阻止砲火1
厚木基地から続々とC-2輸送機が離陸し、機首を木更津駐屯地に向けて飛んでいく。滑走路が空になるとそこへ新たなC-2輸送機の編隊が着陸。続いて第2陣の収容が開始された。
これ等のC-2輸送機は特別機動戦闘団の空輸を行うために新編された機動航空輸送隊に所属しており、隊本部と第1飛行隊がここ厚木基地で即応体制にある。第2飛行隊は横田基地に配備され、災害派遣への対応や故障が発生した際の予備機としてローテーションが組まれていた。
またオスプレイを装備する第3飛行隊も厚木基地にあり、有事の際は司令部要員や人員の空輸を行うと共に、搭載する火器で特機団に所属するヘリ部隊と共同で巨大生物へロケット弾攻撃を浴びせる役割も担っている。
竜沢総理との通信を終えた十川陸将補は、団本部棟の屋上に陣取って収容作業の様子を窺いながら、状況の確認を進めていた。
「全体の進み具合はどうだ」
「ヘリ部隊は既に現着して燃料補給と火器の搭載を始めています。先行した幕僚チーム第1陣も指揮所の設立を80%まで進行中です」
「木更津4対戦は出動準備を完了しました。共同作戦計画書を全体へ再度通達している最中との事」
「1護群と11護隊、湾内への展開を終了。2潜水群はいすみ市沖に集結中。米海軍第7艦隊も続々と出港しています。浦賀水道は海保が封鎖を完了」
「空自第3飛行隊、爆装して順次離陸中です」
「東部方面多目的ミサイル隊は各装備の最大射程地点に向けて移動中、SSMは間もなく到着の模様」
フットワークの軽い部隊は支援態勢を構築しつつあるようだ。こうなってくると、重砲や戦車隊の参戦はあまり期待出来ない。その前に自分たちが壊滅する可能性も高いが、悠長に待っている時間も無いだろう。
そこへ、本部中隊の隊員がやって来た。
「報告。団本部の移動準備が完了しました。輸送機の方へお願いします」
「分かった。これから向かう」
第2陣の離陸を尻目に十川以下の幕僚チームは屋上から去った。本部棟から出て一番近くに待機している3機のC-2輸送機へと複数人毎に別れながら乗り込む。
これ等の輸送機には20式装輪装甲車の派生型こと22式指揮通信車が2両ずつ搭載されており、空中からの部隊指揮や地上に降りて移動しながらの命令を行う事が可能だった。またそれぞれにドローンも積み込まれているので戦闘の状況をヘリや航空機に依存せず車内で確認する事も出来る。
機内に固定された車両へ乗り込んだ十川は、共に搭乗する幕僚陣と一緒にヘッドセットを被った。既に立ち上げの終わっている通信システムへとアクセスし他の車両へ回線を開いた。
「十川だ。各車、聞こえたら応答を」
「2番、異常なし」
「3番、聞こえます」
「4番同じく」
5番と6番の応答には少し時間が掛かったが、現状としては何も問題無い。その確認が終わると同時にパイロットへ離陸を命じた。
「いいぞ、出してくれ」
「了解。ハッチを閉じます」
後部ハッチが閉じられ、機内は淡い照明が満たす世界となった。同乗する機上整備員たちが狭くなった空間を器用に行き交いながら固定器具の最終確認を行っている。
「固定よし!」
「異常ありません!」
「よーし座れ! ベルトを忘れるなよ!」
整備員たちは貨物室前方の余った空間に残った椅子へ次々に座った。体が飛んでいかないようベルトでしっかり固定する。
「FE各員は着席を終了。いつでもどうぞ」
「機長了解、これよりタキシングに入る」
エンジンの回転数が上がり、甲高い音が聞こえ始めた。同時に機体が小刻みに揺れる事で滑走路へ向けて進み出しているのが何となく分かる。暫くしてそれ等が止んだ瞬間、機長と管制塔のやり取りが聞こえて来た。
「コントロール、こちらダフニスリーダー。只今より離陸する」
「ダフニスリーダー、コントロール了解」
エンジンの音が一層高まる。次第に加速する事で機内にもGが伝わり出した。
旅客機ではないためパイロットたちも遠慮はしない。戦闘機が急上昇して滑走路から離れるように、輸送機も同じ事が可能なのだ。ある所で機体がフワッと持ち上がり、十川を含めた全員の下っ腹へ気持ち悪い感覚が襲い掛かる。
だがそれも束の間の出来事だった。気付けばそんな感覚は消え去り、機体は瞬く間に高度数百mの世界へ飛び上がって行った。
「こちら機長。立って歩いて貰って構いませんが直ぐに着きますのでご注意を」
「了解。各車、トイレは済ませておけよ」
機長の言う通り、空に居る時間は短かった。輸送機編隊は木更津基地へ着陸して十川たちを吐き出すと、厚木へ向けて帰って行った。燃料を補給して本隊の移動か撤収に備えるのだろう。
指揮車チームは団本部が設置された格納庫の前で停車。そこで十川以下の幕僚陣を降車させた。
「現地の状況は」
「避難誘導は継続中。千葉県警SATが出動して遠距離から対物ライフルによる射撃を試みる模様です」
「第3飛行隊と第4航空群の各機が上空待機中です。遅滞攻撃はいつでも実行出来ます」
「2潜水群の集結が完了。対地攻撃に備えて待機しています」
現状としては最大限の支援が望めるようだ。これを生かさない手はない。
「千葉県警には少しだけ頑張って貰おう。我々も手早く部隊を差し向ける必要がある。その辺も踏まえ、作戦会議は手短にしよう」
「承知しました」
格納庫へ会話しながら歩く。内部では既に指揮所の設立が完了しつつあった。十川たちが席に着く事で残りのピースが埋まる。
「報告を」
「第1第2機動戦闘車大隊は有効射程まで残り3000、装甲戦闘車大隊は到着にもう少し時間が掛かります」
「第1から第3機動特科大隊は各装備の最大射程距離で待機中」
「攻撃偵察航空隊各機、離陸準備完了」
「その他各種支援も整いました」
「使えるプランを見せてくれ」
戦闘団が独自に編み出した膨大な戦術立案書の中から、有効そうな物だけを抜き出した冊子が手渡された。それだけでも10冊近い。
「アレが光線の類を発射しなければですが、各装備の最大有効射程から攻撃しつつ包囲し、TV画像誘導系のミサイルで目や口を集中的に攻撃して弱らせるのがベターかと。もしくは手足へ直接照準射撃を実施して動きを鈍らせるのも手ですが、この場合は損害が出る可能性があります」
「そもそも出血を覚悟の上で編成された部隊だ。出来るだけ犠牲は抑えたいがそうもいくまい」
十川が冊子を捲ってはペンで印を付ける。立案書から最適と思える部分だけを抽出した作戦計画を組み立てるようだ。
それが終わると作戦担当に印を付けた冊子を渡し、具体的な対巨大生物戦闘の構築を指示した。
「取りあえずはこれで様子を見る。細部は任せるぞ。それと、こちらの段取りが整うまで駆け付けてくれた各隊へ攻撃要請を出してくれ」
「了解」
十川の命令により東京湾上空で待機していた航空部隊が移動を開始した。これは同時に、警察庁と県警本部を通じて千葉県警SATへも射撃命令が下っている。
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いすみ市・小沢付近
北上を続ける巨大生物の東側に県警航空隊が1機だけ保有しているスーパーピューマヘリで着陸した千葉県警SAT狙撃小隊は、バレットM95の射撃準備を進めていた。
射程距離は約1000mを確保。平坦な地形ではないため、手近な山に入ってその登頂部に展開する。そこから禍々しい巨体を見たSAT隊員たちは言葉を失っていた。しかもあれで人を食ったと言うのだから、油断ならない相手なのは間違いない。
「……デカいな」
「何所を狙いますか。そもそもあのサイズに弾丸が効くんですか」
「目を集中的に狙う。少なからずダメージはある筈だ。持って来た分の弾薬は全て使って構わん。もしこっちへ近付いて来てもいいように、ヘリは上空で待機している。今の所、光線による攻撃は確認されていないが気は抜くなよ」
そうは言うが、もしあれが光線を吐けば自分たちは一発でお陀仏になるだろう。何も確証を持てないまま、隊員たちは弾薬や工具を詰めて来た箱を台座にしてM95を構えた。セイウチやアザラシのようにヒレを動かしながらノソノソと進んでいる巨大生物の目に照準を合わせていく。
「射撃は1班から順に行う。それを繰り返すぞ」
ボルトが重苦しい音と共に前後し、50口径弾が薬室に装填される。用意は整った。
「……撃ちます」
1班から4班までが順番に射撃を始める。大きな銃声と衝撃波が幾度も響いては木々を揺らした。薄い白煙が立ち昇っては消え、次弾が装填される度に地面へ巨大な薬莢が転がった。
残念ながら目そのものに当たりはしなかったが、目尻や目の下へは何発か食らわせる事に成功。しかし巨大生物は全く意に介していないように見受けられた。大したダメージになっていないのが分かり始めた頃、県警本部から撤退の命令が飛び込んだ。
「全員聞け、撤退命令だ。直ちに装備を纏めて離脱する」
上空待機中のスーパーピューマが近付いて来た。SAT隊員たちは装備を抱えて下山し、着陸したヘリに急いで乗り込み現場から遠ざかる。
この撤退命令は住民の避難を支援していた銃器対策部隊にも届いていた。しかし、向こうは少し状況が悪かった。逃げ遅れではなく、逃げるのを拒否する高齢者たちに苦労していたのだ。
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銃器対策部隊長 中屋敷警部
「お婆さん、ほら行きましょう。早く逃げないと危険です」
威圧感を与えないよう拳銃は車内で一纏めにし、全員が目出し帽も外して対応に当たっていた。若めの隊員が説得するも、80代の老婆は玄関先から動こうとしない。ここと同じような事が起きている家が他に4軒あった。
「ここは産まれた家なの。ここで死にたいの」
「ダメですよ。お婆さんが死んだら誰かが悲しみます。隣の人たちも避難しました。ご近所の皆さんが居る場所へ行きましょう」
迫る足音。破壊される建造物の音。そして不気味な鳴き声が焦燥感を煽る。少し前まで響いてたSAT狙撃小隊の銃声も止んでいた。無線から繰り返し流れる撤退命令によって考えられるのは、自衛隊か在日米軍の攻撃が開始される可能性だった。
「警備部長だ。状況を報告せよ」
銃対から応答がない事に県警本部は業を煮やしたらしく、警備部長が自らマイクを握ったようだ。流石に答えない訳にはいかない。
「中屋敷であります。避難誘導は殆ど終了しましたが、家から動きたくないと言う高齢者が数人居るため説得に苦慮しています」
「時間がない。間もなく航空部隊の攻撃が開始される。巻き込まれる前に何としてもそこから離脱しろ」
とは言え、置き去りには出来ない。何か方法がないか考えていると、前に消防の幹部が県警本部で行ってくれた地域住民避難のセミナーで、危機が迫っている際に避難を拒む高齢者はシーツかバスタオルで包み、そのまま背負うか抱き上げて危険地域から避難させると言う少々荒っぽい方法を教えてくれたのを思い出した。
中屋敷は説得に当たっている隊員たちにこれの実施を命令。特型警備車に積んで来た毛布で高齢者全員を包み、家から運び出した。
「乗車急げ、そこまで来てるぞ!」
もう巨大生物は肉眼で確認出来る距離に迫っていた。急いでこの場から逃げないと危険だ。
「点呼終了! 出します!」
「2号車、ルーフからスモークを撃て! 上から見てる連中もそれで分かる筈だ!」
最後尾の特型警備車に乗る隊員が上部のルーフを開け、そこからM32グレネードランチャーで発煙弾を数発撃った。煙は車両が遠ざかる度に増えていく。これなら何となくでも状況が分かるだろう。
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一部始終を監視していた第101偵察航空隊のグローバルホークが送る映像によって危機管理センターは警察が撤退した事を悟った。念のため確認を取るも、離脱しつつある事が正式に判明。これで巨大生物の現在地から市役所のある大原駅までの間は無人化に成功した。
その旨が木更津へ進出した特機団本部に報されると共に、上空待機中の部隊へ攻撃命令が下る。
「シーイーグル全機はこれより攻撃飛行に入る。位置取りに十分注意しろ」
厚木第4航空群から8機のP-1が参加。編隊は二手に別れ、巨大生物の後方約15キロの地点よりマーベリック対戦車ミサイルでの攻撃準備を始めた。これは様子見のため、狙う場所の指定は特になかった。
まず試験攻撃として各機のハードポイントからマーベリックが1発ずつ発射された。これは性能向上が図られた最新型のマーベリックで、弾頭のカメラが収める画像はフィルターを通す事によって母機側へ今まで以上に鮮明に映し出されるのだった。お陰でミサイルの命中率が上がり、メーカーも太鼓判を押す製品として売り込んでいる。
その最新型マーベリック計8発が巨大生物に後方から襲い掛かった。約140キロの成形炸薬が次々に弾け飛び、爆炎を撒き散らす。煙が視界を遮っても状況が分かるように、高空のグローバルホークが別視点から熱感知処理を施した映像をP-1部隊に送り続けた。
「ほぼ命中したようだな。シーイーグル全機、第一波攻撃開始」
試験攻撃が成功したと判断する司令機の命令により、ロックオンの終わったマーベリックが次々に発射されていく。着弾による幾重もの爆発が巨大生物を包み込んだ。しかし、前進を止めるような素振りは見せない。
程なくして、P-1部隊はマーベリックを撃ち尽くした。
「対戦車ミサイルじゃ厳しいか。だがこれはこれで良いデータになるだろう。よし、全機反転、帰投するぞ」
P-1部隊は一旦高空に退避した後、集結して厚木へ向かい出す。その様子を見守っていた百里のF-2部隊が第二波攻撃を行うために高度を落とし始めていた。




