#19 女体化男子に服来たる
もうどうにでもなれと覚悟を決めてからカーテンを開ける。
まるで自分にスポットライトが当てられたような気がしたのは、カーテンが遮っていた分の光が目に入るようになったからではない。そこにはっきりと観客がいて、俺自身の登場を待ちわびていたからだ。
「想像以上に似合う……。もしかして瀬奈ちゃんって女性服に着慣れてたりする?」
「なわけあるかい! 着慣れてはないけど、まぁ姉ちゃんの服とか見てるし、制服でスカートも履いたし……。そのせいで違和感が消えたんじゃないかと」
「顔がいいからじゃない? やっぱり」
「その褒められ方は嬉しいような嫌なような……」
女顔である領域を飛び越え、女になったことをまたもやイジられている気がする。
一着目の服は黒を基調としたコーディネート。黒のシャツに赤い線のようなものがあってどちらかといえばかっこいい感じの服ではあると思う。言いようによってはロックかもしれない。
あとはスカートにタイツに……。かっこいいかもと思ったが、下から上までみると妖艶さもなくもないかもしれない。なんといっても自分が自分に抱く感想だから妖艶さは認めたくないが。
「あの……次いっていいすか。さっさと着替えて終わりたいんだけど……」
「私はせーちゃんの好きなタイミングでおしまいにしちゃっても構わないけど。衣織さん、どう?」
「写真だけ、いい……?」
「迅速に頼む」
衣織にとっては好きな人の、しかも比較的衣織の理想の姿でいてくれている状態を撮る絶好の機会だろう。要求されることは予想していたが――。なんだか弱みを握られているような後ろめたい感情が……。
「えっと、もうちょっとローアングルで撮ってもいい?」
「はぁ?」
「で、左の人差し指を下唇に当てて――。もっと誘ってるような表情で!」
「できるかそんなもん! お前それ完全にセクハラだからな! 音声録音して法廷に提出してやらぁ!」
「あぁ、待ってぇぇ!」
カーテンを閉めて強制終了すると絶望の声が恨めしそうに聞こえてきた。生霊になって出てくるんじゃなかろうか。
幽霊より怖いセクハラ女は放っておいて、2着目に取りかかる。
幸いにも今度はスカートじゃなかった。おかげで動揺することなく着替えが終わるだろう――。
と。今度は下でなく上で問題が起きた。首まわりの穴、デカすぎないか……?
「ちょっと、2着目のやつ、上がサイズ合ってないみたいなんだけど」
「それぶかぶかってこと!? それはそれでぜひとも見させてください!」
「翠。その隣のおっさんぶん殴ってくれ」
「おっさんじゃないでしょー! 私ピッチピチのJKなんだけど!」
たまにドキッとさせられるから男にするなら『王子様系』とでも言ってあげようかと思っていたが、やめだ。今の衣織はもうおっさん。しかもめっちゃセクハラしてくるおっさんだ。
「真面目な話、瀬奈ちゃんはどこのサイズが合ってない気がする? 胸?」
「なんか首まわりの穴が半端なくデカい気がする。あと、失言はもう触れないことにするよ」
「ごめんごめんごめん! 瀬奈ちゃんもそこのサイズ気にしてるとは思わなくて――」
「気にしてね―よ! そこじゃなくて、またセクハラ発言してるから触れないでおいてやるっつってんの!」
胸のサイズがどうとか、それは心底いらん気遣いだ。
気にする女心がこの世に存在することは知っていても、自分は男なので気にしない。
いや――。もしこれがさらに膨大すれば、最強の胸がいつでも触り放題ってことに……。
一瞬欲望に負けそうだったが、よく考えたらそれはそれで障害が多そうだった。特に男子からの視線。今くらいのやや中性スタイルが一番混乱を引き起こさない平和な女体なのだろう。
「それで、この服どうすりゃいいんだよ」
「あー、そのまま着て。サイズが合わないって認識はね、きっと間違ってるから」
間違っている……?
いいや、絶対にこれはサイズが違う。ふつうは首のみを通すはずの穴が、もはやそれ以上を通すほどの大きさなのだ。こんな欠陥商品あっていいのか。
しかし着てみると、他の部分はぴったりと合う。大きい人用のサイズだとしたら、今度は首まわり以外が小さすぎるようなほどだ。
「一応着れた、と思う……」
「いいよ、見せて見せて」
カーテンを開け、服が下に落ちてしまいそうなほど大きい首まわりの穴を片手で寄せてみる。そのまま二人の反応を待っていると、どちらも納得したような表情をしていた。
「なるほど、そういう……ね」
「さすがはせーちゃん。ここまでとはね」
納得と同時に呆れているような。
何か悪いことでもしただろうか。
「瀬奈ちゃん、その手、どけてみて」
「いや、これ放したら服落ちるぞ……。応急処置で着てる俺のキャミソールが公の場に大公開なんだが。露出狂にさせる気か?」
「大丈夫、全部は落ちないよ。見えたりしないって」
その言葉を信じて手を放してみたら、しっかりと服は重力に負けた。だが、それは二の腕くらいで止まり、衣織の言うように服の全体が落ちることはなかった。
「これ、そういう服だから。肩出し、いいでしょ?」
「なんか……。不純なファッションに見える」
「それは瀬奈ちゃんの頭がピンクすぎるせいだって」
お前に言われたくないが。
しかし、よくもまあ女子はこんなものを着れるものだ。別に肌を見せることに抵抗はないのだが、片方の肩だけというのが少し恥ずかしい。もういっそ上裸になってしまえば謎の恥ずかしさを消しされるかもしれないのに。
「あのさ……女的にこういうのってどうなの? 周りの視線とか気にならないか?」
「そんな不審者みたいな人と遭遇しないからなぁ……。私はお構いなしに着るけど、八木原さんは?」
「涼しくて好きだよ。それに、魅力っちゃ魅力でしょ。肩出しもさ」
そういうものなのか。
むしろ俺は男だからこそ変な男からの視線に敏感すぎるのかもしれない。あるいは勘違い。本当に俺の頭の中が狂ってるだけの可能性も……。
「さて、瀬奈ちゃん。ジャッジの時間だよ」
「どっちの服のほうが着たいと思った? 正直に。さぁ!」
肩出しの葛藤を考える隙を与えてもらえず、二人はすぐ核心に迫った。
試着室に乗り上げるんじゃないかと思うほどの勢いで、思わず大きく後ずさりする。
「それぞれにそれぞれの恥ずかしいポイントっていうか……。どっちも一長一短あるっていうか……」
「うじうじしてないでビシッと決めてよ!」
「私たち、本気で選んだんだから!」
二人が声を荒げると、店内の客からスタッフまで全員の視線が集まった。
そんな視線を敏感に感じ取れるのは誰あろう、自分である。
そして見られると恥ずかしいと思っているのも、猛烈に自分なのである――!
「一回これ脱いでからなっ! 落ち着いてから発表する!」
カーテンを閉めて外界を遮断。
肩出しファッションができる女性に対して、最大限の敬意を払いたい気分となった。自分はまだ女体化に対してメンタルが追いついていない。