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Confesess-7 8

第八章

                 

 午後九時すぎ、競羅は、世田谷の下上警視正宅を訪問していた。アポイントを取ったら、子供が寝たあと、ということで、こんな時間になったのだ。

「申し訳ないな。これだけのものをもらうなんて」

警視正の声に、

「日月さんは、まだ帰れないだろ、子供たちには、それなりと栄養を与えないとね」

競羅がそう言って買ってきたのはデパートの地下の料理である。

「とは言っても、申し訳ないな」

「気にしなくていいよ。本当はこっちが食事を作ってあげないといけないのだけど、そういうことは、からっきし苦手だからね。けどね、それなりのものは買ってきたつもりだよ」

「本当に悪いな。さすがに、私もこれだけの料理はできない」

「おや、義兄さん、料理ができるのかい」

「ある程度はだけどね、海外赴任が多かったから、生きていくために覚えたというか。だからといっても、今、君が買ってきたような、ごちそうのような部類は作れないよ」

「はは、そうだね、それより、今回の事件について話し合わないと、そのために来たのだから、義兄さんは、今回のあの子の事件のことはどこまで知っているのだい?」

 競羅は本題に入ってきた。

「子供に突き飛ばされて、トラックにはねられた、ということまでしかわからない、君の方が詳しいのじゃないか。担当になった家内には直接に会っていたのだろう」

「ああ、昼間に病院で聴取を受けたよ。まだ病院かな」

「いや、本庁だ。さっき電話をしたら、部下に変わってもらって引き上げたらしい。今夜は帰れないから、子供たちの世話は頼む、と念を押されたよ」

「だろうね。こんな、事件が起きたのだからね。担当警部としても、真相を解明するまでは、とてもヒマはもらえそうもないね」

「むろんそうさ。こんな不可解な事。ある意味大事件だ。それで家内には何を聞かれた?」

「まずは月並みの質問だよ。事件に何か心当たりはないのかと、しつこくね」

「それで、どう答えたのかな?」

「あの目撃したという殺人のことは、さすがに言うわけにはいかないから、そこは、はぐらかして答えたよ。あんたらが通わせた学校が原因じゃないかな、って」

「学校って、あそこのことか」

警視正は思わず目を見開いた。

「そうだよ。突然、閉鎖したあの学校だよ。義兄さんはそう思わないのかい」

「確かに容疑の有力候補だが、それで、家内はどういう反応をしたのかな?」

「一瞬、戸惑った顔をしていたけど、最後は参考にとどめておくと、言っていたよ」

「まあ、そういう反応だろうな」

「きっと、向こうとしてはあてつけだと思っただろうね、いくら、お互いに捜査のことは秘密だと言っても、今回は日月さんが気にかけている少女。その子が殺されかけたのだからね。さすがに、裏の事情を話したら、ちょいとはまずいかと思ってね」

「それは、いい判断だったよ。確かに職務上、捜査のことは、お互いに家に持ち込まないが、今回の件ばかりは内緒にしていたことを叱られそうだから」

「ああ、そうだね、その辺のことも考えてね。それにもう一人、一課の警部さんがいたよ。あの子に因縁がある、お方だけどね」

「十条君か」

「そうだよ。うかつに学校のことを話したら、間違いなく乗り込んで行くだろうね」

「それはよくないな。あの場所は、絶対に令状なしでは入れてもらえる場所ではないからな。それどころか疑っていることを教えるようなものだ」

「ああ、その通りだよ。数弥だって似たようなことを言っていたからね。十条さんも冷静だったら、それぐらいの分別はつくと思うけど、いかんせん、あの子が被害者だからね。ということで、あの場では話さなかったよ。さて、そういうことで本題に戻らないとね。義兄さん自身は今回の事件どう思う?」

「どう思うって、まだ、加害者の背後がわからないが」

「そうかな。真っ先に頭に浮かんでくるのは、話に出ている、あの怪しげな学校だろ」

「いや、まだそうと、はっきり決めつけるのはどうかと思うが」

 警視正は慎重な態度を崩さなかった。

「では、違うと言うのだね! 今まで黙っていたけど、こっちは、今回のことは、義兄さんが原因を作ったのだと思っているよ、そのせいで、あの子は今頃、病院で生死の境をさまよっているのだよ! どう責任を取るのだよ!」

「静かにしてくれよ。正明が起きてしまうよ。明日、学校があるのだから」

 警視正は口に人差し指をあてながら言った。

「それは悪かったね。でも、正明君だけかい、萌ちゃんもいるのだろ?」

「萌は家内も忙しくなったので、実家が預かっているよ。忘れたのかい」

「そうだったね。こっちも、うっかり忘れていたよ。それより、話を戻さないとね。やはり、どう考えても学校以外は考えられないだろ。閉鎖が物語ってるよ」

「本当にそうかな。怨恨の線はどうだろう。私がこう言うのも何だが、天美君は、あんな能力を持っているからね。悪党から恨みを買っていても不思議ではないが」

「すると相手は?」

「真っ先に思いつくのはヤクザだな」

「となると田んぼかよ」

競羅の顔が曇った。競羅は、昔、田んぼこと田之場のお世話になっていたからだ。

「その可能性もあるということだ。君には悪いけどな」

「いや、やはり、そんな可能性はないね!」

 競羅はきっぱりと否定をした。

「どうして、そんなことが言えるのかな? まさか君は・・」

 その警視正の声をさえぎるように、競羅は次の言葉を、

「義兄さんの言うのは、お礼参りのことだろ。そいつらなら、メンツが守るために自分たちで向かってくるよ。相手が少女なのだから刺客なんか絶対に使わないね」

「だが、もし、天美君の能力のことを知っていたら、どうするのかな? だからこそ、直接には襲ってはこなかった、ということも考えられるが」

「なるほど、そう来たか。けどね、奴らが相手なら、そういう可能性もないと思うね」

「そんな、楽天的なことを言っていてもいいのかな」

「あのね、仕返しを考えるには、あの子の能力に、してやられたという認識が必要なのだよ。前も何度も説明をしたと思うけど、能力にかかったときのことは、まったく何も覚えていないのだよ。どういう状況で、あの子を捕まえることになったか、についてもね」

「どこかで、仲間が見ていた、ということだって考えられるが」

「そうかもしれないけどね。あの子の能力の存在を知った連中は、まずは、何かの目的に使おうとして生け捕りを考えるね。これは、誰でも思うことだからね。だが今回は、いきなり殺す方法に出た。ということは、やはり、そういう連中ではない、ということだよ」

「確かに、その線から考えるとヤクザということはないか」

「ああ、相手は中高生の女の子、普通の犯罪団体だったら拉致を考えるだろ。いきなり、殺そうとするなんて、これはもう、そういう必要があった、としか考えられないね。ところで義兄さん、さっきから、とんでもないこと、を話しているという実感はあるのかい」

 ここで、競羅は警視正をにらむような仕草をした。

「私が、とんでもないことをって?」

「ああ、そうだよ。義兄さんはね、あの子を襲った黒幕は、あの子の能力を知っている連中だと言っているのだよ。まあ、こっちも事件の一報を聞いたとき、そんな想像が浮かんできたから、今更っていう感じだけどね」

「そ、そういうことになるな。君はその相手に心当たりがあるのかい」

「もう、さっきから答えが出ているだろ。ボネッカに殺人を見られた学校の連中だよ!」

「でも、そう言い切るには、まだ弱いよ。もう少し状況を積み上げないとな」

「状況かよ。まず思いつくのは、あの子が事件のあとも、閉鎖するまで学校に通い続けたことかな、当然、最初はこっちは止めたけどね。こういうことを言ってね」

競羅はそう言うと、そのときの天美のやりとりについて説明をし始めた。


話を聞き終わった警視正は思わず声を、

「そういうことだったのか!」

「ああ、事件の探求心もあったと思うけど、それだけ、義兄さんから頼まれたことを大切に思ってもいたのだよ。怒るより感謝をしたほうがいいと思うね」

「わかったよ。確かに君の言う通りだからな」

「それにね、こっちも、あの子の言葉にも一理あったから、そのまま、行かせることにしたのだけどね。連中はまた、ちょっかいをかけてきたのだろうね。あの子も、こっちに内緒にしているだけで、そのとき、再び能力を使ったことだって考えられるからね。一回なら気がつかないと思うけど、二度三度となると、さすがにまずいだろ」

「確かにな。しかし、そうなると、大きな疑問が二つほど出てくることになるが」

「その、二つの疑問というのは何だい?」

「まずは、もし、君が言う、彼らが再び、ちょっかいをかけてきたとするのなら、どうして、そんなことをする必要があったのかだな。君の説明だと、能力にかかった相手は、そのときの状況については、まったく覚えていない、ということなのだろう。殺人を見られたということだって、覚えていないということにならないかい」

「うわ、痛いところをついてくるね」

「痛いも何も、そこが、センターを疑うには一番重要な部分だよ。今回の事件、天美君が殺人があった日にセンターにいた。それだけで殺害する動機は充分だ。だが、そのことを向こうが認識をしていないのなら、再び襲う必要はないだろう」

警視正の言葉を競羅は、じっと考えていた。確かにその通りなのだ。今回の事件のキモは天美が殺人を見たことを学校側が把握しているかどうかである。

「おい、どうしたのだ。そこが、解けないとセンターに結びつかないぞ」

警視正はたまらず声を出してきた。その声に思い出したように競羅は、

「ああ、そうだね。となるとまず、考えられるのは監視カメラの存在だね。これは、あの子にも忠告をしたけど、今日びの世の中、そういうものが仕掛けてあることも考えないとね。ましてや、ああいうような怪しい施設だとね」

「なるほど、カメラの存在か」

「ああ、だからその日、学校にいたことが向こうにばれたのだよ。よくない想像をすると、それには、あの子が能力を使いまくっていた現場も、しっかりと写っていたのだろうね」

「確かにそうだな。でも、二つ目の疑問はどう説明をするのかな。天美君の能力は、利用価値があるから、生け捕りはあっても殺しにかかることはない、という」

「ああ、確かにそう言ったね。あの子を殺すことは金の卵を産むニワトリを殺す、に等しい行動だと。けどね、わかっていても命を奪いに来たということは、考えられるのは!」

ここで競羅の言葉が止まり、つられるように警視正は尋ねた。

「考えられるのは何だ?」

「殺人の被害者たちの身元を含め、あの学校には、こっちには、とても想像がつかないような大きな裏! があるということだよ!」

「想像がつかない裏か、何だろう?」

「それがわかれば苦労はしないね。でも、これで理解ができただろ。今回の事件、義兄さんが潜入させた学校が原因だということが。それに、かなり厄介な相手だと思うよ」

「実は私も、本当は大きな責任を感じているんだ」

 警視正の言葉のトーンが下がった。その様子を見た競羅は、柔らかな口調になり、

「やはり、本当は、最初からそう思っていたのだね」

「だが、それを裏付ける決め手がなかった」

「わかってるよ。義兄さんの心境は、どうしても乗り込んで行く決め手がないのだろ」

「その通りだ。しかし、本当に天美君に対しては申し訳ないことをした。最初は、彼らが、そこまで危険な存在とは思わなかったんだ」

「もういいよ。それよりも今は、事件のことを話し合わないとね、それで、あらためて聞くけど、義兄さんは、今回の学校のことについては、どこまで調べているのだい?」

「どこまでって、前も言ったように、反日的教育、をしているということぐらいかな」

「それだけではないだろ、もっと、知っているはずだろ」

「知っていたら、天美君を探りに使わないよ。少しでも、情報が欲しいから頼んだわけで」

「そのことは前も聞いたよ。それ以上のことが聞きたいのだよ。たとえば、学校そのものについてね、どこの誰が代表で、どういう経営をしているかと」

「校長はユンという男だ。経営といったら、センターの表向きは日本のNPO法人だ。登記の代表者はミッシェル・高垣という、ハーフの男性で彼がそこの理事長だが」

「その名前は初めて聞くね。どういう男だい?」

「一昔前に、貿易会社を経営した一族の跡取り息子だ。彼は、いろいろなカルチャースクールに手を出していたらしい」

「いかにもという経歴だね。それで、そいつは今どうしているのだい?」

「行方がつかめない。代表印は更新のたびに押されているが」

「まさか、消されているとか」

「考えられないこともないな。場所が場所だけに」

「そんな背景だったのかよ。怪しさ、そのものの学校じゃないかよ」

「だから、選挙前に少しは調べてみる必要があると思ったんだ。前も言ったように、国籍取得は、そのまま参政権につながるからね」

「そうかよ。それで、そのあと、学校は何者が実権をにぎっているのだい?」

「何者って、登記以上のことはわからないよ。背後にいるものまではね」

「わからないって、それを調べるのが義兄さんの仕事だろ」

「いや、今の私の立場では、そこまでは・・」

警視正の語尾が濁った。

「そこまではって、何を言っているのだよ」

「だから、私の立場では、まだ無理ということなんだ」

「無理って、義兄さんって外国人犯罪の専門家だったよね」

「そうではなく、ただの役所の課長だが」

「だから、警察の国際刑事課、課長なのだろ」

「まあ、そうなのだが」

「それで、なぜ情報が入らないのだよ。本当は重要な情報を手に入れているのだろ! いくら秘密が、お国のためとい言ってもね。こうなったからには隠すのは許さないよ!」

競羅は激しく詰め寄った。いい加減な返事では済まさないという気迫か、

 そして、警視正は深いため息をついた。そのあと、

「やはり、君は警察機構については知らないな」

「そんなの知る必要なんてないだろ!」

「だから、それが大切なことなのだけどな。私の現在の職である、国際刑事課の仕事って、どういうものか、君は知っているのかな?」

「おいおい、逆質問かよ」

「そうだ。そこのところを答えてくれないと、これ以上の話はできないな」

「面倒だね。では、答えるよ。日本国内での外国人の犯罪を取り締まるのだろ」

「いやいや、それでは不十分だよ。家内に言わせるとブッブーかな」

「義兄さん、からかっているのなら、こっちも本当に怒るよ」

「重要だから尋ねたんだ。では次の質問を、その外国人の犯罪ってどういうものかな?」

「一番多いのは不法滞在だろうね。あとは、窃盗、傷害、凶悪なものとなると殺人だね」

「よくわかってるね。でも、それって所轄の警察署の案件だよな」

「そう言われればそうだけど、では、どういう仕事をするのだよ?」

「おもに、ICPOインターポール関係か。国際犯罪規約を結んでいる国からの要請で、手配犯の確保を頼まれたとき、その仕事をすることかな」

「何だよ。下請けかよ」

「変な言葉を使うなあ。では、捜査のために入国した外国の警察官のために、色々と、便宜を図るのはガイドになるのかな」

「ああ、そうだよ。何か聞いていると、面白くない仕事だね」

「むろん、もっと重要な仕事があるよ。先ほど、所轄が逮捕した外国人の話をしたな。逮捕したあと、色々と面倒なことが起きることがあるんだ。だから、その被疑者が住んでいた国との交渉をしなければならない」

「ますます、つまらない仕事だね」

「そう言うだろうと思ったよ。だが前回の事件は、私がICPOの担当責任者であったからこそ、アメリカ側も一応、相手をしてくれたというわけで」

 警視正に言われて、競羅も前の事件を思い出していた。確かに、外事の高官という地位だからこそ、アメリカとの窓口になったことについて、そして、警視正も、

「だろう。地味だけど、なかなか重要な仕事なんだ。でも、きちんと自前で犯人を挙げるときは上げるよ。司法職員の限り逮捕権はあるし、悪事は見逃せないからね」

「どういうときだよ?」

「君の覚えている事件では、最近では成田空港のあれかな」

「ああ、ボネッカが来日したときの、邦和が絡んだ事件だね。あの事件は政治家が逮捕された大きな汚職事件につながっていったね。そう言えば、もう一つあったか、外国人客を食い物にしていた悪徳警備会社の、あの事件も政治家がつかまったね」

競羅はそう答えていたが、急に疑問を感じたのか、にらみつけるような眼で、

「でも、それぐらい大きな事件だって、手が出せるのなら、なぜ今回は無理なのだよ?」

「相変わらず、追求がきついなあ。その理由も大きく分けると二つあってね、第一の理由は相手が国際組織だからさ。今まで挙げた連中は、ほとんどが日本人の犯罪グループだったからね。国際組織が相手のときは残念ながら他の課の仕事かな」

「えっ、そうなのかい?」

「あまり、一般には公表されていないからなあ。知らないのも無理もないか。その方面の仕事は、言葉通り、国際組織対策課の仕事となる。それに、テロ案件が混じると国際テロリズム課、スパイが絡むと外事情報課かな」

「何にしても、外国人の犯罪団体を取り締まるのは管轄外ということだね」

「わかってくれてうれしいよ。それにまあ、管轄外と言ったら、首都東京ということが、すでに管轄外でね、これが、二つ目の理由というか。実は警視庁内にも、同様に外事課があるんだ。それも公安部の中にね。中韓がらみの事件は、その中の二課の領分さ」

「公安かよ。何かね」

「そうかな、別に不思議がることでもないと思うが、国の治安を担うのが公安の仕事だからね。地下に潜っている犯罪組織は複雑なのだよ。それを、自国の人間、外国の人間と、いちいち線引きをしていたら、迅速な対応はできないよ」

「確かに、そうかも知れないけど。となると警察庁は何をするのだよ」

「むろん、仕事はあるよ。それぞれのセクションでの検察や他県警との調整役という」

「そんなの、ばっかりだね」

「そうだよ。それが警察庁の仕事さ。何だと思ったのかな」

「何ってまあ、言われて見ればそうだけどね。広域犯罪は警察庁の仕事だと聞くから」

「ということで、今回のセンターを内偵するのは、警視庁公安部の仕事なんだ」

「そういうことなら、なぜ、あの学校にあの子を入れたんだよ」

「だから、それは、いい機会だったから、私としても探りを入れたかったんだ。それに何よりも、天美君に国籍を取らせるには、一番の近道でね」

警視正は苦しそうな顔をしながら言葉を続けた、無理な言い訳だと理解しているのか、


 その態度を見ながら、競羅は思っていた。

〈絶対に何か、まだ考えていることがあるね。公安のシマに内偵を入れたということは、それなりの獲物を狙っているよ。まだ、それが何かわからないけど、一応は納得をしたふりをしないと、前には進まないからね〉

「わかった、そういうことだったのだね。それで、その肝心な公安だけど、あの子が見たという事件については、つかんでいるのかい?」

「さあ、そこまではわからないな」

「また、わからないかよ! そんな答えばっかりで」

「公安の動きなんてわかるわけだろう、本庁内でもシークレットの場所だのに。くどいことを言うけど、今の私の地位では、とてもつかめないよ」

「本当に情けないね。警察庁の課長なのに」

「何と言われても仕方がない。外事のセクションをまとめる部長クラスにならないと」

「つまり、部長さんなら情報をつかむことができるのだね」

「まあ、そういうことだ。その地位まで登れば、本庁の公安部長クラスと渡り合えるし、うちの警備企画課や公安総務課からだって、情報を集めることが可能だからな」

警視正は、ものすごいことをさらっと言っているのだが、警察の内情がわからない競羅には、まだ、ちんぷんかんぷんのようである。

「そんなことは、どうでもいいよ。そうか部長か。それなら、その部長さんとやらに、探りを入れてもらうことはできないかい」

「迫水さんか。あー、あの人は無理だ」

警視正は顔をしかめながら手を振った。

「無理って、その迫水っていう部長さんて、どういう人物なのだよ?」

「どういうって、私の尊敬すべき上司かな」

「尊敬、今の態度から本気で言っているとは思えないね」

「いや、本当に尊敬すべき人物さ。部下にだって気を使ってくれるし」

「何か、そこら辺に問題がありそうだね。事なかれ主義とか、八方美人的な性格とか」

「そんな人ではないよ。おととしまで福岡県警の警備部長だったからね」

「地方から来たのかよ」

「警察庁は全国区だし。それに、福岡はアジアの玄関と呼ばれているところだからね、国防では重要な拠点さ。麻布署長も経験をしているし、福岡に行くまでは、本庁の外事二課長だったからね。次はどこかの本部長に抜擢され、戻ってくるときは警備局長かな」

「すごい経歴の人だね。それだけの人物なら、なぜ無理なのだよ」

「わからないかな、どっちかというと、公安よりの人なんだ。今回の話を持って行ったら、すぐに、古巣の外事二課に御注進だな。そして、私のとこには何もこないと」

「そうなのかよ」

「残念ながら、今の状況ではそうだ」

「残念か。ついに本音が出たね。本当は困っているのだろ」

「いや、そんなことはないよ」

警視正は、改めて否定をしたが、競羅は、

「今更、隠さなくてもいいよ。最初、義兄さんが思わず手を振った時点で、どんな状況になっているか、ある程度わかったのだから」

その競羅を警視正は見つめていたが、すぐに、決心したかのように真剣な顔になり、

「そうだな。本来なら、警視庁公安部、警察庁外事部、外国人の組織犯罪に対しては、ほぼ同等の立場だ。それを、いつも公安部が持って行くのは、公安外事の面々が強引なことも確かだが、やはり歴代の、うちの部長がそっちびいきのところに問題があるんだ」

「そうかよ。義兄さんも、歯がゆい立場だったのだね。いっそのところ義兄さん自身が部長になればいいのに」

「とんでもない、部長の位は警視長だ。私なんか、まだまだとても」

「そうかなあ、義兄さんなら、立派に勤まるとは思うのだけどね」

「今の話を、よく聞いていなかったのかな。部長というものは、簡単に内部昇格できるものではないということを。あくまで仮の話だが、まず、わたしが上に上がるのは、もう一度、警察署の署長を経験して、それも今度は第一級と呼ばれるような・・」

「えっ! どこかの署長やったこと、あったのかよ? ずっと外国にいたと思ってたけど」

「副署長も署長も、一応経験したことがあるよ。どちらも短かったから君は知らなかったかな。ほとんどは外国で、大使館での書記官暮らしや研修だったからね。さて話を続けるよ。署長の次は、迫水さんのように有力県警の刑事部長、もしくは警備部長を経験しないといけないんだ。簡単な話ではないんだ」

「でも、例外だってあるのだろ」

「それは、何事にも特例というのはあるよ。本来なら、所轄の係長から課長にあがる前に、必ず、よその署の係長を経験しないといけないのだけど、実績しだいでは、そのまま、同じ署の課長昇格ということもないこともないし」

「それなら、義兄さんだって」

「だから、それは、あくまでも所轄の話だ。本部の場合は聞いたことがないな。いや、何十年かに一度はあるかもしれないな。よほどの実績をあげないとありえないが」

「でも、義兄さんなら、その、よほどという・・」

ここで、警視正は、わざとらしく咳払いをした。そのあと、にらむような顔で、

「競羅君、そんなことを言うために、今日はわざわざ来たのかな」

「違うということぐらいわかっているだろ。あの子の事件の話についてだよ」

「それなら、これ以上、つまらんことを言うのをやめて、事件の話に戻らないとな」

「ああ、そうだね。確かに話に戻らないとね。さて、今回の話し合いでわかったことは、相手が、あの子の能力を知っている国際的犯罪団体ということだね」

「その通りだ」

「本当に厄介なことに首を突っ込んだものだよ。それで、ほんの今、思い出したのだけど、事故が起きる前に、あの子の周囲に気になることがあったのだよ」

「それは何だ?」

「実は、怪しげな女性が数人、代わりばんこで、あの子の行動を見張っていたのだよ。これは、気のせいではなく本当のことだよ。あの子のカンはこっちより鋭いからね。国際的犯罪団体が相手ということなら、その辺も考えないと」

「そうだな。充分、怪しい話だな、それで彼女たちの素性は?」

「残念ながら、まかれてわからなかったよ。それよりも、問題はね、その女たちは、学校周辺ではなくて、あの子が住居を出るたびに近くで見かけたということだよ。だいたい、襲われた場所自体が、自宅近くで運動中だっただろ。つまり、向こうは、あの子が、毎日、朝早くに、走っていることも知っていたということにもなるのだよ」

「となるとストーカーか」

「この流れで、わざと言っているのかい。そういう人種は欲望がもとなのだから、人を使ってまでは襲わないよ。だいたい、今、しているのは国際的犯罪団体の話だろ。その女たちは、そいつらの手のものだと考えるのが普通だろ」

「だが、そうなると、組織は天美君の住居を知っていた、ということになるが」

「考えられることは一つだね。やはり、これは、義兄さんの方の問題かもしれないけど」

「私の方の問題?」

「ああ、そうだよ。ここで確認をするけど、あの学校は、外国人の生徒について、観光客とは違うということを、どうやって把握をしているのだい」

「それは、就業や留学ビザなんかを手続き時に、あ、そういうことか。これは、また!」

重要な事に気づいた警視正は思わずそう声をあげた。その反応に競羅は、

「やはり、そこで、本籍がばれたのだね」

「すまなかった。さっきも弁解をしたが、まさか、それほど、危険な連中だと思わなかったからな、つい、特定ビザをコピーして提出してしまった」

「でもね、向こうも、本当に港豪苑に住んでいるとは思っていなかったようだね。あまりにも場違いだったというか。もし、信じていたら、銃器を持って集団占拠、それか爆弾、最悪な場合はミサイル砲を打ち込むということだって考えられるからね」

「さすがに、そんな、無茶はしないだろう」

「実際、そこまではしなかったけど、奴らは自宅の近くで、あの子を襲ったのだろ。何にしても、これで、向こうが事件に絡んでいるという状況証拠は積み重なったけどね」

「しかし、そうなると謎が増えるばかりだ。だいたい、天美ちゃんを襲った加害者がセンター側とどういう関係なのか?」

「その事件を起こした四才の子について、どこまでわかっているのだい? 身元とか」

「担当じゃないからわからないが。こうなったら、詳しく調べる必要があるな」

「ああ、あの子もだけど、純粋な日本人かどうか、見た目だけではわからないからね」

「わかった、家内とも協力して調べておくよ」

「そうしてもらえると助かるね、では、そういうことで頼んだよ」

競羅はそう言うと、警視正の自宅をあとにした。


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