#23 ラウンドスリー
地獄の昼食タイムが終わった。
無理やりオノマトペをつけてしまうなら、まさしく「ジゴクジゴク」と鳴っていたであろうほど地獄の時間だったが、果たしてそれが終わった今、ここは天国かと言われると断じてそうじゃない。
人生山あり谷あり、とはよく言うが。でも実際のところ、山山山で谷とかもあるわけで、そのいくつもの山をひとくくりにひとつの山と言うから、山のあとに必ず谷が来ているように見えるのだ。
山を越えた先に山があるのなら、それはまだ山を越えていないと言ってしまう。
つまり、ひとつの地獄が終わり、そのあとにもうひとつの地獄が来たのなら、最初からあった地獄そのものが続いているだけということだ。
もっと正しく言えば。
地獄の昼食タイムは終わっても、地獄のデートタイムは終わらない。
ゲームセンター。
今どき、100円硬貨を筐体に入れて遊びの体験をする人は少なくなってきたと思う。ゲーム機でもスマホアプリでも、無料でやろうと思えばいくらでもできる暇つぶしが増えたから。
それでもゲームセンターでしかできない体験は存在するし、だからこそ利用客はゼロにならないし、今こうして俺たちが存在する。
そう、ゲーセンにいる。デートで。
「ゲーセンデートなんて存在するんだ……」
今まで無縁だったから確信を持って断言できないけど、デートって映画とか見るもんじゃないの?
それか水族館。むしろそれ以外どこ行くのか正直わかんないんだけどさ。
でもゲーセンって。男友達の集団でウェイウェイ遊ぶ場所じゃなかったっけ、ここ。
「さすがの私も余程なことがなければデートにここを選ばないって。というかこの場所自体がそこまで行かないし」
「つまり、ここを選んだのは……」
「はい! この私でございます!」
賑やかな店内での会話はうっすらとしか声が聞こえず聴力検査みたいだったが、翠の声はやけにはっきりしていた。それだけ元気ということだろう。
それにしても意外だ。田舎町な地元にゲームセンターなんてあるわけがなく、つまりはそれに親しみにくい環境下で自分は育った。もちろんそれは幼馴染みさんも同じなわけである。
わざわざ自分から足を踏み入れるほどの関心があるだなんて知らなかった。
「関心といえば関心だけど、そうでもないんだよねー」
「?????」
「せめて言葉で返してよ。いや、私の言い方が悪かったのも認めるけどさ」
実際頭の中は?でいっぱいだったから仕方がない。
だって関心といえば関心だけどそうでもないってなんだ。パンはパンでも食べられないパンはなーんだってか?
あれか、辛そうで辛くない少し辛いラー油か。関心がありそうで関心がない少し関心のある幼馴染みか。
結局どっちなんだ。辛いのか、辛くないのか。
「あれは辛そうで辛くない少し辛いラー油だから、辛いのか辛くないかじゃなくて、少し辛いが正解なんじゃない?」
「ああ。じゃあつまり翠は関心がありそうでも関心がないわけでもなく、少し関心がある幼馴染みなのか」
「えっと……もうそれでいいよ。なんでこんな話になったんだっけ」
なんでと聞かれれば、それは清廉潔白な幼馴染みがどうやってゲームセンターなんて刺激的な遊びと出会ったのかという――。
「ゲーセンにも私にも失礼なんだけど。別にどこで遊んだっていいでしょ。というか、そもそも常連ってわけでもないし。なんか勘違いしてない?」
「デートの場所に選ぶほどのゲーセン女子だという見解でいましたが……」
「デートだからここを選んだんじゃなくてさ、今回だから選んだんだよ」
今回?
なんだ、なんか今って特別な状況だったか?
右手に衣織、左手に翠というこの瞬間に、何か違和感を覚える要素はあったか?
覚えねばならなかった。
というか、ずっと覚えていた。
なにせ地獄のデートタイムは終わらないのだ。さながら服と食事を経てのラウンド3とかそんなところなのだ。
もしもゲームセンターとこのラウンド3とかって言葉でピンときた人がいるなら、その人はきっと常連さんであろう。そしてピンときた人はもう、翠の思惑がわかったんじゃないだろうか。
何を隠そう、翠は最初からこのデートがただのイチャラブデートではないことを忘れていなかったのである。
「私たちはせーちゃんを賭けて戦わなきゃいけないんだからさ。二人で競えるゲームくらい、ここならいっぱいあるでしょ」
「いいわ、受けて立ちましょう。言っておくけど、手加減とかできないから」
「こっちだって、人への情けのかけ方忘れちゃったから気をつけてね」
バチバチに煽りまくる二人。ゲーセンの軽快な騒音のおかげでシリアスな雰囲気はないが、それでも二人の中に闘争心があることに変わりはない。とはいえ、喧嘩するほど仲がいいと言葉があるように、二人の仲が険悪なわけでもない。むしろ普通に競ってゲームで遊ぶだけの関係なような……。
あれ、なんだこの疎外感?
そもそも俺を取り合っての戦いだったはずなのに、どうして俺とは全く関係のない勝負になっているんだ?
というか二人だけゲームで競って、俺は蚊帳の外にされるのか!?
釈然としない気持ちを抱えつつも、これはすでに決定事項。反論の余地は与えられていない。
諦めて二人のゲームプレイを見守るか、それとも自分も何かで遊ぼうかと辺りを見回してみた。ゲームセンター1階にはクレーンゲームが並んでいる。確か2階にレースゲームやメダルゲーム、3階には音ゲーとか格ゲーとかがあった。魔の4階にプリクラがあるらしいが、そこは男子禁制で行ったことがない。
クレーンゲームは苦手だ。景品を取るコツとか何ひとつ知らないし、そもそも経験が足りない。しかしいざやろうと思うと元を取るにはどうすればいいか考えちゃってなかなか手が出せない。
あれは富豪の遊びだと思う。お金持ちの。
そう、あそこにいる金髪ギャル子くらい金金じゃないとな。金髪ギャル子くらい、うん。
思い出すのも容易い、今朝の記憶。
待ち合わせ前にちょうど駅前で出会った金髪ギャル子。
まさか朝だけでなくここでもお会いできるとは――っておい。
なんでしれっといるんだ。クレーンゲームとにらめっこしていてこちらには気づいていないようだが……。
声はかけないでおこう。今朝の去り際に「あんたモテるね」と言われた手前、この現場を見られると面倒だ……。




