阻止砲火2
帰投するP-1部隊と入れ替わって薄い雲の中から姿を現したのは、百里基地に所属する8機のF-2戦闘機だった。
このF-2は対巨大生物有事に備える防衛費の拡大に伴い、機体へ更なる能力向上の改修が加えられたF-2Cである。主だった変更点としては、輸出向けF-16で搭載可能となったコンフォーマル・フューエル・タンクを搭載するため機体に改造を施し、タンク自体もなめらかな形状に設計を変更してF-2用に誂えた物を装着。エアインテークはDSIを意識した丸みのある形へと改修した結果、運動性と作戦行動時間の向上に成功していた。
「ハウメアリーダーより各機、あれが目標だ。少しくらい外してもいいから慎重に行くぞ」
主翼ハードポイントに吊り下がる大量のMk82無誘導爆弾が出番を待っていた。空自が用意している対巨大生物を想定した作戦行動では、基本的にJDAMや赤外線誘導爆弾を用いた攻撃が主だった。しかし今回は目標が光線の類を発射しない種類であるようだとの事から、比較的近い距離からの無誘導爆弾攻撃でも十分に効果が期待出来ると横田の航空総隊は判断していた。
空自パイロットの中でも、F-2を操る人間にだけ特別に課せられている「対巨大生物攻撃訓練」の成果が試される時が来たのだ。操縦桿を握る彼らの心境は、正しく期待と不安で満ちていた。
「目標から見て3時の方向より投下。攻撃は2回に分けて行う。まず奇数番号機からだ」
リーダーことハウメア1の後方に3・5・7番機が追従。ハウメア2以下の偶数番号機は先行する奇数番号機を目で追いつつ、速度を緩めて事の成り行きを見守った。
4機編隊は方位を修正しながら予定通り巨大生物に対して3時方向から進入を開始した。右から投下してそのまま左へと抜けていく針路だ。偶数機グループも同じように攻撃予定である。
「5秒前、4、3、2、1、ナウ!」
Mk82が翼下から離れ、斜めの軌道を描いて巨大生物に向け落下していく。奇数機のグループはそのまま機首を上げて上昇。着弾の前に離脱した。
巨大生物の頭上に降り注いだMk82の黒煙が立ち昇っていく。数発は手前や奥に落ちて外れたが、殆どは当てる事に成功した。煙が全て晴れる前に後方から追従していた偶数機グループも突入。搭載しているMk82を同じように全て投下して打撃を与えた。その後、8機は上空で編隊を組み直し、百里を目指して帰投コースに乗る。
入れ替わりに姿を現した別のF-2編隊が今度は横っ腹へ集中的に当たるようバラ撒いた。爆発の衝撃で位置が若干横にズレるも、確認出来たのはそれだけだった。
上空で編隊を再集結させたチームリーダーが基地への回線を開く。
「ロゴスリーダーよりコントロール、直撃弾多数を確認。だが目標の針路に変化なし。ASMの準備を願いたい。これより帰投する」
F-2C総勢16機による無誘導爆弾での第2派攻撃は第1派同様、然程の効果を得られなかった。こうなれば20mmバルカン砲での対地掃射など意味はない。
基地ではロゴスリーダーの要請が入るよりも前からASMの搭載準備が行われていた。Mk82が効かない以上、F-2が搭載出来る最強の切り札を使うのは必然と言えた。
現場空域からF-2部隊が引き払うと共に、グローバルホークは高度を上げつつ南へ移動。少し距離を取って監視任務を再開した。またこれと同時に静止衛星が北上を続ける巨大生物の位置をトレースし、その座標を陸自と海自へ向けて送信を始めている。
次に行われるのは長射程の対艦ミサイルによる攻撃だ。松戸駐屯地に所属する東部方面多目的ミサイル隊の地対艦ミサイル連隊と対舟艇ミサイル隊。そしていすみ市沖に展開中の2潜水群が水中発射型SSMを使用して攻撃を行う。
可能であればF-2やP-1、水上艦艇も参加した一斉飽和攻撃を実施したい所だが、後先考えずに火力を投射する訳にもいかなかった。備蓄にも限りがある上、本来は他国からの侵略行為に備えるための弾薬だ。限られた枠組みの中にあるその全てを巨大生物有事のために用意してある訳ではない。
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官邸地下 危機管理センター
正面のパネルは2分割され、習志野演習場と九十九里浜に展開した部隊の映像が映し出されている。第1空挺団が訓練始めに使用する事で有名なこの習志野演習場。現在ここには、松戸駐屯地から進出して来た第6地対艦ミサイル連隊が展開していた。
もう1つの九十九里浜には、25式多目的誘導弾を装備する第101対舟艇ミサイル隊が展開。この装備は96式多目的誘導弾システムの後継で、射程延伸や無人偵察機との連携能力が強化されたミサイルだ。TV画像による誘導機能も健在であり、特に今回のようなケースでは身体的弱点と言える顔の部分。手足の先。可能であれば口の中などをピンポイントで攻撃する能力が求められている。
そしてこの「多目的」には自衛隊としての本土防衛任務を前提として掲げつつ、対巨大生物有事を想定した意味での「多目的」でもある事は既に周知の事実であった。何が有効かよく分からない相手にそれ専用の兵器を作れる筈もなく、実現可能な技術で何とか対処出来るようにしようとした結果がこの形でもある。
「アップ開始します」
習志野からの映像に隊員の声が入った。12式地対艦誘導弾改の箱型ランチャーに仰角が掛かる。
映像では窺えないが、12式の地対地攻撃モードでの実戦は当然これが初めてのため、隊員たちの顔付きは険しかった。相変わらず国内では満足に発射訓練を行える場所がなく、ヤキマ演習場で年に数回実施する実弾発射で蓄積したデータだけが頼みの綱である。
「発射準備よーし!」
「総員退避、繰り返す、総員退避」
慌ただしく動き回っていた背中に小銃を掛ける隊員たちが一斉に離れていく。計12両のランチャー搭載車両は無事に発射準備を終えた事が分かった。九十九里浜でも同様の光景が見られる。25式は高機動車をベースにしているため、ぱっと見は中距離多目的誘導弾や96式と何ら変わらなかった。
「報告、両陣地ともに発射準備完了。いすみ市沖2潜水群も発射管に注水を終えて待機中です」
「分かった。少し待ってくれ」
オペレーターからの報告を聞いた青木官房長官が滝沢の方を向いた。
「総理。全体としては2段階目の攻撃準備が完了しました。今から行う攻撃はそれを2分割した内の1つ目となります。宜しいですね」
手元の作戦工程表へ目を落とす滝沢に青木がそう語り掛ける。工程表には、最初にP-1とF-2が行った航空攻撃。これから行われる長射程の誘導弾攻撃。そして3段階目となる特機団及び対戦車ヘリコプター隊、特科部隊による包囲連携攻撃についての説明が記載されていた。
最も、この工程表やそれに準じた物を総理大臣が目にしたのは、横須賀市巨大生物災害で諸々の舵取りを行った当時の内閣解散後、竜沢が初めてだった。
その後に政権を握った総理たちは皆、復興事業による経済効果を全面に押し出す事で支持率を得ていた。また現れるかどうかも分からない存在への対処に尽力するより、目に見えて変動の分かる所で支持率を保つ方が賢い選択だと信じていたのだ。だから自然と、進んで知る必要のない事であると位置付けられるようになった経緯がある。
「…………私が細部まで理解する必要は無いだろう。攻撃を行う前の報告と、私の許可が必要になる時だけ声を掛けてくれればいい。この10年を備え続けて来た人たちが動きやすい環境を用意するように頼む」
何かを悟ったように竜沢はそう零した。今この段階で全てを自分の中に情報として取り入れるのは時間が掛かると思ったのだろう。下手をすれば目の前で動いている作戦にも支障をきたしてしまう。
青木も竜沢の発言を聞いた事でオペレーターの方に向き直り、無言で頷いた。九十九里浜に展開する部隊への攻撃許可が下りる。
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「了解。九十九里浜射撃陣地、攻撃開始します」
発射機を搭載する計6両の高機動車が一斉に誘導弾を発射した。予め設定された高度まで上昇し、その後は暫く直進に飛び続ける。グローバルホークと射撃陣地の位置情報を基に射手は方角を調整。目標が映像で確認出来るまでは最低限の操作で良い。
山と海だけだった映像の中に、少しずつ鮮明になる巨大生物が映り込み始めた。狙うのは頭部。目や口の部分だ。あの動きの遅さでは至近距離から攻撃を行う特機団に大きな損害が出るとは思えないが、あわよくば撃退出来る可能性に賭けた攻撃でもあった。弾頭はタンデムになっており、理論上は現用の全主力戦車の装甲を十分に貫通させる能力を有している。だがマーベリックの攻撃で目に見える効果が得られなかった以上、25式も巨大生物にどれだけのダメージを与えられるかは、当然誰にも分からなかった。
6発の誘導弾は巨大生物に対して一旦正面に位置した。その内の4発が左右にゆっくりと広がっていく。こうして両目と口内をそれぞれ2発ずつで攻撃するのだ。巨大生物は誘導弾の接近に対して特に気付いているような素振りは見せていない。
次第に距離は狭まっていく。ふと、何かが近付いているのに気付いたらしく、口を開けて長く大きな舌を横一文字に薙ぎ払った。
次の瞬間に。巨大生物の鼻先で爆発が起きた。正面から接近していた2発の内の1発が舌によって叩き落されたのである。だがそれは、射撃陣地で誘導を制御している射手にとってチャンスでしかなかった。
残り1発の弾頭から送られて来る映像には、大口を開ける巨大生物の口内がはっきりと見て取れた。長い舌が仕舞われるよりも先に細長い誘導弾が口内へ飛び込む。
それとほぼ同時に両目へも誘導弾が着弾。どんな生物にとっても急所と言える部分を直接攻撃されるのはかなりのダメージとなる。予想通り、巨大生物は上体を大きく反らしたり頭部をがむしゃらに動かして、悶え苦しみ出した。これによって止む事のなかった北上を一時的に停止する事にも成功した。
状況を無駄なく記録しているグローバルホークの映像によって、九十九里浜射撃陣地は2回目の攻撃を実施。今度は手足の先を狙う事になっていた。これが通常のミサイルでは行う事が出来ない、急所をピンポイントに狙う攻撃である。
新たに発射された25式多目的誘導弾は計12発。さっきと同じ軌道で巨大生物に向けて飛翔を始めた。マーベリックやMk82は体そのものを攻撃したが、恐らく体を動かす上では肉質が硬い場所が多かったため、思うような効果が得られなかったと市ヶ谷の統幕は予想。セイウチやアザラシのような前後のヒレは他の部分と比べて肉が薄い可能性が高いので、特にその先端を攻撃すれば少しでもダメージを与えられるのではと言う考えから生まれた攻撃だった。
巨大生物の右目は完全に破壊されて内部が露出している。左目は奇しくも直撃を免れたらしく、無事ではあったものの着弾した部分から夥しい出血が見られた。口内にもかなりダメージを追ったのか、舌を仕舞う事が出来ないようだ。
だがそんな事はおかまいなしに12発が殺到。各3発がヒレを直撃した。予想通り他の所と比べて肉が薄く、明らかに欠損しているのが中継映像で分かる。どれだけのダメージ量となったのか見ている側からすれば判断出来ないが、巨大生物は再び傷を負った事で体を大きく震わせていた。
問題はここからである。習志野演習場に展開する第6地対艦ミサイル連隊と、いすみ市沖で発射準備を完了している2潜水群に何所を狙わせるべきか。静止軌道からの位置情報で誘導する事は可能だが、何の考えもなしに撃てばマーベリックとMk82のようにあまり意味がない攻撃になってしまう。この後に突撃を控えている特機団のためにも、可能な限り追い込む必要があった。
結果、統幕は目標を頭部に定めた。発射されるミサイルは合計で40発となる。しかも炸薬量はこれまでと比べものにならない。完全に仕留められずとも、あと一歩までは迫る事が出来る。いや、迫れる事を願って、2部隊に対して発射命令を下した。
習志野演習場から空へ向かって計24発のミサイルが翔け上がった。同時着弾を狙うため、いすみ市沖の2潜水群はまだ成りを潜めている。24発が市原市上空を通り過ぎた頃、海を割って何本ものミサイルが姿を現した。ポッドから飛び出したミサイルは海上に白煙を撒き散らして急上昇。発射されたのは合計で16発だ。
こうして計40発が巨大生物を目指して飛翔中となる。これ等が着弾した後、待機している特機団と対戦車ヘリコプター隊が近距離から攻撃を仕掛ける手筈だった。




