プロローグ
2020年 横須賀
夜の港町が、大火に包まれている。海面には立ち昇る炎と黒煙が映し出され、ある種の幻想的な光景となっていた。同時に、炎から逃げ惑う人々を誘導する警察消防のサイレンが鳴り響いている。
炎の中を悠々と歩くのは、赤く光る2つの目とシーラカンスのような半開きの口に、妖しい紫色の背中から生えた無数のトゲが特徴的な、二足歩行型の巨大生物だった。口から時折り白い熱線を吐いては町を破壊し、全てを瓦礫へと変えていく。
上空には報道のヘリが遠巻きに集まり、今そこで何が起きているのかを必死にカメラへ収めていた。
各局報道ヘリのカメラマンが覗くファインダーの中に、もう1つの存在が姿を現す。それは全身を漆黒の毛に包まれた、四足歩行型の巨大生物だ。まるで黒豹が巨大化したようなイメージを持つその巨体は、荒れ狂う炎の中を素早く駆け出し、俄然に迫る二足歩行の巨大生物に向かって飛び掛かる。
食らいついた鋭い爪が皮膚を切り裂き、出血を伴う傷を与えた。それに怯んだ所へトゲの生えた尻尾を変幻自在に曲げながら何度も叩き付け、反撃の隙を奪う。向こうの攻撃に先んじて攻撃を行う事で動きを封じ、足の付け根へ果敢に噛み付いて行動力を失わせようとした。
だが、相手も負けてはいない。襲い掛かって来る俊敏な巨大生物に強靭さで勝る分、攻撃を受けつつも首を掴んで力任せに振り回し、瓦礫と化した港湾施設に向けその体を放り投げた。落下の衝撃で地響きのような音が木霊し、打ち揚げられた貨物船に激突して大爆発が起きる。黒豹は巻き上がるその爆発の中へと一時的に姿を消した。
自身より幾分か小さいとは言え、十分な巨体を片手で持ち上げて振り回すとは恐ろしいパワーである。
市街地を蹂躙する巨大生物を、内陸へ侵攻させまいと海側へ押し戻すような攻撃は既に幾度も繰り返されていた。
状況を見守っていた自衛隊員や米軍兵士たちも、縦横無尽に破壊を行う生物に対して攻撃を仕掛けるもう一体を少なからず味方と思い始める節もあり、自然とこれを援護するような行動を取っていた。
『目標は依然として市街地を侵攻中、沿岸部の避難誘導は一時中断し各隊は安全の確保を優先せよ』
『各車照準合わせ! 弾種徹甲! 二足歩行の生物を狙え!』
『対戦車小隊撃ち方用意、着弾は確認せず発射次第すぐに陣地転換しろ』
『第3飛行隊、近接航空支援を開始』
洋上迷彩で夜空に溶け込んだF-2支援戦闘機が高空より無数の爆弾を投下。その接近を察知したような仕草を見せた所へ、山間から放たれた戦車隊の攻撃が突き刺さって意識を反らす。続いて各所から対戦車ミサイルが殺到し、目標の移動を阻害。そこへ投下された爆弾が次々に起爆し、衝撃波と共に目標の体を傷つかせた。
『着弾効果確認、一旦帰投する』
『This is a US Air Force 35FW Attack Now』
三沢基地から駆け付けた米空軍第35戦闘航空団のF-16戦闘機も参戦。背中にロケット弾の掃射を浴びせ掛けて目標を追い立てた。背中に生える無数のトゲが爆発で幾つも弾け飛ぶ。
前方、直上、後方からの攻撃を加えて、移動方向を無理やり一直線に押さえ込んでいった。
『もう一体の状況はどうか』
『沈黙したままです。あ、いえ、炎の中から出て来ました』
『何だと?』
貨物船の残骸を押しのけ、四足歩行の巨大生物は再び姿を現した。体中から出血し、大きなダメージを負っているのは一目で分かった。炎から逃れると、咳き込むような仕草と共に口から大量の血を吐き出し、そのまま崩れ落ちてしまう。
『かなりのダメージを負っている模様、追加指示願います』
『触らないでおけ。今の我々が成すべきは、ヤツを相模湾に誘い込む事だ』
しかし、自身の血で赤い海と化した瓦礫の町から、そいつは再び立ち上がった。
各種の攻撃で一旦は誘い込まれるような行動をした巨大生物は、期待を裏切るように転進を開始。それを見ていたもう1体は力を振り絞るように走り出し、その転進を阻止するかの如く脇腹へと強烈なタックルをお見舞いした。
『再び行動を開始、交戦を再開しました』
『撃ち方止め! 撃ち方止め!』
『2体から距離を取れ、巻き込みに注意しろ』
格闘戦とは程遠い、相撲のような戦いが続いた。方や転進を阻止しようとし、方やそれを跳ね除けるよう互いに押し合っている。一帯に展開中の自衛隊員と米軍兵士は、各種火器の砲口を向けたままその光景を見守っていた。
10分近くが経過した頃、二足歩行型が先に痺れを切らした。口から熱線を吐いて攻撃を加えようとするが、寸前の所で回避されてしまう。
相手から距離を取った四足歩行の生物は、炎の中を走り回って撹乱するような行動をしている。熱線は見当違いな方向へ放たれ続けた。明後日の方を向いて熱線を吐き出した所を見逃さず、死角から首筋に噛み付こうとして飛び出した。
しかし、目論みは破られる。鋭い牙が喉元を引き裂こうとする寸前に顔が振り向かれ、白い熱線が直撃。熱線が吐かれている間、四足歩行の生物は成す術なく宙を舞い続けた。最終的に瓦礫の上へと叩き付けられ、今度は吐血だけでなく全身から酷く出血。端から見ればもう立ち上がれないような状態となっていた。
『目標は再度沈黙。いや、立ち上がろうとしている模様』
何とかして上体だけでも起こそうとしていた。しかし、全身に深手を負ったその体を起こすのは容易な事ではなく、何度も失敗して顔を地面に打ち付けている。
二足歩行の巨大生物はその光景を眺め、もう自身に危害を加える能力が無くなったのを悟り、まるで「そのまま野垂れ死ね」とでも言うような雰囲気で背を向けると、再び市街地へ足を進めた。
『ヤツの行動を無駄にするな、今度は俺たちの番だ』
『各隊、攻撃準備よし。いつでもいけます』
『MLRS陣地、準備完了しています』
また誘導のための攻撃が行われようとする瞬間、赤い熱線が二足歩行の巨大生物に食らいついた。背中のトゲを吹き飛ばし、体を抉って大きなダメージに変換していく。その威力に驚いたのか、これまでにない悲鳴を上げて遁走を始めた。
一旦射線を外された赤い熱線は、目標を見失ってまだ無事だったビルや建物までも破壊してしまった。その熱線を吐き出したのは、他でもない四足歩行の巨大生物である。制御する力も殆ど無いらしく、再び瓦礫の上に顔を突っ伏すまでの間、熱線は放たれ続けた。
『多大な出血を確認、狙い所かと』
『全車、傷口を集中的に狙え。このまま相模湾に追い立てるぞ』
3方向からの攻撃が再開された。二足歩行の巨大生物は、その攻撃から逃げ惑うように相模湾の方向へと移動を開始する。
全員の意識がそちらに向いたのを見計らったかのように、身動きひとつしない四足歩行の巨大生物は、人知れずその姿を撒き散らした血と共に消し去っていた。