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Confesess-7 18

第十八章


 夕方六時過ぎ、下上朋昌警視正は世田谷、太陽が丘にある自宅の前に立っていた。

実際のところ、真っ先に、調査をした結果の裏付けを取るのが先決なのだが。それでは、何のために娘の誕生日前日に帰ってきたのかわからない。悩んだ上の決断である。

 職場では今回の警視正の行動に誰も異を唱えるものはいなかった。それどころか、部下たちの、『そう言えば、課長の乗っていた飛行機、ちょっとしたトラブルがあって、到着が一日遅れるって聞いてましたよ。だから、あと一日がんばらないと、と、みんなで言っていたのですよ』というかけ声のもと、このように早く帰宅ができたのであった。

 警視正が家の中に入ると、

「ようやく、パパが帰ってきた」

 という女の子の声が聞こえた。今日の主役、萌の声だ。娘に会うのは一ヶ月ぶりか、

 妻の日月も、本来は捜査上、手をあけることが難しいのだが、今日は特別、早く帰ってきていた。あとは長男、正明と萌の面倒を見てくれている義父の中本晋吾、以上五人だ。

 本当は、もう一人パーティに呼びたかった人物がいた。このところ、何かと家を訪ねてくる朱雀競羅だ。子供たちとも親しいので声をかけたのだが、そういう立場ではない、と言って断ってきたのであった。

 何はともあれ、出迎えにきた萌はニコニコ顔をしていた。そして、その手には、警視正が見たことのない物体が握られていた。さっそく、尋ねたお父さん、

「萌ちゃん、それは何かな?」

「あ、これね。おじいちゃんに買ってもらったプレゼント」

そう答える萌の後ろから、妻の日月の声がした。

「そうなの、萌ったら、よっぽどうれしかったのか、今日に限って、もう、封を開けちゃって遊んでいるの」

「なんだ、大きくなったくせに我慢ができなかったのか。いつもはできるのに」

「うん、あんまり、きれいだったからつい」

萌は屈託のない表情で答えていた。だが下上夫妻は、ここで気がつくべきであった。やはり、それは、いつもの萌の行動と違っていることを、そして、その萌の目には怪しい光が宿り、おもちゃの電源スイッチを入れていることに、


 その頃、国会議員宿舎内では、

「おーい、あと二時間で出るから、これとこれも忘れずに詰めておけよ」

 誰かに命令するような男の声がしていた。男は白取総裁、今夜の出発のため、その最終的な準備をしているところである。まだ、結社からターゲット殺害の報告もなく、少しは後ろ髪をひかれるような気分の出国であった。

とそのとき、携帯の着信音が鳴った。反射的に画面を見ると、相手はデネブだ。白取は、すぐさま通話ボタンを押して応答した。

「君か」

「そうです。今、この場にはあなた様一人ですか」

「いや、秘書がいるが。今、トランク内の点検をしているところだ」

「それでは、お話ができませんね」

「わかった、人払いをする」

答えるやいなや白取は秘書に向かって、手の甲を前にふり振り、出て行くように合図をした。その合図に秘書は部屋から去っていった。デネブの確認の声がした。

「誰もいなくなりましたか」

「ああ、いないよ。この部屋にいるのは、わしだけだ」

「では、安心してお話ができますな」

「そうだが、例の件どうなっているんだ? あれから連絡がなかったが、確か君のところのドンに会う前という約束ではなかったか、メンツにかけても、と言っていたはずだが」

 白取は問い詰めるような声を上げた。

「さようですな。今か今かとお待ちかねでしたね。今、フスの手配が整いました」

「今だって、どういう意味だ?」

「おや、そこまでご存じではなかったみたいですな、手前どもの調査でオブメンが日本に昨夜、戻ってきたということが確認ができました。まだ解析したデータは、上には報告があがっていないようですし、さっそく、本日実行へと」

「それは本当か!」

 白取の声ははずんでいた。今までの心配事が、すべて吹っ飛んだからだ。

「さようです。大変、お待たせをいたしましたが。どうやら間に合いましたな」

「それで、どうやってやるんだ? 相手は警察官だぞ」

「そこまでは残念ながら、お教えができませんな」

「わしは依頼者だが」

「それが、いかがいたしましたか。いくら、クラメンだからといっても、すべてのことを知るものではないでしょう」

「それはそうなのだが、君たちは一度、失敗をしているからな」

 白取の言葉に、一旦、相手はだまった。そしてポツリと声を出した。

「コァンフェセスのことですな」

「そうだ、目撃者の少女を仕留め損なっただろう。だから、今回だって心配なんだ」

「そうでしたな、どうも、あ奴には相性が悪いですな」

 デネブはいまましそうに言った。心中では次のように思いながら、

〈本来なら、あなた様のリート一つで、あ奴を病院内で仕留めることができたのかもしれませんのに、さようなリートが成立しなかったから、こんなふうになっているのですよ〉

 そのデネブの心中を知らずに、白取はたたみかけるように言った。

「それにな、今回の相手だって、結局のところ、今日まで実行ができなかったということなのだろう。本当にできるのか?」

「と言われましても、ここは、手前どもの腕前を信じてもらわなければなりません」

「それでも、やはり、どのようなことをするのか聞いておかないと、安心ができない」

「さようですか、どうしてでもというのならお話をいたしますが、聞かれたからには、今件以降でも、同様な手段で失敗をしたとき、その責任を取ることになるかもしれませんよ」

 デネブの口調が厳しくなった。反撃に出たのだ。

「どういう意味だ?」

「言葉通り責任ということです。念のために申しておきますが、この場合、クラメンということは関係がありませんからな。よろしいですか、あなた様は手前どもの機密の一つを知ることになるのです。今回の成功は当たり前ですが、今後、手前どもが同様な方法でオブメンにフスをこころみて、その結果、失敗をした場合、責任の矛先があなた様に向くかもしれないということです。責任の取り方はいわずもがなですな。その気になれば、あなた様へのクラメンは簡単に見つかりそうですし、それでも、聞かれますかな」

「と、とんでもない、やめておこう!」

白取は受話器ごしに手を振った。その様子が、手に取るように想像ができたのかデネブは、してやったりと笑いながら言葉を続けた。

「それは賢明ですな。クラメンは、いつもさような態度でよろしいのです。現在では、今、手前どもがしているように、電話という通信手段があるでしょう。そのことも大きな問題なのですよ。どんなに入念に計画を立てましても、日時、実行方法がもれたら必ず失敗をします。運が悪いと、一分前でも防がれてしまいますからな」

「言われてみれば、確かにそうだが」

「昔はよかったですなあ。電話という手段がなかったときは、実際のところ、それがし自身が生まれてもいないぐらい大昔の話なのですが」

「でも、もれなければいいのだろう」

「むろん、もれなければ問題はありませんよ」

「わしは、絶対にもらさないぞ」

「さようなことは、じゅうじゅう承知をしております。ただ、今回はコァンフェセスが」

「また、あの失敗した小娘の話か。気になるのか?」

「さようですな。色々とありましたから、つい口に出てしまいました。見張りとの連絡を密に取ってはいますが、いまだ、警察病院内に入院ということで手は出せませんな」

「それぐらい、わかっておる」

「ですが、いずれ、必ず仕留めないと手前どもの顔が立ちませんし」

「それは君たちの問題だ。わしには関係ない」

 その口調から政治家の関心は、もう天美にはないようである。自分を追い詰めている下上警視正抹殺が第一の目標だからか。

 政治家の返答に、一瞬、デネブは興ざめをしたが、確認をするような口調で次の言葉を、

「おや、そうですか。ですが、お約束の方は忘れてはいないでしょうね。あなたが、このお国のトップに立たれたら、あらためて、あ奴に対するクラメンになることですが」

「おー、そうだったな」

「どうも、先ほどの言葉からお忘れだったようで」

「わしも、今はそれどころではなかったんだ。それぐらいはわかってくれているだろう」

「ええ、承知しておりますとも」

「とにかく、今は今回の件が重要なんだ。わしが総理になったら、その約束は守るから、しっかりと結果を出してくれ」

「むろんです。手口は古典的なものですが、使用する道具は最新式なものです、これだけお金をかけて、手を打ったのですから間違いはありませんな」

「自信たっぷりだな。そうでないと、わしも困るが」

「さようですな、もう、この時間になりますと、さすがに、すべての仕掛けまでは防ぎようがないですからな。たとえ、いかような邪魔が入りましてもな」

 デネブは上機嫌で答えながら、ある人物を頭に浮かべていた。

 万が一を考え、裏口、緊急搬入口等、病院内のすべての出入口が見える場所には見張りがつけてあった。その人物、天美が抜け出したら、すぐに、報告ができるように、

〈まだ、抜け出したという報告はきませんね。さてさて、こんな時間になりましたか。しかし、今回の計画、気がつくと、かえって面白いことになりますな。今更、駆けつけても絶対に間に合いませんし、果たして、あ奴はこの仕掛けの存在について覚えていますかね。どちらにしても、気がついたからには、絶望観か自分の無力さを感じることだけは、間違いありませんな。あとはオブメンの状況をじっくり観察しましょう〉


その天美の方は、もう身体の状態はかなり回復をしていた。だがまだ、事件が解決をしていないせいか、保護対象から外されず、退院も許されず警察病院の中であった。

 そして、横には、仕事帰りに立ち寄った警官、後翔子がつきそっていた。下上警部の命令で、一日に一度は、病院に保護対象の様子を見に行くことになっていたからだ。

 その翔子に向かって、天美は声をあげた。

「もう、こんな時間だから。そろそろ食堂に行かないと」

 食事を口実に厄介な保護者を追い出したいのか、そして、翔子の方も

「あらそうね。今六時半過ぎか、では、あなたを食堂に送り届けたら帰ることにするわ。今日も一応は顔を出したのだから、もう文句を言われることはないし、今夜も係長が来るはずだから、来たときに、ちゃんと、あたしが一度でも顔を出したと伝えておいてね」

 と同調するように答えた。彼女の方も本心は、やはり、保護が面倒だからである。

「わかった、そうする」

そして、と天美が返答をしたとき、病室の外からノックの音が、

「もしかして、その係長かな。まだ、早いけど」

 翔子は思わず声を上げた。だが、入ってきたのは同僚の佑藤恭子であった。

「あら、どうしたの? あなたの担当は明日でしょう」

「そうなのだけど、今夜は係長、来られないから、これを、渡してきてと頼まれたの」

 そう言う恭子の手には、赤いリボンで結わえられた小さな白い小箱が、

「それって何なの?」

 翔子がそう尋ねた。

「どうも、小さなケーキみたいね、子供の誕生ケーキのおすそわけだって。今日、パーティがあるから行くことができないお詫びもこめてとね」

「へえー お子さんの誕生日ね」

「そうね。五日ぶりに会うって言っていたわ」

「子供さんでしょ。五日ってどういうこと?」

 思わずそう声を出した翔子。天美もまた不思議そうな目で成り行きを見ていた。

「このところ、実家に預けているんだって。保育園の方もそっちから通っているとか」

「呆れた! 父親は何をやっているのよ! もう一人、お兄ちゃんもいるはずでしょ!」

 翔子のボルテージが上がった。本職は少年係、話の内容にいきどおりを感じたのだ。

「あれ、あなた、覚えていなかったの。海外に出張中だったでしょ」

「えっ」

「あなた、係長に、『またですか。仕事柄、大変ですね』とか、言っていたじゃない」

「あっ、そうだっけ」

「まったくもう、仕事熱心は結構だけど、忘れっぽいのはねえ」

「忘れるのはやることが多いせいよ。それに、よく考えたら、よそのうちのことだし」

 翔子のその、なげやりな答弁に、

「おやおや、翔子らしさが出てきたね」

 恭子がそう答え、その場がなごんだ。ここで、天美が声を上げた。

「それで、聞きたいことがあるのだけど」

「なーに?」

「つまり、警部さんは、誕生パーティあるから今日、来れないのね」

「そうよ、何か不満なの」

 恭子がにらむように言った。

「不満じゃなく、ちょっと気になっただけ」

「気になるって?」

「ただ、話によると、お父さんは海外出張中なのよね」

「それが、昨夜に帰国されたみたいなの。係長、『ダーリンが誕生日に間に合って、本当によかったわ、だから、幸せ気分のおすそわけなの』と笑っていたから」

「そ、そうなの!」

 天美は思わずそう声を上げた。一連の話から、何か事件の臭いを感じ取ったからだ。

「どうしたの?」

「アトゥラスタだったら狙う!」

 彼女はそう口走るとともに、次の質問をした。

「パーティって本当にするの?」

「するも何も、そこまでは・・」

 恭子は突然の質問に戸惑った。

「何時ごろなの?」

「そんなことわからないわ。息子とダーリンが帰ったら、としか聞いていないし、もう六時半を回っているから、早ければ、そろそろ始まるのじゃない」

「こんなことなんかしておれない!」

 思わず天美は腰をベッドから浮かして立ち上がった。それを見て、翔子が声を出した。

「どうしたの、急に起きて?」

「危ないの!」 

「何が危ないの!」

「だから、課長さんたち家族全員!」

「何を言っているの? よくわからないのだけど」

「わからなければ、わからなくてもいいから!」

 天美はそう答えると今にも駆け出そうと、驚いたのは二人である。二人は口々に、

「何をしてるの、けが人はおとなしくしないと」

「そうそう、あと少しで退院なのだから、ここは我慢ね」

 だが、天美は強引に部屋から抜け出そうとしたのだ。

「そんなことはさせないわ」

「そうそう、簡単には逃がさないから!」

二人は天美の腕をつかみ、その行動を押さえようとした。とそのとき、はたらいた弱善疏、彼女の弱善疏は、彼女の行動をさまたげようとか、捕まえようとする相手だけに発動するものである。この二人も、今回、はからずもそのような行動をしてしまった。

 弱善疏に墜ちた二人は、天美を押さえる行動を中止した。そのあとは、

「あら、外に出たいの、どうぞどうぞ」

「では、あたしたちも、もうすぐ帰るから」

 というような感じである。

「ごめんなさい、二人とも」

そして、天美は病室を出たのであった。


 出ると同時に、廊下の両側から、それぞれ目付きの鋭い男性が天美の方をちらっと見た。

 彼らは刑事なのだが、別に天美の見張りをしているわけではなかった。本日のフロア見回り担当で、フロア内で怪しい行動をするものがいるか見張っているのだ。

 彼女は今すぐにも駆け出したかったが、ある考えが頭をよぎっていた。

〈あの刑事さんたちに能力使って、ここから、立ち去ることなんて簡単だけど、そのときの行動は、ナースセンターから丸見えなのよね。さすがに、能力の存在までわからないかもしれないけど、また、その中の誰かが、わったし捕まえにくる可能性だって結構あるし。もう二度と、さっきみたいな後味悪いことしたくない。いや、そんなことじゃなく、わったしが逃げたと知ったなると、もっと恐ろしい可能性、出てくる!〉

その浮かび上がってきた想像に彼女は顔を青ざめさせた。だが、すぐに思い直すと、

〈そうだった、今なら、みんな、わったしが食堂に食事に行くと思ってる。ここはまず、その食堂の方に向かわないと〉

 と判断をした天美は、怪しまれないように食堂の方に向かった。

 当然というか、食事をするヒマなんてない状態であった。一刻も早く、下上警視正のもとに駆けつけなければならないのだ。彼女は、そのまま食堂の横を通り過ぎた。幸いというか、まだ彼女が病院から抜け出そうと気がついている人物はいなかった。

また、食堂方面に向かったのは、もう一つ大きな理由があった、その先には、エレベーターが。うまく行けば、怪しまれないようにエレベーターに乗り込めるのだ。

だが、そのエレベーターの扉は都合通りにはいかず閉じていた。

 天美はとっさに考えた、次の行動を、

 一つ目の行動は、ボタンを押してエレベーターが到着するのを待つ。だが、待つということ自体、時間の無駄だし、なにより、この階から抜け出すという意思を相手にあらわしてしまう。その待っている間、無事に刑事の目から逃げることができるのか。

 二つの目の行動はUターンをして階段に通じる扉口をあけることだ。待ち時間もなく、今でも実行はすぐできるが、刑事たちの目には確実にとまる。でも、その扉の場所はナースセンターからは裏側にあたり、そこから、絶対に見えない場所でもあった。

 彼女は二番目の行動を取ることにした。どうせ、刑事と一騒動起こすのなら、早く決着をつけた方がいいからだ。とそのとき、公衆電話が目に入った。

「あ、そうだ。まずは、このこと連絡しないと。うまく、いてくれるといいけど」

 とつぶやいた彼女は公衆電話に向かった。そして、カードを入れて通話を始めた。

 相手に重要な用件を伝え終えたとき、ちょうどエレベーターの扉が開いた。そして、中から、二人の人物が降りてきた。その結果、開いたエレベーターの中はからである。

 彼女は受話器を戻すと、反射的にそのエレベーターに駆け込んだ。

エレベーターが閉じた後、彼女は思っていた。

〈ふう、何とか、騒がれずにここまで来たけど。このあと、間違いなく能力使うことになるよね。でも、どんな強引なことしても間に合わせないと〉

と厳しい顔をしながら。


デネブと白取の通話は続いていた。デネブは会話をしながらも、盗聴装置から聞こえてくる声にも耳を傾けていた。盗聴器からは次のような下上夫婦の声が、

「これが、今夜のケーキか、おいしそうだなあ」

「そうね。ビル・アモンドのね。少し奮発をしたのよ」

「それは楽しみだな。では、夕食も終わったし、そろそろ始めるとするか」

〈ふふふ、こっちこそ楽しみですな〉

デネブがほくそ笑んでいたとき、軽い異音が入った。それは通話中、第三者からの連絡があったことを告げるツッツッという音に近かった。

〈おそらく、見張りからの連絡ですね。ということは、やはり、コァンフェセスが企みに気がついたということですか。ふふふ、そうでなくては面白くはなりませんが〉

 そして、受話器からも白取の声が、

「おーい、どうしたんだ? 聞こえているのか?」

「聞こえています。さっきから、ずっと、オブメンの動向を確認しているところですな」

「では、決行が近いということか」

「もう、誰も止めることはできなくなりましたし、日時、場所までは秘密にすることはないですから申しましょう。実は今、オブメンの自宅からすぐの場所にいるのです」

「自宅だと」

「はい、すでに帰宅をしておりますので、今回のオブメン、伴侶も警察官。コァンフェセスの担当ということですし、それよりも何も家で何を話しているかわかりませんからな。一家もろともということのほうが間違いない、ということで。かといって、規定のビジェー以外はいただきませんので、そこのところはご安心を」

 デネブの言葉に政治家は少しちゅうちょをしたが、すぐに、冷徹な顔に戻ると、

「それはこう都合だ。わかった、それで、うまくやれるのだろうな」

「任せておいてください。では、手前どもも、これで一応、通話を終わらせていただきます。結果はのちほど報告をいたしますので。それでは、よきお旅を」

 デネブはそう言って通話を終えた。


通話後、デネブは真剣な顔になった。そして、自分を鼓舞するようにつぶやいた。

「さて、ここからです。前回は失敗しましたからな。せっかく、ドンからいただいたデネブの名にかけましても、今度こそ、あ奴には大きな災厄を与えませんとな」

実は今回の案件は、むろんビジネスもそうだが、それよりも大きな目的があった。天美の依頼者一家を殺害することによって、彼女にショックを与えるのが本作戦であったのだ。

 そのためというか手はしっかりと打っていた。今回、オブメンとなる下上邸に、ベガを使って忍び込ませた、おもちゃ型筐体には幾重からの仕掛けが仕込まれていた。

まずは盗聴器、これは、相手の様子を探るものだ。

 次に爆弾、小型ながらも家一軒は軽く吹き飛ばす破壊力を持っていた、爆破方法はリモコン、遠隔操作でいつでもオブメンを爆殺できる代物である。

 それとは別に、この筐体には、もう一つ怖ろしい仕掛けがあった。一旦、そのスイッチが入ると、半径五メートル以内に携帯電話等の着信電波をキャッチした場合、これまた爆発する仕様にもなっていた。つまり起動後は、メールが来ても、バイブ仕様で着信音が鳴らなくても、筐体が電波をキャッチした時点で爆発をするのだ。

固定電話は、その限りではないのだが、そのときは、盗聴器から着信ベルの音が聞こえてきた時点で、リモコン爆弾の起動ボタンを押せばいいことである。

以上のようなことで、電話メール対策は完璧であった。

 デネブは心中でこう思っていた。

〈あとは、あ奴のお手並拝見といきましょうか。過去のことを忘れて、オブメンに慌てて連絡を取る、さような無粋な真似だけは本当にやめてもらいたいですな。意趣返しとしては一興ですが、せっかくのパーティのプレゼントが無駄になりますからな。愚かものの選択としては、それは、それでよしですが〉

 デネブの言葉から見て、どうも、爆殺は本意ではないようだ。爆発が起きるということは、必ずその何者かが裏にいて、それを、仕掛けたという痕跡が残る。

 また爆破自体、反政府テロリストが、しょっちゅう使うような安直な方法でもあるのだ。 つまり爆殺は、結社にとっては失敗をしたときの、いわば保険のようなものか。デネブは、ボタンを押しさえすれば目的を果たすことができる状況なので、大きな余裕があった。


 そして、次の展開が盗聴機のスピーカーから始まった。

「五本のろうそくに火がついたね。さあ、そろそろ始めようか」

 警視正の声が聞こえた。この様子では、まもなく始まるパーティソングが死を招くことになるとは、まったく気がついてないようである。

〈結局、この時間まで、あ奴は現れませんでしたな。駆け込んできた、あ奴ごと爆破というのも、ある意味、面白い試みでしたが、やはり、本作戦が筋ですか〉

 デネブは、そう思いながら頭の中で作戦について確認をし始めた。

今回の真の手段は、パーティのプレゼントと称したガスを使った毒殺であった。

 無味無臭なのだが、殺傷力はものすごく高く、致死量は一グラム以下、ほんの少しでも鼻に入れば、たちまちに窒息症状を起こし、呼吸不全となり死に至るというものだ。

 ただ活動範囲は狭く、噴射地点から半径にして二十メートルが限界なのだが、もし、その場所が部屋のような閉鎖空間の場合、中にいる人物は、それなりの防護マスクなどで防御をしていない場合、ご多分にもれなく百パーセント死ぬことになる代物でもあった。

 この毒ガスを用いることは、結社にとっても大きな意義があった。

 アトゥラスタは、もともと毒殺で名をはせた結社であった。古今東西のありとあらゆる毒を駆使し、殺人の痕跡を残さないようにオブメンたちに突然、死を迎えさせる。それは、第三者から見れば食中毒か心臓麻痺に見えるからだ。

そして、結社には、もう一つ大きな特徴があった。天美の述懐どおり、第三者つまりエクスメンを介在させて、暗殺つまりフスを実行するのだ。

 そのエクスメンこそが、今回、下上朋昌警視正の愛娘である萌であった。

 さて、どのような方法で、エクスメンを利用するのであろうか。そのカギとなるのは、誕生日の歌、ハッピーバースデーソングだ。結社が仕掛けた暗殺キーは、これを歌うときに必ず出てくる四回のハッピーバースディという言葉にあった。

 今回、殺害に用いる筐体は、液晶画面がついたタマゴ型の電子機器だ。筐体の中央にはハート型の液晶画面が表示されており、その液晶画面の上部には、左から順番に丸形、星型、四角の形のボタンが三つ並ぶようについていた。

 これは、そのまま、変身ヒロインのアイテム仕様と同じものなのだが。この三つのボタンを四回ある順番に押すと、光や変身音ではなくて毒ガスが噴出されるのだ。

 三つのボタンはエクスメンが、ハッピーバースディという言葉が耳に入るたびに押すように命令がされていた。一行目で最初のボタンが押され、四行目のハッピーバースデーの歌詞と同時に、最後のボタンが押されてガスが排出する仕組みである。

ある意味、まわりくどい方法なのだが劇的な手法でもある。ボタンは三つあっても、一種類の順番しか発動しないので、事前にガスが発射されることはない。まかりまちがえてオブメンがいないところで発動されることはないのだ。

 結社は、今回の作戦にあたり、下上家のことを細かく調べ上げていた。

 毎年、一般家庭と同じように、誕生プレゼントを用意して、バースディソングを歌うことを。今年もまた、人数がそろったら、それが必ず行われることを、そして、肝心な誕生プレゼントは、まだ購入をしておらず、当日、祖父が媒体になる少女と一緒に買いに来ることも、すべて調べ上げていたのだ。

 もし、バースデーソングを歌うことが中止になったときでも、リモコン爆弾がある。

 以上のことから、この状況で、今回の作戦の失敗はまずは考えられなかった。

 筐体が下上宅に持ち込まれ、そのスイッチが入った時点で、オブメンの生殺与奪の権利は、結社が完全に握っていた。

 本来ならば、オブメンが帰宅した時点でリモコンボタンを押せばフスは完了していたのだ。ただ、劇的に盛り上げるために、それを引き延ばしていただけで、

 そして、下上家では、何も事情を知らない警視正の発声ととともに、死を告げるバースデーソングが始まっていた。

 ハッピーバースデー ツューユーと

〈いよいよ、始まりましたね。あの世への歌が。これで、あの憎きコァンフェセスも依頼者が消されて、地団駄を踏むことになりますな〉

 バースデーソングが始まったとき、デネブは作戦の成功を確信していた。




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