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その猫の秘密  作者: onyx
12/23

日本政府

 テレビの緊急速報にも初となる巨大生物出現情報が流れ、関東一円に住む人々の個人端末へも速報メールが届く中、10年ぶりに巨大生物が出現した事により内閣は国家安全保障会議を緊急開催。総理大臣官邸には9人の主要メンバーが揃った。

 これに後から統合幕僚長とヘリによって参集した在日米軍司令も加わり、巨大生物に対する政府の基本方針を決定する場が設けられた。



官邸地下 危機管理センター


 職員や秘書が慌ただしく行き交い、この場の空気は張りつめている。9大臣はセンター内のテーブルへ一列に着席。下段に設けられたパソコンやコンソールが集中するオペレーションエリアを見下ろしつつ、その上にある巨大なモニターへ映し出される映像を眺めていた。


「千葉県警航空隊ドローンより現地の映像が入ります」


「同県警航空隊ヘリからもリアルタイム映像を受信」


「第101偵察航空隊グローバルホーク、現場空域上空に到着」


「厚木第4航空群のOP-1、監視位置に就きました」


「ドローンの映像は右、ヘリの方は左に映し出してくれ。グローバルホークとOP-1の映像は待機」


 青木官房長官がオペレーターの報告を受け、モニターにどの映像を映し出すかの指示を送る。メインパネルが二分割され、右側に千葉県警航空隊ドローンの映像、左に航空隊ヘリからの映像が映った。

 ドローンは県警が巨大生物への挑発用として選んだ機体で、周囲を激しく移動しては体を掠めるまで接近したり、顔の前から急に近付いたりして反応を窺っていた。すると巨大生物の口が開き、目の前に居たドローンを舌で叩き落す瞬間までが危機管理センターに届く。ドローンの破壊と同時に右のパネルはブラックアウトした。


「左はグローバルホークの映像に切り替えろ。航空隊ヘリには退避命令を出せ。右側もOP-1の映像にしていい」


 指示された通り、オペレーターたちは映像をグローバルホークとOP-1からのものに切り替えた。報告ではドローンを破壊したあの舌を使い、電気工事作業員と警備員数名を捕食したとの報告が上がっている。10年前と同様、一筋縄でいかない相手のようだ。


「……現地の詳しい状況はどうなっている」


 ドローンが破壊された映像を見てすっかり顔色の悪くなった竜沢総理が、礒辺いそべ警察庁長官に訊ねた。


「千葉県警機動隊が人の流入及び交通の遮断を実施、及び周辺地区の住民避難を急がせています。銃器対策部隊が外房線沿いの民間人救護のため出動。同SATも出動待機に入っています。管区機動隊も現在招集を急がせており、人員が整い次第に支援へ向かわせる算段です。警視庁機動隊においても支援の準備と、同じくSATが出動待機に入りました」


 警察としては実行可能な最大限の行動に入った事を伝える。それが終わると竜沢の視線は村井むらい防衛大臣に移った。


「至近の陸海空自衛隊は対巨大生物有事要綱に基づいて直ちに行動を開始しました。また、特別機動戦闘団も出動準備中です」


 村井は竜沢の視線を感じた瞬間に現在の状況を報告した。関東に点在する主だった陸海空各部隊及び、陸上総隊の各種直轄部隊も事前に定められた作戦要綱に従って出動準備に入っている。

 そして第1空挺団とは別の意味で"虎の子"と呼ばれている特別機動戦闘団もついに動き出していた。厚木基地の滑走路には30機近いC-2輸送機が翼を並べ、16式機動戦闘車や20式装輪装甲車等の戦闘車両を機内に運び込んでいる最中だ。

 またこれらの移動を迅速に行うため、成田や羽田に降りる便は全て関西か東北の空港に行き先を変更している。海上では浦賀水道の入り口で3管区の巡視船が一般船舶の移動を制限し、相模湾や伊豆半島の各漁港、または大島への入港を指示。主要道路も警視庁、埼玉、千葉、神奈川、茨城の各県警が避難及び地上部隊の移動支援を目的に交通規制を掛けている。


「……在日米軍の方は」


「舞鶴の部隊は日本海へ展開すべく直ちに出港。また岩国航空隊の一部を厚木に呼び寄せております。横須賀の空母は要請さえあればいつでも航空兵力投射が可能です。この時に備え、同じく横須賀を拠点とする戦闘艦艇には全て通常弾頭の対地トマホークを装備しております。今度こそ最小の被害で護り切りましょう。もしもの場合に備える例のプラン発動も視野に、ハワイ方面から続々と輸送機を集結中です。我が在日米軍は、最後までお手伝いをさせて頂きます」


 在日米軍司令ことエドワード=ケイン大将が流暢な日本語で話す。10年前の横須賀市巨大生物災害を切欠に、日米安全保障条約は大幅な改訂が行われていた。

 その中でも最たるのが、第7艦隊への1個空母打撃群新設である。常駐場所は京都府舞鶴港に決定した。これはまた日本に巨大生物が出現した際、横須賀の打撃群が作戦行動へ掛かり切りになると、大陸側の防備が手薄になるのを恐れての処置だった。当初、ロシアや中国は問題になっていたお互いの国境紛争を取りやめ手の平を返してこれに反発したが、彼らもまた巨大生物の陰に怯えている現状を考えると、場合によってはアメリカの支援を受けられた方が万一の損害を少なく出来るとの結論に至ったようだ。

 無論、日本が太平洋地域における巨大生物災害の防波堤であり続けた方が、両国にとって望ましいのも確かだった。


 ケイン大将の説明が終わると、今度は高山たかやま国土交通大臣が喋り始めた。


「鉄道局の主導で巨大生物出現時における国民の保護のための措置に基づき、鉄道各社の車両は近隣住民の緊急避難輸送を開始しています。また海事局と港湾局も半島の各港に停泊する船舶の内、緊急時徴用船として登録されている船を使用した沿岸居住者の避難を開始しました。運輸局におきましても、バスやタクシーを使用しての高齢者及び身体に障害を持つ人たちの避難輸送が間もなく実施されます。本件におきましては厚労省と協議の結果、警備会社の車両を一時的に緊急車両として選定。これ等を先導して場合によっては制限速度を上回る走行を許可しております」


 半年に1度の実施が義務付けられている大規模避難訓練のお蔭か、役所や関連企業の対応は迅速だった。特にバス会社は通常運行を早い段階で中止し、全車を各営業所に集めて職員たちを乗せ、高齢者の多い地区へ向かって続々と出発。避難に時間が掛かりそうな場所を事前に回り、また営業所に戻って正式な避難の指示を待っていた。

 タクシー会社もバスが入っていけないような場所に住んでいる高齢者、及び障害者の自宅を回って取りこぼしがないか確認している。


「……そうか。他に報告のある所は?」


 各大臣とも、現段階ではこれ以上の事は無いようだ。特に返事が返って来ない事で、竜沢の視線が青木官房長官に移る。


「総理、この短時間で各省庁は良くやってくれたと思います。それから、特別機動戦闘団長の十川陸将補と回線が繋がっています。初の巨大生物を相手取った作戦行動に主戦力として臨む彼らに、何かお言葉を頂けると幸いです」


 竜沢は少し考えた後、何も言葉を発する事無く頷いた。椅子から立ち上がり、パネルを注視する。


「繋げてくれ」


 青木官房長官が指示すると、メインパネルに戦闘服を身に纏った十川陸将補が映った。後ろの方では幕僚チームが通信機材や現地で必要になる物を大急ぎでかき集めているのが分かる。


「特機団長、十川であります」


「総理の竜沢です。隊員たちは、どんな様子でしょうか」


「全員が冷静を装いつつも、緊張しているのが分かります。私もそうです」


 地球上で恐らく唯一と言える、対巨大生物戦闘を前提に編成された部隊。それが特別機動戦闘団だった。米軍でも専門のチームを立ち上げようとする動きがあるが、まだ正式な形にはなっていないと聞く。


「この日本、いえ、世界の何所を見ても、あなた方以上の存在はありません。これから何が起きるか、どうなるかは予想も出来ませんが、どうか、一人でも多くが無事である事を祈っています」


「出来得る限りの事はやってみるつもりです。それから、一つだけお願いが」


「……何でしょう」


「始まる前からこんな事を言うのも縁起が悪いでしょうが、犠牲になった隊員や今後の一生をベッドの上で過ごす事になる隊員の家族には、本人の生活も含めた手厚い補償をお願いします。私が部下たちに約束してやれるのはそれぐらいしかないのです。どうかこの件を、深くお願い申し上げます」


 十川の眼差しは、竜沢の目を間違いなく貫いていた。全ての大臣が成り行きを見守る中、竜沢はゆっくり頷いた。


「お約束します。それに関してはお任せ下さい」


「ありがとうございます。それでは失礼致します」


 映像はそこで途切れた。竜沢は椅子に座り、青木を呼び寄せる。


「防衛省と厚労省の共同で、対巨大生物における作戦行動で発生した殉職者と障害を持った者、その遺族に対する補償金額の見直しをするよう指示してくれ。場合によっては専門チームを立ち上げてもいい。10年前の事案と、大規模災害で発生した殉職者への対応も念頭に入れてくれ」


「……承知しました」


 どうやら、竜沢が覚悟を決めたらしい事を青木は感じ取った。竜沢は口こそ立つものの、実際に何か大きな決断をする時は萎縮する傾向にあるのが各大臣たちの悩みだった。そんな彼が自発的に青木へ指示を出したのは、よっぽどの覚悟を持っての事であると誰もが感じている。



防衛省 庁舎A棟地下1階

巨大生物災害資料編纂室


 ここの管理を任された防衛事務次官の佐伯健史は、たった10人になった職員たちと共に、巨大生物が引き起こす災害を事細かにシミュレートした資料が収まる沢山の段ボール箱を並べていた。


「これから危機管理センターに行きます。皆さんには、これまでの資料をもう1度纏めた上、現地で起こるであろう被害のシミュレートをお願いします。家屋倒壊、交通網やインフラの破壊、もしあれが光線の類を吐けば地形がどうなってしまうか。最大の死者数は。考え得る限りの最も悪い状態だけを抜き出して、紙にでもメールにでもしたのをとにかく送って下さい」


 職員たちは無言で頷き、これまで積み上げて来た資料をテーブルの上にひっくり返した。それを見届けた佐伯は編纂室を飛び出し、エレベーターまで続く廊下をひた走った。

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