#16 デート序盤は服を褒めろ
「男の服来てる……!」
「当たり前じゃいッ!」
衣織の反応は予想通りだった。
制服は姉のものを借りていたものの――というかもう来週から学ランに戻す予定だが――さすがに私服はサイズ的に無理だ。高校時の姉のものはかろうじて着れるが、今の姉の服を着ればダボダボのブッカブカである。特に胸部。
そういうわけで、超絶美少女形態の瀬奈は男装をしているわけなのだ。こう男ものを身に着けていると、瀬奈の顔は美少年に見えなくもなかった。もちろん美少年の中でもイケメンというより、しっかりカワイイ系の顔なのだが。
「逆にあれだな……。衣織はファッションセンス高いんだな……」
「当たり前でしょ! オトしたい人と出かけるんだから」
ギャル子とつるんでいたり、友好関係が広いことから陽キャ女子というレッテルを勝手に貼っていたが、その印象と服装はかけ離れていた。想像よりも派手じゃない。むしろ清楚な見た目だ。
女子の私服は姉がいるから他の男子よりかは見慣れているはず。それでも、衣織の私服はギャップもあってかすさまじい破壊力だった。思わず視線を奪われる。
「ふん……」
対して不機嫌そうなのがこの幼馴染さん。
翠と瀬奈の自宅はとても近い。徒歩で行けるなんて表現では足らず、また10分以内で到着するなんて言い方ではやさしすぎるほどだ。
だから最初、瀬奈は絶対に待ち合わせ場所まで一緒に行くことになるのだろうと予想していた。
それが大外れ。連絡が一切なかったのでスルーしてひとり待ち合わせ場所に行ったのである。
そして、今。
結局不機嫌気味な翠……。
「あのぅ、翠さん……。大丈夫っすか、テンションとか……」
「別に。今までおしゃれに無頓着だったせーちゃんがいきなりかわいくなって嫉妬してるわけないし」
「想像以上に具体的だな!? つーかそこだったの!? 俺が美少女すぎて嫉妬してんの!?」
「服とかダッサいくせに地の顔面がいいからってチヤホヤされて……。めっちゃムカつく」
ムカつかれている……。
「モテすぎてつらいぜ」なんてスカしてるやつの発言を永遠に理解できる日はないと思っていた。
かわいすぎるってつらいぞ……! 煽りとかじゃなくて……!
言動とかなんもヘマしてないもん! 怒ってる原因が顔がいいせいって――!
「ま、まぁ翠さん! 翠さんのほうがべっぴんでさぁ! 元気出してくださいよ旦那ぁ――」
「せーちゃんのそういうとこ、本当に嫌い」
悪手に次ぐ悪手!
いやいやちょっと待ってくれ……。そもそも機嫌が悪いならここに来なければいいじゃないか……。
デートじゃなくてご機嫌取り会だと思ってるのか……?
もしくはデートをめちゃくちゃにしようと不機嫌を演じているな?
「そっかそっか、八木原さんは瀬奈ちゃんのことが嫌いなんだぁ」
「んがっ――!? べ、別に、全部が嫌いとは言ってないです……」
「ねぇ、瀬奈ちゃん。八木原さんの服もかわいくない?」
「お、おう……。今さらそんなこと言うのも恥ずかしいけどな……」
その一言で満足げになったのはなぜか衣織のほうだった。翠は相変わらずツンツンしている。
瀬奈には女心がわからない。わからないが、人並みに理解しようと頑張ることはできる。まるで、そう、クイズに悩んでいる時のような――。
そのモヤモヤ感が今日は人生イチだった。女心――どんな難題よりも理解できない。
瀬奈の困惑はよそに、衣織が明るく展開を進める。
「よし、じゃあ早速デートしよ! ほら、デートだよデート!」
強引に瀬奈の手を引くと、どこかに向かって歩き始めた。
「ちょちょちょ! デートって言ってもなにすればいいのかさっぱり――」
「せーちゃんは黙って受け身でいればいいの。もうプラン決まってるんだから」
「こ、この姿勢歩きにくいぞ! 視線も集めるから、ちょっと……!」
衣織が引くのとは逆の手を翠が引き、瀬奈は両腕を前に伸ばした状態で歩くという無様な姿勢になっていた。しかも二人が引っ張り合うから左右の力加減が不均一。右に進んでは左に進む、瀬奈の歩はそんなバランスでよたよたとしたものにさせられていた。
当然、不審だ。人の目を集めるに違いない。ただでさえ女、女とも男とも見える自分、女の奇妙な組み合わせによるデート。しかも二人が一人を取り合う修羅場にも見えるかもしれない状況。これをスルーできる人は相当に疲れているか、他人に興味がないかだろう。
「負けないからね、八木原さん」
「望むところよ」
仲がいいのか悪いのかわからない二人の関係も、そんな修羅場っぽさに拍車をかけるのだった。