく。何かあれば、直接会いに来ても構わない。頼めるだろうか」


 佐伯はその言葉に戸惑いを覚えつつも、ここをどんな形でも存続させたいと言う百武の意思を受け止めた。


「……分かりました。謹んでお受けします」


「…………君に余計な物を背負い込ませて、済まないと思っている」


「いえ。あの夜に親族を失った者同士、忘れさせる訳にはいきません」


 2人共に、横須賀には親族が住んでいた。状況を分かっていながらどうする事も出来なかったのを、悔み続けながら生きて来たのだ。これは別に彼らだけではなく、あの災害で同じような目に遭った人間の多くが思っている事だ。

 だからこそ、ここ数年における政府の方針には誰もが疑問を抱いていた。寧ろ、どれだけ早く復興を終わらせられるかが、選挙や政治方針に利用されている気がしてならなかった。

ここまでの主な登場人物


十川陸将補 59歳 特別機動戦闘団司令官

百武義次 58歳 防衛審議官兼巨大生物調査室統括

佐伯健史 37歳 防衛書記官

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