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Confesess-7 6

組織の魔の手によって、瀕死の重傷を負った天美。不気味な敵、デネブとは何者か。やはり、「星をつぐもの」の一人なのか。緊迫な展開にレギュラー陣が翻弄される。

第六章


 チャンチャンチャララララ

午前十時半頃、競羅の携帯が鳴った。彼女は寝ていたのだ。昨夜は遅くまで、祭りの主催者たちと飲んでいて、就寝するのが遅くなったからである。

「もしもし、あんたかい?」

液晶で通話相手を確認した競羅は、ボタンを押すと眠たそうな声で答えた。

「ええ、そうす。た、大変なことが起きました!」

数弥の声は興奮で引きつっていた。

「大変って、何がだい?」

「て、天ちゃんが、天ちゃんが!」

「また、あの子かよ。あの子がどうしたのだい?」

「今朝、大型トラックにひかれて、び、病院に担ぎ込まれました」

「えっ、病院だって!」

当然のように競羅はそう声を上げた。

「そ、そうす。あくまで聞いた話すけど、朝の七時頃すか、天神山公園から出た路上で!」

数弥の最後の語尾は悲鳴に近かった。そして、競羅は次の言葉を、

「参ったね、それで七時というと、もう、三時間はたっているね」

「ですが、その、ひかれた少女が天ちゃんだと知ったのは、ほんの今なんす」

「そうかよ、けどね。ちょいと待ちなよ、本当にあの子がひかれたのかい?」

「姐さんも、やはり、最初はそう思いますよね」

 数弥は確認をするように尋ねた。

「ああ、あんただだって、よくわかっているだろ。あの子の反射神経の良さについてはね」

「僕も、最初に現場写真を見たときは、そう思ったんす。何かの間違いだと」

「写真、そんなのがあるのかよ」

「ええ、精気を失った天ちゃんが写っていました」

「そ、そうかよ。しかし、あの子が車にひかれるとは、まだ信じられないね!」

「ええ、僕もそう思いたいのすけど・・」

数弥の声は元気がなかった。

「しかし、またなぜ、そんなことになったのか?」

競羅はそうつぶやくと、受話器に向かって激しい口調で声を出した。

「それより、今回のひき逃げ犯、どうやっても捕まえないと!」

「いや、ひき逃げではないみたいす。運転手は、その場で確保をされましたから」

「えっ、すでに捕まっているのかよ」

「そうす。事故は多いすけど、ひき逃げなんて滅多にありませんからね」

「となると、この件、あの学校側が仕掛けたとは一概に言えなくなるね」

「学校と言いますと」

「相変わらず、血の巡りが悪い人だね。そんなの、あの子の通っていた学校に決まっているだろ! 例の殺人事件を見たという。最近、慌てて閉鎖をしたみたいだし」

「こんな状況で、そこまで頭が回りませんよ! それより姐さんは、天ちゃんが、こんな目にあったのは、あの学校のせいだと思っているんすね」

「最初はそれが頭に浮かんだよ。でも、運転手がいたということだから」

 競羅はそう答えたが、すぐに、慌てたように言葉を続けた。

「けどね、やはり、その可能性は捨てきれないから、運転手の方は大事に保護する必要があるね。消されるかもしれないしね」

「えっ、消されるんすか」

「ああ、あくまで、可能性の段階だけど、金で雇われたということも考えないとね」

「そうなんすけど、やはり、納得がいきませんね。あの運動神経のいい天ちゃんが、トラックにひかれるなんて! どう考えてもおかしいすよ」


数弥がそう通話をしている最中、

「野々中君、ちょっといいかな」

と声をかけてきた人物がいた。

「誰すか、今、大事な話なのに!」

数弥が振り向くと、相手は先輩の徳本記者である。徳本記者は数弥に向かって尋ねた。

「今回、被害にあった子って、おまえの知り合いか」

「ええ、そうすけど」

「やはりか、あのとき、顔色が真っ青になったからな。それで、今、電話をしている相手は害者の関係者か」

「ええ、先輩も、よく知っている姐さんすよ。天ちゃんは姐さんの大切な妹分す」

「そうだったのか、それは気の毒だったな。それで、さっき写真を見たとき、何か言っていたな。確か、『あんなに運動神経がいいのにどうして?』とかと」

「えっ、そんなことを言ってましたか」

「覚えていないのか、きっと、思わず口に出たのだろう。それに今も、受話器に向かって叫んでいたぞ、『どう考えてもおかしい』とか」

 数弥は、その徳本記者を見つめていたが、やがて、

「ええ、おかしいすよ。天ちゃんは、ものすごく、反射神経や運動神経がいいはずなんすよ。普通ではトラックにひかれることなんて、絶対にないんすよ」

 と興奮したようにまくしたてた。

「実は、今回の事故のことだが、女の子が関わっていたらしいんだ」

「女の子すか。もしかしたら天ちゃん、その女の子というのが、トラックにひかれそうになるのを助けようとして、車道に飛び出したんすか!」

数弥は思わずそう声を上げ、その声は通話先の競羅にも、はっきり聞こえていた。

「いや違うよ。そんな単純な事件ではないんだ。普通、トラックと女の子が話に出てくると、そういう展開が考えられるが」

「では、どういうことなんすか?」

数弥はそう尋ね、その数弥の顔を徳本記者はまっすぐ見ていたが、決心をすると、

「言いにくいことだが、その女の子が害者を車道に突き飛ばしたということだ」

「えっ! 女の子に道路に突き飛ばされたんすか!」

「そういうことだ。だから、さっきから害者と言っていたのだよ。おまえは、気がつかなかったみたいだけどな」

「そうだったんすか。でも、そんな話、さっきは出ませんでしたけど」

「おまえは写真を見たとたん、その場を飛び出してしまったからな。そのあとの話については何も聞かずにな」

「すみませんでした」

「まあ、気持ちはわかるよ。親しい人が事故に会った写真を見たのだしな。おれだって、そうなったら、冷静では、おれないかもしれない」

「本当にすみませんでした」

「そんなに、あやまらなくてもいいよ。おれとしても、おまえを放っておくわけにはいかないから、一応、報告をしたまででな。それと、忘れていないよな、今日の会議のこと」

「えっ、会議!」

「やはり、動転して忘れてしまったか。三日前の岡川大臣の失言について、十一時から打ち合わせがあったはずだろう」

「そ、そうでした」

「しっかりしてくれよ。ということで、大事なことは伝えて置いたからな。あとは、被害者が無事に回復をするのを心から祈っているよ。電話を邪魔して悪かったな」

徳本記者は最後にそうあやまると、数弥のところから立ち去った。


通話先の競羅の方は、待ち時間の間、気むずかしい顔をして受話器をにらんでいた。数弥と徳本先輩の会話は彼女に筒抜けだったのだ。そして、厳しい口調で声を上げた。

「どうやら、真相がよめたよ」

「読めたと言いますと」

「だから、やはり、学校が裏にいたのだよ。そして、少女を刺客に使ったのだよ」

「えっ」

「わからないかな。ボネッカは刺客に襲われたのだよ。朝の七時頃か、時間的から見て、いつもの運動のときだったみたいだね。そのとき、声をかけられたのだろうね。同じ学校の生徒だったから、あの子も気を許したのかな。そこで油断したところを突き飛ばされたのだね。スキは見せない子だったけど、そういうところが、まだまだ甘かったというか」

事情を知らない競羅は勝手に想像をして答えていた。

「そうかもしれませんけど、僕としては、今は、何も考えられません。それで、姐さんは、今からどうします?」

「どうしますって、そんなの決まっているだろ。すぐに、病院に駆けつけないとね! 場所から見ても、港クロスか」

「ええ、そうすね。その可能性が高いすよね」

「それで、あんたも来るかい」

「行きたくて行きたくて仕方がないんすけど、今、僕と先輩の話を聞いていたでしょ」

 声のトーンから、残念さがにじみ出ていた。

「ああ、詳しくはわからないけど、何かこれから会議があるのだったね」

「例の岡川防衛大臣のことすよ」

「ああ、あの内閣改造で、最近就任したばっかりの大臣か。立派なことを言ったね」

「どこが立派なんすか、大きな失言すよ」

「そうかね、こっちの知り合いは、みんな、よく言った、と、ほめているよ。何にしてもね、あんたの会社の方は、まだ、ぐちぐち、やっているのかよ」

「ええ、うちだけではありませんし、それが、僕たちの仕事すから」

「だいたい、こんなのは誘導か勢いで出た発言だろ。まったく、ご苦労なことだね。結局そんな、どうでもいいことが原因で、あんたは見舞いにいけないということか」

「ええ、心から行きたいんすけど、今、先輩から、しっかり釘を刺されましたので」

 数弥のトーンは泣き言に近かった。

「雇われ身は本当に気の毒だね」

「ですが、容体については、きちんと報告してくださいよ」

「わかった。一段落がついたら報告をするよ」

「ぜ、絶対すよ」

「ああ、必ず報告をするよ。ということで通話を終わらせてもらうよ。あと、わかっていると思うけどね、しばらくは病院だから、電話が通じないようにしておくからね」

競羅はそう言って通話を終えた。


そして、三十分後、競羅は港クロスの駐車場に到着した。

「ここだと思うけど、こんなに早く、また来るとは思わなかったね」

と、つぶやいたあと、

「おや?」

声を上げた。別の車から降りた人物を見つけたからだ。競羅は、その人物に駆け寄ると、

「十条さんじゃないかよ」

と声をかけた。その車は覆面パトカーだったのか、

「君か?」

そして、十条警部も答えた。

「やはり、あの子のことが気になったのだね」

「むろんだ、まさか、こんなことが起こるとは!」

十条警部の顔は険しかった。

「ああ、とんでもないことだよ。それより、今は一人なのかい?」

「そうだよ。今回の事件、残念ながら、ぼくの担当じゃないんだ」

「では、交通課の仕事か」

競羅はそう答えたが警部は無言であった。その様子を見ながら競羅は、

「けどね、本当に交通課の案件かい?」

と尋ねた。そして、警部の反応は、

「それは、どういうことかな?」

であった。実に警察官らしい、相手の出方を見る応対である。

「だから、あの子は、少女に車道に突き飛ばされたのだろ。事件だと思うけどね」

「やはり、そこまでつかんでいたか、そうだよ、突き飛ばされたんだ!」

警部の言葉には感情が入っていた。

「これは、立派な殺人未遂事件、交通課の職分ではないね」

「そ、そうだな」

「となると、やはり、一課じゃないかよ」

「いや、それは違う。一課は担当外だ」

「違うって、殺人未遂だよ。一課でもないって言ったら、何なのだよ?」

「担当は下上警部だ」

「えっ、日月さんかよ。でも、彼女は少年課だよ」

「今回は、犯人というか、突き飛ばした加害者は、君も言ったとおり女の子だろう。それも、事件発生と同時に保護されているからね。捜査本部を造る必要はなかったし、ガイシャの方も中高生ぐらいの少女、共に女の子ということで、下上さんが担当になったということかな。彼女自身も、そのように志願をしたみたいだし」

「確かに、あの子のこと、気にかけていたからね。日月さんらしいというか」

「そう言えば、君も一応、親戚筋にあたるのだったかな」

十条警部が思い出したように声を上げた。

「ああ、そうだよ。そんなに知らない仲ではないよ」

「そうか、また、会うことになるよ。ここに、いるのだから」

「ここって!」

思わず競羅は聞き返した。

「だから、この病院のことさ。事件の報告を受けたあと、真っ先に駆けつけていったみたいで。被害者を気づかうのも、立派な少年課の仕事だからね」

「わかった。日月さん、中にいるのだね。こういうことは、あらかじめ知っておいた方がいいから、助かるよ。それより事件の話に戻るよ。突き飛ばした少女は、どんな奴だったのだい。やはり、学校の生徒だったのかい?」

 競羅は問題のセンタースクールについて、質問した、つもりであったが、

「学校の生徒?」

警部は妙な顔をした。ある意味、当たり前か。そして言った。

「いや、まだ、学校には行ってないはずだが」

「それでも学校だよ。学校と言っても、専門学校生だから、制服なんて着てないよ。それに、すでに、どこかで働いている可能性だって高いしね」

「専門学校だって、ちょっと、おい、何か間違っていないか」

 警部の顔は戸惑っていた。

「間違っていないよ。普通の学生ではないのだろ」

「それはそうだが。もしかしたら、君はそこまで聞いていなかったのか?」

「聞いているって、さっきも言ったように、あの子が、どこかの学生崩れの女にトラックの前に、突き飛ばされたということだけだよ。それで、どんな女だったんだ! 若いからって、やっていいことと悪いことがある、って言うのを教えないとね」

「おい、その子に何かする気なのか?」

「何って、少しぶん殴らないとね。これだけのことをしでかしてくれたのだからね!」

「そんなことをしたら、傷害事件になるが」

「それが、どうしたのだよ。こっちはね、可愛い知り合いが、こんな目にあわされたんだ。あの子は、今、苦しんでいるのだよ。それに比べたら大したことないだろ」

「これは、本当に聞いていないのかも知れないな」

その十条警部の言葉に、

「何か、大事なことがあるのかい?」

「だから、加害者のことだよ。どういう、立場かということだけど」

「あのね、どんな立場の人間でもね・・」

その競羅の言葉をさえぎるように、警部は声を出した。

「その少女っていうのは、まだ、年端もいかない幼女だよ」

「えっ、幼女!」

 思わず復唱した競羅。

「そう、やはり、知らなかったか、普通では信じられないことだから、伝えた人間も、きちんと伝えきれていなかったのだな。四才の女の子だ」

「本当に四才かよ。となると、なんでまた、そんな年の子が、あの子を!」

「わからないな。本人も疲れ切っていて、突き飛ばした記憶がない、って言っている」

「それはまあ、それぐらいの年齢だと、自分のやったことの区別がつかないからね。うーん四才ねえ。さすがに、それは思いもよらなかったよ。それで、次に事件の様子について聞くけど、どういう状況だったのだい?」

「そのことは、ぼくが話すわけにはいかないよ。さっきも言ったように、担当の下上さんが中にいるから、そっちに聞いてくれよな」

「そうだね、これ以上、この場所で立ち話をしていても仕方がないね。中に入らないと」

競羅はそう言い、二人は病院内に向かった。


 病院内に入った十条警部は、受付に警察手帳をかざすと、天美の収容されている場所について尋ねた。状況は、かんばしいものではなく、彼女は、まだ手術中ということである。

競羅が暗い顔をしながら、警部と一緒に手術患者の関係者控室に向かった。

 控室につくと、そこには先客がいた。先ほど、十条警部が話していた下上日月警部だ。彼女もまた、難しい顔をしながら控室の椅子に座っていた。

 そして、もう一人、頭を両手でかかえていた男性が座っていた。オレンジの刺しゅうを胸に付けたブルゾンを羽織っている男性だ。胸に高藤というネームプレートを付けていた。

その様子に競羅はピンときた。この男、高藤はボネッカをひいた運転者だと、

競羅は、まずは下上警部に近づくと声をかけた。

「日月さん、久しぶりだね、あの子の容体は、今、どうなっているのだい?」

「あの子って? 誰かな?」

警部はそう答えた。とぼけているのか、それとも? 競羅はいらついた声で言った。

「だから、もう、わかっているだろ!」

「むろん、わかってます、天美ちゃんでしょ。だけど、おねーさん、そういう抽象的な言葉、嫌いなの。きちんとした人間だから、どんなときでも名前で呼んであげないと」

「こんな状況でも、相変わらずな人だね。けどね、こっちは、ちゃん付けは嫌いだから、いつものように、ボネッカと呼ばせてもらうよ。その理由はわかるよね」

「むろんよ。日系人だからね、ミドルネームというのかな。競羅ちゃんが、どうしても、そう呼びたいのなら、かまわないわ。あの子より、ずっとましだし」

「そうかよ、では、話を続けさせてもらうよ。ボネッカの容体はどうなのだい?」

「まだ、手術中」

「そうだったね。それで助かるのかい」

「わからない、運次第ね。まともに、ぶつかった相手は、十五トントラックということだから、即死にならなかったのは、ある意味、奇跡よ、相手方もそんなにスピードが出ていなかったのも事実だけど」

「そんな、状況だったのかよ」

「鑑識の話だと、天美ちゃんは衝突したとき、うまく受け身をして、衝撃の力を逃がしたということね。その証拠に、トラックには一滴も血がついてないということだし」

「ひかれたといより、はね飛ばされたという感じか。それなら、助かる可能性も高いね」

「さて、どうだか、骨の方は、ひどく、やられているみたいね。職員の人たちは、『搬送が早かったら何とかしてみるけど』としか、言えないというか」

「それは、まずいね。まあ、死んでしまったら、すべては、そこで終わりだけど」

「そうならないことを祈っているわ。それより、天美ちゃんの身よりは?」

「いないよ。それは、あんただって、わかっているだろ」

「そ、そうね」

日月警部は目を伏せて言った。

「それで、今の手術だけど、始まって、どれぐらいの時間がたっているのだい?」

「朝の七時過ぎぐらいに、かつぎこまれたから、かれこれ四時間半ね」

「それで、まだ終わらないか。これは、大変な手術だね」

「でも、病院で一番、腕利きの先生が執刀をしてくださってるの。院内では、【交通事故の神様】と呼ばれているみたいね。そのときの治癒率は抜群だって」

「神様ねえ。性に合わないけど、ここはまあ、信じるしかないか。それよ、事故のことを聞かないと、起きたときって、どういう様子だったのだい?」

「そのことについては、この方から聞いた方がいいわ」

下上警部はそう言うと、座っている男性の方を見つめた。

「もしかして、運転手か」

「ピンポーン、大正解よ。天美ちゃんをひくことになっちゃった可哀想な人」

「その言葉も、相変わらずだねえ。人の生死がかかっているのに」

「おねーさんは、どんな場合でも、明るく、ふるまうことにしてるの」

「はいはい、そうですか。まったく困ったものだよ。それより、今、一つ確認をするけど、事故のことは、この人に聞けばいいと言うことだね」

「だから、そう言っているでしょ。何て言っても当事者なのだから」

「そうだね、わかったよ。では遠慮なく、させてもらうよ」


そして、競羅の尋問が始まった。

「まずは、あんたのことだけど、名前は、その高藤ということでいいのかい?」

「はい、そうです」

「それで、胸に付けている刺しゅうは会社名かい、YOMEIか」

「そうです。ご覧の通り陽明電気の配達員をしています」

「陽明電気、聞いたことがないね」

「馴染みはないと思いますが、大手のネオカメラさんの運送を主に行っています」

「ネオカメラか。確かに大手だよ」

「はい、今日も、ネオさんから注文されたテレビやクーラーを、ネオさんの工場から計八十台ほど運んでいました」

「八十か、となると、かなり大きな荷台になるね」

「そうです。ネオさんも、今頃、困っていると思います。荷物もトラックと一緒に、警察の検証に持ってかれてしまいましたから」

「あんたね、そういう問題じゃないだろう。荷台が大きいということはね、あの子は、それだけ破壊力のあるトラックにはねられたということだよ!」

「ひー、すみません」

「まあ、起きたことだから、今更、とやかく言っても仕方がないけどね。あんたも、まがりなりにも人をひいたのだから、その責任はあるよ。さて本題に移るけど」

「すみません。その前に聞きたいことがあるのですが」

高藤青年はそう尋ねてきた。

「何だよ。聞きたい事って」

「あなたは、ご家族の方ですか」

「いや、違うよ。あの子の家族は、外国で、まだここにはいないよ」

「では、あなたは?」

「保護者というのか、この日本で、あの子の面倒を見ているものだよ。だから、しっかりと、あんたの証言を聞く権利はあるのだよ!」

競羅は最後の語句を強めた。

「その通りだ、僕にも、そのときの状況について、きちんと話してもらわないとな」

十条警部が中に入ってきた。

「あなたの方は?」

「本庁、捜査一課の警部だよ。十条さんというね!」

競羅が答えた。

「一課の方ですか」

「と言っても、事情を聞くのは個人的な理由さ」

「そうだよ。この警部さんも、あの子には目をかけているからね。いい加減のことを言ったら、ひどい目にあうね」

「そんな、いい加減なことは言いませんよ」

「どうだか、こういうときは、自分の身を守る方に話を持っていくからね」

「競羅ちゃん、気持ちはわかるけど、脅かすのは、このあたりでやめましょうね」

日月警部が中に入ってきた。そのあと、状況について簡単な説明を、

「高藤さんの証言は、目撃者の人たちの証言やレコーダーと一致しているの。だから、おかしなところは、何一つもないと言ってもいいわ。だから信じて、きちんと聞くのよ。高藤さんに何かしたら、今度は、おねーさんの方が黙っていないからね」

「はいはい、わかりましたよ。優しく聞けばいいのだろ」

「そういうことね。約束よ。それでは続きを高藤さん、お願いね」

そして、競羅の尋問は再び始まった。

「では肝心な事件のことを聞くよ。あんたは、そのとき、普通に道路を走っていたのだね」

 と今度は、事故の様子についてである。

「はい、そうです。工場からの荷物を、港区にある倉庫に運ぶ途中でした。軽いラッシュの時間でしたので、速度は制限速度の六十までは出てはいなかったと思います」

「そうかい、それで、事故の起きたときの状況はどうだったのだい?」

「突然のことで、とっさにブレーキをかけた、ことだけが印象に強く残っています」

「それまでは気がつかなかったのかな。たとえば歩道での被害者の動きとか」

 十条警部が中に入ってきた。

「正直言って、歩道の方までは見ていませんでした。前方だけ集中していましたから」

「それはいかんね。運転者は、まわりを注意して、運転をする義務があるからね」

「むろん、それは、講習で受けたからわかっています。でも今朝は、突然、目の前に飛び出してきましたから、どうにもこうにも避けようがなくて」

「本当に、避けられなかったのか? そこのところはどうなのかな?」

十条警部の尋問は続いた。

「横の車線にも車がいましたし、あの状況ではとても無理です」

「十条さん、そういうことだよ。あの子は、横から突き飛ばされたということだからね」

 競羅が見かねて口をはさんできた。そして、高藤青年も次の言葉を、

「僕も、それを聞いてびっくりしています。殺人事件だったんですね」

「まだ、死んではないよ。だから、今、手術ができているのだろ」

「ですが、僕は、ある程度は覚悟しています」

「覚悟か、それも必要だけど、あの子は、今、現在、まだ生きている! のだよ」

競羅は生きているを強調して声を上げた。その態度に高藤青年も、びくつきながら、

「すみませんでした。それで、僕はどうしたらいいのでしょう」

「起きてしまったのだから、今更、どうしようもないよ、ただ、殺人者にならないためには、この手術が成功するのを願うだけだよ」

「そうですね。う、そうするしかないですよね」

「ああ、そうだよ。さて、事故の様子については大筋のことは聞けたから、こっちの話は、これで、やめておくよ。十条さんの方はどうだい?」

「僕も終わりだ。ただ、確認をしただけだからな」

高藤青年の証言を終えた競羅は、日月警部に向かって話しかけた。

「おおよその状況については聞いたよ。スピードも、そんなに出していなかったようだしあれでは、絶対に避けられなかったみたいだね」

「そうね。人身事故という記録は残るけど、運転手には責任は問えないわ」

警部が答えたとき、壁に表示された手術中のランプが消えた。

競羅たちが、ハッとして手術室の方向を見つめるなか、しばらくすると、一人の緑衣の手術着を着た男性が控室に入ってきた。

手術の結果を伝えにきたのであろうか、競羅は思わず、その男性をにらんでいた。

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