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#5 そんなホイホイ堕ちちゃいけない

 女体化した次の日。

 いつも降りそそぐ朝日が、今日は余計なスポットライトみたいで恥ずかしかった。

 1年の教室は下駄箱からそう遠くない。だから他学年よりも早く安息地に行ける。しかし、もちろん校門を通るのは全学年全クラス共通である。嫌でも多数の人に見られる。嫌でも注目される。


 有名なアイドルが外出する時は変装しているという話を聞いて、もっと自分の武器を行使すればいいのにと瀬奈は考えたことがあった。――が、もう大反省!

 人の視線って思ったより刺さるもので、例えるならそう、全校集会とかで体育館のステージに立つアレ!

 なんでただ歩いてるだけでこんなにも緊張せにゃいかんのですかッ!


 せめてこの視線が「イケメンだ、かっこいい!」というものならよかったのに。何も知らない男子がチラチラ見るわ、女子でさえ声をかけたそうな微妙な距離感でこちらを見るわ……。

 とにかく瀬奈には耐えられそうにもない空気だったため、さっさと教室に避難するべきと考えた。 


 下駄箱の前で靴を早脱ぎするスキルは、きっと今この時のために存在する。

 瀬奈はすかさず自分の番号が書かれた場所に手を伸ばし、上履きに履き替えてから靴をその中へ。偶然にも自分の番号が書かれた場所は一番上の列。いちいち背伸びしないと届かないのは、天からの悪意が込められているに違いない。


 それでも校舎の中に来てしまえば教室はすぐ近く。瀬奈は目的の場所へ逃げるように移動した。

 ひとまず一件落着。もう教室に入ってしまえば自分のことを男だったとしても女扱いしてくるやつだらけである。今の特別な状態をある意味普通と受け入れてくれる環境だ。


「瀬奈ちゃん、おはよ」


 ほらね。

 もうちゃん付けに慣れかけている。が、認めれば負けなので反論は続けねばならない。


「『ちゃん』じゃないって。しつこいぞ」

「今までは、ね。もう瀬奈ちゃんは誰しもが振り向く美少女……! あぁ、羨ましい!」


 衣織のオーバーな動きが心底うざったい。

 誰しもが振り向くにしても、もう少し別の方法で振り向かせたかったのにな。


「それにさぁ……。ほれほれ、なんだねこのスカート?」


 衣織がそそくさと瀬奈の隣に寄って、スカートの端をつまむ。スカートめくりとまではいかないが、ほんの少しつまみ上げられたせいで脚の風通しが良い。


「な、なんだねって……。あれだよ、学ラン着てたら何も知らない他クラスの人がびっくりするだろ。だから仕方なく……」

「学ラン着てても顔がいい男の子だって思うんじゃない。それなのにわざわざこの格好ってことは――」

「違うって! 目立ちたくないんだってば!」

「ふぅ〜ん」


 俺は衣織が大嫌いだ。

 何を言っても勝った気がしない口喧嘩も原因だし、最終的にこっちが負ける結末も決まりきっている。衣織からしたら楽しいのだろうが、こちらからすればただの恥の上塗りで、迷惑以外の何ものでもなく――。


「似合ってるぞ」


 唐突に行われた耳元での囁き。この破壊力がわかるだろうか。

 まず、単純な吐息の心地よさ。耳にか細いそれが当たって、また衣織の声色もいつもより優しくてこちらの敵意が削がれてしまう。

 そして囁く行為の意味。面と向かって言えばいいのに、どうしてこんな二人だけの秘密みたいな……!

 お前、さっきまで公開処刑よろしくふつうのボリュームで話してたじゃないか! それなのにここぞとばかり誰にも聞こえないような声で変な褒め方しやがって。


 ずるいよ、衣織……!


 瀬奈の脳内で囁きに対する感想や考察が一気に湧き上がる。大勢の人間が騒いでいるような脳内で冷静な反応をすることもできず、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。


「朝から赤すぎ。バーカ」

「バっ、バカってなんだよ!」


 また衣織が軽口を叩いてくれたおかげでようやく動けるようになる。

 危なかった。もし囁きが男としてさらに響く言葉だったら確実にホレていた――!

 そんなホイホイ堕ちかけていたらこの先どうなることか。


 まだ今日が始まったばかりなのにまずい……。

 もっと気を引き締めていかないと……!

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