ぶつかり合う巨体1
山を割って現れた4足歩行の巨大生物は、平野部を進むドラゴン型の巨大生物を睨み続けている。その姿を視界の隅に収めたであろうドラゴン型が振り向くよりも前に山から飛び出した。
サイズは大差ないが足の長さは圧倒的に勝っている。これを活かした巨体らしからぬ素早い動きで後方に回り込みほぼ垂直にジャンプした。そのまま背中へ目掛けて自由落下し、前足から着地して全体重をドラゴン型に預ける。
思わぬ後方からの奇襲にドラゴン型は吠えた。予想外の事に踏ん張りも利かず地面へ腹から崩れ落ちる。砂塵が舞い上がって周囲が土煙に包まれた。
ドラゴン型はしきりに後ろへ首を振るが視界の端に映る程度で背中の存在を完全に捉える事が出来なかった。口から光弾を吐いて威嚇するも相手は意に介していない。背中に乗った4足歩行の巨大生物は沈黙を貫いていた。
揺れる背中の上で何をするでもなく、バランスを取り続けて慌てふためくドラゴン型をじっと見つめている。まるで相手の戦闘力を分析しているかのようだ。状況に大きな変化のない光景が暫く続く。
業を煮やしたドラゴン型は長い尻尾を自身の背中に向けて叩き付けた。背後から食らった一撃で4足歩行型は少しだけ身じろぐ。大したダメージにはなっていないようだが、2度3度と尻尾を叩き付けられた事で鬱陶しさを覚えたらしく、右斜め上方へジャンプして背中から離れた。
顔を忙しく左右に向けて後ろを見ようとしていたドラゴン型は、ここでようやく敵の姿を確認。まだ空中に居る敵へ向けて光弾を発射した。
予想していたかどうか定かではないが、迫り来る無数の光弾が4足歩行型の視界に広がる。しかしドラゴン型は移動先を予測しながら放った訳ではないため光弾は毛先をギリギリで掠めて通り過ぎた。
無事に着地した4足歩行型は隙を見せまいと駆け出す。後を追うように襲い掛かる光弾の雨。木々は燃え、山肌が剥き出しになり、田畑も無残に抉られる。さっきまで特機団が走っていたアスファルトも粉々に吹き飛んだ。
ただ、破壊が繰り返されていく。地震、津波、火事、雪、竜巻、洪水。それらの自然災害は待っていれば何所かのタイミング収まるものだ。だがこれは違う。少なからず意思を持って行動し、こちらの予想出来ない方法で永遠に破壊を続け、避難所も意味を成さない。それが巨大生物による災害の最も恐ろしい部分だった。
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首相官邸地下 危機管理センター
長閑な光景が荒野にようになっていく様を、上空に留まっているグローバルホークからのリアルタイム映像が流れている官邸のスタッフたちはただ見つめていた。何人かは体調の変化を覚え、体が小刻みに震え出している。10年前に被災した経験を持つ人間も少なからず居るのだ。あの夜の悪夢がフラッシュバックするのも無理はない。
参集している各大臣たち、統合幕僚長や在日米軍司令も同様に映像を見つめて固まっていた。
「……まるであの夜のようだ」
青木官房長官が小声で呟いた。10年前、横須賀が灰燼に帰した時の戦いを見ている気分になる。そんな所へ原田官房副長官が下のフロアからが上がって来た。青木にこっそり耳打ちする。
「分かった、交代のスタッフを用意しよう」
マイクを口元に近付け、オペレーションフロアへの拡声スイッチを押した。
「気分の悪い者は席を外して構わん。無理はするな」
その一言でスタッフたちの何人かが移動を始めた。2~3名は途中で膝を着いて動けなくなったり、嘔吐するなどの光景が見られる。医療スタッフが走って現れ、担架が運び込まれた。
青木は事前にオペレーションスタッフの経歴を調べ、被災した経験を持つ者の中にPTSDの治療を受けた人間をリストアップしていた。長い年月が過ぎたとは言え、過去の記憶が呼び覚まされる事で何かしらの症状が表面化する可能性を考慮し、それなりの準備を整えていた。
下のオペレーションフロアが落ち着きを取り戻した頃合いを見計らって、青木は佐伯の方を振り返る。
「書記官。この戦いの行く末について何か意見はあるか。想像で構わん」
「ちょっと待って下さい、もう少しで資料が届きます」
佐伯は携帯を片手に誰かと話していた。通話が終わるとほぼ同時に段ボールを抱えた3人の男たちが姿を現す。ドカドカと慌ただしく段ボールをテーブルに置くと、中に入っていた資料の配布を始めた。
「私が百武事務次官から引き継いだ巨大生物災害資料編纂室の者たちです。現在進行中の本事案に関して、予想される最悪の被害ケースをシミュレートして貰った結果をお渡しします」
各大臣たちが資料を捲り出す。その表情は千差万別で、空気を搔き乱すには十分な内容が記載されていたようだ。ザワ付き出した中でも特に瀬野環境大臣は立ち上がって意義を唱え始める。
「これは幾らなんでもやり過ぎだ! ここまで地形が変わってはどれだけの金が必要になる!」
「金に糸目を付けている場合ではないでしょう。環境大臣はご存知でないと思いますが、10年前に統幕は房総半島全域が焦土になる可能性を視野に入れていました。形は変わってしまいましたが横須賀は壊滅。過去、日本を襲った数多くの震災を凌ぐ被害になったのは、まだ記憶に新しい。爪痕はもう見る影もありませんが、今2体の戦っている場所がこうなる可能性は極めて高いと考えます」
シミュレーション結果には最悪のケースとして、半径10キロ近くが平野部になる、一部の山々は火山活動を呼び起こされて噴火、至近してる町村のライフライン全損、特に今戦っている場所を中心に半径2~3キロは数100m近く陥没する恐れ、光線等の射程が数キロに及ぶ場合、着弾の影響で他の山林も大きく形が変わる可能性などが挙げられていた。
更に懸念事項として、未知の物質による生態系、大気の汚染も検討すべきとあった。最悪の場合は現場周辺を焼き払うなど、何らかの方法で有毒物質の排除を試みる必要性についても記載されている。
「……佐伯くん、10年前に横須賀では何かそう言った物質が採集されていたかね」
「当時はそれらしき物は何も回収されませんでした。相模湾でU02を倒せた興奮と安堵感で、その辺の事を考えている余裕は無かったでしょう。後になって大宮の化学学校が血相を変えて色々と採取を試みましたが、残留物は既に霧散してしまったようで特に目ぼしい物は……」
滝沢の問い掛けに佐伯はそう答えた。あの時は関東圏に駐屯する自衛隊の化学部隊だけでなく、警視庁や消防庁のNBCテロ対応部隊も応援に加わり、残留物の採取に全力で取り掛かったのだ。結果的は佐伯の言った通りとなったが、これで巨大生物が保持している未知の物資または細菌による汚染の可能性が取りざたされるようになったお陰で、意識改革は大きく進んだ。
特機団が密かに改造を加えたオスプレイはそれを見越しての事でもあった。一応、特機団に配備されている全ての車両はNBC対策を万全に施してある。
「汚染されたらどうしようもない。環境を再生させるのは困難じゃないのか」
「それはあなたが考えるべき事の筈です。ご自身が背負っておられる肩書を今一度認識されては如何でしょうか。連中が相打ちになれば御の字ですが、我々は連中が消え去ったこの世界で生きていかなければなりません。環境再生を放棄する事は、後の代へ大きな借金を残すのと同義です」
瀬野がまた口答えのような事を漏らした所へ佐伯が追い打ちを掛ける。助け舟のつもりはなかったが、話を進めるために滝沢は現在の特機団の状況について統幕議長に説明を求めた。
「統幕議長。特機団はどうなった」
「主戦力は大原まで後退。補給中です。車両の点検や乗員の交代も進んでいますが、1個中隊分の車両を失いましたので戦力的には大きく落ち込みました。遠距離攻撃の可能な部隊は健在ですので今後はそちらを主軸にした攻撃が宜しいかと」
「……村井くん、特機団に喪失分の戦力補充は可能かね」
「車両は予備があります。人員となると少し時間が必要です」
「出来るだけ速やかに手筈を整えてくれ。彼らにはまだ、戦って貰わなければならない」
「承知しました」
村井防衛大臣は秘書官を連れて一度退室した。それを見届けた後、滝沢は在日米軍司令官のケイン大将を見て喋り出す。
「ケイン大将。そちらの戦力展開について説明を」
「はい。当方の第7艦隊は木更津沖に展開を終了。飛行甲板にて航空機の発艦態勢も整っております。駆逐艦隊も通常弾頭トマホークの発射準備が完了。いつでも撃ち出せます。岩国から向かっている部隊は厚木に順次着陸中。これは空母戦力の補充、もしくは単一のユニットとしても運用可能です。これにつきましては日本政府の意向に従えと本国から通達を受けていますので、要請さえあれば如何様にでも」
「分かりました。ありがとうございます」
在日米軍を正式に正面戦力として加えるか否かは滝沢に委ねられた。表向きとしては独力で対処したいのが本心だが、状況によってはそうも言ってられない。2体の戦いがどう転ぶか。どちらが残るか。その時の見極めが重要となって来るだろう。
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4足歩行型は同じ方向に走り続ける。ただしそれは、ドラゴン型を中心に円を描いた走り方だった。首を反転させて進行方向に光弾を撒かれないよう、スピードを保ちながら走る。間合いが一定の感覚に狭まった所で飛び付き背中から生える羽の根元に牙を突き立てた。
左手の鋭い爪を背中に食い込ませながら周辺の部位ごと力任せに引き千切ろうとする。ドラゴン型は悲鳴を上げ、攻撃から逃れようと真横に移動。4足歩行型も動きに合わせて移動するが口を離す気配は微塵も感じられない。
噛み付いている部分から流れ出る紫色の血は次第に量を増し、地面の上にも溜まりつつあった。
1回では無理だと判断したのか4足歩行型は肉を貪るように何度も噛み付き始める。これにはドラゴン型も驚き全身を大きく動かして脱出を図った。
だがその拍子に、傷が深くなっていた部分が体から離れる。依然として噛み付いていた4足歩行型は偶然にもドラゴン型の行動のお陰で羽を根元から千切る事に成功。バックステップのような動きで距離を取り、銜えていた羽を吐き捨てた。
しかし、失った羽の部分に光の粒子が集まり始め、同じ形を作り出した。再生を邪魔されるのを恐れてかドラゴン型の攻撃が激しさを増す。首を上下左右に忙しく振り回して光弾をまき散らした。
これに対して4足歩行型は一定の距離を保ったまま回避行動を続ける。飛んで来る光弾を器用に避けながら、間合いを外さない絶妙な位置関係を維持していた。
羽は次第に形が整い、実体化までは秒読みである。と、ここで4足歩行型が前に駆け出した。降り注ぐ光弾を物ともせず横っ腹に向けて突っ込んで行く。そのまま体当たりされると見たドラゴン型は攻撃を止めて距離を取ろうと後ろへ動いた。
地を這うように低く体のサイズとしては異様な速さで4足歩行型は急接近。最初は体の中央目掛けて走っていた所を急に方向転換し、ドラゴン型の正面を横切るように走った。突然の行動でドラゴン型は相手の動きを見極めようとしたのかここで回避行動を止めてしまう。4足歩行型はドラゴン型の正面を素通りするかのように走り抜けるが、棘の生えた尻尾を立たせ、これをドラゴン型の頭部に叩き付けた、
4足歩行型の体ばかり見ていたドラゴン型は視界外からの攻撃を受けて一瞬だけ昏倒。意識が戻った時には、頭部に巻き付いた尻尾の棘が深く突き刺さる激痛で唸り声を上げる。
だがそれも束の間、4足歩行型は自身の尻尾を相手に巻き付けたまま締め上げ出した。その状態で今度は反対側の羽の根元に噛み付き、両前脚の鋭い爪をドラゴン型に突き刺す。ここで4足歩行型の口が赤く光り始めたのを、グローバルホークのカメラも捉えていた。
赤い光はまるで爆発するかのように、瞬間的に大きく光った。グローバルホークのカメラに焼き付きが生じるほどの閃光が走る。そして光ると同時に、噛み付いていた部分が爆散して羽は食い千切られた。返り血と付着する肉片に構う事もなく、背中に圧し掛かって再生した方へも噛み付いて同様の攻撃を加える。ドラゴン型は首を大きく動かして暴れるが、巻き付いた尻尾が「大人しくしろ」と言わんばかりに強く動いて顔を地面に捻じ伏せた。




