#21 はじめての
ファミレスには個別の椅子と、長いソファータイプの席がある。そして場所によっては片側のみ椅子、もう片側のみソファーというタイプの異種混合席がある。
椅子タイプかソファータイプか、どちらを座りたいかの好みは人によって分かれるだろう。
ただ、デートとなれば気遣いができなくてはならない。自分の好みがどちらかよりも、相手がどっちに座りたいかを優先する必要がある。マナーとかそういった考え以前に、カッコいい男を演出したい男子としては自然と気遣う場面だろう。
俺だってカッコよく思われたい。姿がどうあれ、そういう欲から行動に移るのは当然の結果だった。
ただ、今となってみればそれが失敗した結果も知ることになったのだが。
ひとつだけ言えるのは、そんな失敗は自分の責任じゃないということだけ。
「ご注文お伺いします」
店員の顔に困惑が見える。もしくは驚愕かもしれない。
客の前で露骨に感情を出さないようにしているのだろうが、なんとなく変な目で見られたことだけはわかった。
なにせ、3人の客がソファー席で横一列に座っているのだから――!
「えっと――ビーフハンバーグステーキのAセットと……」
衣織と翠は何食わぬ顔でここにいるが、自分含めこの店内にいる人間は全員わかっている。この座り方はおかしい、と。
なにせ4人席のテーブル――つまり、椅子側に2人、ソファーに2人が座る設計だ。それをソファー側3人っておかしい以外のなんでもないじゃないか。
横幅の狭さもおかしいし、対面してるはずの椅子に誰もいない光景もまたおかしい。対面している席に誰もいないのは、せめて1人で来たときだけ見るものだと思っていたのに。
迷惑客に思われていなければいいが……。
「――以上で」
「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ」
帰れ、クソ野郎――と内心思われていたりしないだろうか。
もうハラハラしちゃって落ち着かない。
「ねぇ、瀬奈ちゃん」
「な、なんすか……」
近い。今までに体験したことがない圧倒的な近さ。
横を向いて顔を合わせるなんて不可能なほど近いぞ。お互いに向き合ったらもう重なっちゃうんじゃないか……。
幸い、左右のテーブルに客はいなかった。多少広めに使っても即座に怒られることはないだろう。昼前に行ったのは正解だったみたいだ。
とにかく今はこの異様な距離を気にしないことだけ考えよう。水でも飲んで落ち着くか――。
「瀬奈ちゃんって、八木原さんのことどう思ってるの?」
「ぶばッ!」
「せ、せーちゃん!? ちょっと衣織さん、いきなり変な質問したらせーちゃん死んじゃうって!」
背中からさすさすしてくれる手の温かさを感じる。その手の向きから翠のものだとわかった。
しかし、個人的に嬉しいこの行動が衣織にとっては疑わしいだけの行為だった。
「なんか、こう……。親子みたいなきょうだいみたいな、老夫婦みたいな……。八木原さんと瀬奈ちゃん見てると行動が噛み合いすぎてて気持ち悪い」
「気持ち悪いって……。別に、せーちゃんと私はただの幼馴染ですけど」
「瀬奈ちゃんいわく、初恋の人は八木原さんみたいよ――」
「わー! ざけんなテメェ! バラすんじゃねぇよ恥ずかしいだろうがッ!」
まさかコーディネート対決の待ち時間でぽろっと言っただけの話題を暴露されるとは……。
「二人ってつきあったことないの? 本当に今もつきあってない?」
「ないってば。この前、翠を彼女として紹介したのも本当に嘘だし――」
「せーちゃん、せーちゃん! 初恋ってなに!」
「うっ……。やめろ、なんだその顔……」
翠は陰湿な笑顔をしていた。こちらを馬鹿にしているんじゃないかと思うようなニタァァとした笑み。もうすごいニタァァァって。ニッタァァァァアアって!
「だって初恋って……。ぷぷ、初恋、へー、せーちゃんが、くくく……」
「なに笑っとんじゃオメェ! や、違う、本当は翠じゃなくて――」
「え、瀬奈ちゃん嘘ついた? 本当は誰だったの」
「それはその……。えっとぉ――姉ちゃん」
「衣織さん、これ嘘だよ。せーちゃんね、人名で困ったらすぐにお姉さん出すから」
お前はメンタリストか。
というかその癖、自分でも無自覚だったのだが? いつからそのトリックに気づいた。そしてお前はいくつ俺の嘘を嘘と気づきながらもスルーしてきたんだ。
「ちょ、待て、不公平だろ……。衣織。衣織の初恋教えろよ」
「瀬奈ちゃん」
「ノーダメすか……。翠、お前の番だ」
「えっ。えぇ……。幼稚園の先生、とか?」
「とかってなんだよ。複数人いるわけでもないだろうに」
ははーん。貴様、嘘で誤魔化そうとしているな。
メンタリストSui、どうやら嘘を見破れても嘘をつくのは専門外のようだな。
「もう全員暴露したんだぞ。お前も痛み分けだ」
「待って! 暴露ってことはさ、結局せーちゃんは私のことが好きだったの?」
「そ、それは――」
「ちゃんと断言してくれないとフェアじゃないからね。そっちが言うまでこっちも言わないもん」
くっ……。
そもそも言う順番が存在する時点でフェアじゃないだろう。だって聞くだけ聞いて、あとは黙秘すれば逃げられるのだから。
「じゃあ同時に言うか……?」
「はい!? それはなんか違うって!」
「なにが違うんだよ」
「それは、せーちゃんの初恋が私じゃなかった時のリスクとか――」
よくわからない事情だが、とにかく翠は後出し以外認めないらしい。
恥ずかしいが、初恋の人が翠であることに偽りはない。さっさと全員の初恋を把握して、この話題をタブーにしてしまったほうが傷跡が消えそうでいいな。
「じゃあ、言うぞ。俺の初恋は――」
「お待たせしましたー。こちらビーフハンバーグステーキと――」
俺が真相を告白しようとしたちょうど今、店員が料理を運んできた。
声が遮られたのなら仕方がない。店員が近くにいるならこの話題に触れられないのも仕方がない。
ドンマイドンマイ。この話はなかったということで。はい、さよなら!
「あ、あー! 腹減ったなー! 早くメシ食おうぜ! というかさっさと口を塞がせてくれ!」
食事をする器官と声を出す器官が同じでよかった。
もし違っていたら、昔の恋心を今さら本人に打ち明ける恥ずかしイベントをのこのこと受け入れるところだった。




