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その猫の秘密  作者: onyx
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余燼3

 横田基地の一室で始まった非公式会談。意外な事に酒が振舞われる中、ラフにいこうと発言した本人の口からとんでもない言葉が飛び出して来た。

 この男は何を企んでいるのか。百武、佐伯両名の目つきはゆっくりと険しいものに変わっていく。


「……仰っている意味がよく分かりませんが」


 百武はグラスをテーブルに戻しながら部屋の中を少しだけ見渡す。監視カメラのような物は確認出来ない。しかし盗聴器がある可能性は高いだろう。言葉を選んで話す必要がある。


「ご安心下さい。ここは安全です。先ほどの回答ですが、何も含んではいません。そのままの意味です」


「我々を騙したと言う事ですか?」


 幾分か佐伯が語気を強めて身を乗り出した。しかしカールはそれを気にする事もなく、佐伯の反応など想定内であるとでも言いたげな表情だ。しかし目付きは真剣そのもの。腹の中には確固たる意志が垣間見える。

 俄かに水滴が滴り始める自身のグラスに注いだ酒を一舐めし、両手で握りしめながら一旦は閉じた口を開いた。声量も話す速度も変えずに喋り出す。


「どちらかと言えば皆さんに会うための"口実"です。建前として公式な理由も必要でした。話を戻しますが、今、本国はかなり緊張感が高まっています。10年前のあの時のようにです。私のような大した権限を持っていない職員ですら出国に制限が掛かっております。搭乗手続きがもう少しでも遅ければここには居ないでしょう」


「帰還の命令が出ているのでは」


「端末は連絡機がここに到着すると同時にタラップから放り投げました。うっかり落としてしまった事にしてあります。基地にもしつこく連絡が来ているでしょうが、フラッと出掛けて行き先が分からないと言う説明を頼んでいます」


 テーブルの小皿に積まれたナッツを摘まんで口に放り投げ、奥歯で「ガリッ」と割る音がいやに大きく響いた。それを酒で飲み下すと次を注ぎ始める。最初のように綺麗な手付きではなかった。グラスを乱暴に酒で満たすと、氷入れから適当な大きさの氷を手掴みで2~3個放り投げる。

 当然だが跳ねた酒がテーブルに飛び散った。百武と佐伯はこの行動がどうにも理解出来なかったが、どうやらカールも自身が持っている情報を話す事に緊張しているらしいのが分かる。


「……また水割りでいいので、次を貰えますか」


「失礼しました。お見苦しい所を」


「いえ」


「クアーズがあったりしますか」


「日本では売らなくなって久しいですね。お待ち下さい」


 急に持ち直したのか最初に感じたバーテンのような振る舞いに戻った。佐伯の要求を満たすべく冷蔵庫へ軽い足取りで近付き、冷蔵庫から330mlの瓶を2本取り出す。それを持って再びテーブルに戻り今度は百武への水割りを作った。

 自分のグラスに入れた酒は別のコップへ半分程度を移し、水が入ったチェイサーを手に取って残り半分をその水で満たす。十分に薄くなった酒を2度ほど啜ると椅子に深く腰掛けた。


「さて、何所から話しましょう。これは非常に申し上げ難いのですが、10年前に横須賀……失礼、硫黄島が先でしたね。あの災厄が起きた原因に、我々アメリカが関わっているとしたら、どう思われますか」


「……何を仰っているのか」


「理解出来ないのも無理ありません。ですが先ほども言った通り私自身、当事者の1人でもあるのです」


 百武はグラスを軽く回してその中で揺れ動く氷を見つめた。何故か分からないが、カールと目を合わせて話す気になれない。10年前の記憶は未だ日本人の心に多くの爪痕を残しているのだ。


「10年前、ネヴァダのある場所で極秘の実験が行われました。素粒子を衝突させる実験機を極小型にする事に成功しまして、それを試験していたのです。私はこの時DIAに所属してました。今回の実験がどれだけ国防に付与出来るのか、或いは軍事的に利用価値が見出せるものなのか、それとも……そちらの言葉で表すと素粒子物理学でしたか? その範疇に収まるだけで国家的にはそこまで意味がないものなのか、見極める仕事を当時のリーダーと共に任されました。要するに見学ですね。BNLがどうしても極秘に実験したいとの申し出がありまして、国防総省が場所を貸す事にしたんです」


 知らない情報がこの男の口から雪崩の如く吐き出されて来る。それだけでも驚きの連続だが、まだ話の内容は肝心な部分に触れていない。


「実験は午前と午後で分けて行われました。午前は特に問題もなく終了。ランチを挟んで午後の実験が開始され、異変はそこで起きました。実験機が故障したのです。全ての計測値が振り切ってしまい、警報が鳴りました。同時に、実験機から光が漏れ出したのです。光は実験機の真上に集まって大きくなり、最後は白く光り輝く穴に変化しました。そこから、ある存在が出て来たのです」


「……ある存在とは」


「天使です」


 急に素っ頓狂な返答され、問い質した佐伯だけでなく百武も真顔になった。2人の表情を見たカールは立ち上がって部屋の隅にある棚から封筒を取り出した。中には写真が入っていたようだ。

 目を細めたカールは「信じたくない」と言う顔付きで2人の横にやって来る。


「旧約聖書や古代オリエントの絵画でよくある描き方としてこのような姿が多いのは確かです。しかしどうですか。誰が見ても分かるこれは、正に"天使"ですよね?」


 背中に生えた2枚の羽根と金髪のくせ毛。そして一糸纏わない姿で自愛の笑みを浮かべ、空を飛ぶ4つの天使が写真に間違いなく収められている。高さとしては20mほどの空中と思われた。実験を行う人間たちや兵士はこの天使を指差して神聖な物を見るような目付きでいる。こんな物が実在するのだろうか。


「これはその後……」


「消え去りました。基地の警備システムには一切関知されず、文字通りに消えてしまったのです。対人探知装置、レーダーにも引っ掛かりません。外に居た数多くの警備兵すら目にしておりません。後でこの場に居た者に聞き取りを行いましたが、白い光があまりにも神秘的で、神でも出て来るのではと思ったと言う回答が大多数でした。私はこの時は特にそんな事は思っていませんでしたが、私もこの目で天使を見ています。ですがそんな物は現実的に存在しません、本当に神の使いか何かが現れた可能性も否定出来ませんが、その後の出来事から思うにこれが神に使いだとは思えません。むしろ、悪い存在をこちらの空間に誘い込んでしまったのではないかと、私は考えました。相手の思考を読んで都合良く姿形を変える。そう言った能力を備えた、こことは異なる世界の生命体。今回出現した巨大生物の件を踏まえると、こう考えた方が現実的では? と」


 百武と佐伯は途端に寒気を覚えた。酒で上がった体温が一気に下がっていくのを感じる。こんな物にどうやって立ち向かえばいいのか。自分たちが相手にしているのは、想像を超えた存在なのだろうか。


「日本政府が後で名称したU01と02の内、01は我が海軍によって撃破されました。死骸は見つかりませんでしたが、肉片の一部を僅かながら回収に成功しています。所が、この肉片は日を追うごとに小さくなり、最終的にはケースから消え去りました。U02に至っては現場に多くの人間が居たにも関わらず、一切合切が気付いたら消えていましたね」


 巨大生物災害調査対策部が発足した当初に硫黄島へ出現した2体の巨大生物へ付けられた名前だ。U01がセイウチ型、2足歩行型がU02である。そしてU03が再出現した黒い4足歩行型。今回の事態でU03に撃破された方は数字が続いてU04の呼称がなされている。

 政府内部で一部の人間たちが"固有名詞を付けるべきでは"との声を上げたが、では誰が命名するのかとの点に議論が及ぶとそっぽを向くのだった。


「あの時、確かU01の血液も微量を採取出来ていた筈ですが」


「記録は残っています。サンプルは肉片同様に消失しました。セイウチのような姿をしていながら、海洋性哺乳類のDNAを一切持っていなかった事はご存知でしょう?」


「ええ。非常に驚いたものです」


「生物として在り得ない事ですが、目の前に居たあの存在は否定出来ません。ますます生態が分かりませんね」


 カールと百武の会話で佐伯は違和感を覚えた。U01の死骸が上がらなかったのは知っていたが、その先に続いた微量な肉片や血液のサンプルについては自分の所にも資料が存在しなかった。

 百武の表情に変化はなかった。10年も前となれば秘密にしていた何かを忘れてしまうのも無理はない。だがこの会話、双方が知った上でなければ成り立たないものだ。カールが"ここは安全"と言った事で思わず口にしてしまったのだろうか。

 いや、先に言い出したのはカールだ。恐らくカール自身、前任者からこの件を預かっている筈。こっちが知っているだろうと先入観を持っているのも確かだ。それに合わせてしまったが故の発言なのか?

 目の前で続く会話から佐伯の意識が遠ざかる。自分だけ俯瞰でこの場を見つめているような感覚に陥った。



同時刻・亀田動物病院


 クロの手術は1時間ほどで終わった。今はケージの中に移されて麻酔で眠っている。家に1人で居る気にはなれず、何かあったら拙いとの観点から今日は泊まっていく事になった。色々と準備をしてくれた副院長さんがやって来る。


「仮眠室のベッド、マットレスとか全部取り換えたからそこで寝るといいよ。夕飯は悪いけど備蓄の物でいいかな」


「大丈夫です」


 病院の横にある院長宅で風呂場を借り手短にシャワーも済ませた。ふと気付いたが、シャンプーの類が男物しかない。でも副院長は左手の薬指に指輪をしていた。何かあったようだけど聞くのは野暮だ。もしかするとウチみたいに10年前、死に別れたのかも知れない。だとすれば聞かない方がいい。


 夕食を終えて入院室のケージで眠るクロを確認した後、仮眠室に向かう。まだ寝る気にはなれないからテレビを点けた。報道は昼間に続いて同じ内容だがこの時間帯なのに政府公式発表をやっていた。取りあえずこれでも見よう。


「再三申し上げている通り、巨大生物の出現を事前に察知する事は不可能であるとの結論に達しました。10年前の件もそうでございますが、今回においても兆候らしいものは確認出来ておりません。国民の皆様におかれましては、いつ何が起きてもいいように、備えを怠らないで下さいますよう、お願い申し上げます」


「そうなると人口密集地における事前の避難すら意味を成さない可能性があると言う事でしょうか」


「仰る通りです」


「つまり日本の全土で神出鬼没的に出現する事も考えられると」


「はい。国土の何所に現れてもおかしくありません。それこそ、今この瞬間、ここで実体化する可能性もあると言う事です」


 竜沢総理の発言で会見の空気が不穏になった。さっきまで"とことん追求してやろう"と意気込んでいた記者たちが微妙に首を動かして周囲を見回している。


「出現した際の警報や情報は可能な限り迅速にお伝えします。また、本日付けを持ちまして、期限を設けない非常事態宣言を発令致しました。これは巨大生物出現事態基本法に基づくものであります。武力攻撃事態同様、巨大生物を撃退するための行動が優先されます。周辺国には外務省を通じて十分な説明を行いました。国民の皆様に不便を強いる事は非常に心苦しい部分がございますが、何卒、自らの生活を可能な限り維持しつつ、万一の際は速やかなる避難の実現を深くお願い申し上げます」


 中継はそこで一旦終わり映像がスタジオに戻る。何とも後味の悪い感じだ。


 暫くしてSNSを適当に見漁った。こういう時はデマが回ってあちこちで生産性のない議論が始まるものだ。案の定"自分ならこうする"だの "本来はこうするべき"や "出来るくせにどうしてやらないのか" 等々、きな臭い書き込みが多い。


 そんな中で見つけた極め付けのタグがこれだ。


#巨大生物有事に便乗した戒厳令の発令に反対します

#武力による巨大生物への対抗に反対します


 よくもまぁこんなものを思い付くもんだ。国土の何所に現れてもおかしくないと政府が発表しているにも関わらずこの有様である。自分たちは安全だと勘違いしているのか。その安心は何所から来るものなのか。

DIA:アメリカ国防情報局 国防総省傘下

BNL:ブルックヘブン国立研究所 合衆国エネルギー省傘下


追記

佐伯の所、語彙じゃなくて語気でした。失礼致しました。

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