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#6 迫る魔の手

 今日は朝から注目されるわ嫌なやつに複雑な気持ちを味わわされるわ、散々だった。

 そして、さらなる散々がこれから先に待っていた。


 その名も体育――!

 運動音痴な自分にとってみては最初から地獄な環境が、女子からの視線と冷やかしでさらにひどいものになる。


「ほら、二人組になれ!」


 体育教師の怒鳴り声。

 この二人組も本っ当に嫌だった。なぜなら、男子と二人組になったら「あの憎き瀬奈とかァ……!」という反応と「合法的に女の子とじゃん、ラッキー!」のいずれかだからである。もちろんもっとまともな男子もいるだろうし――というか全員意地悪というわけではないから問題なく授業は進むんだけど……。ある意味では人気者なのかもしれないけれど……。でも、ふつうの男友達としてはどうしても接してくれない。そのせいで少しやりづらい。


 さて、さっき()()()()とまるで昔のことのように語ったけれど、その通り。なぜなら今は嫌じゃなくてもっと嫌だから!


「瀬奈ちゃんもーらい! えへ、よろしくね〜」


 なぜか女側で参加――ッ!

 こんなのいつも以上にやりづらいわ!


 こうなった経緯というのは、もちろん身体的特徴が原因だ。それに瀬奈の体力が女子並みというフェアな状況にあるのも原因のひとつ。それに女子たちから反対意見が出なかったという謎。

 脳内に宇宙が生成されたかのように渦巻く理解不能が瀬奈の中に今もあった。なんでこっち側――と。


「瀬奈ちゃん? 浮かない顔してる」

「あ、いや、だって……。絶対こっちじゃないと思うんだよね」

「瀬奈ちゃんの女の子具合は学校公認ってことだね〜。にゃはは」


 瀬奈は人の名前を覚えるのが苦手だった。だから名前がわからない人は多くいるし、そんな人たちのことは勝手に頭の中でイメージを名前にしている。

 委員長とか金髪ギャル子とか。とにかく自分で好き勝手に呼んでいるのである。


 その中でも今回瀬奈とのペアを勝ち取った籠原(かごはら)香音(かのん)は、瀬奈が名前を覚えていた希少な女子である。なぜ覚えていたかというと「にゃはは」という独特な笑い声がよくイジられた時に聞こえてくるから。つまり香音がこの笑いを発した時は、彼女が調子に乗っているのである。


「でも、ペアが衣織ちゃんじゃなくてよかったね。あのコ、何してくるかわかんないよ?」

「正直お前のことも油断ならないんだけど……」

「やだ〜、お前とか怖い〜。ちゃんと名前で呼んで。ね?」


 こんなにあざといやつだったっけ。コイツ、俺よりほんの少しだけ身長は小さかった気がするけど、なんでこんなに上目遣いしてくるんだ。今の一瞬で身長縮んだのかよ。それやめろ、かわいいから。


「ん……。じゃあ、香音って呼ぶからな……」

「うん、ありがとっ!」


 自分は女体化したといえど心は男のまま。そのうえ恋愛経験もない。女子のちょっとした仕草にすぐドキドキクソザコメンタル野郎が自分だった。

 きっと香音はそれをわかったうえでわざとらしくも超かわいい態度で接しているのだろう。だからこそたちが悪いのだが、かわいいものはかわいい。これはしょうがない。


 しょうがないじゃないわッ! あっぶねー、あやうく罠にかかるところだった。

 実は香音は純情な男子を勘違いさせて遊ぶのを趣味にしているんじゃないかという噂を耳にしたことがある。

 コイツは計算高い。騙されるな俺ッ――!


「あ、準備体操しないと。瀬奈ちゃんの背中押してあげるよ」

「おっす……」


 開脚前屈。座って脚伸ばして脚開いて体を前に倒すアレ。

 見れば周りの女子たちはみんなそれをやっていた。準備体操をサボっていては体育教師に怒られるのは間違いない。しっかりやらなくては。


「じゃあ押すね。痛かったら遠慮なく言って――」


 そう言った香音は俺に体を預けるように大胆な押し方をしてきた。背中で感じる柔らかさ。やはり女子側でやったらまずいだろと内心焦りまくり。


「いーち、にぃー、さーん」


 いや、もしかしたら香音がわざとやってる可能性も――!

 いや、ここでツッコんだら「真面目にやってただけなのに〜。瀬奈ちゃんのえっち」とか言ってにゃはにゃは笑うに違いない!

 そう、ここは精神統一。修行僧の如く不動の心で臨むべし。


「どう? 気持ちいい?」


 おいいいいいぃ!?

 やっぱり狙ってますよね! 香音さん、あんた確信犯ですよね!


「ねぇ、気持ちいいかって聞いてるんだけど?」

「それどういう意味だよ……」

「どういう意味ってそのままの意味だよ。あれれ、何を考えちゃったかな〜? にゃはは」


 ぐわぁぁぁぁ! やられたッ!

 なぜこうも負けるんだ。弱すぎるぞ俺!

 もう何も見るな……。もう何も言うな……。もう何も聞くな……。

 そう、もう無視しちゃえばいいんだって。こんなやつ気にするな。


「ねぇ、籠原さん」


 瀬奈が決意を固くした時、ピリッとした空気が頬を撫でた気がした。

 顔をあげると、そこには腕を組んだ衣織の姿――と、ペアになったのかギャル子もいる。


「やっほー衣織ちゃん。なになに? そんなコワい顔しないでよ〜」

「今日のバスケ、2 on 2をやるみたいだけど。一緒にやらない?」

「えぇ〜? なんでわざわざウチらとやるの? 別に超仲良しってわけでもないのに? にゃはは」

「さぁ、なんででしょうね。――で、逃げるの?」


 なんだこのただならぬ雰囲気は。どうしてギャル子はこんな状況でも真顔なんだ。

 何も理解できてないの、もしかして俺だけっすか……?


「逃げ……るわけないでしょ。ただちょっと、卑怯者だなぁって」

「はぁ? お互い様でしょう? いいから早くやりましょう。ね?」


 今日は晴天のはずなのに、体育館の外で雷が落ちた気がした。

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