#2 反省していない。後悔しかない。
瀬奈は自分の姿を鏡で見て絶望していた。
男の時より髪は伸び、長めのショートヘアーに。瞳の茶色は健在で引き込まれるような魅力があった。ツヤのある頬に色っぽい唇。体つきは――正直最初からもやしっ子だったから細さが変わっていない。ただ、なんだろうか。最初から特に筋肉のなかった腕がさらに柔くて華奢になった気がする。
以前から細かった指先も、ただ細いだけでなく妙な色っぽさを帯びているような……。脚も自分のものには思えない何かがある。
極めつけは脚と脚の間――。アレがない。何度見てもない。やっぱりない。
そのかわり胸部にミニマムサイズではあるが謎の膨らみが……。
なんだこの女体は――。誰だこの超絶美少女は――。
自分の生まれる性を間違えたのだろうか――。
そう思うほどの整いようである。
待て待て待て! そんなバカな!
自分は最強のウイルスを開発したはず!
まだニュースにもSNSにも女体化した人が報告されていないのに、なぜ自分だけが……?
瀬奈は女体化に大成功したが喜んではいられない。
超絶美少女に生まれ変わったのは嬉しいけれど、本当の狙いはそこじゃない。
モテたい。恋愛がしたい。これだと当初の目的から正反対の結果になってしまう。
――と、瀬奈は重大なことに気がつく。
今日は平日。早く男に戻らないと、この姿で登校することになる。
しかしまさかこんなことになるとは考えておらず、瀬奈はウイルスを治す薬なんて持ち合わせていなかったのだ。
こんな姿で外を出歩けるだろうか。
そもそも意味がわからないだろう。朝起きてたら性別が変わっていましたなんて。
みんなにどう説明するんだ……? どうやって治すんだ……!?
ネットで調べても出ているわけもなく、姉から拝借した参考書を見ても書いているわけがなく。
姉……。
我が姉だってただの大学生だ。しかし自分よりもこの分野に知識があるのは確実だし、泣きつくのならただ一人しかいない。
悩んでいる時間はなかった。
もたもたすればどちらにせよ誰かが自分を起こしに部屋へ来るはずだ。
無意味に取り繕うより、早く対処したほうがいい。
「姉ちゃん! 俺、女になった!」
まだ頭の中がパニックになっていたのか、とっさに出た言葉はあまりにも端的であった。そして声が違うことに違和感。本当に自分が話しているのかわからなくなりそうだ。
勢いよく扉を開けてみたら、姉はまだベッドの上で横になっていた。
姉は気怠そうに美少女を見る。
下から上。上から下。
顔、胸、腹、腰、脚――。
「誰、あんた……」
「俺! 瀬奈、瀬奈だよ!」
まだ自分は夢の中にいるんじゃないかと姉が思っていることはその目から伝わった。
こんな体になってしまった今、自分が弟であるという証拠は見せられない。
猶予のなさのせいでもあるのか、瀬奈は早口かつ雑な言葉で説明を続けていた。
「モテたくて女体化ウイルスを作ったんだ。俺だけが男ならモテるだろうなって。だけど自分が感染しちゃった!」
「んん? 落ち着いて話してよ……。全くわからん」
「女体化するウイルスを作ったの! それが原因で女になっちゃった!」
「はぁ?」
姉が理解するのにも少し時間が必要だった。
瀬奈は今までの経緯を赤裸々に話していく。話すごとに落ち着きを取り戻し、瀬奈はやっと詳細まで言うことができた。
女の子扱いを脱却し、モテたかったこと。そのために自分以外が女体化すればいいと考えたこと。姉の参考書を借りたこと。なんかできちゃったものをそのまま使ったこと。治療法がないこと。
全てを話した。
「ふぅん……。バカだねぇ」
話し終えた後の姉の一声はこれ。
無表情ではあるが、完全に瀬奈を軽蔑している。
「お願い! これ治して!」
「え、ムリムリ。絶対に無理でしょ」
「なんで! お願いだよ……!」
「そもそもウイルスを開発するなんて天才の所業でしょうが。なんで治療薬も一緒に作らないのかね。つか、本当になんでできたの」
自分が女体化することは瀬奈にとって計算外だった。
しかしこれは、考えが甘すぎる証拠。
姉はため息をついてから言った。
「まぁ、そのうち治るんじゃない?」
姉はなかなかの楽観主義者。
できないものはできない。諦める時には諦める。きっとどうにかなる。
そんな性格の姉が提案したのは治療法でもなんでもなく、これからの過ごし方についてだった。
「とりあえず、その体に慣れておけば? これから先、つきあっていく体かもしれないし」
「不吉なこと言うなよ! 俺はまだ男に戻る気満々なんだから!」
「でもあんた、学校遅れるよ? あと1時間もしないうちに治せなんて神にしかできないって」
「そうだけどさぁ……」
学校に行く。これは学生の権利であり仕事である。
休むという選択肢もあるが、これは2日3日で治るものだろうか。治るまで休むなんてことになれば場合によっては一生お休みという可能性もあるかもしれない。躊躇なく姉に助けを乞うたのと同じで、躊躇せず学校に行くべきかもしれない。
「うぅ……。みんなにどう言えば……」
「平然としてればいいんじゃね? 最初から女でしたが何か、みたいな」
「無理だろッ!」
「そんなんでこれから先どうすんの。これ貸してやるからさっさと慣れときな」
姉が取り出したのはセーラー服。姉自身が高校生の時に来ていたものだ。
姉が通っていた高校は瀬奈と同じ。つまり――。
「これ着て。さっさと学校行きな。最初から女ですって顔してさ」
地獄は、ここから始まる。