#18 君が知る私、君の知らない私
今さら知り尽くした存在である幼馴染と何を話せばいいのかと思う人もいるのかもしれない。だが、瀬奈にとって幼馴染とは一番親しくまた話しやすい女性であるから、話せと言われれば話題は無限に尽きない相手だった。
「ここ、最近来たか?」
「うーん。半年くらい来てないかな」
「じゃあまだ中学の時か」
「だね。せーちゃんと行くことはなかったけど」
「中学では距離とってたもんな。めっちゃ冷やかされてさ」
距離感の近さからつきあってるのではないかと誤解された中学時代。気づけば冷やかしが恥ずかしくて自然とお互いに距離をとるようになっていた。ただ、だからといって仲が悪くなったわけでもない。だから今、こうして一緒にいるのだから。
「今はそういうのないの? 衣織さんとかと」
「冷やかしか? 冷やかしってよりからかいなら多いんだよな。俺のことを『女の子だ』って」
「そっか。じゃあ、みんなの認識ではせーちゃんってまだフリーなんだね」
「認識以前に、本当に俺は誰とも恋人になってないから。衣織だって、本当に俺のことが好きなのかわからなかったし」
「そうなの?」
「いやまぁ、好きでいてくれてるんだろうけど。それは本当の俺じゃないっていうか……」
愛の言葉に弱い瀬奈だが、流れでつきあったりするのは違うだろうとはっきりした線引きがあった。
変な真面目さがあるからこそ、こうして経験人数ゼロのままなのかもしれないのは否めない。しかし、堅物と思われたとしても、つきあうからにはすぐには終わらせたくない。そんな恋愛観があった。
だから本当の自分を見てくれない衣織が本当に自分を好きなのかわからなかった。どうやら彼女の気持ちは本物らしいが、それでも――。
「せーちゃんはさ、私だったらどう思う?」
「どうって、なにが?」
「なにがって……。じゃあ聞くけどさ、なんで私がここにいると思う?」
「それずっと気になってるんだけど。今朝とかなぜか不機嫌だったし……。もしかして邪魔しに来ただけなんじゃないかって」
「不機嫌にさせたのはそっちだからね。それに、今もまったく同じ気持ちになってきたから」
翠はそう宣言すると顔を曇らせて脚を組んだ。
また不機嫌になったのかと呆れそうな瀬奈だったが、脚を組む翠を見ているとそんな感情は湧き上がらなかった。むしろなんだか新鮮で、今まで目撃したことのない幼馴染の姿を見た気がした。
「なに、じっと見ちゃって――」
「脚、組んでるところ見たことないかもしれないから。こう見ると翠も大人っぽくなったんだな、なんて……」
「あっそ。もっと直接言えばいいのに……」
「え?」
「別に、なんでもない……」
幼馴染といれば話題は尽きない。その認識のせいだろうか、沈黙が訪れるとどんな相手以上に空気が重くなる。
簡単な話、いつも通り「そういえばさぁ」と話題を変えればいい。そうやって何事もなかったかのように話し続ければいいのに。
どうしてか瀬奈の目に映る翠の横顔は、一番よく知る女友達のものではなかった。
どこか物憂げな、それでも期待しているような――。翠はもう、自分よりずっと大人だった。
「ね、せーちゃん」
「はいっ!?」
ぼんやりと正面を見ていたはずの翠が突然視線を合わせてきた。
気づけばその笑顔は、もういつもの翠に戻っていた。
「暇だしあっちむいてホイする?」
「な、なんだよいきなり。しかも、こんな公共の場でやることか?」
「別にいいじゃん。誰に見られたって、もう冷やかされるような環境じゃないし」
「もしかしたらショッピングモールの中にクソガキがいて、俺たちのことをいちゃつくカップルだって冷やかすかもしれないだろ」
「今のせーちゃん、女の子なんだからさ。友達で遊んでるとしか思わないんじゃない?」
「同性カップルもあり得るだろうが……!」
翠は組んだ膝の上で頬杖をついて、覗き込むように笑った。
「そんなに、カップルに見られそうなことが気になるんだ?」
「気にならないのか……?」
「さぁねー。ただ、せーちゃんが幼馴染にそういう意識持てることがわかったから……嬉しい」
「どういう意味だよ、その答え」
瀬奈が質問しても翠からの返事はなかった。
それを聞く前に衣織の姿が見えたからだ。どうやらこれで、勝負の準備が整ったらしい。
「じゃ、せーちゃんは試着室に入ってね。どんな服でも文句言わないで着てよ?」
「はぁ? 変なの選んでないよな……?」
「そんなの、衣織さんも私も選ぶわけないって」
翠が瀬奈の背中を押し、試着室にその体を詰め込んだ。
瀬奈は少しだけ抵抗を見せながらもカーテンを閉め、試着室の中でぶつぶつと小言を言っているようだ。
「だってみんな、せーちゃんが好きだもん。この鈍感バカ」
瀬奈にも衣織にも見られないように、ただ一人幼馴染は試着室に向かって舌を出した。