#12 予想外からの刺客
昨日とはうって変わって曇り空。きれいな夕日なんて見えるわけもなく、白っぽいグレーのような、なんとも味気ない色が世界を包んでいる。
そんな空と同じように今日が味気なく終わって――いくわけがなかった。むしろなにもないほうがマシなほどに。
「せーちゃんの彼女の八木原 翠でーす」
「彼女って――瀬奈ちゃん、これはどういうこと!」
翠の策略。任せろと言われたけれど、それはとんでもない荒治療だった。
幼馴染の関係である翠を彼女役として配置して、恋愛バトルを強制終了させようというものだ、多分。
いきなり彼女を名乗ったものだから瀬奈でさえびっくりしている。
「え、いや……。え!? 彼女……的な人です、うん!」
「じゃあ瀬奈ちゃん、ウチらとはお遊びなんだぁ〜。ふぅん」
「い、いや、香音――」
「別にウチはいいよ。衣織ちゃんとバチバチやりたいのと、瀬奈ちゃんをイジるのが楽しいだけだから。そんなに心の底から大好きだ〜って感じじゃないからさ。でも、衣織ちゃんは本気だしなぁ〜」
不誠実――と香音は締めくくった。
そう言われても、勝手に好意を寄せて勝手に失望しているのはそっちじゃないか。今でさえ嘘をついているけれど、衣織たちからすれば、たまたま俺が彼女持ちだったってわけでそこを確認しなかったことに落ち度があるはず。今は嘘をついているから不誠実かもしれないが――。
不誠実……。
「香音、わかってるって言いたいのか?」
「さぁね〜。でも、言うことはちゃんと言うべきじゃない?」
「翠、ちょっと――」
瀬奈は翠の腕を引いて距離を取る。
「ちょっと、せーちゃん?」
「いや、本当にすまん。まさかこういうプランだとは思ってなくて……」
「これでみんな諦めるね。だって、せーちゃんと私がカップルなんだから」
「いや、それ……。やめよう」
どんな結果であれ自分の口で言わねばならない。
こんな大事な場面で嘘をついていたら、またいつか誰かを傷つけて自分にも返ってくるに違いない。
せっかく協力してくれたのに悪いけど、これは俺で決着をつけるべき話のはずだ。
「わざわざありがとう。でもごめん、やっぱり自力で頑張らないと……」
「それは断るの……?」
「正直男として見られてないのはなんか複雑だけど……。でも、ここで断るのも早すぎるかもって」
「あっそ……。じゃあ言ってきなよ……」
衣織の顔は不安を隠す様子もなかった。二人でなにを話しているのか、いつから瀬奈に彼女がいたのか。納得いかないことがぐるぐると渦巻く。
その表情を見せつけられて、なお嘘を付き続けるなんて瀬奈にはできなかった。
「衣織、その……ごめん! 翠はただの幼馴染で、恋愛感情とかそういうのは一切ないんだ」
「へ……。じゃあ、さっきのは――」
「全部嘘だよ。昨日の告白があまりにも突然だったから、本当にごめんね……」
「あ……。なんだ、それ早く言ってよー! 瀬奈ちゃんには弱いところ見せたくないんだから。イジるときに思い出されたら困るし」
ぱぁっと明るさが戻る衣織。その顔を見て、嘘を貫かなくてよかったと改めて思った。
あとで翠にも謝らなくては。中途半端な気持ちで考えて、中途半端に助けを求めたら、中途半端に終わってしまうところだった。
空を見上げれば相変わらずの曇り空。灰色の空じゃあ雲がどっちに動いているかもわからない。けれど、きっとこれでよかったんだ――。
「じゃあ瀬奈ちゃん私とデートよ! 今週の土日、どっちか空いてない? 瀬奈ちゃんに着せたい服とか買って、美味しいパフェとか食べたりして――」
「ちょ待ち! いきなり情報が多すぎるって! え、なに、デート!?」
「うん、デート。付き合ってなくてもデートできるって知らなかったぁ?」
「い、いや、そういうことじゃなくて……。これもまた唐突だなぁって――」
恋愛初心者の心臓がもつようなペースで攻めてきてほしいのに、それをとことん裏切ってくる。想像してたモテライフは自分からぐいぐい誘って、こっちのペースで事を運ぶはずだったのに。逆にホイホイ運ばれている……。
「瀬奈ちゃん、どこ行きたい? 瀬奈ちゃんの行きたいことならどこでも行って、したいことなんでもやって――」
「ちょぉっと待ったぁ!」
瀬奈の腕に抱きつき、囁いて誘惑する衣織。それを途中で阻止したのは翠だった。
瀬奈と衣織の間に体をねじ込み、瀬奈の方を見て一言――。
「せーちゃん、私も行く――!」
「す、翠!?」
「別に、せーちゃんのことが好きとかそういうことじゃないんだけど、なんか奪われたような感じがして気に食わないの! 私とせーちゃん、もう何年一緒にいると思ってるの!」
「えぇ!? でも高校は違うし――」
「だから何! 付き合ってなくてもデートできるって知らないの? それとも、幼馴染とはデートできないって?」
なぜだ――! なぜ翠が――!
これが香音とかならわかる。でも……でも、なんで翠!?
「せ―ちゃんはどっちを選ぶの!? 私か、衣織さんだったら!」
「な、なに言ってんだよ……。そんないきなり言われても――」
「瀬奈ちゃん、私のこと選んでくれるでしょ? ね、どう?」
「顎クイ、やめ……っ。話しにくいって……」
「せーちゃん、こっち見る!」
「だめだよ、瀬奈ちゃん――」
右には服を引っ張る幼馴染、左には少し乱暴に顎クイしてくる女にモテる女、そしてそれを見世物のように楽しんでいる小悪魔一匹。
もう自分を言い表す言葉はヒロインしか見つからなかった。