表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/24

#3 女の子になった日

 自分はずっとマスクをしていた。

 もちろん体育は息苦しくなるから外したし、食事の時だって外した。

 しかし感染した。信じられないことに。

 もし、もし感染していなければ、こんなことには……。


「お知らせがありまーす。竹田くんが女の子になりました。なんか、病気らしいですけど……」


 担任の声。ザワつく教室。

『最初から女の子ですが何か作戦』は序盤から失敗した。ホームルームの連絡で言わなくていいのに。わざわざ前に立たせて公開処刑するなんて……。


「セーラー服も着てるし、心まで女の子になったのでしょうか」

「いや、違います。むしろ男としての煩悩が女体化を招いたというか……。とにかく誰も何も触れないでください」

「あら、そう。そういうことなので、みなさんはいつもと同じように接してあげてくださいねー」


 いつもと同じ――。

 それは最悪の一言だった。


「瀬奈ちゃん、本当に女になっちゃったんだ。かわいー」

「ヤバ! ふわふわ髪の毛ガチモンなんだけど! ウィッグかと思っちゃった」

「まぁ、なるべくしてなった感、ハンパないよね。むしろ今までが嘘だったカンジ?」


 でたよ。いつもと同じ、女の子扱い。

 しかもいつもより激しい。

 

 いつもなら軽いスキンシップや言葉でのからかい、ちょっとしたセクハラだった。

 それが今日は、同性になったからってやりたい放題。

 髪は触るわ、ハグはするわ、ベタベタにやられまくっている。


 瀬奈はこの仕打ちにイライラを爆発させた。

 男として見られたいのに。

 同性として馴れ合うつもりはないのに。


「お前らなぁ、俺は男だから! あんまり、その……。な、舐めんじゃねぇ!」


 キマらない脅し。

 瀬奈が言った後に周りを囲む女子たちはドッと笑った。


「ヤバ、マジでかわいいんだけど!」

「ちょ、動画撮ろ、動画! 瀬奈ちゃーん、もっかい言ってー」

「死ぬ! これは萌え死ぬ!」


 キャッキャ騒ぐ女子に半泣きな瀬奈。

 女子たちの勢いは収まらず、むしろどんどん激化していく。

 いよいよ話は下劣な方向へ走ってしまった。


「てかさ、瀬奈ちゃんのこと、他の男子はどう思ってんだろうね」

「やだー。瀬奈ちゃん襲われちゃうんじゃない?」

「男ってケダモノだもんね。瀬奈ちゃん、力弱いし」


 また女子たちの笑い声。

 勝手に盛り上がりやがって。


「夜道とかさ、押し倒されたり!」

「あっははは! 完全に犯罪じゃん!」

「でもやられそうじゃない? 瀬奈ちゃん、すぐに堕ちそう」


 ふざけんな! 俺は男だぞ!

 弱くも、かわいくもない!

 強くてカッコよくて、そんなモテモテライフを望んでいるんだ。

 さすがに限界だ。もう怒りを抑えられない。


「俺は弱くない! 少なくとも、お前ら女子なんかよりは――」

「誰より弱くないって?」


 怒りに任せて立ち上がった瀬奈。

 しかし、背後から声がしてその勢いが一瞬だけ止まる。


 声の正体は忽那(くつな)衣織(いおり)

 主に同性に手を出す陽キャ女子。女子チームのリーダーに的存在。

 何を隠そう、瀬奈の名前いじりの第一人者でもある。


 思えばコイツが俺をいじってから全てが狂った気がする。コイツが一番大嫌いだ。

 モテモテハーレムをつくったら、コイツだけハブって復讐しようと思ってたのに。


「お、お前ら女より弱くないって言ってんだよ!」

「ふーん。瀬奈ちゃんも女の子なのに、そんなこと言うんだ」


 衣織は瀬奈よりも少し背が高かった。だから簡単に肩を掴まれてしまう。

 瀬奈は日々イジられ続け、日々女性と近い距離で生活している。しかし、それは必ずしも女性耐性があることの表れではない。

 真正面から見つめられると首を背けずにはいられない。


「瀬奈ちゃん。メンタル、弱くない?」

「なななな、なに言ってんだよ! べつに弱くねーし!」


 汗が滲む。なぜ衣織は直視できて自分はできないのか。

 それはこっちが衣織を異性として見て、衣織はこちらを異性として見ていないから。

 これだから女の子扱いは嫌いなのだ。


「ねぇ、もっとちゃんと見て?」


 無理だ。

 今や自分が美少女であるが、だからといって他の女性を見つめられるようにはならない。

 負けを宣言することもできないし、瀬奈は沈黙するしかなかった。


「ほら、これで逃げられない」


 グイと顎を掴まれた。

 強制的に顎を固定され、嫌でも衣織の端麗な顔面を見せつけられる。


 その瞳を見た瞬間、時間が止まった。

 もちろん本当に止まったわけではないが、目があった瞬間に息は詰まり、胸は痛くなり――。とにかくその一点を見ること以外の活動ができなくなったのだ。

 まるでメデューサの目を見たような――。


「ふっ、耳まで赤くなってかわいすぎでしょ!」

「テメッ――鼻で笑うなよ!」


 停止した時間はすぐに再開した。

 衣織が笑ったのち、軽く瀬奈を突き飛ばしたのだ。

 こうなると少しでも、というかめちゃくちゃドキドキした自分さえ恨めしい。


「ま、瀬奈ちゃんが本当の女の子になってくれたということで、これからドンドン攻めるから覚悟してよね」


 ニヤリと笑う衣織もまた、瀬奈が直視をするにはメンタルが足りなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ