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#7 硬いボールと柔いボール

 男たちがコソコソと女子のバスケを見ている。その理由は女子の動く姿の美しさに目を奪われたり、はたまたいやらしい考えがあって変な部分を見ていたりと様々ある。落ちる汗も、点を入れた時の笑顔も、なんとも眩しいものである。そして揺れる胸はなんとも目のやり場に困るものである。

 自分はそんな花園に唯一潜入してしまった男であり、その立場をフル活用して楽しむべきだった。


 なぜ今それができないのかというと、平和な花園にぽつんと大嵐が吹き荒れているからである。


「攻撃と守備をそれぞれ交代して、どんなシュートであれ2回先に入れた方の勝ち。もしも後攻のチームが終わった時点でお互いに2回入れていたら、片方だけがもう一回入れるまで延長戦。これでどう?」


 つまりチームAとBが攻守に分かれ、それぞれの役割を全うする。どんなシュートでも決めたら1点加算。後攻のチームが終わった時点で先に2点を入れていたら勝ち。どちらのチームも2点なら点差が開くまで繰り返す。こういうことだろう。


「衣織ちゃん、負けたらどうするの? そっちからケンカふっかけてきたのに、まさか『楽しかったね』でおしまいなわけないよね」

「へぇ、最初から負けないって自信があるようで関心だわ。籠原さんこそ、そんなに自信があるなら何か賭ければ?」

「……じゃあ、瀬奈ちゃんが一緒に帰ってくれるって。これでどう?」

「いや、ちょっと待てェ――! なんで俺!? 香音、お前責任転嫁してんじゃねぇ!」


 なぜ二人がバチバチしているのかは不明だが、明らかに自分は部外者な気がする。衣織 VS 香音という構図なのに、敗北したら部外者の俺が不利益被るっておかしいだろ!

 それに、確かにこの勝負を提案したのは衣織だ。最初から何か狙いがあってのことじゃないだろうか。そしたら、この賭けの対象も衣織が決めたいはず。こんなの断られて終わりだ――。


「じゃあそれで。絶対に勝つから」


 あれェ――ッ!

 なんで承諾しちゃうかな! 衣織、なんでわざわざ香音と勝負してるんだよ! 香音に何か命令するとかじゃなかったのか!? もしかしてコイツ、俺と戦いたくてケンカふっかけた!?


「もし衣織ちゃんが負けたら、どうする?」

「そうね、何を賭けてもいいけど。負けるわけないし」

「香音、こっちが負けたら俺がつきあわされるんだから、俺が決めてもいいか?」

「にゃはは。ご自由に」


 何を賭けてもいい――。衣織は確かに言った。

 この状況は突然過ぎてついていけてないし、なぜ自分が賭けに出されたのかも納得がいかない。しかし今この瞬間、ピンチはチャンスへ変わった!


 瀬奈は思いっきり人差し指を伸ばし、衣織に賭けの提案をする。


「衣織! 俺たちが勝ったら、俺の女の子扱いをやめろ――!」


 これでメリットもデメリットもできた。正真正銘の戦いだ。

 衣織も賭けの内容に納得してくれたので、いよいよ開戰。先攻が衣織と金髪チームで俺たちは後攻となった。


「それじゃあ、手加減しないからね」


 衣織がバスケットボールをその場でバウンドさせながら言うと、おもむろに金髪ギャル子へパスを送った。

 金髪はそれを受け取ると、ゴールに近づくこともなく、ただジャンプして慣れたようにボールを前に投げた。

 そのボールはふわりと宙に浮いて、ゴールの真ん中へ落ちる。ゴールの網とボールの擦れる音がしたと思えば、もうボールのバウンドする音さえ鳴り響いていた。


「すんません衣織さん。ちょっとタイムいいですか……?」

「どうぞ」


 すかさず瀬奈は放心状態のまま進行を止める。


 だって何アレ……? まだ近づいてすらないのに一発でシュート決められたんだけど?

 もしかしてプロの方かなにか……?


「おい、香音。あのパツキンやばいって」

「衣織ちゃんがそれなりに運動できるのは知ってたけど、あの人はノーマークだった……。胸でっかいくせに……。もうさ、これ負けでいいんじゃない?」

「バカ、諦めるなよ! 俺のためにも!」

「えぇ〜? ウチにメリットないもん」

「さっきまで衣織とバチバチだったじゃねぇか! どうにかしろ!」

「それはだって……。ねぇ?」


 お互いに責任を押し付け合う作戦会議は結局無意味に終わった。

 次は後攻。瀬奈たちの番である。


 ボールを持つのは瀬奈。とりあえず衣織たちと同じように最初はペアにボールを送り出してみる。

 すると香音はそれをキャッチしてくれたが、衣織がもう香音の目の前にいた。


「ちょっ……どいてよ!」

「あら、バスケのルールも知らないの? 守備はただ見ているだけの観客とでも?」


 香音の手にあったボールを華麗に奪い取り、あっけなく終わる。

 さて、運命の2ターン目。香音はもう半分やる気をなくしているが、瀬奈は諦めるわけにいかない。

 なにせ男としての青春が賭かっているのだ。ここで勝って衣織をギャフンと言わせたい。


 狙いは金髪。彼女につきまとっていれば、必ず衣織にパスを回す。そしたらあとは衣織がシュートを外してくれることを願うしかない!

 香音も微力ではあるがまだ戦力になってくれるはず。ここは絶対に阻止しないと――!


「これで点を決めれば2点。私たちの勝ちが確定する。楽しみだね、瀬奈ちゃん」

「まだ早いっての……。俺はまだ、諦めないからな――」


 衣織がボールをバウンドさせる。はじまればそのボールは金髪ギャル子にパスし、金髪が決めるに違いない。

 だからもう意識は金髪の方にある。はじまった瞬間に走り出すんだ。

 思い切って接近しないといけない。近づかないと最初と同じ結果が待っている。


 衣織がボールから手を放す。軽く投げ出されたそれは、やはり金髪のもとへと向かっていた。

 瀬奈はその刹那に脚を前へ出し、全速力でボールを奪わんと迫った。そこまで距離があるわけではない。5歩もかからずに金髪の前へ行ける。瀬奈はそこで手を伸ばし、ボールをはたき落とそうと考えた。


 ――と。頭では考えていたものの、運動神経の悪さが一級品である。いきなり全力疾走しようとしたせいで脚がもつれ、制御が効かなくなったのである。


「金髪ギャル子! そこどいてくれ――!」


 とっさに動くのは口だけで、腕はボールを落とそうと伸びているし、脚は言うことを聞かない。

 しかし、二人の距離はそう遠くなく。ましてやボールをキャッチしようと考えていた人が、そこから素早く人を避けるなんて猶予はなかった。


「ぶつか――!」


 瀬奈の視界が暗転して、その場に倒れ込む感覚。

 転んでしまったことは容易にわかった。

 こんな無様なところを衣織の前で晒しては笑われるに違いない。早く起き上がらないと――。


「あんた、わざとやってないよね?」


 起き上がってみてわかったが、自分の暗転はケガでもなんでもなかった。むしろクッションが目を塞いでいたというのが正しい。そしてそのクッションは金髪ギャル子――の胸。

 瀬奈は図らずも彼女を押し倒し、その胸に顔を押し付けていた。


「うわあぁぁッ……! いやっ、その……。ごめんなさい!」


 終わった――。

 名前も知らぬ女性にこんなハレンチなことを……。

 もう一生獄中生活だぁ……!


 瀬奈は世界の終わりを確信したが、思いのほかギャル子に怒ったような様子はない。少し困惑顔だが、取り乱しているのは瀬奈だけだった。


「ったく、気をつけなよ。他の人にやってたらどうなってたか」

「あ、あの、ケガないですか……?」

「ん、へーき。あんたは?」

「大丈夫っす……。ギャル子さんのおかげで」

「ギャルじゃねーし。まぁよかったよ」


 手を差し出すとギャル子はそれを握って立ち上がった。ギャルじゃないらしいが。

 さてはこの御方、聖人だな? ぶつかったのがギャル子さんで助かった……。ギャルじゃないらしいが。


 とんでもないハプニングのせいか運動のせいか顔の熱さが収まっていないが、気を引き締めてもう一度バスケをやろう。もう気まずくて本当はやりたくないけど。

 そういえばバスケットボールはどこに――?


 瀬奈が何気なく振り向くと、ボールがゴールの下で寂しくバウンドしていた。

 まるで上から落ちたかのように……。


「瀬奈ちゃ〜ん! そっちがラッキースケベしてる間に負けちゃったよー!」

「はぁっ!? 香音なにやってたんだよ!」

「だって運動苦手だもん。ドンマイドンマイ」

他人事(ひとごと)みたく言ってんじゃねぇ!」

「ダイジョブダイジョブ、ウチにおまかせあれ〜。にゃはは」


 香音は自信満々に言うが、どう落とし前をつけるつもりだろう。

 衣織と一緒に帰るとか、いつどんな非道行為があるかわかったもんじゃない。


 本当に今日という日は、凶日すぎないか――!

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