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その猫の秘密  作者: onyx
15/23

深まる謎

 陸上と水中から発射された計40発のSSM-1改は、INSによる中間誘導で現在も飛翔を続けていた。

 残りの距離がある地点を通り過ぎた所でGPSの終末誘導に切り替わり、目標への距離と位置をほぼリアルタイムに修正しつつ、巨大生物へ向けて直進していく。

 本来であれば各種の欺瞞信号や妨害手段に対抗するため飛翔コースをランダムに設定し様々な方向から突っ込んでいくのだが、今回は陸上発射分が真上、水中から発射された分は水平飛行のまま着弾させるプログラムが組まれていた。狙うのは巨大生物の顔面である。

 このため静止軌道から送られて来る座標データは、僅かに未来予測位置を計算したものとなっていた。


 特機団主戦力はその頃、巨大生物を搭載火器の射程に収めていた。木更津に降り立った機動戦闘車大隊と装甲戦闘車大隊は交通規制によりガラガラになった高速を使っていすみ市に到着。県道128号線を南下して現地入りを果たした。

 16式機動戦闘車と20式装輪装甲車近接戦闘型、併せて総勢約100両の堂々たる布陣は、地対艦ミサイル連隊と潜水隊が発射した長距離支援の着弾を待っていた。いよいよその時が迫りつつあるも、隊員たちは平静を保っている。この10年、考えられる限りの巨大生物を想定した戦術プランを練って来た。もし特機団が壊滅したとしても、刺し違える事が出来れば本望だと誰もが思っていた。


 平原で105mm砲を睨ませながら待機している1両の機動戦闘車に、僅かな動きがあった。


「……着弾までどれぐらいだ?」


「予定なら数分って所だ」


「悪い、ちょっと出るぞ。すぐに戻る」


「…………あぁ、早くしろよ」


 呆れ顔の装填手を尻目に砲手はハッチを開け、顔を外に出した。真横で上半身を出している車長と目が合う。


「何だ」


「すんません、死ぬ前から漏らすのは嫌ですので」


「バカ野郎。早く済ませろ」


「はい」


 砲塔から抜け出して車体を足場に地面へ降り立つ。ここは田畑が広がる長閑な風景だ。今からこれが全て消え去る可能性を考えると残念でならないが、その時には自分も消し炭だと思うと幾分か楽になれた。


「ちょっとすいませんね」


 道から1段下がった所の窪みで用を足す。後ろの16式から野次が飛ぶのを聞き流しながら、空を眺めた。雲が殆どない晴れ空である。


「……よし、戻るか」


 窪みから道に上がろうとしたその瞬間、ふと視界の隅に何か見えた気がした。よーく目を凝らすと、1匹の黒い猫が草むらからこっちを見つめているのが分かった。首輪をしているから野良ではなさそうだ。逃げ遅れたのだろうか。


「お、こんな所で何してんだ? 危ないから逃げろよ」


 言葉が届いたのだろうか。黒猫は踵を返すとそのまま草むらに消えて行った。


「…………ま、無事かどうかは神のみぞ知るってか」


「おい! 着弾まで1分切ったぞ!」


「はい!」


 車長に怒鳴られた事で足早に16式へ戻る。さっきの黒猫はもう意識の外となっていた。


 頭上を40発のSSM-1改が通り過ぎていく。ミサイル群は当初の予定通りホップアップする集団と水平飛行を続ける集団に別れた。

 特機団の隊員たちが見守る中、ゆっくりとでも前進を続ける巨大生物の頭部に40発が殺到。これまでで最も炸薬量の多い攻撃は巨大生物の顔面部分を消滅させるのに十分な火力を持っていた。周囲に焼けた爛れた肉片と大量の血液が飛散し、巨大生物はその体を地面へと沈めた。


 SSM-1改が巨大生物に着弾する数分前。首相官邸地下の危機管理センターには、巨大生物災害資料編纂室の室長を任せられていた佐伯健史防衛書記官が飛び込んでいた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

首相官邸地下 危機管理センター


「巨大生物災害資料編纂室。室長の佐伯健史防衛書記官と申します」


 聞き慣れない部署名に、オペレーターや秘書たちは怪訝な表情を浮かべた。しかし、村井防衛大臣と高山国交大臣、瀬能せの環境大臣は立ち上がって彼を出迎えた。


「よく来てくれた。各種のシミュレーションはどうなっている」


「もう1度洗い直して貰っています。時機に最新のデータが何かしらの形で届くでしょう」


 村井防衛大臣と固い握手を交わす佐伯へ、瀬能環境大臣が横から顔を突っ込んだ。


「あの辺りの山林が消し飛んだら、とんでもない被害になる。生態系だって消し飛ぶぞ。そうなったら損失はどうするんだ」


「ご冗談を。そのための予算案は何年も前から組んで、各地域の植林業者とは被災後にどうやって山林を元に戻していくか調整を済ませている筈です。野生動物も日本全国にコロニーを分散させ、そこから少しずつ被災した地域へ放って環境を維持する対策を講じています。今からでも農水省及び林野庁と認識のすり合わせをして下さい」


「済まない、佐伯書記官。瀬能環境大臣には私からよく話しておく」


 農林水産大臣が佐伯へ声を掛けた。蚊帳の外に居る事を悟った瀬能環境大臣はすっかり閉口してしまう。


「首都圏と北関東の各種施工業者には連絡が着いている。機材リースの企業とも連携して可能な限り迅速な復興を目指せるとは思うが、全ては事態収束がスムーズに行けばと言う確定要素が必要だ。まだ明確に動く事を要請出来る状況ではない」


 高山国交大臣は無数のファイルを捲りながらそう言った。ファイルには首都圏と北関東の大手ゼネコンや中小の土建会社、電気工事会社、コンクリートメーカー、水道工事、機材リースの企業が無数に書き込まれた紙が数十枚もファイリングされている。


「ありがとうございます。現状としては十分かと思います」


 巨大生物災害資料編纂室室長の肩書を得た佐伯がまず行った事は、各省庁に巨大生物災害収束後の各種マニュアルがどれだけ用意されているかの把握だった。表立った撃退行動については防衛省の管轄とし、破壊された建造物や変化した地形等、復興をスムーズに行うにはどうするべきかのビジョンが整っているかを確認して回った。

 佐伯はその中でも、ある程度の地固めが済んでいる省庁とは密に連携を取り合った。逆に定型文のマニュアルしか用意出来ていない所はあえてそのままとし、こちら側に引き込んだ省庁から少しずつ圧力を掛けてのマニュアル作成を目指していた。

 しかしそれは間に合わなかった。それでも最低限の事は出来る筈だ。佐伯はそう思いながらここにあった。


「ミサイル着弾まで1分!」


 オペレーターの言葉で、全員の視線がモニターに集中する。40発のSSM-1改によって顔面部を破壊された巨大生物は動かなくなり、地面へ完全に寝そべってしまった。


 不思議と、誰も何も言わなかった。あっけなく巨大生物を仕留められた事で現実感を得られていないらしい。


「グローバルホークの映像に不審な現象があります」


 動かなくなった巨大生物の体が光り始めた。何が起きようとしているのだろうか。


『HQより全隊、そのまま動くな』


 特機団もこの異常を知ったようだ。主戦力に対して動くなとの命令が下る。


 力なく寝そべっていた巨大生物の全身が、光の粒子に変化していく。それはゆっくりと空に昇り、縦に長い何かへと形を変えていった。

 粒子は密集し、遠目にも分かるぐらいはっきりとした姿を形成し始めた。光は次第に収まっていく。

 グローバルホーク、OP-1、前線観測装置が見守る中、そこには新たな形を得た巨大生物の姿があった。

 さっきまでとは明らかに異なる姿。頭部は蛇を思わせる丸みのある形で、下あごから牙が生えている。目は赤い光りを放ち、目としての機能をそもそも備えているのかよく分からない。腹部は鶏のような曲線を描いていた。両腕は体から長く伸び、関節から先に生え分かれる3本の爪を地面へ突き刺している。背びれはないが、長く伸びた尻尾とゾウに近い形の足が体をしっかりと支えていた。

 

「……10年前の謎が解けたみたいですね。出現した3体の巨大生物が人知れずその姿を消した真実がこれなのでしょう」


「だがあの時にこんな現象なかった筈だぞ」


 蚊帳の外として佐伯が認識している長田ながた外務大臣が立ち上がった。


「ではどうやって、あの時に3体はその姿を消したのか。大臣はどうお考えですか」


「そんな事、私に分かる筈ないだろう」


「太平洋上で原潜シカゴによる通常弾頭トマホークの猛攻を受けたセイウチ型、死骸は上がりませんでした。横須賀で熱線を吐いた後に息絶えたと思われる4足歩行型、気付けば消えていました。最後に陸海自衛隊と第7艦隊が相模湾で仕留めた2足歩行型、展開する全部隊が意識を負傷者収容に向けている間に消え去りました。あの100mに迫る巨体が何の痕跡も残さずに消えたんです。現地では肉片はおろか、体液すら採取出来ていないんですよ。目の前であの現象が起きた今、あれと同じような感じで消え去ったと考えるのが妥当ではありませんか」


 佐伯はこの問題を、巨大生物災害資料編纂室のメンバーと共に考え続けていた。非科学的な事ばかりがデータとして積み上がっていき、その中には発言すら憚られる仮説も多い。だがその答えと思われる映像を肉眼で確認した今、何も恐れる必要は感じなかった。


「今の我々は意識がこの事態に集中しています。あの時は誰しも、やらなければいけない事で飽和していました。であれば、誰も死体の事を考えていない瞬間があったと思います。原理は想像も付きませんが、もし何らかの意思でそれを観測出来ていたとしたら、不可能ではないかと」


「馬鹿げた妄想だ」


「馬鹿げた妄想すら可能性の1つとして考えるのが巨大生物災害調査対策部の発足理念だった筈です。それをあなた方は、成果を出す事が出来ない役立たずの内局として嘲笑い、予算を締め上げて規模縮小を促し、もう日本に巨大生物は出ないと何の根拠もない言葉を各国へ吹聴。復興事業を選挙に利用した挙句、未だ傷の癒えない被災者たちを時代に追い付けない落伍者として継続給付金の支給を打ち切った。違いますか」


 長田外務大臣の顔が歪む。だが佐伯も、長田の馬鹿にしたような態度で、思わず感情的に言葉を口走っていた。


「書記官。それについて否定はしない。罵詈雑言は後で幾らでも受け入れる。だが今は、目の前の事態収束と、その後に待ち受ける復興へ向けた協力をお願いしたい。どうか、頼めるだろうか」


 竜沢が席から立ち上がり、腰を折った。他の大臣たちがざわ付きだす。


「……微細の身ですが、人生を賭して臨みたいと思います。よろしくお願い申し上げます」


 望まれた筈が疎まれ、生み出した本人たちによって閑職のレッテルを張られた部署は、この事態によってようやくその存在意義を発揮し始めた。


 だが佐伯にはまだ悩んでいる事があった。あの巨大生物は、そもそも"生物"なのだろうか。と言う点だ。地球上に存在する全生命体で、あんな事が出来る生物は存在しない。であれば、正体は何なのだろうか。狐狸妖怪の類にしては被害が大きすぎる。どうやら意思を持って行動しているらしいと言うのも判明していた。そこから導き出される答えは何か。

 

 いずれにしろ、巨大生物に関して分かっている事は、10年の時を経た今でも少ないのだった。

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