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Confesess-7 2

第二章


 授業が終わり天美が自宅である港豪苑に戻ると部屋には来客がいた、

「悪いけど、勝手に入らせてもらったよ」

彼女は、先ほど話に出てきた朱雀競羅だ。

「ざく姉、どうして?」

「五分ぐらい前かな、よらせてもらったよ。少し気になることがあってね」

「だけど、勝手に入れたの?」

「ああ、前に、あんなことがあっただろ。さすがにナル坊も、まだ引け目を感じているせいか、ちょいと一言、言ってやったら素直に入れてくれたよ」

 競羅は、そのときのことを思い出したのか愉快そうに答えた。ナル坊と言われているのは、天美のすむマンションの管理人のことだ。本名は衛藤という警察官上がりの男性だが、態度がナルシスト、そのものなのでナル坊と呼ばれていた。

「そうだったんだ、それで、その気になることって?」

 天美の問いに、競羅は、その近くに置いてあるバッグをじっと見つめていたが、やがて、疑問を持った眼をして言った。

「その妙な形のタグがついたカバン、やっぱり、あそこにいたのは、あんただったね」

「えっ、あそこって?」

「新宿だよ。あんた、ついさっき、そのカバンを持って歌舞伎町あたりを、うろついていただろ。何かおかしなバイトでもし始めたのかい?」

「バイトなんてするわけないでしょ」

「それなら、なぜ、あんな場所にいたのだい?」

「それは言えない」

天美は答えながら、下上警視正の顔を思い浮かべていた。

「言えないってね、あんた、やっぱり、人には言えないような、おかしなことをしているね! してなかったら言えるはずだろ!」

「だから、してないって言ってるでしょ」

「現場を見られたのに強情だね。いい加減に白状しなよ。もう、わかってるのだからね!」

競羅に詰め寄られ、結局、天美はここまでの言葉を、

「だから、ただ学校行っていただけ。今、ざく姉が言ってた、妙な形のプレートというのも、学校入るための許可証なの」

「学校だって! あんた、うそを言ってはいけないよ。あんなところに学校はないよ」

「いや、もう少し繁華街、先に行った通り抜けた、ごちゃごちゃしたとこにあるの」

天美の返答に競羅は腕を組んで考え始めた。そして言った。

「というと、新大久保あたりか。職安通りなら、いかにも何かありそうな感じがするし。でもなぜ、そんな場所にある学校に通うことになったのだい?」

「だから、それは言えない、って言ってるでしょ。約束だから」

「約束ねえ」

競羅は復唱しながらニヤリと笑った。そして言った。

「でも、場所を聞いてわかったよ。あんたに、そこへ潜入させた人物がね」

「えっ、本当にわかったの!」

「ああ、義兄さんだろ。あの一角は、怪しげな外国人のたまり場だからね、きっと、あんたの情報で、クスリの取引の現場でも押さえようとしていたのだろうね」

「そうかもしれないけど」

思わず天美は相づちをうってしまった。まだ、未熟ゆえ、一連の競羅の誘導尋問に引っかかってしまったのだ。そして、競羅も苦笑しながら言った。

「おや、今の言葉、義兄さんが裏にいると認めてしまったね」

「うーん」

天美は渋い顔をし、そして、競羅も次の言葉を、

「まあ、こっちは、あんたが学校に行っていたことを隠していたことについて、とがめる気はないけどね。でも、こっちだって、一応保護者なのだから、そのあたりの、いきさつぐらいについては教えてくれるよね」

「そうなると約束違反になるし」

「あんたね、ばれたのだから約束も何もないだろ、こっちから、義兄さんには、今の事情について言っておくから、どういうことで、こういうことになったか話しなよ」

「わかった、もう仕方ないかな」

天美はそう言うと、警視正とのやりとりについて話し始めた。 話を聞き終わった競羅は、「ほお、そういう方法で、あんたを追い込んでいったか。しかし、今回のこと、日月さんまで絡んでいたとはね!」

 そして、複雑な顔をした。当然のことだが、警視正の妻の日月警部とは面識があるのだ。

「そう、あの人、今までも、学校行きなさい! 学校行きなさい!と、うるさかったし」

「ああ、あんたのことを思って、言っているのだと思うけど、実際のところ、余計のお世話だよ。何にしても、これで納得がいったよ。本当に、あの場所であんたの姿を見つけたときはびっくりしたよ。だから慌てて、こうやって来たのだけどね」

「確かに、治安悪そうなとこね、派手なネオンだらけだし」

「そんなところを横切るからだよ」

「だって、地図見たら、あの場所、抜けてく方が近道でしょ」

「とは言ってもね。普通は大通りを通るものだろ。だいたい、あんな時間に、中高生の女の子が一人で行く場所じゃないね。がらの悪い連中が絡んでくるかもしれないだろ」

「そういうことなら、何度かあったかな。でも、ちからで追い返したし」

「えっ、あんた、そこで能力、使ったのかよ!」

「仕方ないでしょ。気持ち悪い人たち、手つかんできたのだから」

「けどね、前から言っていただろ。能力を使ったら報告するようにとね」

「そうだったのだけど、そうなると、内緒にしてた下上さんのこと、話さないといけないし、次の日も、別の気持ち悪い人たちに絡まれたので、面倒になって。それより、ざく姉も、そんな場所にいたのでしょ、大丈夫だったの?」

「こっちは、普通に入口近くのパチンコ屋にいただけだよ。ちょうど、換金を済ませて店を出たところで、一番街の方からきた、あんたを見かけたのだよ」

「そうだったんだ」

天美は答えたあと、小さい声で、ぼそっとつぶやいた。

「やっぱり、パチンコか。たくさん店あったし」

「こっちの勝手だろ! 生活の手段だし。それよりあんた、以前から何度も言っておいただろ。妙なことがあったら知らせてくれ、とね」

「そんな、妙なことなかったし」

「充分、妙だろ! だいたい、その学校っていうところ、得体の知れない外国人が経営しているみたいだね。そいつらが、あんたの能力を狙っている可能性だってあるだろ!」

「でも、今回は、わったしから近づいたようなものだし」

「けどね。だからといって、連中があんたの能力を狙ってないとは限らないだろ。まったく、前回、あんな目にあったことを忘れたのかい!」

「そんなことないけど、今回は、さっきも言ったように、下上さんが頼んできたのだし」

「それはそうだけどね、国際謀略は一寸先が勝負だからね。義兄さんの動きを読み取って、あんたを、うまく生け捕るために、話に乗ってきたということも考えないとね」

「でもスパイって、できるだけ相手に不信感、持たれないように動くのが普通でしょ」

「それは当たり前だろ。警戒されたら、失敗する可能性が高くなるからね」

「向こうは、わざと変なことばっかり言ってきたのだけど」

「変って、それは、あんたは普通の人たちより、危機意識がずばぬけて高いから、変だと見抜けたのだよ。ほかの生徒はどうだったのだい?」

「先生の授業を聞いて感心したように、うなずいていた。冷たく笑ってた人もいたけど」

「それは、結局、違和感を感じていなかった、ということじゃないかよ」

「確かにそうだけど。一応、今日の授業はこんな内容だった」

 と天美は、授業の内容について競羅に説明をし始めた。


内容を聞いたあと、競羅は不愉快な顔をしていた。腹が立つというか、そんな顔である。

「やはり、ざく姉も怒りそうな内容だったみたいね」

「ああ、予想はついたけどね。これほどとは思わなかったというか、連中は、そんなに日本をおとしめたいのかよ!」

「わったしも行き過ぎと思う。左側通行してるぐらいで、あんなに言われなくても」

「それが、向こうのケチの付け方なのだろ。国際的とか、いっぱしな大義を振りかざしてのね! けどね、日本が左側通行なのは英国とは関係ないと思うよ」

「えっ、関係ないの」

「それについて、小さい頃だったかな。死んだ親父から聞かされたことがあるのだよ。日本というのは、昔、武家社会だっただろ。あんた、武士の魂って何か知っているかい」

「もしかして刀」

「そうだよ、刀だよ。刀は武士の魂。家名を守るために肌身離さず、鞘に収めて大切に所持をしているのだよ。さっき、右利きの人間が世の中には多いって言ってたけど、その鞘っていうのは、腰のどちら側に付けているか知っているかい」

「だから右でしょ」

「いや違うよ。左側だよ。左手で鞘を押さえ、右手でスッと刀を抜くのだよ。その方が右から抜くより素早く抜けるのだよ。刀は長いからね、右手では窮屈になるのだよ」

「そうなんだ」

「ああ、そうだよ。それで左側に鞘があるのだけど、そうなると、右側通行だと騒動のもとになるのだよ。向こうの拳銃の話ではないけど、お互いに狭い道ですれ違うと、刀と刀がかち合うことになるからね。武士の魂が傷つけられたということで刃傷沙汰だよ」

「なるほど、だから、日本は左側通行だったんだ!」

「ああ、それが、本当の理由と決まったわけでもないけど、利にはかなっているだろ。つまり、左側通行は、日本の伝統を踏襲しているということだよ。それより今日は、その道路交通の話だけだったのかい」

「それだけだったけど、こないだのこともあったから、少し言い過ぎちゃって、明日の土曜日、補習になっちゃった」

「へえー、補習か。いったい何を言ったのだい、おおよそ、想像はつくけどね」

と言われ、天美は、今までの姚先生の歴史授業について競羅に話した。

話を聞き終わった競羅は腹が立った口調で声をあげた、

「やっぱり、そういう内容だったのかよ。まったくもう、カビの生えた国連条項まで持ち出して、いつまでもネチネチと、まあ困った連中だね。だいたいね、あの国だって、過去、日本にも何度か攻めてきたくせに」

「そうなの?」

「ああ、そうだよ。磨弓からも少しは聞いているだろ、元寇とかね。向こうは勝って当たり前だと思って仕掛けてきたらしいけど、結局は追い返されたね」

 磨弓というのは、歴史オタクである二人の共通の知り合いのことだ。

「つまり、お互い様っていうことね」

「なんか、その言い方、気に入らないね」

「どこが?」

「だから、その、お互い様と言う言葉だよ。こっちが攻め返したみたいな言い方だろ」

「違うの?」

「そんなわけないだろ、当時の政治的風潮だったのだよ。主だった国は、どこも生きていくために、支配下の国を持つという。そうしないと国際的競争に勝てなかったからね」

「結局のところ、先生たちが言ってた侵略そのものじゃないの!」

「平たく言えば、そうだけどね。もう過去のことだよ」

「向こうは、そう思ってないみたいだけど」

「それはまあ、やられた方は忘れないよ。これは、ケンカでも言えることだけど」

「でしょ。そういうことなら、先生たちの言ってる事わかるよね」

「そうだけどね。その先生たちって、年はいくつだい?」

「みんな、三十歳ちょっと過ぎたぐらいかな」

「おいおい、三十って、まだ若造じゃないかよ。なんで、そんなのに、過去のことについて、あーだこーだと言われなければならないのだよ」

競羅は自分はもっと若いのに、そう憤慨をしていた。

「だって、先生だし、本当のこと教えないといけないでしょ」

「どこまでが本当か、怪しいものだけどね」

「確かに、わったしも、どうかな? という部分あるけど、侵略したこと、事実よね」

「そうなのだけどね。さっきも言ったように過去のことだしね」

「ふーん、過去だったらいいんだ」

天美の、その返答がカンにさわったのか、競羅の声が大きくなった。

「あんたねえ。いい加減にしな! いつまでも、過去のこと、ほじくり返しても仕方が無いだろ! その当時は、あんたもこっちも生きていないのだよ! ご先祖様が、何をやっても、それがこっちの責任になるのかい!」

「いや、わったしは、侵略したこと、悪いと決めつけてるわけでないけど。セラスタだって、長い間、スペインやイギリス、アメリカに支配されてたのだし。そのおかげで、今があるというか。国がこれだけ発展したのも、そのおかげともいえるし」

「おっ、あんた、わかっているじゃないか」

その返答に競羅の機嫌が戻ってきた。

「でも、今度の学校の先生たちは、セラスタの先生と逆のこと言ってる。『侵略されたせいで国の威信は低下した。だから、どんなに発展させてもらっても許すわけいかない!』と、」

「確かに、国の威信は低下しただろうね。それで、連中はどうするつもりなのだい?」

「前の前の授業では、こんなこと言ってた。『この国では、何してもいいのだって。それだけのことをしたから、当然のこと』とか」

天美の言葉を競羅は難しい顔をして聞いていた。そのあと、神妙な顔をして口を開いた。

「そうかよ、最初のうちは、義兄さんが、あんたをだまして侵入させたこと、よく思っていなかったけど、少しは賛同する気になってきたよ。こんな危険な思想を持ってる連中、野放しにはできないからね。それであんたは、その言葉を聞いてどう思ったのだい?」

「どうって、当然、文句言ったけど。そんな考え方、よくないって」

「ほお、逆らったのだね、それで、どうなったのだい?」

「だから、補習になっちゃたのでしょ。こないだは、何とか許してもらったけど、今日、また余計なこと言っちゃったから、個人的に特別授業だって」

「ははは、先生に逆らうと、たいていはそうなるね。こっちも、中学時代のことを思い出したよ。何かと補習を強要されたからね」

競羅は最初のうちは笑っていたが、突然、重要なことを思いついたのか、

「待てよ!」

と声を上げた。そのあと心配そうな顔になると言葉を続けた。

「もう一度、確認をするけど、あんただけ授業を受けることになったのだよね」

「そう、さっきも言ったように、今日もまた、我慢できずに文句言っちゃったから」

「それで、明日は土曜だろ、土曜って、普段は授業があるのかい」

「本来は休みのはずだけど補習だけはあるみたい」

「これは、もしかしたら、あんたを捕まえる罠かも知れないね」

「ま、まさか」

「いや、その可能性は考えないといけないと思うよ。こないだの例もあるしね」

「でも、補習出ないと、単位もらえないし。となると卒業書も」

「あんた、そんなのもらっても、役に立たないだろ」

「と思うのだけど、ここの学校の卒業証書あった方が就職に、うんと有利になるみたい。生徒の人たち、みんな、そう言ってたから」

「そ、そうなのか」

競羅は反射的に答えたあと厳しい顔になった。そして、つぶやいた。

「これは、こっちが思っているより、闇が深いかもしれないね」

「そのへんのこと、よくわからないけど、やはり、行かないとダメでしょ」

「そうなのだけどね。ここは、やはり前回のことも考えて慎重にならないと」

「でも、さすがに今回は、ざく姉の考えすぎだと思う。もともと、この補習って、わったしが、先生の言葉、素直に受けなかったから起きたことだし」

「だから、そこだよ。それこそ、向こうが仕掛けた罠だったのだよ。わざと、あんたが反発するようなことを言ってきたのだよ。その挑発にあんたは乗ってしまった。その結果、向こうは、あんたを個人的に呼び出す理由ができたということだよ」

「うーん、そうかなあ」

競羅の言葉に天美は考え始めた。実際、思ってもみなかったからだ。

「とにかく明日か。明日なら、こっちもヒマだし、ついていってやるよ」

競羅はそう言い翌日つきあうことになった。


競羅が向かいの建物のかげから見つめる中。

「アンニョンハシムニカ」

天美は先生らしき人物にあいさつをしていた。

「あの子、何ハングルで愛想を振りまいているのだよ」

事情を深く知らない競羅は、そう文句を言っていたが。

 その天美は校舎の中に入っていた。競羅に注意をうながされた彼女は、用心深く、慎重に観察をしていたが、昨日と、別段、変わりがないようである。

教室内も普段と変わりがなかった。ただ、生徒の数が天美一人という事を除いては、

やがて、姚先生が教室に入ってきた。彼女は、その警戒をしている天美に、

「ニイハオ!」

と笑いながら、あいさつをすると、そのまま、天美の座っている机に近づいてきた。これで、一対一の状況である。何かがあるとしたら、まずは、このタイミングだ。

天美の緊張をよそに、姚は立ち止まると、持っていたファイルホルダーを開き、十枚近くのプリントを天美の机に置き、教壇に戻っていった。

天美が目を通すと、そのプリントの一枚目は、

「山田長政の子供は、なぜ、現地の人たちに殺されたか?」

 というようなマニアックな内容である。 どうせ、そのあとのプリントも、日本が海外に進出したことについて、ネチネチと書かれているのだろう。天美は思わず、

「こんな、たくさんのプリントもらっても」

と文句を言ったが、姚の方は、

「あなたには、すべて、読んでもらわなければなりません、近代のアジア情勢の認識がまったくダメですから。むろん、読んだかどうか、明後日、また確認テストをしますので」

とすました顔で答えるだけである。

そして、講義が始まった。天美は身構えていたが、まったく、何も起きなかった。ただ、プリントの内容について、姚が補足説明をしているだけである。競羅の心配は気の回しすぎで、ただの普通の補習だったのか、


だが、十五分後、異変が起きた。退屈で、今まさに、あくびをかみ殺そうとしていた天美の耳に、大きな怒鳴り声が聞こえてきた。

声の元は、近くの教室であろうか、天美と同じように補習を受けている生徒か、教えている教師のどちらかが出した大声だ。彼女が聞いたことのない言語の。

すぐに、別の大きな怒鳴り声が! 今度はスペイン語か、双方、エキサイトをしているらしく怒鳴り合いは続いた。その様子に姚は顔をしかめて言った。

「まったく、困った人たちですね。これでは、とても授業になりません」

天美は、何かただ事ではないと感じていた。ここで、声の質が変わった。片方の怒鳴り声が、悲鳴めいた声に変わったのだ。何か大きな苦痛になるものを受けたというか、

天美は思わず席を立って教室を飛び出した。

「等待!」

慌てた姚が中国語で叫んだが、天美の動きは止まらなかった。彼女は、声の出ていた教室に向かっていた。

教室に入ったと同時に大きく鈍い音がした。そして、目の前に激しい鮮血が、

あらためて教室内を見ると、そこでは、二人の男性が血を流して倒れていた。一人は首筋から激しい血を流し、両手をバンザイをするかのように上げていた。

 もう一人は、もっと悲惨な状況である。頭蓋骨が割られていたのだ。すぐ近くに、血がべっとりついた机がころがっているところからして、その机で頭をかち割られたのであろう。先ほどの鈍い音は、まさに、そのときの音だったのだ。

だが、天美は動じなかった。セラスタでは、今以上の惨劇を何度も見ているからだ。

机で頭を割られた男は眼帯をしており、ほおに大きな海賊傷のようなものがあった。そして右手に先端が血に染まったボールペンを握っていた。

 相手側の男は、白いターバンを巻いており、首筋からの出血は、このボールペンに刺されたのが原因のようであった。

きっと、このようなことが起きたのであろう。激しい口論になった二人は興奮度が高まり、そのうちの眼帯が思わず、もう一人ターバンの頸動脈にボールペンを突き刺した。

最初に聞いた悲鳴めいた声は、そのターバンが上げた声である。ターバンの傷は致命傷だったが、すぐには絶命をしなかった。最後の力を振り絞り、眼帯めがけて机を振り下ろしたのだ。そして、振り下ろすと同時に息絶えたのであろうと。

 そう推理した天美は、どちらが先生で生徒か考えた。だが、双方とも私服であり、同じような年齢であったので、わからない状況である。

彼女が観察を続けるなか、背後から息がもれるような音が、

振り向くと、姚が厳しい目をして立っていた。

天美は一瞬、寒気がした。若い女性、本来なら、このような状態を見たら、「キャー」というような悲鳴を上げる方が普通である。それが怯えるわけでもなく、平然とした態度で、死体たちを冷たく見つめているだけなのだ。彼女は反射的に姚から間を取った。

 何か起きたことに気がついたのか、職員らしき男性が様子をうかがいに来た。アジア系の顔つきをした男だ。その男性は教室内に入るやいなや、二つの死体を見つけた。一瞬、声にならない声を上げたが、すぐに、部屋から出て行った。他の先生を呼ぶためか、

しばらくすると、ドタドタと複数の人間の廊下を入る音が聞こえて来た。そして、三人の男たちが入ってきた。先ほどの男とパク、そして、学校長のユンである。

平たい顔のユンは校長と言っても意外に若かった。彼もまだ、三十代前半か、

パクは、現場の悲惨な状況に顔をしかめていたが、すぐに、携帯を取り出し、その通話ボタンを押した。

天美は、最初は警察かと思ったが、どうやら違うようである。ハングルなので、内容は、よく聞き取れなかったが、事件の報告を第三者にしているようだ。

「先生、警察に電話してるのよね」

天美はそう尋ね、その問いにパクは、

「えっ 警察?」

思わず聞き返したが、すぐに苦笑いをすると、わざとらしい顔をして言った。

「むろん、そうですよ。事件ですからね。ははは、警察、警察と」

天美は妙だと思ったが、ここは、まず様子を見守ることにした。

その彼女に向かって、ユンが尋ねてきた。死体を発見したときに、どういう状況であったかという。ある意味、当然という質問だが、

そして、天美は、そのときの状況について説明を始めた。ユンは話を聞いても納得をしていなかった。もっと詳しいことを知っているのではないか、と勘ぐっている様子である。

だが、実際、彼女は、なぜ二人が殺し合いを始めたか知らないのだ。

ユンはパクに近づくと何事か話しかけ始めた。二人は厳しい顔をして、ハングルで会話をしていたが、結局は、天美の言い分に納得をしたのか、それ以上の追求はなかった。

やがて、妙な格好をした四人の男たちが教室に入ってきた。彼ら四人は先生たちとは違い、廊下を音を立てることもなく教室に入っていた。全員、体操着のような白装束で身を包み、大きなマスクをはめていた。一見、怪しげな宗教団体のような格好である。

マークをつけたリーダーらしき男が、ユンと目を合わすと死体に近寄った。残りの三人も同様に死体に群がるように近づいた。そして、その死体を片付け始めたのだ。

死体だけではなく、床や机などに飛び散った血の跡も、液体洗剤のようなものを使って、きれいに拭き始めた。これは、どうみても証拠隠滅行為である。

「ちょっと、ちょっと」

天美は思わず声をあげていた。その声に、ユンがにやつきながら反応を、

「おや、何でしょうか?」

「何がじゃないでしょ。死体って、警察来るまで、さわっちゃいけないものでしょ」

「そうですね。しかし、実際のところ、警察に入ってきてもらっては困るのですよ」

「困ると言ったって、こういう事件が起きた限り、警察に報告しないと」

「では、あなたは警察に報告しなければならない、と言うのですね」

「むろん、そういうものでしょ」

「そうですか、でも、そうなると、あなたを素直に返すわけにはいかなくなりますね」

ユンは薄気味悪い顔を続けながら答えた。と同時に場の雰囲気も大きく変わった。ヒヤリとする冷気のような。

天美が思わずまわりを見回すと、パクは別人のような怖い顔つきをして、彼女をにらんでいた。姚も哀れみを持ったような目をして、天美を見つめるだけである。

 天美は開き直ったように声を出した。

「なるほど、そういう気なのね」

「そう言う気も何も、まったく、お気の毒ですが、この場から、消えてもらいませんと」

「でも、そんなこと、できないと思うけど」

天美の答弁中、そのユンが飛びかかってきた。彼の両手は、そのまま天美の首筋をとらえた。普通だったら、このまま扼殺という状況だ。

ここで、ユンの動きが止まった。突然、何かに弾かれたように天美から手を放すと、

「僕は何をしていたのかな。パクさん、もうやめましょう」

と言ったのだ。その言葉に思わずパクの顔がゆがんだ。


【今はたらいたのが、天美の能力の一つ、弱善疏である。この能力は、天美が自分の身を守るときに発動するもので、彼女を捕まえるため身体の一部にでも触れた人物は、その途端、その彼女を捕獲する意志をなくすのだ。そればかりか、《絶対に、彼女を最後までサポートしなければならない!》という気持ちに陥り、彼女を逃がす行動をとることはもちろん、彼女や彼女が守ろうとした対象の人物を捕まえようとか、危害を加えようとするものに向かって、妨害をし始めるのである。ただし、その効果は約半日だけだが】

 校長の思わぬ発言に、パクは、一瞬、何が起きたかわからなかったが、今は天美の口をふさぐのが先決である。手が空き始めた白服の二人に目で合図をした。

 二人は無言で天美を襲ってきたが、またも、はたらいた彼女の弱善疏。二人は天美の腕をつかむと、弾かれたようにその手を放し、彼女の防御に回った。

残りの白服二人も、パクの命令を受け、天美に襲いかかったが、以下同様である。

ユン、そして、四人の男たちの行動を目にし、パクと姚の頭は混乱をしていた。

パクは護身用のナイフを取り出し、天美に向かって斬りかかろうとしたが、白服たちに、その行動を止められた。そのすきに、天美は弱善疏を仕掛けた。

 最後に残った姚は、パニック状態になり、手をパタパタさせながら、持っていたファイルを天美の頭にめがけて振りかざしてきた。

「先生にも悪いけど、こうなったのだから仕方ないよね」

 天美は冷静によけ、彼女も、あえなく弱善疏に墜ちた。

その場の全員が、能力に墜ちたことを確認すると、天美は教室を出たのである。


学校の門を出ると競羅が駆け寄ってきた。彼女は天美の異変に気がついたのか、

「何があったのだよ!」

 と声をかけてきた。天美も厳しい顔をしながら次のセリフを、

「まずは、ここから立ち去らないと、大変なこと起きたの!」

「それは、わかるよ。あんたの態度、普通ではないからね」

 競羅はそう答えると、落ち着いた声で言葉を続けた。

「そこに、ちょうど、話し合いができそうな場所があるから、落ち着いて話そうね」

 そして、二人は、目についたカラオケボックスの中に入っていった。




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