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Confesess-7 9

第九章


翌日も競羅は病院に様子を尋ねたが、天美は、まだ集中治療室であった。そして、見張りに立っていたのは、眉筋がきりりとたった小顔の女性刑事である。

その女性刑事は、木刀を上から両手で押さえるような姿勢で立っていた。よく警備の警官が、警察署の前でしているようなポーズである。彼女は競羅と目が合うと、

「やはり来たか、師匠の不肖の妹よ」

と声をかけてきた。そう言ったのは、競羅のことを、よく知っていたからである。

「あ、あんたは道場の! なぜ、ここに?」

競羅は驚いて尋ねた。刑事の名前は横渡美緒、階級は巡査長、彼女とは最近知り合ったのだが、そこは競羅にとって居心地の良い場所ではなかった。

「むろん、仕事であり、不埒なものが出入りしないために、見張るためだ」

巡査長は、りんとした口調で答えた。彼女は二八才、競羅の実家の朱雀道場青年部の副将である。苦手とする姉の朱雀祈羅が目にかけている愛弟子でもあった。

〈日月さんの言っていた、頼りがいのある部下って、こいつだったのかよ〉

 競羅はそう思うと、相手に向かって、

「ということは、日月さんの命令で、ここにいるのだね」

「主任の名前を気安く呼ぶな!」

横渡巡査長は、まなじりをあげた。

「何か、コママが乗り移ったような話し方を、相変わらず、するね」

 コママというのは、朱雀道場副長の玄武磨子のことだ。かっては競羅の乳母でもあった。

「貴様、師範までも愚弄する気か!」

「そんな気はないよ。あの子の状態を見に来たのだけど、その様子では、とても、入れてもらえそうにないね」

競羅は両手を広げて、お手上げのポーズをした。

「むろんだ。ガイシャは山を越えたとはいえ、まだまだ予断を許さない状況なのだ。『誰も入れてはならない』と主任に厳命されている。貴様が来るのも言われていた」

「どうも、そうだったみたいだね。けどね、一般病棟に移ったら会わせてもらえるだろ」

「それも、主任の言葉次第だ」

「では、そこに移っても、ダメと言われたときはダメなのだね」

「当たり前だ!」

「日月さんは、よく事情を知っているから、そういうことはないと思うけどね。一応、仮の話だけど、こっちが無理に面会しようとしたら、どうするのだい?」

威圧的な態度に腹の虫がおさまらない競羅は、そう挑発するような言葉を、

「むろん、力ずくで止める! それに何だ! また、その軽い、さん付けは!」

「力ずくねえ。試合で磨弓に勝てないあんたが、ケンカで、こっちに勝てると思うのかい」

「わからないが、その場合は、いたしかたがない。相手にするまでだ」

「ここでも、忠犬だねえ。まあ、こっちが復帰したら、しょせん中堅だけどね」

競羅はあおったが、相手は無言のままである。自分のことでは言い返さないのか、

 しばらくの沈黙が続き、結局、競羅は仕方なさそうな顔をして言葉を続けた。

「わかったよ。さすがに、ここで、事を荒立てするようなことはできないから、今日のところはおいとまするよ。あの子に会うには日月さんの許可をもらえばいいのだよね」

「貴様、またまた主任のことを!」

横渡巡査長はそう声を上げたが、競羅は、

「おっと、病院内では静かにしないといけないよ。迷惑だからね」

と左手の人差し指を口に当てた。そのあと、

「今日は、こういう状態だったけど、また来るからね。今度は入れてくれよ」

と言って立ち去っていった。

 その後ろ姿を横渡巡査長は、いまいましそうな顔をして見つめていた。


競羅も病院を出るとき思っていた。

〈またまた、面倒な登場人物が出てきたものだね。姉さんやコママの弟子だけでなく、日月さんの部下までとはね、何か世の中広いようで狭いね〉

と、そのとき携帯が振動した。

〈またかよ。さっきは、病院内だから取らなかったけど、きっ、数弥だろうね。まあ、気持ちはわからないこともないけどね〉

と思いながら液晶画面を確認すると、相手はその数弥である。

競羅は面倒くさそうな顔をして、通話ボタンを押した。つながるやいなや数弥は、

「姐さん、天ちゃんは、本当に、今どうなっているんすか!」

声をあげてきた。やはり、心配なのか真っ先にそう尋ねてきたのだ。

「昨日、報告をしただろ。手術は成功して、今は特別室で治療中だよ」

「それで、どういう状況すか? 僕は行っても入れてもらえなかったし」

「こっちも同じだよ。今も行ってきたけど、警察に門前払いをくらってね」

「警察って、あの怖い女の人でしたね。確か道場にいませんでしたっけ」

「ああ、そうだよ。姉さんが育てている一人だよ。青年女子部の副将だったかな。何にしても、中に入れてはもらえなかったのだから、昨日以上の進展はないね」

「そうすか、僕は天ちゃんを突き飛ばした女の子のことが、どうしても気になるんすよ。特に、その年齢のことすけど、知っていますか」

「四才ということか」

「ええ、そうす。まさかの年齢すよ。先輩たちも情報を得た後、ぎょっとしてました」

「確かにそうだけどね」

「それでも、姐さんは学校が怪しいと思ってるんすよね」

「ああ、思ってるよ。あそこしか考えられないからね」

「僕はあくまでも、見込み違いだと思うんすけど。トラックの方はどうすか?」

「運転手のことかい、昨日会って、そのときの状況を聞いたけど、彼には、全く責任がないね。むしろ被害者だよ。大切な用事があるのに病院まで行かされたのだから」

「そうすか、ということなら、やはり、僕が最初に思った展開かもしれませんね」

数弥はそう答え、その言葉に反応した競羅。

「何なのだよ。それって?」

「さすがに、電話では話せない内容す」

「それは、そうだろうね。では、続きはいつものところでということかい」

「そうす。もうすぐ、仕事の整理がつきますから、一時間後ではどうすか」

「一時間後だね、いいよ」

「では、待っています。それに、もう一つ面白い情報がありますし」

「面白い情報だって?」

「それも会ったら話します」


 一時間後、競羅は、新聞社近くの喫茶店スクープで数弥に会っていた。

 そして、数弥の最初の言葉は、やはり天美のことであった。

「天ちゃん、本当に大丈夫なんすか。僕は心配で昨夜も、よく眠れませんでしたが」

「そう思うしかないだろ。今の状況では様子がわからないのだから。医者が言った言葉を信じるだけだよ。峠は過ぎたから、あとは回復を待つというね」

「わかりました、そうすよね。回復を信じるしかないすよね」

「ああ、そうだよ。もうそうするしかないよ。それより、電話では話せない内容というのは何なのだい? さっきの様子では、いくつかあるみたいだけど」

「ええ、わかりました。そのために、ここに来てもらったんすから。まず確かめたいことすけど、今回の相手、天ちゃんのスキルの存在について知っていますよね」

 数弥はそうズバリと切り込んできた。そして競羅は、

「どうして、そう思うのだい?」

「直接に襲って来ずに、第三者を使ってきたからすよ、今回、四才の女の子ということすよね。なぜ、そんな子を使ったんすか。考えられるのは、相手は天ちゃんに触れたらスキルにかかる、ということを知っていたからでしょう」

 数弥の言葉を競羅はじっと黙って聞いていた。この話は昨夜の警視正とのときにも出てきた。実際のところ、今回の事件のカギをとして重要なところなのだ。

 そして、数弥はじれてきたのか次の言葉を、

「どうなんすか。姐さんもそう思ってるんでしょう。今回、天ちゃんを襲った相手は、スキルの存在を知っている、どこかの組織ということを」

「では、あんたは何か思い当たることがあるのだね」

「ええ、実は、天ちゃんを殺そうとしたのが幼女だと聞いたせいか、昨夜、眠れないながらも、怖ろしい想像が浮かびまして」

「怖ろしいって、相手がか」

「ええ、そうす。とんでもないのが相手というか」

「その、とんでもないのって何者だい?」

「ミュータントの集団す」

 数弥はそう言い切った。ところが、競羅にとっては聞き慣れない単語だったのか、

「えっ、ミュウちゃんの集団? ネコかよ」

「違います。ミュータント、つまり、超能力者たちす」

「超能力者だって!」

競羅は驚きの声を上げた。この場合、当然というか、

「おや、姐さん、僕の言葉を信じていませんね」

「当たり前だろ。超能力者だって、そんなもの、いるわけないだろ」

「そうすか、では、一つ一つ検証をしていきましょう。また、四才の子の話になりますけど、本当にそんな年の子が、ゆきずりの人を殺そうとしますかね」

「まずはしないよ。きっと、何者かが、あやつっていたのだよ」

「やはり、そういう考えすよね。ですが、そのあやつるって、どうやってやるんすか?」

「真っ先に考えられるのは買収だよ。おかしや、おもちゃなどを使って」

「事は殺人すよ。たとえ、親に頼まれても、そんなもので買収なんかされませんよ」

「分別がつかなかったのだろ」

「どうすかねえ。よく考えてくださいよ。お菓子やおもちゃで、子供を殺人の道具に使うことができたら、もっと、殺人事件が続発してますよ」

「けどね、今回に限り、あの子が道路に突き飛ばされた現場を、目撃していたものがいたからこそ、事件ということが判明したのだろ。今までだって、事件とは証明できないだけで、同じような事があったかもしれないだろ」

「確かに、そうかもしれませんけど」

「そうだよ。どこかの田舎では、こんなことだって考えられるだろ。たとえば『これだけのお菓子をあげるから、あの崖に立っているおじちゃんを、後ろから、わっと、脅かしてあげれば』と言えば、言うことを聞く子だっているよ」

「でも、目撃者の人たちの言葉では、殺意があったということなんすけど」

「おい、なぜ、そんなことまで言えるのだよ。いくら何でも普通では、そこまではわからないだろ。そうか、あんた新聞記者だから詳しい情報を得たみたいだね。いったい、あそこで何があったのだよ?」

競羅に詰め寄られ、数弥は自分が聞き込んだ情報について説明をし始めた。

「まず今回の現場すけど、報道の通り天神山公園の入口でした。実は今回、天ちゃんが突き飛ばされた場所は、唯一、車道へのガードレールが設置してない場所だったんすよ」

「えっ、設置されてないって」

「ええ、ゴミの回収とかしなくてはなりませんから、公園の入口前の三メートルぐらいはガードレールが設置されていないんす。天ちゃんは、ちょうど、その場所で突き飛ばされて、車道に飛び出したということなんすよ。目撃者の話によると、事件の起きる直前は、公園の前で女の子二人が、お母さんを探していた、という様子だったみたいす」

「ああ、そんなようなことを日月さんも言っていたね」

「ええ、実際、そのときの会話を聞いていた人もいるんすよ。天ちゃんが、『さて、お母さん、どこにいるのかな?』とかいうような言葉を。そういうことで、目撃者にとっては、大変な驚きだったみたいす。世の中、だんだん荒れてきたと聞くけど、姉妹げんか、いや殺人の低年齢化も、ここまで来たかと」

「まあ、そうなるだろうね。実際は姉妹じゃなかったのだけどね」

「ええ、他人同士だと教えたら絶句していましたよ。それより、だいたい、今の説明でわかりましたよね。突き飛ばした女の子には殺意があったということが」

「そこまでは理解ができたけど、それで、どうやって、あやつるのだよ?」

「僕は最初に言いましたよね。超能力者が相手だと。つまり、その女の子身体自体が、超能力のようなもので、あやつられていたんすよ」

「あんた、だから、そんな非現実的なことあるわけないだろ!」

 競羅は、あくまでも否定の態度である。

「いや、今回の女の子は、間違いなく超能力で殺人者に仕立て上げられたんす」

「あんた、そこまで言うからには方法も知っているのだろうね」

「ええ、わかっています。術者が相手に乗り移るんすよ」

「乗り移る! またまたバカげた考えを!」

「でも、そうとしか考えられないんじゃないすか。突き飛ばした女の子は、そのときの記憶がないんでしょ。間違いなく、何ものかに乗り移られていたんすよ」

「とは言ってもね、いまいち信頼性がない話だね」

「ですが、古来から、狐つきという言葉があるように、何者かに乗り移られることはあるんすよ。か弱い女性が、鬼のような怪力を出すとか」

「狐つきか、けどね、今回、事件が起きた場所は、狐がでるような田舎ではないよ」

「そういうことではないでしょ。では、別の角度から話を進めます。天ちゃんのスキルの話になりますけど、かかった人たちって、みんな、急に天ちゃんを襲うのやめますよね」

「ああ、それが、あの子の能力だからね」

「それって、まるで、何ものかに身体が乗り移られたみたいすよね、襲うのをやめるのもそうすけど。一緒にいる仲間を制止したり、そのことで仲間割れを起こすなんて」

その数弥のセリフに、

「あっ!」

思わず競羅は、大きなショックを受けたかのように声をあげた。その手応えを感じながら数弥は、同意を誘うように言葉を続けた。

「そうすよね。それこそ、狐つきにあったみたいすよね」

「だから、さすがに、それはないだろ」

 競羅はまたも否定をしたが、先ほどみたいに強い調子ではなかった。迷い始めたのか。

「そうすか。では、天ちゃんには、どうして、スキルがあるんすか?」

「あんたも聞いただろ、セラスタの古代遺跡の何かだって」

「それはそうなんすけど、あくまで、天ちゃんからの伝聞じゃないすか。ですから、そこらあたりが、何者かに記憶操作をされていたら、どうしますか?」

「おい、あんた、何が言いたいのだよ?」

「つまり、今回の事件の真相は、天ちゃんを造った機関のようなものが、抑制がきかなくなった天ちゃんを排除しにきたということなんすよ」

「えっ」

再び競羅の驚きの声がでた。先ほどとは違って、少し混乱ぎみか。 そして、追い打ちをかけるように数弥は言った。

「わかりましたか、姐さん。天ちゃんも、どこかの機関に、スキルと偽りの記憶を植え付けられたミュータントだったんす」

「おいおい」

競羅はそう返事をするのが精一杯だった。あまりにも、想像より上の返答だったのか。

「姐さん、聞いていますか。そう考えるのが妥当でしょう」

「つまり、あんたは、あの子が改造人間だというのか」

「はっきり、改造とまではいえませんけど、例のスキルが植え付けられたのは、間違いありませんよね。そして、仲間が天ちゃんを処分しにきたんすよ」

「何か、もう聞いていると、SFの世界だね」

「ええ、SFす。それに近いところに僕らは巻き込まれているんす」

 何かもう、荒唐無稽すぎて、あんたの話にはついていけないね」

「そうすか、実のことを言いますと、僕は最初、天ちゃんと会ったときから、そんな風に感じていたんす。遺跡の力というよりも、どこかの養成機関の産物だと」

「はいはい、そうですか。何かもう、このあと話す気もうせたよ。今のが、あんたが電話口で言っていた面白い情報だったとは。面白いにも程があるっていうか」

競羅のその言葉に、数弥は、

「いや、面白い情報というのは別のことすよ」

「別って、どうせ、あの子の能力の話だろ」

「いや、違います。下上警視正のことす」

「えっ、義兄さん!」

「ええ、そうす。姐さんは、今回、なぜ下上警視正が、学校に目をつけ、天ちゃんを通わすようになったか、その本当の事情をご存じでしょうか?」

「ご存じも何も、あそこは、どこからどう見ても反政府機関だろ。生徒たちに、とんでもない教育をしているし、警察庁としては当然の立場だよ」

「確かにそうかもしれませんけど、それに加えて大きな理由があったんす」

「えっ、では、本当に別の理由もあるのか」

「ええ、それが、僕の言う面白い情報すけど、聞きますか?」

「それは、当然聞きたいね。あの子は、そのせいで、あんな目にあったのだからね」

「わかりました。僕は姐さんがそう答えると思っていましたよ」 


数弥はそう言うと、したり顔をして説明を始めた。

「下上警視正のことすけど、僕は、なぜ警視正が、公安のなわばりにもかかわらず、今回の学校のことに首を突っ込んできたか、疑問を持ったんすよ」

「だから、それだけ、奴らのことが許せなかったのだろ。それに、外国人専門の施設だからね、公安に遠慮する必要なんてないと思うよ」

「確かに、それもあるかもしれませんけど。少し、せっかちな感じがしたんす。何か下上さんらしくないというか。姐さんは妙に感じませんでしたか?」

「ああ、そのことかい、こっちも、何か裏があると感じたよ。あの子の事件の起きるまでは、国籍を取りやすくするために、日本の法律や経済を教えるため、だと言い張っていたけど、そんなの、どこからどう考えても、苦しい言い訳だとバレバレだったからね」

「そうす。なぜ下上さんが、そんなばれるようなウソを言ったか、そのことなんすけど」

「それは、こっちが追求をしたからだろ」

「いや、下上さんは聡明な人すよ。そんな人が、ばれるウソなら初めからつく必要はないでしょう。でも、それにもかかわらず下上さんは、そんなウソをついた。その理由は、僕が思うには、本当の事情について、悟られたくなかったからなんすよ。だから、姐さんを、そういう方向にもっていったんすよ」

「なるほどね、その、さっきから言っている本当の事情というのは何なのだよ?」

「姐さんは、何だと思いますか?」

「わからないね」

「たとえば、下上さん、何か言っていませんでしたか、今の立場とかについて」

「そう言えば、今の地位では、こっちの希望に添うようなことはできない、とか、あーだこーだ、言い訳めいたことを、言っていたね」

「そういうことではなく、これからの地位についてすけど」

「これからか、そういうことなら、こっちから、上に上がれと、はっぱをかけたけどね、何も反応めいたことはなかったよ」

「やはり、何も言いませんでしたか、考えてみれば、それが当たり前すよね。警察内のことですし、まだ、完全に決まってないことを吹聴するみたいなものすから」

「おい、あんた、何をじらしているのだよ!」

競羅の口調が厳しくなった。

「別に、じらしていません。確認をしただけす」

「それが、じらしているように感じるのだけどね。あんたは、その本当の事情について、何かつかんでいるのだろ。面白いとかいって、こっちをあおったのだからね」

「そうすね。肝心な話に入らないといけませんね、今、話したような、そういうようなことで、下上さんの今回の行動に疑問に思った僕は、察まわりの同僚記者に聞いてみたんすよ。下上さんの現在の警察内の立場についてすけど」

「それで、何かわかったのかい?」

「ええ、いくつかわかりました。どうも、公安とはしっくりいっていないようすね」

「だろうね。話の節々から、そんなことぐらいわかるよ。それで、収穫はそれだけかい」

「まだ、ありますよ。そのとき、彼から、人事について面白い情報を得たんす」

「面白いって人事のことだったのか」

「ええ、警察内のことですが、大変、興味がある人事す。今までの慣例が、くつがえされるようなことで、ちょっとした騒ぎすよ」

「慣例? なんか、よくわからない話みたいだね」

「そうすよね。姐さんからしたら、やはり、わからないでしょうね」

数弥は微笑み、その態度に競羅はイラッと来た。そして、怒った口調で詰め寄った。

「だから、何なのだい! さっきから、じらしてばっかりいて、早く答えな! これ以上は、もう、引き延ばすことは許さないよ」

 その剣幕に数弥は慌てたように、

「わかりました、答えますよ。下上さんすけど、次の人事で新宿署の署長に就任するという、有力情報が入ってるんすよ」

「えっ、あんた、今、何て言った。新宿署長だって」

「ええ、そうす。下上さんが、次期、新宿署署長の最有力候補なんす。噂の域ですが、ほとんど本決まりみたいすね」

「なるほど、だから、ハムのシマとわかっていても、あの学校を調べることにしたのか」

「ええ、そうみたいすね。下上さんは、いち早く情報を手に入れたかったようです」

「本当に仕事熱心な人だね、まだ正式に決まってはいないのに」

「ですが、様々な状況を考えると、早めに掌握することも重要なんす。下上さんは、そこらへんのことをわかっているので、情報の収集に出たと思うんす」

「そうかい、ご苦労なことだね」

「あれ、姐さん、様々な状況というのに興味はないんすか?」

「状況と言っても。どうせ、警察側の事情だろ。なぜ、そんなものを、いちいち、こっちが知らなければならないのだい」

「確かにそうなんすけど、そこのところは、結構、重要なんすよ。元来、新宿署の署長というのは、ほとんどの場合すけど、本庁の捜査一課長や捜査四課長が退任後に、ねぎらいの意味を込めて就任をするもんなんす」

「ねぎらい?」

「ええ、ご褒美と申しましょうか」

「また、なぜ?」

競羅は一瞬、首をかしげたが、すぐに、思いついたのか薄く笑った。

「なるほどね、そうか」

「おや、姐さん、答えがわかったんすか」

「ああ、わかったよ。食事店とか風俗店からの貢ぎものだろ。どう考えても、そういう店は新宿署内が一番、多そうだからね」

「ええ、そうなんす。さすがすね、署長には、そのような役得があるんすよ。むろん、現金ではありませんけど」

「それはそうだろ。もし本当に現金だったら、収賄罪として、すぐに立件されるよ。どちらにしても、義兄さんには向いてなさそうだね。しかしまあ、なぜ、そんなところに配属されることになったのだい?」

「おや、姐さん、少しは興味が出てきたようすね。普通、新宿といったら、どういうイメージがありますか」

「それは、真っ先にあがるのは、今も話に出た風俗店だろ。マル暴がらみか」

「ええ、そうすね。ところが、ここんとこ、約二十年ぐらい前すかね。大きく様子が変わってきました。コリアンやチャイニーズマフィアが幅をきかせ始めたんす。そのため、上層部は、外国人犯罪について、数々の功績を挙げた下上さんを署長に推薦したんす」

「それで、義兄さんを、わざわざねえ」

「何か、その言い方、姐さん、下上さんのことを、相当みくびっていますね。下上さんは評価が高いんすよ」

「けどね、ほとんどが、あの子の能力のおかげだろ」

「最近は、そうかもしれませんけど、もともと、捜査力が高い人すよ。天ちゃんのスキルで早くはなりましたが、遅かれ早かれ、事件は解決したと思います」

「そんなものかねー」

「ええ、そうすよ。間違いなく長官になる人物の一人、だと言われています。ということで下上さんに白羽の矢が立ったんす。警察としても、今までは、新宿でも、暴力団関係に重きを置いてましたけど、トップには、外国人犯罪に精通している人物を置いた方が、治安を守れると考えたのでしょう」

「まあ、そうなのだろうね。でも、そうなると、今までの連中がだまってないだろ」

「まさに、そこなんすよ!」

数弥は声のトーンを上げると、

「地域課や刑事課の中には、情報を得るために暴力団とズブズブの関係者がいると思いますからね。彼らにとっては下上さんは煙たいでしょう」

「それはまあ、こう言っては何だけど、キャリア上がりだからね.古参の職員たちは、初めから構えていると思うよ」

「ええ、生活安全課長、地域課長、刑事課長、警備課長はスクラムを組んで、新署長の好きなようにはさせないと息巻いています」

「これはこれは、また、大変なところに回されることになったね」

 競羅は答えながら気の毒そうな顔をした。

「まだ、本決まりではないすけどね」

「何にしても、今回の人事、義兄さんの今後にとっても重要になるね。何となく、人事課の中に出世をねたむ奴がいるように思うね。もっともらしいことを言って、大抜擢をしたけど、実際、その先は戦地みたいなものなのだから。きっと、そいつは、義兄さんが新宿署で立ち往生をするのを想像をしながら、ほくそえんでいるよ」

「姐さんも意地悪な見方をしますね」

「そういう考え方もあるということだよ。しかし、一連の話を聞いてよくわかったよ。今回、義兄さんが、あの子に学校を内偵させたのは、今の仕事ではなく、次の赴任先のためだということが。着任早々、外事にかかわる大きな手柄をあげたら、古参の職員たちも、一目おかざるおえないし、おまけに、公安の出鼻もくじくことができるからね」

「ええ、僕もそう思います」

「とにかくね、もとをたどれば、それが原因で、ボネッカは、こんな目にあったのだよ。よくよく考えて見れば、あの子は、警察内の勢力争いの、とばっちりを受けたようなものだよ。何にしても今は、あの子の容態が、早く回復することを祈らないとね」

「ええ、そうすね。確かにそれが一番、大切なことすよね。それで、その天ちゃんのことすけど、先ほど、僕が言ったことを、どう思いますか」

「言ったことって、超能力とか何とかの話か」

「そうすけど、支持してくれるんすか」

「却下だよ。SFの世界は、どうしても馴染めないからね」

「では、他に、納得ができる説明があるんすか」

「今の段階では、そんなものはないよ。さて、どうやら、あんたの話も種切れみたいだね。これ以上、話していても、らちが上がらないから、そろそろ終わりにしないとね。勘定は、面白いという話を聞かせたてもらった礼として払っておくよ」

競羅はそう言って伝票を手に取った。そして、支払いを終え店を出たのである。

 店を出たあと彼女は思っていた。

〈義兄さんも人間だったね、権力争いに、まともに参戦するとは。しかしまったく、この世の中、どこもかしこも、という感じだね。そして結局、今回もそういうことに、あの子は、またも巻き込まれたか。まあ、そういう星のもとに生まれているのだろうね〉


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