#3 女の子になった日
自分はずっとマスクをしていた。
もちろん体育は息苦しくなるから外したし、食事の時だって外した。
しかし感染した。信じられないことに。
もし、もし感染していなければ、こんなことには……。
「お知らせがありまーす。竹田くんが女の子になりました。なんか、病気らしいですけど……」
担任の声。ザワつく教室。
『最初から女の子ですが何か作戦』は序盤から失敗した。ホームルームの連絡で言わなくていいのに。わざわざ前に立たせて公開処刑するなんて……。
「セーラー服も着てるし、心まで女の子になったのでしょうか」
「いや、違います。むしろ男としての煩悩が女体化を招いたというか……。とにかく誰も何も触れないでください」
「あら、そう。そういうことなので、みなさんはいつもと同じように接してあげてくださいねー」
いつもと同じ――。
それは最悪の一言だった。
「瀬奈ちゃん、本当に女になっちゃったんだ。かわいー」
「ヤバ! ふわふわ髪の毛ガチモンなんだけど! ウィッグかと思っちゃった」
「まぁ、なるべくしてなった感、ハンパないよね。むしろ今までが嘘だったカンジ?」
でたよ。いつもと同じ、女の子扱い。
しかもいつもより激しい。
いつもなら軽いスキンシップや言葉でのからかい、ちょっとしたセクハラだった。
それが今日は、同性になったからってやりたい放題。
髪は触るわ、ハグはするわ、ベタベタにやられまくっている。
瀬奈はこの仕打ちにイライラを爆発させた。
男として見られたいのに。
同性として馴れ合うつもりはないのに。
「お前らなぁ、俺は男だから! あんまり、その……。な、舐めんじゃねぇ!」
キマらない脅し。
瀬奈が言った後に周りを囲む女子たちはドッと笑った。
「ヤバ、マジでかわいいんだけど!」
「ちょ、動画撮ろ、動画! 瀬奈ちゃーん、もっかい言ってー」
「死ぬ! これは萌え死ぬ!」
キャッキャ騒ぐ女子に半泣きな瀬奈。
女子たちの勢いは収まらず、むしろどんどん激化していく。
いよいよ話は下劣な方向へ走ってしまった。
「てかさ、瀬奈ちゃんのこと、他の男子はどう思ってんだろうね」
「やだー。瀬奈ちゃん襲われちゃうんじゃない?」
「男ってケダモノだもんね。瀬奈ちゃん、力弱いし」
また女子たちの笑い声。
勝手に盛り上がりやがって。
「夜道とかさ、押し倒されたり!」
「あっははは! 完全に犯罪じゃん!」
「でもやられそうじゃない? 瀬奈ちゃん、すぐに堕ちそう」
ふざけんな! 俺は男だぞ!
弱くも、かわいくもない!
強くてカッコよくて、そんなモテモテライフを望んでいるんだ。
さすがに限界だ。もう怒りを抑えられない。
「俺は弱くない! 少なくとも、お前ら女子なんかよりは――」
「誰より弱くないって?」
怒りに任せて立ち上がった瀬奈。
しかし、背後から声がしてその勢いが一瞬だけ止まる。
声の正体は忽那衣織。
主に同性に手を出す陽キャ女子。女子チームのリーダーに的存在。
何を隠そう、瀬奈の名前いじりの第一人者でもある。
思えばコイツが俺をいじってから全てが狂った気がする。コイツが一番大嫌いだ。
モテモテハーレムをつくったら、コイツだけハブって復讐しようと思ってたのに。
「お、お前ら女より弱くないって言ってんだよ!」
「ふーん。瀬奈ちゃんも女の子なのに、そんなこと言うんだ」
衣織は瀬奈よりも少し背が高かった。だから簡単に肩を掴まれてしまう。
瀬奈は日々イジられ続け、日々女性と近い距離で生活している。しかし、それは必ずしも女性耐性があることの表れではない。
真正面から見つめられると首を背けずにはいられない。
「瀬奈ちゃん。メンタル、弱くない?」
「なななな、なに言ってんだよ! べつに弱くねーし!」
汗が滲む。なぜ衣織は直視できて自分はできないのか。
それはこっちが衣織を異性として見て、衣織はこちらを異性として見ていないから。
これだから女の子扱いは嫌いなのだ。
「ねぇ、もっとちゃんと見て?」
無理だ。
今や自分が美少女であるが、だからといって他の女性を見つめられるようにはならない。
負けを宣言することもできないし、瀬奈は沈黙するしかなかった。
「ほら、これで逃げられない」
グイと顎を掴まれた。
強制的に顎を固定され、嫌でも衣織の端麗な顔面を見せつけられる。
その瞳を見た瞬間、時間が止まった。
もちろん本当に止まったわけではないが、目があった瞬間に息は詰まり、胸は痛くなり――。とにかくその一点を見ること以外の活動ができなくなったのだ。
まるでメデューサの目を見たような――。
「ふっ、耳まで赤くなってかわいすぎでしょ!」
「テメッ――鼻で笑うなよ!」
停止した時間はすぐに再開した。
衣織が笑ったのち、軽く瀬奈を突き飛ばしたのだ。
こうなると少しでも、というかめちゃくちゃドキドキした自分さえ恨めしい。
「ま、瀬奈ちゃんが本当の女の子になってくれたということで、これからドンドン攻めるから覚悟してよね」
ニヤリと笑う衣織もまた、瀬奈が直視をするにはメンタルが足りなかった。