#17 君を見る喜び、君には見えない切なさ
デートといえばどこを想像するだろうか。
のどかな公園、夕日の見えるビーチ、水族館や映画館もよくあるかもしれない。
デートおすすめスポットなるものは多く存在するが、その場所たちはだいたいが想像できるものばかりだ。簡単に言えばテンプレということだろう。デートスポットのテンプレート。
さて、そのテンプレに服屋は当てはまるのだろうか……。
「しかもここ、女性服専門じゃねーかッ!」
「だって、まだ一着も持ってないんでしょ?」
「ま、せーちゃんだもんね。持ってないことなんて幼馴染にはお見通し」
翠は左手の親指と人差し指で円をつくり、目にそれをあてて覗く仕草をした。
お見通しの言葉に適切なジェスチャーかもしれないが、正直女服を持っている男は高確率でお見通せる気がする。だから幼馴染特権じゃないぞ、それ。
「けどさ……俺、欲しいって一言も言ってないよな?」
「お金の心配? 大丈夫、私と八木原さんが割って出すから」
「いや、さすがに金は自分で出すよ……。そうじゃなくて着ないぞ、俺」
もしここで購入したとて今後それを着る機会なぞない。二人の目的が『これを機にヒロインになってね』みたいなものだとしても、それを受け入れることはできないと言いたいのだ。
「えぇ〜!? 着てよ、今後のデートとかに」
「な……! まだ序盤なのにもう次のデートの約束かよ」
「なに、おかしい?」
「だって、まだ俺たち付き合ってないだろ」
衣織は「まぁまぁ、たしかにね」と頷く。
だがこのプランでデートを企画してくれたからには全て台無しにさせるわけにもいかない。
せっかくのデートだし、二人を悲しませるわけにも……。
「せーちゃん、試着だけもさ。ね?」
「あぁ、まぁ……。試着だけなら」
「ほらね、衣織さん」
「ぬぅ……。さすがね」
瀬奈の知らないところで衣織と翠は仲良くなっているような仲が悪いような関係になっていた。しかし、それの延長か、衣織と翠にしかわからない謎の会話が気になって仕方がない。
ほらねって、何が? さすがって、どこが?
二人の謎の繋がりが微妙に怖い……。
「じゃあ八木原さん。プラン通り、やりましょう」
「うん。負けないからね」
「瀬奈ちゃん。今から私たちが選ぶ服の中でどっちが好きか決めてもらう。どっちが選んだコーデかは伏せておいて、それで公平になるでしょ」
「ただのデートじゃないんだし、これくらいの勝負がないとね」
衣織も翠もやる気満々だ。
なるほど、このデートは親睦を深めようという理由で行っているものじゃないのかもしれない。衣織と翠の勝負。そんな側面が大きいようだ。
「二人が服を選んでる間、俺はどうしていれば……」
「まぁそこらへんに――」
「雑だな!? そこ考えないで企画したろ!」
「瀬奈ちゃんも服見てたら?」
「ダメだよ。せーちゃんは服装とかな〜んも気にしないから」
よくわかってるじゃないか。
タンスの上にある順から着ていく気まぐれコーデが俺の日常だ。そもそも休日にあまり外出をしないため、一日中寝間着で過ごすことも少なくない。ファッションに無頓着すぎると言われても反論できないほどに無頓着。
「じゃあさ、片方が選んでる間にもう片方と専属デートっていうのはどう? デートっていうか、おしゃべりだけど」
「あぁ、まぁ、なんでもいいけど……」
幸い、着ていたのはショッピングモール。それなりに座る場所が多く、またそれも店から近い。
スマホでもいじっていれば時間は潰せる気がするが、こうして話すのもいいかもしれない。
気になる先攻後攻だが、最初は翠が買い物。つまり話相手は衣織ということになった。
コイツと二人っきりは何をされるのかわからないが……。
「ささ、座って」
「はい……」
変な緊張が瀬奈を締めつける。
思い返すと今まで二人っきりの瞬間は多くなかった。香音か翠がいつも逆隣にいて、その集団らしさが緊張を緩和していた気がする。
それが今は一対一。誤魔化すことはできなかった。
「瀬奈ちゃんさ、今まで誰かとつきあったことある?」
「……ないが」
「つきあいたいって思うことは?」
「そりゃあもう。でも、男としてな」
衣織と関係を持つのは全然アリだ。ただ、そうなるのならちゃんと男性として見てほしいのも本心。
「恋は? 初恋の人とか」
「初恋は……。翠かも」
「えっ!? もしかして今も――」
「それはないよ。しかも恋っていっても幼稚園くらいの話だって。でもまぁ、恋っていえば恋だったかもしれない」
今になってみれば、幼馴染は幼馴染と思うことしかないけれど。友達とも恋人とも違う。翠は翠だけの特別な枠があって、それが『幼馴染』と呼ばれるところ。ある意味一番距離が近いかもしれない枠だった。
「八木原さんと私だったら、どっちを取る……?」
「それはどういう点で?」
「どういうって……どっちか選ぶとしたらだよ」
「そんなこと聞かれても……。どっちも大事だからさ」
「ふふ。ヘタレめ」
衣織はニンマリ笑ってみせた。
この笑顔は完全にからかっている時の笑みだ。そんな笑顔を見せられると反射的にこちらの顔は熱くなってしまう。
「私ならね、瀬奈ちゃんしか見ないよ」
「うっせ! 別に、嬉しくないからな!」
「そういうすぐ照れるところとか好きだから」
「頼むから勘弁してください! これ以上は発狂して走り出す自信があるから……!」
愛の言葉に弱い瀬奈は爆発寸前だった。
もし自分がモッテモテならばノリで「好き」の一言くらい軽く伝えられそうだが、面と向かって言うのはダメだ。それは当然逆も然り。
「なんつーか、衣織って本当に俺のことが好きなんだな……」
「どういうこと? 最初から好きって言ってるでしょ」
「そうだけどさ。衣織の見てる俺って、ちょっとズレてるから」
「ズレてるって――」
「お待たせぇぇえ! はい、せーちゃんの隣は私のものだから! 衣織さん、お店へどうぞー!」
翠が爆走&スライディングで最速の買い物を終了させた。
こうなればターン交代。隣に座るのは翠であって衣織ではなくなる。
「じゃあね、瀬奈ちゃん。ごゆっくり」
「おう……? ごゆっくりは違うんじゃないか……?」
衣織にからかいの笑顔はなかった。
瀬奈がはっきりと見えなかったその表情は苦く笑っている。