敵か、味方か
装輪装甲戦闘車部隊が折り返しを始めつつ40mmCTAでの攻撃を緩めない中、一旦距離を取った16式の部隊は足を止めて105mm砲の射撃を送り込んでいた。
砲撃の度に土煙と発砲煙が舞い、生い茂る草が揺れる。そして巨大生物と16式の間には砲弾から分離した装弾筒が次第に数を増やしつつあった。これ等は後で余裕があれば回収されるだろう。
「統括から全隊、間もなく効力射が開始される。地上部隊は装戦の後退に合わせて危害範囲から離脱。着弾後は速やかに進出し戦線を再構築せよ」
「こちらユニコーン及びコンドル、着弾後の攻撃に備え待機中」
後方に陣取る機動特科の隊員たちは、上空の無人偵察機から送られて来る様々な情報が付加された映像を眺めながら、射撃のタイミングを計っていた。画面に表示される危害範囲を示すマーカーから装輪装甲戦闘車部隊が抜け始めたのを確認すると共に、19式とHIMRASが砲火を打ち上げる。
これと並行して効力射後に地上部隊が再度進出する間の阻止砲火を兼ね、26式も発射された。飛行ルートは内陸側に大回りするコースを選定。横から頭部にぶち当てる腹積もりだ。
「10秒前…………5秒前、4、3、2、1、今」
前進を続ける巨大生物の足元で榴弾が炸裂。立ち昇る黒煙が晴れない内にHIMARSが発射したM31も頭上から次々と着弾した。衝撃波が地面を伝わり、一度退避した地上部隊にも車両を通して感じられていた。
巨大生物は頭を上から押されたような形になった。体を支えようと巨大な爪を地面に突き立てて抗うも、連続して着弾するM31の運動エネルギーがそれを許さなかった。腕の部分と爪の接合部が引き千切れて支えを失った体は、前方にそのままドシャリと倒れ込む事となる。
「着弾を確認。統括より九十九里浜指揮所、26式の自爆指令は可能か」
「可能だが推進剤にはまだ余裕がある。再度の形成に備えて遠回りさせる」
「統括了解。地上部隊は念のため前進せよ。少し様子を見る」
一旦後退した機動戦闘車及び装輪装甲戦闘車大隊が再び前進。地面に倒れ込んだ巨大生物がどう出るか様子を窺いつつ、照準はその体に合わせたままだ。何かあれば105mm砲もミサイルも撃ち込める大勢は整っている。
16式が足を止めて砲撃していた場所が近付く。巨大生物は起き上がる事もなく、沈黙を守っている。だが次の瞬間、ある程度は予想していた事が起きた。
「全部隊後退! 距離を取れ!」
異変を確認した統括の声が響く。巨大生物は再度粒子化を開始し、今の姿を消し去り出した。
各車の砲手は火器の発射ボタンを少しだけ押し込み、射撃命令に備える。広域戦術ネットワークのディスプレイではさっきまで前進していた各部隊が一斉に後退を始めたのが見て取れた。これが戦車であれば超新地旋回で照準を維持したまま最大速度での後退が可能だが、機動力の向上を目的に全部隊を装輪式にした事が仇となり、どうしてもゆっくりとした動きでの後退となった。
当然、運転手たちは焦り出す。横道に入って一気に駆け戻りたい衝動に駆られるが、何の統制もない状態で行動を起こせば部隊全体に混乱を齎すだろう。
「26式を突っ込ませろ! 第4波を直ちに要請する!」
「九十九里浜指揮所、どこに突っ込ませればいいんだ」
「何所でもいい! もしくは粒子化した中に到達次第で自爆させろ!」
「こちらハウメアリーダー、何発必要だ。足が遅いミサイルだから今撃っても直ぐには届かん。状況はこっちも掴んでる。少し落ち着け」
「取りあえず撃ってくれ! 用意が整っているのはあんたらしか居ないんだ!」
「各機、2発ずつ撃て。発射後は高度を上げて待機」
あまりにも切羽詰まった声にハウメアリーダーは前言を撤回。搭載しているASM-2Cの発射を命じた。ハードポイントから離れたミサイルはエンジンを点火して飛翔を開始。8機編隊が発射したミサイルは計16発となった。
粒子化した体は新しい形を作り始める。そこへ26式が近付きつつあった。射撃指揮所はあの中で自爆させるよりも、足が出来るであろう地面付近に着弾させて爆発と同時に土を撒き上がらせ、不純物を取り込ませた形成による弱体化を狙った。
射手の操作によって26式は見事、足が出来始めている部分の地面に連続して着弾。予想通り大きな土煙が舞った。これで指揮所の狙い通りになるかは分からないが、今は可能性に賭けるしかなかった。
1分としない内に、粒子化現象は終了。再び姿形を変えた巨大生物は大きく咆哮した。何所となく見た事のある形状だ。背中に2つの翼。コーギーのように足は短いが4足歩行で、長い首と小さな頭、尻尾。いわゆる"ドラゴン"に近い姿だった。
子供の頃、もしくは大人になるまでの何所かで刷り込まれたゲームや漫画の情報、記憶が隊員たちの心理に大きな危機感を抱かせる。今度は確実にこちら側を攻撃する何かしらの手段を持っている筈だ。炎か光線。そのどちらかを口から出す。誰しも、勝手にそう思い込んでいた。
そして、それは現実となる。
「前方に発煙弾発射! 何所を走ってもいいから逃げろ!」
巨大生物の口が大きく開くと共に統括官は攻撃を予測。地上部隊に発煙弾の発射を命令した。しかし、何所を走ってもいいからと言う命令をもっと早く出しておくべきだと、彼は後に悩む事となる。
16式と20式の砲塔から発煙弾が飛び出し、完全に白煙が広がるよりも前に巨大生物の口から放たれた青細くて短い雨のような光弾が襲い掛かった。最初は先頭だったが後退している便宜上で最後尾になった部隊に光弾が降り注ぐ。
元々装甲の薄い20式は一瞬で貫かれ、搭載していた22式中多と諸共に爆発。乗員たちも全身に浴びた光弾によって即死した。16式の装甲はホンの少しだけ抗ったがその後は20式と同じ運命を辿った。攻撃を受けた部隊は16式、20式合わせて2個小隊前後。約1個中隊が瞬間的に失われた事になる。
ここで第4波として発射されたASM-2の半数が海側から殺到。これの直撃を受けた巨大生物は体を大きく内陸側に揺らしたが、そこまでのダメージにはなっていないように見受けられた。時間差でやって来た残りの半数も同様に海側から近付くが、これの接近を巨大生物は感知したらしく、口から発射した光弾で全てを撃墜してしまった。どうやら九十九里浜指揮所の思惑は外れ、土煙が巨大生物の能力を下げる効果は無かったようだ。
この第4波がある程度の時間稼ぎとなるも、まだ地上部隊の後退は続いていた。まだもう少し、巨大生物の意識を地上部隊から放す必要がある。
「こちらユニコーン。こっちに気を引いて地上部隊の後退を支援する」
「コンドル各機も稜線上からロケット弾で同様に支援開始」
WAH-64が山の上に姿を現す。そのまま地形に沿ってNOE飛行し、巨大生物の後方に回り込んだ。この間にコンドルが発射したロケット弾が巨大生物に着弾。それを鬱陶しく思ったのか、巨大生物は首を山の方へ向けた。
1人のガンナーがそれに気付いてコンドルチームに警告を呼び掛けようとする直前、光弾が発射された。これによって3機のオスプレイが被弾炎上。山の中に落下して爆発した。
被弾を免れたコンドル各機は直ちに後退。墜落した機体の乗員を捜索する事もままならないため、特機団本部が設けられている木更津駐屯地へと戻る事になった。
「こちらコンドルリーダー、済まないが先に戻る」
「了解。気を付けて帰れ」
言いようのない不安がこの場に蔓延していく。この状況を見ていた特機団本部は、ここに来てついに第7艦隊へトマホークの発射を要請する事を考え始めていた。
そんな時、巨大生物から見て大体8時の方向。ヘリ部隊が隠れていた山に連なる一部が妙に大きく揺れ出した。ずっと上空に留まっていたグローバルホークが燃料補給に向かうため、新たに急行中だったもう1機のグローバルホークがその異変を捉えていた。
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首相官邸地下 危機管理センター
「急行中のグローバルホークが異変を捉えました。映像に出します」
オペレーターの声によって各大臣の視線がディスプレイに集中する。山の一部分が揺れていた。いや、揺れていると言うよりは、少しずつ盛り上がっていくように見えた。
「まさか、もう1体出て来るんじゃ」
「冗談じゃない。今だけでも手一杯だ」
思う所が幾つもあった所で、彼等には事の成り行きを見守るしか出来なかった。あんな所に活火山がある訳でもない。であれば、もう1体出て来ると考えるのも自然な事だった。
揺れは更に大きくなる。グローバルホークからの映像を見始めて間もなく、原因不明の山体崩壊が発生した。
山が一気に膨れ上がったと同時に大量の木々と土砂が舞う。その中から、黒豹に近い見た目ではあるが、サーベルタイガーのように鋭い牙を上下に生やした新たな4足歩行の巨大生物が出現。腕や背中には装甲のような鱗を備え、尻尾にはささくれ立った棘が無数に生えていた。前後の足に生える爪も相応に鋭い。
「…………U03か?」
映像を見ていた佐伯がそう呟いた。Uとは嘗て存在した巨大生物災害調査対策部が巨大生物に対する呼称として付けたものだ。最初に父島を襲ったセイウチ型がU01、もう1体の2足歩行型がU02、そして4足歩行型がU03となっている。Uは正体不明のunidentifiedから取ったとされていた。
横須賀を瓦礫に変えたU02とU03の戦いは、記憶から消そうと思っても簡単に消えるものではなかった。当時に被災した経験のある何人かのオペレーターは顔色を悪くし、また各大臣の秘書たち数名も自身の脈拍が速くなるのを感じていた。
しかし10年前とは少し、見た目が変わっている事に佐伯は気付く。あの時はもっと、全体的に動物っぽかったのだ。腕と背中の鱗も無かったと記憶している。今の姿はまるで、戦うために進化したとでも言えるような姿だった。そんな事があり得るのだろうと考えるも、粒子化を繰り返して姿形を変える巨大生物が目の前に居る以上、受け入れるしかなかった。
「書記官、どう思う」
青木官房長官が佐伯に訊ねる。どう、と聞かれても、あれがそもそもどんな考えなのか分かる筈もない。しかし、10年前の事を加味すると、U03の人類側に見向きもしなかった行動は、何かしらの意思が感じられる事でもあった。
だがそれはあくまで結果論に近く、消え去る間際に発射された赤い光線は多くの無事な建物を薙ぎ払い、山野を抉り、地形を一部でも変化させたのを忘れてはならない。
「……可能性は五分五分ですが、漁夫の利は狙えるかも知れません。しかし、それをあてにするのは危険すぎます。03には攻撃を加えずに、特機団はこのまま後退を続けるのがベストかと」
「総理」
青木は今の言葉を聞き終わると共に滝沢を見た。滝沢もまた、同様の考えらしい事が顔から滲み出ている。
「…………特機団は後退を続行。だが、あれに全てを委ねるのではなく、我々もこの間に準備を整えよう。ケイン大将、トマホーク及び、空母の航空部隊を準備して頂きたい」
「承知しました。直ちに」
「村井君。他の長距離攻撃が出来る部隊はどうなった」
「もう間もなく木更津に達します。戦車隊の到着にはまだ時間が掛かりますが」
「分かった。必要だと思う事は全て実行してくれ」
10年前に忽然と姿を消し、再びやや同じ見た目で出現した巨大生物。これが人類に対してどう行動するか。それによっては、今度こそ日本が滅んでしまう可能性もあった。
竜沢からのGOサインが出た事によって、特機団にも在日米軍の参戦が秒読みに入ったと伝えられた。
横須賀沖に展開していた第7艦隊は前進を開始。空母ロナルド・レーガンの甲板上には一部で退役の始まったF/A-18が続々とエレベーターで上げられ始めた。議会ではF-35を優先的に配備させろとの意見も多かったが、巨大生物を相手にする場合、ステルス性は必要ないと結論付けられた結果でもあった。
その頃、富士教導団から派遣された特科教導隊第4~第6中隊の各2個小隊と情報中隊の一部は、アクアラインから木更津に近付きつつあった。後続は機教連の90式と16式で、第1師団の16式も更にその後ろを走っている最中だ。
こうして人類と新たに出現した巨大生物、10年前の消失以後、これまで姿を現す事のなかったU03と言う構図が出来上がった。ヤツがこちらにも牙を向くか、それとも新たに出現した方へ襲い掛かるか。もし両者が戦ってU03が負け、もう片方が生き残ったらどうなるのか。戦いは新たな局面を迎えようとしていた。




