#15 ギャルは意外と理解が深い
時の流れは早いもので、12時間以上も前に決定したその『当日』がもうすでに始まってしまった。
午前9時。学校から最寄りの駅で待ち合わせ。
学生らしく今回のデートは比較的近所かつ安価で済むものらしい。そんな比較の情報さえも瀬奈は持ち合わせていなかったが。
よく待ち合わせのテッパンで、彼女が彼氏よりも先に来ていて「ごめん、待った?」「ううん、待ってないよ。今来たとこだから」みたいなやり取りがある。しかし、俺はそれが許せない。男たるもの、女性を待たせるべきではないのだ――!
わかるか、このエスコートぶりが! お待ちしておりましたお嬢様、本日はエレガンスなデートへご案内いたしましょう――みたいな!
そういうわけで瀬奈が待ち合わせ場所に到着したのは午前8時半。10分前や20分前ではなく、安心安全な30分前集合である。
駅からは部活のためか、たまに見慣れた制服を着た学生が出てくる。もしこの現場を知ってる人に見られたらなんだか恥ずかしい気がして瀬奈のそわそわは頂点に達した。
これなら早く来るべきじゃなかったとやや後悔さえしている。
「うわ、ギャル子だ……」
まさかの知ってる人を目撃。金髪がとてつもなく目立つから気づかないわけがない。間違いなく金髪ギャル子である。
瀬奈はさり気なくスマホを見てるフリをして目線を落とし、なるべく頭部で誰だか見られないように顔を伏せた。
それと同時――。
「ね、キミぃ」
よくわからん男が話しかけてきたぁ――!
なんなんだお前。誰だよ、モブがでしゃばるなよ!
「キミだよキミ、聞いてる……?」
ここで顔を上げるべきか、それともギャル子にバレないよう少し待ってから顔を上げるか。その二つの選択肢があった瀬奈だが、不意に顔を上げてしまった。知らない男に話しかけられるというプレッシャーがその行動に起こさせたのである。
しかし、なんとまぁ愚かなことをした。
なんと、謎のモブ男は瀬奈に話しかけていなかったのだ。
その男の狙いはギャル子で、瀬奈が不意に顔を上げた先に、ちょうど男に絡まれるギャル子が目に入ったのである。
目に入り、目が合った――。
「あ、いたいた。おはよ、瀬奈〜」
「あぁ? キミ彼氏持ち? んだよ、しくったなぁ……。邪魔して悪いね、さいなら」
ギャル子が瀬奈の腕に熱い抱擁をかますと、ナンパ男は自己完結して帰っていった。
瀬奈の視界は、どういうわけか暗闇で何も見えていないのだが。
「一件落着かな……。いきなりごめんね。瀬奈がいなかったらマジ危なかったわ」
「はな、離れて……」
「あ? あぁ、あぁ、ごめんね。まぁ、これはバスケの時の仕返しってことで水に流してよ。実はあんたも悪い気してないっしょ?」
どういう縁か、またもや瀬奈はギャル子の胸部を堪能していた。
ギャル子の背が高いからか、瀬奈が小さいからか、はたまたギャル子のダブルバスケットボールがデカいせいか、ギャル子が瀬奈にくっついたはずみで瀬奈の顔面の半分以上がギャル子の胸部に隠されたのである。
バスケ対決のあの日以来だが、今日は転んだりすぐに離れたりといったドタバタがない。つまり、その感触に全神経を注げることができたのだ。
「ヤバ、顔あっか! ちょっとぉ、そんなガチ照れしないでよ。この草食系むっつりめ」
「何も言うな……。早く学校行ってこいよ……」
「瀬奈は? というか私服で助かったよ、ほんとに。瀬奈が男服着てなかったらカレカノ設定できなかったし」
「同性でもいいんじゃないか?」
「いやぁ、同性だとナンパ避けだなって怪しむヤツもいるんよ。さっきのは思ったより柔軟な人だったけど」
確かに妙に諦めが早かった。それにしてもこの口ぶり、ナンパ慣れの気配がする。
本人はギャル説を否定しているが、ナンパ慣れの態度もまたギャル感の増す要因に思えた。
「そういや、なんで私服? 待ち合わせ?」
「まぁ、はい……」
「そ。あんたモテるね」
「モテ……てるんですかね」
「じゃあ早いとこ退散しとくわ。ありがとね、またナンパ来たらよろしく」
ギャル子は意外にあっさりと会話を打ち切って去っていった。
ギャルは永遠に話を続ける生き物だと思っていたのに、なんとも物分かりがいい。
待て、しまった。
また名前を聞くのを忘れてるじゃないか――。
時の流れは早いもので、待ち合わせ時間はもうすぐそこに迫っていた。