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その猫の秘密  作者: onyx
8/23

横須賀市巨大生物災害レポート3

 ここでは、いよいよ話しのミソとなる、あの夜に起こった事を纏めていこうと思う。


 関東の沿岸一円に退去勧告や疎開指示が下るも、前項で述べたように住んでいる場所が生まれた所であると言う人々は、逃げるに逃げられない日々を過ごしていた。ウチもそれは同じで県外に親戚は居ないから、避難せざるを得ない状況になった場合を想定し、何時でも飛び出せるよう準備だけは整っていた。


 だがその準備は、全て意味の無い物となってしまった。


 行方が掴めなかった二足歩行型の巨大生物は深夜1時頃、突如として浦賀水道に出現。陸海空自衛隊、海保、警察、消防、在日米軍による幾重もの哨戒網を嘲笑うかのように、馬堀海岸から横須賀市へと上陸した。

 口から吐く白い熱線は横須賀の街を次々に破壊。住宅地を踏み潰し、寝静まっていた町を朱色に染め上げた。

 避難誘導は後手に回ると言えるレベルではない程に遅れ、巨大生物撃退のため急行する陸自や米軍派遣部隊と逃げ惑う住民が入り混じる最悪の様相を呈していた。特に巨大生物の吐き出す熱線が殊更に状況を悪くし、建物に逃げ込んだ人々や地域の指定避難所に集まった人々をもまとめて消し炭にした事で、避難の意味を成さなくしてしまったのが大きな要因と言える。

 行政は「逃げろ」とも「逃げるな」とも言えない中、少しでも撃退行動の円滑化を支援するため、まだ距離がある一帯の住民から避難させ始めた。そうして出来た空間へ巨大生物の近くから避難して来る住民たちを受け入れ、上手い具合に無人化を図ろうとしたのである。


 これで割を食って犠牲者が増えたのは確かだし、ウチもそれに該当する世帯の1つだったが、あの瓦礫と炎の中を母親の細腕で子供2人抱えて逃げられたのかと考えると、下手すれば親父だけが生き残る結果になっていた可能性もある。

 政府の対応が遅かったのは誰の目にも明らかだが、各自が最善を尽くせるだけ尽くした結果と考えるなら、不思議と納得する事も出来た。


 本土に易々と上陸を許した事で統幕と在日米軍司令部は緊急の合同作戦を立案。巨大生物上陸から2時間が経過した頃、ようやく攻撃部隊の布陣が完了し始めていた。

 出現場所が市街地である事を考慮し、陸自対戦車隊と米軍の軽車両チームが中近距離から各種対戦車ミサイルを使用して肉薄。TOWを搭載したハンヴィーや、中距離多目的誘導弾が各所から攻撃を実施した。これに航空攻撃も加わって巨大生物の行動を何とか押さえ込み、相模湾へ誘い込んで一斉攻撃を敢行。巨大生物を仕留める作戦が全部隊へ通達されたそうだ。

 富士教導団機教連の中隊が県道27号横須賀葉山線を横須賀方面に向けて東進。葉山国際カンツリー倶楽部より射撃を行い、ある程度内陸へ入り込んでいた巨大生物を更に内側へ誘い込もうと攻撃。しかしこれ等の誘導攻撃は中々に上手く行かず、作戦の変更も視野に入り始めた。


 そこへ新たに海を割って現れたのが、あの黒い四足歩行の巨大生物だった。

 戦況は2体の激しい格闘戦に発展。この時、四足歩行の巨大生物は相手を海へ押し戻そうとする行動が目立った。逆に内陸へ誘い込もうとしている自衛隊員や米軍兵士たちにとってその行動はありがた迷惑でしかなかったが、こちらの砲爆撃によるダメージが中々通らない事を考えると、肉弾戦によって相手が傷ついていくのはそれだけで存在価値があったそうだ。

 都市部と沿岸は殆ど壊滅。避難誘導も打ち切られ、戦いの激しさは増していった。そうしている内に四足歩行の巨大生物は熱線による深刻なダメージを受けて行動不能となる。散りぎわに赤い熱線を吐き出すと、二足歩行の巨大生物が初めて絶叫を上げる程の傷を負った。これによって誘導攻撃も再開され、無事に相模湾へ誘い込んでの撃滅作戦が実施されている。


 ある程度の無人化が進んでいたとは言え、その死者は2万人強。負傷者、9千人弱。行方不明者、約3千人。極限定的な被害だが、誰も数えたくはない数字が積み重なった。


 在日米軍は施設を開放して負傷者の受け入れを表明。撃滅作戦に参加した米海軍艦艇も沿岸に集結し、搭載するヘリを使用して負傷者の搬送を始めた。そんな彼らの献身を無かった事にするみたいだが、海外のサイトで話題になった記事を紹介したい。


【アメリカ政府は何かを隠している。私はエリア51から空へ昇る怪しい光りを見た。そして同時に地震も起きた】


【西海岸で船舶の消失事故が相次いでいた。沿岸警備隊の知り合いは披露困憊で顔色が悪い】


【ハワイ沖で急に海が盛り上がったのを見た。1回や2回ではなく、10回以上もその現象は起きた。衛星でもこの現象は見えている筈なのに、オアフ島の太平洋艦隊司令部はこれを黙殺している】


 事件の後、こんな感じの書き込みが海外の掲示板で複数見られている。アメリカ政府は当然これ等に対して正式に「関係性は無いと考えている」と表明。あくまで無関係を貫き通したが、言われて見ると確かに不自然な点は多い。

 ハワイ沖で海が盛り上がったと言う証言から5日後に、硫黄島近海で米海軍の車両貨物輸送艦は沈んでいる。その前にはP-1哨戒機が発見した謎の音紋と硫黄島で周辺の異音騒ぎがあった。更に遡ると、西海岸で船舶の消失事故が相次いだとの証言はハワイ沖の話しから10程日前だ。そしてエリア51の件。これもハワイ沖から遡って半月弱前になる。ここまでの証言を仮に真実として構築し直すと、アメリカが何かの実験を行い、その結果として例の巨大生物が出現した、と紐づける事も可能ではある。

 こう考えると、アメリカは既にその存在を感知しており、第七艦隊自体が事前に戦闘可能な状態にあったと仮定も出来る。実際問題として、作戦行動中の原潜「シカゴ」が都合よく近くに居る筈もないし、硫黄島には米軍の訓練場もあるが、基本的には無人だそうだ。人も居ない施設を何とかしたくて、わざわざ在日米軍司令部が横槍を入れて来るだろうか。

 考え出せば疑問は尽きないが、10年が過ぎ去ってしまった現状としては、全て仮定の事と考えるしかないのだった。


「また特別機動戦闘団の発足に当たって、ストライカー装甲車等の購入を日本政府に打診する動きも見られており、何か組織的な意思が働いている側面も否定出来ず」


「ニャ~」


 そこまでをノートPCに打ち込んだ所で、クロが足に擦り寄って来た。構って欲しいようだ。


「ちょっと待ってくれ」


 忘れないようしっかり保存して、電源も落とした。椅子の下に居るクロを抱き上げる。


「少し重くなったか? まぁでも、年齢を考えると痩せすぎよりいいのかな」


 手触りの良い毛並みから、クロの体温が伝わって来る。両腕がじんわりと温まり、ゴロゴロの振動が激しくなっていった。


「ニャ~」


「よしよし。動物はいいな。幾つになっても甘えられて」


 クロが両手を肩に伸ばして来た。そのまま首にクロの顔がくっ付く。


「鼻が冷たいから止めてくれ~」


 クロを抱き抱えたまま立ち上がり、ベッドに腰掛けた。胸の上にクロが乗っかる形になる。


「昼寝するか、クロ」


「ニャッ」


 最近、どれが返事なのかぐらいは分かるようになって来た。こうして若干でも意思疎通が出来ていると感じられる事が楽しいのだった。


 胸の上で寝始めるクロの背中から頭をゆっくり撫でる。喉の振動が心地よさを齎し、こちらも自然とまどろみに落ちていった。クロの体温と重さに幸せを感じながら、暫しの眠りに入る。

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