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その猫の秘密  作者: onyx
10/23

脅威、再び

 ある休日。今日もまた、誰に頼まれた訳でもない情報集めをしていた。既に10年が経過した事も相まって、当時の情報を閲覧出来るサイトも数少ない。だから今は専ら海外のサイトを使った情報集めがメインだった。


「えーと……ハワイ沖で海が盛り上がった現象の翌日、ハワイ諸島の西100キロの海域で謎の群発地震……これは前に見たな」


 違うサイトへ移動する。今度は趣味で人工衛星からの画像を集めている外国人の個人ブログだ。


「あの事件の約一週間前、私はいつものように人工衛星から海を捉えた画像を眺めていた。するとその内の1枚に、非常に興味深い影が映り込んでいるのが分かった」


 掲載されている画像には、海の中を泳ぐ巨大な何かの影が写っているのが分かった。


 世界最大の哺乳類と言われるシロナガスクジラの写真や、同じく世界最大の艦艇と名高い米軍のジェラルド・R・フォード級航空母艦の画像、東京タワーなりスカイツリーなりの画像と比較して見る。後者の3つよりは小さいものの、仮に生物だとしたら破格の大きさである事が理解出来た。


 そしてその形状から、これは恐らくセイウチ型の巨大生物ではないかとの疑惑が浮上した。


「これの位置は……なるほど、硫黄島に近いな」


 新しい事実が発覚したらしい。この件に関してはどの国も声明を発表していなかった。恐らく確証が得られないため、一歩踏み出せないまま忘れ去られたようだ。


「さて、今日はこの辺でいいか」


 椅子から立ち上がって背伸びをする。時刻は午後2時を過ぎたぐらいだ。昼寝でもしようとベッドへ横になると、クロが体の上に乗って来た。


「ニャー」


 目がまん丸だ。遊んで欲しいらしい。だが今は眠気が勝っていた。


 頭を軽く撫でながら意識を睡眠へ持って行こうとした瞬間、クロが顔を近づけて頬擦りして来た。しかし、位置が悪かったためにクロの鼻先が鼻の中へと突っ込んで来る。


「ふがっ」


 冷たい鼻先とそれなりの質量を持った温かい毛の塊が押し当てられて不思議な感覚だった。思わず息が止まって起き上がり、鼻を拭う。


「何すんだよも~」


「ニャー」


「頼むから少し寝かしてくれって」


 懇願するように言うと、クロはベッドから降りて廊下へと姿を消した。それを見届けた俺は、また寝転んで今度こそ昼寝を始めるのだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


午後5時 銚子沖

海上自衛隊第4航空群所属

OP-1画像情報収集機:コールサイン ”シーイーグル99(ナインナイン)


「こちら機長、まもなく所定海域の定期便を終了する。持ち時間が終わるまで、気を抜かずに注意して任務に当たってくれ」


 週1回の定期便で、太平洋側の排他的経済水域までを可能な限り調べ尽くす。音・海水温度・潮流・魚の群れ等を全てデータ化して分析するのだ。これらから得られた情報を元に、巨大生物の出現兆候を捉えるのが、搭乗員たちに持ち回りで課せられた使命である。

 この機体はP-1哨戒機を画像情報収集機に改修したもので、搭乗員を減らした代わりに積み込んだ各種機材を駆使し、空から海上の状況を長時間探る事に特化している。それは勿論、長きに渡って巨大生物の出現兆候を調べる事にも貢献して来た。所が昨今の情勢により、それも終わりを迎えようとしていた。


 この定期便は厚木基地に翼を並べるP-1哨戒機パイロットにとって、長い間の通常業務だった。乗組員が一丸となり、潜水艦を探すよりも難しい事を空の上で長時間行うだけあって練度の向上も著しい。そうやって第4航空群は、多くの名パイロットやソナーマン、戦術航空士を輩出して来た。

 多くは次第に厚木を離れ、日本全国の哨戒機部隊へ転属し、同じく巨大生物出現の兆候を探っている。所が、対巨大生物有事を想定して編成された特別機動戦闘団の規模縮小に相まってこの通常業務も次第に回数が減り、これまでは3日に1回程度だったものが今では週1回にまで落ち込んでいた。実際問題として長い間その兆候を見つける事が出来ていない現状を鑑みると、それも仕方のない事なのだと多くの搭乗員たちは考えていた。


『SS1、タコ、チャンネル13がどうも東へ流されつつあります。この辺りの潮流としては少し不自然かと』


 戦術航空士を務める柏矢倉かしやぐらニ佐はその報告を受け、キーボードを操って目の前のディスプレイに現在投下されているソノブイの位置関係を表示させた。

 シーイーグル99が投下したソノブイは全部で17に登るが、その内の1つが当初の投下地点よりも東へ5キロばかり流されているのが分かった。この辺りは黒潮の影響もあり、流れは北向きが多い。そこから東へ方向が変わるのは福島県に差し掛かったぐらいなので、今から東へ流されるのは確かに不自然と言えた。


「何だろうな、変と言えば変だが……海水温度もこれと言って」


『SS2、タコ、何か地響きのような音が』


 その報告から数秒後、機長が全員に警戒を促した。


『機長、オールクルー。銚子沖で地震が発生した模様。深さ約20キロ、マグニチュードは6と推定。各自警戒を厳とせよ』


 その報告で柏矢倉はバブルウィンドウから眼下の海を見やった。幸いにも一般の船舶はレーダー肉眼共に確認は出来ない。


『コントロトールより入電。先ほどの地震は都内で震度2、千葉と茨城で震度4を観測。津波警報も出ていない。大した事はないようだ』


 巨大生物の出現兆候を調べるに当たり、これまで発生して来た地震・津波・噴火・豪雨・異常気象なども重要な要素であると考える方針から、震源を特定して各地の震度を素早く叩き出すシステムの構築が成されていた。

 これのお陰により、システムから情報が入って発信されるまでのタイムラグが非常に短くなっているのだった。


 クルーたちが胸を撫で下ろしたその瞬間、もう1人のソナーマンが声を荒げた。


『SS1、チャンネル4に感あり! あの音です!』


 誰もその言葉にピンと来なかったが、柏矢倉は大急ぎで過去のデータベースから10年前に硫黄島近海で記録された謎の音紋を引っ張り出して再生させた。それからチャンネル4の捉えた音紋を聞き入る。


「……同じだな。オールクルー、警戒を厳とせよ。10年前に硫黄島で記録されたものと同じ音がチャンネル4で捉えられた」


 機内の空気が一瞬にして張り詰める。10年の間、全くその存在を臭わせる事もなかった巨大生物出現の兆候が目の前に現れたのだ。

 誰しも、頭の中ではこれから起こるであろう戦いへの覚悟と裏腹に、今まで過ごして来た日常が続く事を密かに願っていた。

 機長は厚木基地へ状況を報告。周辺海域を哨戒中だった3機が支援のため急行する旨が通達された。またこの報告を受けて、横須賀に碇を降ろしていた海洋観測艦「みやこ」が第11護衛隊に先導されて緊急出港。房総半島を地形に沿って回り、銚子沖に到達した「みやこ」は直ちに海底の調査を開始した。


 それから4時間が経過するも、海底と周辺海域には巨大生物らしき影を捉える事が出来なかった。10年前の現象を鑑みて哨戒機も捜索範囲を広げてはいるが、その音をリアルタイムに聴けたのは未だにシーイーグル99のソナーマンだけだった。


『コントロールより展開中の各機、空中からの捜索は24時をもって一時打ち切る。艦隊は朝まで周辺海域を探るが、これは各機クルーの疲労を考えての事だ。基地へ帰投して朝まで休息を取って貰いたい。以上』


「機長、了解。24時をもって捜索を一時終了。基地へ帰投する」


 必死の捜索も空しく、時間は過ぎ去った。3機のP-1哨戒機と1機のOP-1画像情報収集機は、機首を厚木に向けて帰っていく。


 すっかり暗くなった海上で、艦艇部隊も曳航式ソナーやそれぞれが搭載するSH-60Kからソノブイを投下し、水中の音紋を拾ったり空中からセンサー機器をフル活用して情報を集めていた。それらの情報は「みやこ」に集約され、海底地形と照らし合わせながらデータ化されていった。



海洋観測艦「みやこ」観測室


 様々なコンソールやテレビモニターが並ぶ中、20名近い要員が搭載機材を駆使して海底の状況を調べていた。


「一ヶ月前と大きな変化はありません。まぁ、僅かながら滞留物に違いは見られますが、これは時間の経過によるものと考えていいでしょう」


 乗員の1人が資料を片手に報告を行っている相手は、この「みやこ」の観測業務における主管者の須藤三佐だ。元は潜水艦乗りで日本近海の海底地形にも詳しい。


「大きな変化もないしソナーはおろかソノブイすら音紋の1つも拾えないとは、何所へ消えちまったんだ」


「もう少し沖へ出ますか? これだけこの周辺を探して変化がない以上、留まり続ける事に意味があるとは思えません」


「そうだな。艦長へ上申を頼む」


「了解」


 観測室からの上申は艦長へ達せられ、そこから第11護衛隊司令部へと駆け上がった。陣形は「みやこ」を中心に組み直され、3隻の護衛艦は配置転換を急いだ。


 艦隊は針路を東に変更し、陸地から離れ始めた。その隙を突いたかのように、水中からモササウルスのような巨大生物が姿を現す。ソレは波の打ち寄せに合わせるようにゆっくりと上陸を始め、長浜海岸から森の中へとその姿を消した。

 上陸の痕跡は波のパワーによって時間と共に消え去り、よく見なければ何かが這い上がったかどうかは分からなくなっていた。朝になってから再び飛び上がった哨戒機たちも海側の捜索に躍起になるあまり、この痕跡を見落としてしまったのだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 巨大生物が闇に紛れて密かに上陸したその頃、昼寝のつもりで寝過ぎた亮太が起き出していた。


「…………何時だ」


 部屋は真っ暗だ。枕元の携帯を手に取って時間を確認する。今の時刻は日付けが変わったぐらいだった。


「やっべ……まぁ……明日も休みだし」


 父親は泊まり勤務で帰りは明日だ。早めに起きて風呂の準備ぐらいはしておこうと思った所で、クロのエサを用意しなければと起き上がる。


「……あれ、クロ?」


 クロの姿が何所にも見えない。暗闇では同化してしまって分からないので電気を点けるが、廊下にも台所にも、居間にすらクロは居なかった。当然、風呂場やトイレも確認している。父親の部屋も一応見たが、クロの存在を確認する事は出来なかった。


「何所に行った……散歩かな」


 居間の窓は少しだけ開けてあった、半野良だったクロは時折り外に出たがるので、自由に出入りが出来るようにとの配慮だった。


「その内に帰って来るか」


 取りあえず、水を交換してエサを補充する。猫用トイレに排泄の痕跡はないので、猫砂の方はこのままでいい。朝になれば自分の横で丸まって寝ているだろうと思いつつ、再びベッドで横になって寝入った。

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