#20 終わらない闘争
人類はなんのために服を着るようになったのだろうか。
温度調節、衛生面の強化、社会性の保持――。きっとそんなところから始まり、余裕が出てきた人類はやがてファッションなんてものを生み出した。
ファッションはやがて多様になった。どんな服を着るかという横の軸だけでなく、いつ着るかの縦の軸が出てきたのだ。そしてさらに細かくいえば、それを着る目的――どこで、なにをするため、どうして着るのかがコーディネートを決定する要因になる。
つまりここで伝えたいことは、コーディネートの優劣は時と場合によるのではないかということだ。
「そんなん言ってないで決めてよ!」
「いつとかどことか関係なく、せーちゃんが好きな方でいいから!」
「そしたらもう男服だよ……」
1着目はデザイン的に好みだ。痛いやつだと思われるかもしれないけれど、黒い服を着ると落ち着く。
ただ、スカートがよくない。男子たちにスカートが流行するまで、きっと俺はあのひらひらに慣れることはないだろう。
2着目。1着目と比べるとズボンだったので恥じらいがない。ただ、少し肩出しに驚いた。スカートと肩出しのどちらのほうが恥ずかしいかと聞かれたら、それはスカートだ。でも、めくられたりしたら大ダメージを負うスカートとは違い、肩出しは常にじわじわとダメージを負っている気がする。
つまり、やはりどちらとも甲乙つけがたい。これって優れているものに対する迷いを表すんだろうけれど、どちらも欠点が見えてしまってある意味甲乙つけがたいのが現状……。
「もし今買って、そのままここで着るとしたら2着目かな……」
「私の!」
衣織が目を輝かせた。
てっきりスカートを選んだのが衣織だと思ったが違うようだ。いや、衣織が選ばなそうな方を選んだわけではないのだが、でも意外だった。
――とすると翠がスカートを……!? ついに嫌がらせを覚えたか……。
「ただ、俺の好みをちゃんと捉えてるなってのは1着目かな。でもスカートが――」
「動きやすいの好きじゃなかったっけ。せーちゃんならスカートがめくれることなんて気にせず走り回ってると思ったのに」
「気にするわ! 下着見られて恥を感じるのは男女関係ないから!」
動きやすい服が好きというのはやはり正解だ。翠はちゃんと俺の好みを考えて選んでくれていた。
竹田 瀬奈を知る情報量を基準にすれば、翠に軍配が上がる。
「よく覚えてたな。服の好みの話なんて、そんな頻繁にした覚えないんだが……」
「逆にせーちゃんは覚えてないの? 幼馴染の好きなものとか」
「正直全部は自信ないな……。一部なら……」
「ま、せーちゃんは何も知らないもんね」
「なんだよそれ」
べぇ、と翠が舌を出す。そんな翠はひどく子供っぽくて、いつもの元気いっぱいな彼女を見ることができた。脚を組んで座っていた時には大人らしくなった一面を見た気がしたのに、気のせいだったのか。
「ちょっと――! 勝ったのは私だからね、八木原さん! なんでちょっといい感じの雰囲気になってるの!」
「ふーん! 私のほうがせーちゃんの好きなもの知ってるもんね。男服選ばせたら絶対に私が勝ってたから」
「どうせそんなの、昔の好みよ! こっちは瀬奈ちゃんの今を知ってるんだから!」
「歴が違うの! 私が一番せーちゃんを理解してる……!」
おっと。
軽い気持ちで服選び勝負に白黒つけちゃったが、そう、これは勝負なのだった。そこには勝者と敗者が存在するわけで、優劣がそこで決まるもの。
決まるもの――であるはずなのに。
「文句があるなら何回だって受けて立つわ! 瀬奈ちゃんは渡さない……!」
「こっちだって譲る気ないんですけど! まぐれで勝ったからって……!」
勝負ついてないんですが。
むしろコーディネート勝負の前よりバチバチだし。もしかすると、もしかしなくても第2ラウンドだよな……?
「ねぇ、お腹空かない?」
「お腹空いてるよね、せーちゃん!」
「いや、食えなくはないけど……。まだちょっと昼には早くないか――?」
「じゃあ行きましょう! 近くにレストランあるから!」
「どっちがせーちゃんの好きなものを注文できるか。それでいいよね」
「ええ、構わないわ」
右腕を引かれ、左腕を引かれ、またもや最高に歩きにくい姿勢に。
まだまだデートは終わらないみたいだ……。ってデートなのか、これ? 衣織と翠の三番勝負のような――。
ここだけの話、引き分けにして荒立てないように解決したい。まったく、ヘタレめ……。




