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その猫の秘密  作者: onyx
20/23

ぶつかり合う巨体2

 ドラゴン型は依然として顔を棘の生えた尻尾で締め上げられている。しかも地面に押し付けられた状態でだ。再生した方の羽も4足歩行型の攻撃によって千切られ、いよいよ手詰まりと思われたその時、自身の体を4足歩行型に向けて大きく突き動かした。

 後ろ足だけで立っていた4足歩行型はこの動きで一瞬だけ体が浮き上がる。背中に突き刺した前足の爪が抜けないので動きに合わせて何度も宙に浮いた。

 ここでドラゴン型が光り出した。急速に粒子化が進み今までにない速度で体が消え始める。さっきまで自身の爪を突き刺していた部分が消失した事で4足歩行型の体が前に向けて落ちた。地面に上半身から倒れ込む。粒子は全てが4足歩行型と距離を取るように離れ、違う場所で再形成を開始していた。

 新たに姿形を得たその姿。レスリング選手のような前屈みで全体的に「ヒト」に近い形だった。尻尾は4足歩行型のように棘が生えている。ガッシリとした両足。太めだがそこそこ長い5本指。分厚い体から続く頭部はコモドオオトカゲを思わせる形状だ。

 一見すると、体から飛び出している余計な部分。戦いには直接的に必要無い部分を削ったようにも思える。尻尾はさっき痛い目に遭った事で自分も同じような攻撃が出来るように手段を増やした結果だろうか。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


首相官邸地下 危機管理センター


 現場空域に留まり続けているグローバルホークからの映像を青木官房長官は食い入るように見つめていた。何らかの結論に至ったのか、佐伯の方を見て語り掛ける。


「どう思う。戦いに最適化した姿になったように感じるが」


「ええ、自分もそれを考えてました」


 さっきまでは特機団の車両が相手だったため、単純に口からの光弾で事足りる敵という認識だったのだろう。そこに割って入った4足歩行型によって今の姿形では戦いに不利である事を悟ったのか否かは想像の及ぶ所ではないが、近い着地点を見出したのは間違いなさそうだ。

 これは考えようによっては非常に厄介な敵である事も意味していた。もし近接航空支援等だけで追い込んだ場合、対空攻撃に特化した攻撃手段を持つ形状になる可能性が高い。

 遠距離火力で叩き続けるのも危険と考えるべきかも知れない。何らかの手段を用いて発射地点を特定するか、もしくは高速で接近する小型目標に対して非常に鋭敏な反応を示し、それを撃墜出来るだけの攻撃方法を備えてしまう恐れもある。

 そうなれば特機団が矢面に立つのも限界があった。仮にだが地上攻撃に適した形状で出現されると打つ手がない。例えば巨大な円筒形状になって転がり地上部隊や建造物を全て踏み潰しながら進む巨大生物なんて考えたくもないが、目の前で起きているこの事象を考慮すると行きつく果ての1つとしては否定出来なかった。


「統幕長。陸上部隊集結状況の報告を」


「1偵戦の木更津到着を確認。館山自動車道に向けて移動中です。東部方面特科連隊の第1大隊から1個中隊を空輸中。機教連90式及び10式もトランスポーターにて移動していますが、まだ都内を抜け出せていません」


「予想でいい。所要時間は」


「最短でも2~3時間は掛かるかと」


 やはり戦車の到着は間に合わない。特機団と1偵戦の16式が唯一の機動打撃力だ。しかし変に手出しをしてこちらに被害が及ぶのを避けなければならないのは事実。今から東北、中部に要請を出して増援を呼び付けてもいいが、到着前に首都圏が壊滅する可能性もあった。


「いずれにしろ、我々は備えなければなりません。無駄を恐れて最悪の結果を招くような事になるのは回避したく思います」


「それは理解してる。取り急ぎで可能なプランはないか」


「現実的に考えれば至近の師団及び旅団から即機連を向かわせるのが妥当な線でしょうか。もしくは全部隊から1個中隊程度を抽出して増強戦闘団に近いスタイルも可能です。しかし主戦力が機動打撃となりますと、いささか変則的な部隊構成になるかと」


「短時間で実行可能且つ現実的なものを纏めてくれ。時間との勝負だ」


「分かりました」


 戦いの動向が分からない以上、備えるしかない。仮に4足歩行型が勝ってもこちらに被害を及ぼさない保証は存在しないのだ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 4足歩行型は立ち上がり、体を震わせて纏わり付いた土を払い落とす。それが終わると新たな姿となった2足歩行型を睨み付けた。

 どちらにも動きがないまま時間は流れる。ここで4足歩行型が先に動いた。右斜め前方に駆け出して2足歩行型の脇に取り付こうとするが、上から振り下ろされた拳によってけん制されてしまう。寸前の所で距離を開けて振り向き、後方から飛び掛かるも自身と同じような尻尾が動いて腹部に強烈な一撃を与えた。

 空中で弾かれた4足歩行型は真横に吹っ飛んで地面に墜落。口からどす黒い液体を何度も吐き出してのたうった。

 そんな所に水色と紫が混ざったような毒々しい色の光線が放たれる。光線は4足歩行型を貫きはしなかったものの、決して小さくはない体を山へ押し込み、地形を大きく変えてしまった。衝撃で空に舞い上がる木々や土煙が周囲に立ち込める。

 口から吐いた光線と同じ色の煙を漂わせながら、2足歩行型は元の大きさから半分ほど抉れた山を見つめている。そこに4足歩行型の姿は既になかった。


 敵を探して頭を動かし、周りを確認する。体ごと振り向いて後ろを見ても視界に捉える事は出来なかった。しかし用心深くキョロキョロと警戒を続けている。

 痺れを切らしたのか再び光線を吐いて隠れられそうな山を次々に破壊し始めた。小さい物は一撃で吹き飛ぶが、さすがに大きな山を完全に崩す事は叶わず、半分程度は残ってしまった。

 新たな目標へ向けて光線を吐き出した直後、別の山の稜線から4足歩行型が飛び出した。まだ視界に収められていないのを利用して距離を一気に詰めていく。後ろ脚を力強く蹴って前方へジャンプし後方から首に向けて飛び掛かった。しかし上下の顎から長く伸びる鋭い牙が届くよりも前に振り向いてしまう。別段、慌てる様子もなく2足歩行型は自身に向かって来る4足歩行型の首を左手で下から掴み上げた。続いて右手で額を押さえ、重心を低くして両足を踏み込み、ぶつかる4足歩行型の質量を受け流す。

 後ろ脚が地面に着いた4足歩行型は力任せに押し込もうとするが、急に暴れ出した。何か苦しんでいるように見受けられる。

 体が押し戻され始めた。2足歩行型は左手で首を絞め、右手で頭部を掴み直してアイアンクローのような攻撃を繰り出している。逃げようとしても頭と首を極められている状態は簡単に脱せるものではない。

 次第に動きが鈍くなっていく4足歩行型。相手に力が入らなくなったのを感じた2足歩行型は体を捻って地面に顔を押し付けた。両手を離すもすぐさま足で上から顔面を踏み付ける。2回、3回と繰り返し、最後は横から蹴り上げた。体が十数メートル移動し口から流れ出る血が不可思議な軌道を描く。


 またも光線が放たれるがヨロヨロ立ち上がって寸前の所でこれを回避。円を描くように走り出した。

 これに対して2足歩行型は後方からの攻撃に備え尻尾を振り回して警戒。視界に入る間はずっと目で相手を追い続ける。

 4足歩行型が5周ほど回った時、ついに行動を起こした。2足歩行型を正面に捉えて突っ込んでいく。「またそれか」と言いたげな2足歩行型は両手を構えた。

 口を開けて牙の存在を誇示させながら飛び掛かる。そこへ合わせるように2足歩行型は正拳を繰り出した。直撃すれば顔面は粉砕され、牙も粉々になるだろう。勝負は見えたかに思えた。だが4足歩行型は前に出て来た正拳ではなく腕へ両手の爪を突き刺す。そのまま向かって来る正拳に口を押し付けると、赤い閃光で相手の手を破壊した。

 何が起きたのかよく分かっていない2足歩行型は驚いて腕を引っ込めるも、深く刺さった爪は抜けなかった。結果的に4足歩行型を自身へ飛び付かせる事になる。

 急な踏ん張りは利かずに押し倒された2足歩行型。急いで起き上がろうとするが喉元に4足歩行型の牙が突き立てられた。また口が赤く光り始める。攻撃を察知した2足歩行型は暴れて振り解こうとするがそれは叶わなかった。


 さっきよりも大きな閃光と爆発。黒い煙りが晴れたそこには、4足歩行型の姿のみがあった。

 覚束ない足取りで移動を始め、何所かへ向かうように思えたがそうではなく、近くにある山への中腹目掛けて前方へジャンプした。すると4足歩行型が何かに吸い込まれるように消え去る。地面に足跡が残るぐらいの質量を持った存在が完全に消えてしまったのだ。

 その不可思議な光景は上空のグローバルホークがしっかりと映像に収め、危機管理センターに居る全員が目にする事となる。2体は何所から来て何所へ消えたのか。あの粒子化現象は何なのか。そもそも地球上の生物なのか。この多すぎる謎は解明出来るものなのか。誰に聞いても答えが出て来る問題ではない。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


夕刻 神奈川県横須賀市


 いすみ市で起きた巨大生物同士の戦いは、後から現れた個体の方が勝って終わったらしい。完全とまではいかないが警報レベルも1段引き下げられた。少し平穏な空気が流れ出している。


「まぁ、明日までは油断しない方がいいか」


 報道はまだ警戒を促し続けていた。しかし勝った方の足取りに関する情報が出て来ないのはどうしてなのだろうか。


「……ん?」


 何所か分からないが、カリカリと音がする。何かを引っかくような音だ。


「…………玄関?」


 どうやら音は玄関の方からしているらしい事に気付く。顔を廊下に出して玄関の様子を窺うと、外から音が聞こえて来るのが分かった。それも下の方からだ。人間はあんな所を引っかかない。とすれば答えは1つだ。


「やっぱ散歩だったか、心配させやがって」


 立ち上がって玄関に近付きドアを開けた。完全に開き切らない隙間からクロがスルッと入って来る。


「ニャー」


「こら、どこ行ってたんだ」


 持ち上げようとして前脚の両脇に手を入れた。感触がおかしい。妙に湿っている。


「……クロ?」


 手を戻すと、両手に赤い血がベットリと付いてた。意識が遠くなるのを感じる。視線を戻すとクロは玄関の床に寝転んでいた。眠そうな顔付きである。


「おい……なんだこれ」


 心臓の鼓動が早くなる。嫌だ。こんなのは嫌だ。こんな最期は認めない。絶対に認めない。


「クロ!」


 何をするべきだ。傷口の確認? いやその前に血を拭き取るか? タオルは何所だ。


 風呂場に走ってバスタオルを取って来た。それをクロの上に被せて血を拭うと、あっという間にバスタオルは赤く染まった。


「クロ、だめだ、だめだぞ」


 手に血が付いたまま受話器を取る。時間は16時過ぎ。まだ病院は開いている筈だ。震える指先が番号を何度も押し間違え、イライラが募っていく。どうにか押し終えた後の呼び出し音が永遠のものに思えた。


(早く、早く出ろ)


「はい、亀田動物病院」


 この声は副院長だ。話が通りやすいかも知れない。


「若生です。予防接種でお世話に」


「あー、はいはい。何か副作用かな?」


「いえ……その、クロが家の外で大怪我をしたようで、血が止まらないんです。玄関で寝込んで動かなくて、反応も鈍くて」


「血。何所から出てるか分かる?」


「ちょっとそこまでは」


「まだ警報レベルがあれだな。分かった、こっちから行くよ。クロちゃんはそのまま動かさないように。お父さんは」


「父は……自衛官ですのでまだ暫く」


「そうだったね。とにかく動かさないで。出来れば出血ヶ所を探って圧迫止血をしてて欲しい。状況が大分変って来るから」


「はい」


「出たらまた掛け直すよ。落ち着いてやってくれ。いいね」


「分かりました」


 電話が切れた。新しいタオルを持って来て血まみれのバスタオルを剥がし、出血している所を探したがよく分からない。そんな余裕はなかった。でもやらないとクロは助からない。新しいタオルで血を拭い、ある程度綺麗になっても血が付き続ける所を探した。恐らくそこが出血ヶ所の筈だ。


「クロ、少しだけ頑張れ、もうちょっとだ」


 気付いたら、視界がボヤけていた。どうして自分は泣いているのだろうか。肉親の死も大して悲しんだ事がないクセに、クロの死に対する恐怖はとても大きいのだった。

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