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Confesess-7 16

第十六章


 スクールに警察の捜査が入り、慌てた白取は、すぐさまデネブに連絡を取った。

 といっても、相手は謎の結社の人間、直接につながるわけではない。まずは、着信があったことを伝えるだけである。それにより、相手の方からかかってくることになっていた。

そのデネブからの返信は二日後にかかってきた。

「先生ですな」

 着信ボタンを押すと、デネブのねっとりとした声がした。

「君か、待ちかねたぞ、今、まずいことになっている」

「どうも、さようのようですな」

「何、のんびりとしたことを言っているんだ。大変なことなんだ!」

 白取の興奮した様子に、

「まあまあ、さような大きな声では、周囲の人たちが何事かと思いますよ」

 相手はすました態度で応対をしていた。ハッとなった白取は、

「そうなのだが、だが、周囲には誰も居ないぞ」

「さような過信がよろしくないのです。やはり、お声はひかえめにされた方が」

「わかった、そうしよう。確かに重要な用件だからな」

「存じでおります。あなた様が怒っているのは学校のことですな。何でも、手前どもと話をしていた、その日に警察に入られて、秘密のデータがごっそり持っていかれたとか」

「そうだ、その通りだ」

「それはそれは、お気の毒なことでしたな、ですが、もとをただせば、あなた様が、のんびりしておられたからではないでしょうか。コァンフェセスの件から何日たっておられましたか? 一週間ぐらいはたっていたと思われますが」

 デネブの、いやみっぽい口調は相変わらずである。

「それは、そうなのだが、いくら何でも、あのスクールを急に閉じるということは、そんな簡単にはできないものなんだ」

「おや、そうなのですか」

「経営というものは、そういうものなのだ。急に閉じたら、生徒からの訴えもそうだが、監督官庁からも厳しいおとがめがくる。今回だって、和解金を払ったり、いろいろな方面に手を回して、ようやく休校にこぎつけたのだよ」

 白取の応答にデネブは心中では、

〈監督官庁がこわいですか。だから、日本人は愚かなのですよ。そんなもの、その気になればどうとでもなりますのに。もうしばらく、息子をもうけさせようと思った甘い心があったからこそ、このような目にあっているのがわからないのですかな〉

 と思っていたが、さすがに、そのような返答は口に出すことはできないので、お茶をにごすように次の言葉を続けた。

「なるほど、手前どもには理解ができませんが、そういうものなのですなあ」

「わかってもらえたらいいんだ。それより、問題はな、デネブ君、確か君は前に、あの小娘は、『まだ警察の聴取を受けられる状態ではない』とか、言っていたはずだが!」

「確かに、そのように申し上げましたな」

「それでは、どうして、こういうことになるんだ?」

「一番に考えられますことは、あ奴が事故で入院をする前に、すでに、誰かに報告をしていたということですかな」

「誰かだと?」

「あ奴の友だちですか。出来事を面白そうにお話をしたのではないですかな。あれぐらいの年齢の子だったら、まずはそうするでしょうな。それが、警察の耳に入ったと」

「冗談ではない。そんなことぐらいで警察が動くわけはないだろう」

「さようですな。では、あ奴の雇い主がいたとしたら、いかがでしょう」

「雇い主だって?」

「やはり、そこまではご存じではなかったようですな。手前どもの調べでは、コァンフェセスは、ある人物に頼まれて学校に潜入をしていたと思われるのですよ」

「ある人物とは誰だ?」

「それをお答えする前に、一つ確認をしておきたいのです。今回、学校から流れた資料ですが、簡単に解析ができるものなのでしょうか」

「解析とは、暗号とかパスワードのことか」

「さようです。当然、そのような手を打っておられますな」

「当たり前だ。データは、いくつかの複雑なコードがかけてあり、それを解読しない限り、絶対に第三者が見られないようになっている。責任者の話によると、警察の捜査能力ぐらいでは破ることができないということだ」

「でしたら、何も心配することはないですな」

「そういう問題ではないだろう。持っていかれたことがしゃくにさわるのだ。それに、何度もいやな夢を見たしな。わしは、それが、一番いやだったのだ。だいたい、君たちが、失敗をしたから、こういうことになったのだろう」

「誠にもってそうですな。では、いかがいたしましょう」

「悪いと思ったら持っている情報を、もったいぶらずに教えることだ。今回の小娘に命令をしていた人物は誰なんだ?」

「命令もそうですが、今回、学校の資料を持っていった人物ですな」

 デネブの話し方は、相変わらず回りくどかった。

「同じ事だ。そいつは何者なんだ?」

「さようですな、この先、重要な話になりそうな人物ですから、まずは、報告をしておきましょう。警察庁外事部国際刑事課長の下上という男です。警察内では優秀な人材という噂ですな。将来のトップ候補と申しますか」

「ちょっとした人物だな。それがこの先、重要なのか」

「大変、重要ですな。あなた様にとって、かなり、危険な存在といいますか」

「危険とはどういう意味だ?」

「この男、どうも、パスワードや暗号解読に関しては特殊なルートを持っているようですな。手前どもの調べによりますと、国際的なシンクタンクの一員ですか。インターポールでも講師として呼ばれたこともあるとか、あとは・・」

 デネブは前置きを言うと、下上警視正の経歴について説明をした。その説明を聞き終えた白取は顔をしかめると思わず声を出した。

「それは、まずいな」

「確かにまずいですな。学校のデータが、どれほどのものか存じませんが、もし解読されるようなことになったら、それは、あなた様が一番わかっているはずです」

「な、何とかならんのか!」

 白取の声は震えを帯びていた。その感覚を楽しむようにデネブは声を出した。

「そのために手前どもが存在するのです。それも、ビジェーしだいですが」

「高いだろう」

「それは、言わずもがなですな」

「とにかく、言ってくれ」

「では、申し上げます。今回のビジェーは○○ですな」

 そして、デネブは金額を口に出した。その金額に思わず白取は、

「さすがに、それは無茶だ!」

「ですが、このままいくと、あなたが総理ということになるのですね」

「そうとは限らない。あくまで、わが党が政権担当政党になるだけだ」

「同じ事ではないですかな」

「いや、力は弱いが対立候補がいるにはいるのだ。そいつが、現与党の一部と組んで、首相の指名選挙に乗り出してくる可能性はゼロではないんだ」

「首相の指名選挙ですか。どこの国もそうですが、あれは、簡単にはいかないものですな」

 デネブは思い出したような口調で声を上げた。実際、以前に、二位三位連合が組まれて、もくろみが失敗したことがあったからだ。

「そういうことだ、相手の出方しだいでは、選挙後、非常にまずいことになる」

「そうなると、より、こたびのフスは、あなた様にとって必要ということになりますな」

「しかし、ここまでの金額となるとさすがに」

「無理ですか。ですが、話を聞いておりますと、妥当だと思われますが」

「普通なら何とか出せるのだが、総選挙が控えているんだ」

「そうでしたな。あなたの国の議員の選挙が近々ありましたな」

 デネブはそう答えた。そこまで、しっかり調べてあるのだ。

「頼む、選挙には金がかかるんだ。分割にして欲しい」

「分割ですか。前払いのですか」

「前払いはいくらだ?」

「お忘れですか、提示額の半額です」

「やはり、無理だ」

「でしたら、この話はなかったことに・・」

「デネブ君!」

ここで、白取はとがめるような声を、

「何でしょうかな?」

「君のところは、一度、失敗をしているのだよ。そのときの前金は返ってきていないが」

「申し訳ありませんが、規則ですからな」

「そういう問題ではないだろう。その失敗によってわしは困っているんだ。もう少し、誠意を持って応対するのが筋じゃないのか」

「と申されましても、手前どもの立場があります」

「そこを何とかならんのか」

「わかりました。上に掛け合ってみます。お時間を少々いただきたいのですが」

「どれぐらいだ?」

「半日というとこでしょうか、ではまた、そのときに」

 と言って相手、デネブは電話を切った。


デネブとの通話を終えた白取は、持っていた携帯をにらんでいたが、すぐに、別の相手に通話をするため、再びその通話ボタンを押した。

 しばらくの呼び出し音のあと、その相手の声がした。

「先生ですね」

 ウォルである。そして、白取は、さっそく、次の言葉を、

「そうだ、ファミョンはどうしている?」

「ご子息ですか。普通に生活していますよ。職場を失ってしまいましたので、少々荒れ気味でしたが、それも落ち着いてきましたし」

「そうか、よかった。何度も言うが、あと少しの辛抱だと伝えておいてくれ」

「わかっていますよ。それより、大事な用件があるのではないですか。もう、すでに情報が入っていますよ。あそこに、警察の手が入ったことは」

 やはりウォルとしても、白取の窮地を理解しているようである。

「そうだ、そのためにかけたのだった。それで、押収されたデータだが、本当に大丈夫だろうな。パスワードは警察には破れないと豪語していたようだが」

「むろんです、日本の警察ごときの力では、とうてい無理でしょう。前に申した通り、無理に解析をしようとすれば、データ自体が消失する仕様になっております」

「でもな、君から紹介された、あの男、デネブにいやなことを言われてな。仕事をもらおうとして脅かしをかけただけかもしれないが」

「何か、そういうことがあったのですか?」

「そのことだが、下上という男を知っているか、そいつが今回の捜査責任者らしいのだが」

「えっ、よりによって奴だったんですか、そ、そうなりますと話がちょっと!」

 相手の名前を聞き、ウォルは大きく反応した。

「やはり、知っている男なのか?」

「ええ、外事の高官でしょう、有名ですから、同胞たちの間ではいろいろな意味で」

「厄介な男なのか」

「ある意味そうですね。国際警察に大きなパイプを持っていますし」

「デネブも似たようなことを言っていたな。それで、そいつが、ファミョンのところに内偵というか、スパイを送り込んでいたということは知っていたのか」

「な、な、な、何ですって!」

「デネブの話だと、殺しそこねた小娘は、そいつの送ったスパイだったみたいだ。その小娘は事件が起きる前に、そいつにファミョンのところで起きたことについて報告をしていたということらしい。だから、あの小娘が口をきけなくても捜査が入ったのだと」

白取はそう説明をした。だが、相手は無言である。凍り付いたように返答がなかった。

「どうしたんだ。急にだまって」

「どうしたもこうしたもないですよ。もし、それが本当なら、あなた、非常にまずいですよ。その下上という捜査官は、すでに、あなたとユン君の関係を知っていた可能性があります。その証拠がつかめないので、まだ、あなたの手に捜査が及ばないだけで」

「おい君まで、わしを脅かさないでおくれよ」

「脅かすつもりは、まったくありませんよ。下上という男は、それぐらいの切れ者なのです。奴はすでに、ユン君と先生に目をつけていたのです。だからこそ、スパイが送り込まれたということがわからないのですか!」

「ま、まさか!」

 白取の顔が青くなった。そこまでは、さすがに思いつかなかったのか、

「奴は世界の警察機構に顔が広いですから、その気になったら、色んなつてを使ってパスワードを解析しますよ。それだけのことができる男ですから、さっそく、手をうたないと」

 ウォルの言葉のトーンから見ても大変な事態のようである。

「そのことだが、すでに、君が紹介した結社から誘いが入っている」

「それは、よかったですね。あそこに任せておけば大丈夫でしょう」

「とは言えないだろう。一度、失敗をしているのだぞ」

「あれは特別ですよ。思ったより相手の生命力が強かっただけですし、逆にいうと、次は汚名返上という気迫でくると思いますが。何でもそうです。失敗をしたからこそ、次こそは確実に行動をする。そういうものです」

「それにしては、やはり高すぎる」

 と白取はデネブに言われた依頼料金をウォルに言った。

「確かに、それは法外な金額ですね。ですが、相手が相手ですので、ある意味、先生の夢を実現させるのには、それぐらいの価値があるのかもしれませんね」

「だが、今は無理なんだ。選挙に使わなければならない」

「では、奴の排除についてはあきらめるということですか!」

「仕方がない。今、それだけのお金を使ったら党が持たない」

「何を言っているのですか。あなた、奴をなんとかしないと、どっちみち党はおしまいですよ。あなたとユン君との関係が白日にさらされるのですから」

「そうなると、わしはどうすればいいのだ? 今回は君たちの方から都合ができないか」

「えっ、ぼくたちの方からですか」

「そうだ、何とかできないか。わしも正念場だが、君たちもそうだろう。むろん、立て替えた金額については、わしが総理になったら返すつもりだ」

 白取の言葉を聞きウォルは考えていた。そして、次の言葉を、

「わかりました。本部のほうに相談しましょう」

「今は返事をもらえないのか」

「さすがに金額が金額ですので、今は決められません。でも、先生の夢は、ぼくたちの描いた世界につながりますから、良い報告ができるようにします。少しお待ち下さい」

彼はそう言って通話を終えた。通話後、白取は思っていた。

〈どいつもこいつも、上に相談をしなければか。まったく、自分で決められないのか。どの業界でも似たようなものだな。しかし二人とも、下上という男は要注意人物だとも言っていたな。これは、わしの方でも調べないと〉


次の日、白取の携帯に結社からの連絡が入った。通話ボタンを押すと、

「先生ですか、お待たせいたしましたな」

 電話からの声は予想通りデネブだ。

「君か、それで、例の件は?」

「ウォル君のところから話がありましてね。先生は、これからの日本には必要な方だから、何とかしてやってくれないかと、それでドンも、そのことについて考えたのですよ」

「それで、その結果、どうなったんだ?」

「それですか、いやあ、これはまあ、あなた様にとっては最高の条件となりましたな。何と信じられないことですが、今回のビジェー、ドンのご決断で、前に提示をした十分の一でよろしいということになりました」

「十分の一だと、それは本当か!」

「ただし、手前どもの条件を、いくつか聞いていただくのが前提となりますがな」

「そ、その条件とは? わしに、できることか」

「ある程度はご想像がつくと思いますが、あなたが国のトップになられたら、手前どもの活動をしやすくしていただければよろしいのです」

「入国とかそういうことか」

「詳しいことは、手前どものドンと直接にお話をしていただければということで」

「君たちの親分と、どうやってだ?」

「それは、むろん、手前どもの国へ来ていただくことになりますな。さすがに、ドン自らが、日本に入国することは無理ですからな」

「それは、どうしても必要なのか」

「それが、今回、お安くするための必要な条件ですな。ドンに会われる日程の方は、あなた様に決めていただければ結構です。ただし、一度、日にちを決められましたら、変更や中止は絶対にきかないものだ、と思ってもらわないといけません」

「それはきついな。天候などで飛行機がでない場合はどうなるんだ?」

「その場合は別です。あなた様の都合での変更がきかないということです。これは、もう絶対ですから、くれぐれは、お忘れないように」

「わかった、それで、わしが行って命の安全はどうなんだ?」

「百パーセント大丈夫です。現地でドンの条件をお断りしても何も起きません。さようなことで怒られる方ではありませんからな。ただし、お断りをしますと、ビジェーは以前、提示した通りとなります。そこのところを、よく理解をしていただければと思いますが」

 デネブにそう言われ白取は考え始めた。そして、結論が出たのか次の返答を、

「それで、行く日にちは、あとで通知をすればいいのだな」

「さようですな。明日までに教えてもらえば結構です」

「明日か、ちょっと早いのではないか」

「一日あれば充分でしょう。現在、あいている日程に入れればすむことですから。むろん、そのあとは、決して、予定を入れてはなりませんぞ」

「それで、滞在期間は何日だ?」

「飛行機のフライト時間を合わせて四日ぐらいですか。最低、それぐらいを見てもらわなければなりませんな」

「わかった、明日には報告できるようにする」

「では、もう一つの条件に移りましょう」

「そうだ、まだあったな。難しいことではないだろうな」

「こちらの方は簡単です。あなた様に、やはり再び、コァンフェセスに対するクラメンになって欲しいのです。それで、あ奴のフスのビジェーはこれぐらいでと」

 デネブはそう話を持ち出してきた。やはり、どうしても、天美の始末をあきらめないという気持ちの表れなのだろう。そして、白取もその提示額を聞き思わず、

「これはまた安いな。ただ同然だ!」

 という声を。提示額は日本円で一万円ぐらいか。

「アフターサービスだから当たり前ですな。ほんの、おしるしとしていただくだけです。つまり、あ奴の命の値段は、それぐらいということですな」

 デネブは相当うらみがあるのか、憎々しい口調であった。

「ただ、それには、わしの方からも条件がある。君たちの報告では、その小娘は、入院中で、現在、警察の監視のもとにおかれているのだろう」

「さようですな、あなた様が渋られたので、前の病院のときは違い、今回は警察病院ですからな。襲撃の兵隊をそろえるためには、実際、かなりの出費となりますな」

「やはり、そういう大事になるのだろう。前も言ったと思うが、テロとかの緊急事態との理由で選挙が大きく延期となったら目も当てられないからな。それまでには事をおこしたくない。そちらの契約は、わしが総理になったあとにしてほしい」

「承知いたしました。実は手前どもも、その方針でいたのです。今の警備の状況では、相当、手荒なことをしなければなりませんからな。あなた様がトップに立たれた場合は、そのあたりの抑えもきくでしょうし、うまく、処理していただけるかと。以上が、手前どものお願いですが、よろしいですかな」

「問題ない。それで、本命の下上とかいう役人のフスというか始末の方は、いつなんだ?」

「ドンとの話し合いのあとになります。ですが、それでも大丈夫なのは、あなた様もご存じでしょう。日本という国が手前どもの調査通りのお国でしたらな」

 デネブはそう意味深な発言をした。結社は調べていた。政権選択の総選挙前には、殺人などの凶悪犯罪ではない限り、政治家までには捜査の手が及ばないことを。

「わかった、それでいい」

「では、明日、この時間にかけさせていただきますので、日程のほど、よろしく。決して変更や中止はききませんので、よくお考えて返事をお願いします」


こうして、結社のドンとの謁見日は二十五日と決まった。それが、今回の解散によって選挙日と重なってしまったのだ。

 与党が解散を決めたその日、白取は、すぐさまデネブに連絡を取った。だが、幾日たっても、その返答はこなかった。そして、今日を迎えたのである。

回想をし終わった白取は、思い出したように携帯を取りだし、その通話ボタンを押した。やはり、どうしてもデネブとの話が必要だと感じたからだ。

そして、その反応はすぐにあらわれた。約一分後にそのデネブから連絡がきた。

「先生ですな」

「そうだ。どうして、すぐに、連絡をしてくれなかったんだ」

「すぐというのは五日ほど前の電話ですな」

「それだけではないぞ。二日前もかけたはずだが」

「さようでしたか、手前どもに都合がありましてな。それより、今回のあなた様の用件はわかっておりますよ。バンザイですな。これはなかなか」

デネブは面白そうなものを見るような口調で答えた。

「見ていたのか」

「あなた様から連絡がきたとき、すぐに何か起きたかと思い、事情を調べました」

「だったら、わしの言いたいこともわかるな、例の約束日のことだが」

 白取の言葉を待っていたかのようにデネブは、トーンを不気味に上げた声で、

「まさか、お忘れになってはおられないでしょうな。一度、決まった日程は、あなた様の都合では決して、変更や中止ができないということを」

「それはそうなのだが、そこを、何とかしてくれないか」

「ドンも色々と予定をいれましたので。さようなことは、確か念を押したはずですが」

「しかしな、わしとしても色々と言われているんだ。日程を変えろとか、中止にしろとか」

「それは、あなた様の都合ですな。手前どもには関係がないことです」

「とにかく、あのときは、まさか、こんなことが起こるとは思わなかったんだ」

 白取は言い訳がましく言葉を続けたが、相手は、ひかなかった、

「世の中、えてして、そういうものです。自分の思わぬことが起きる。そこを、考えて行動をしなければならないのです。しかし、日本の政府もやるものですなあ。あなた様の弱いところを、きちんとついてくるなんて」

「感心してもらっちゃ困る。わしは本当に困っているんだ」

「もし、お約束通りの行動をなされますとどうなりますかな?」

「間違いなく選挙には大きな影響が出る。まずは選挙中の外遊を国民はよくは思わないだろう。与党からも、『無責任、政権をになう資格がない』と攻撃の材料になる」

「では、あなた様の党とやらも、政権を取れなくなるのでしょうか」

「さすがにそこまではないが、だが、五分ぐらいは確実に影響がでる」

「ほお、ごぶですか、となりますと」

「約十五人だよ。今回のわしの外遊で当落線上の彼らが落ちるかもしれないと思うと、やはり、心が痛んでしょうがない」

「でも、それぐらいですむなら大したことではないですな。あなた様の身にくらべれば」

 デネブは意味深な言葉を言った。思わず白取は尋ねた。

「どういうことだ?」

「言葉通り、あなた様の身ですよ。ドンの立場としましても、要求を断られるのはビジネスの話が合わなかったですみますが、さすがにキャンセルとなりますと、今後の示しがつきませんので。すっぽかしではないので命までは取られませんが、身体の一部はなくなることを覚悟していただきませんと。フスは規定のビジェーで引き受けはしますが」

「わ、わしを脅かすのか」

「いかように取ってもらっても結構ですが、ドンとの約束とは、さようなものですので。二十五日は特に気をつけていただかないと」

「では、わしは、どうすればいいんだ!」

 思わず白取はイスから立ち上がっていた。

「お約束を守っていただくことです。それが、あなた様にとって一番ですからな」

デネブの言葉を白取は頭で考え始めた。そして、結論が出たのか了承の言葉を、

「そうだな、確かに約束が一番だ。これからの信頼関係が大事だからな。当落線上のものは気の毒だが、それだけの力しかなかったということで、あきらめることにする」

「賢明な判断ですな。でしたら、手前どもからも提案があります。今回のフスですが、特別に、あなた様がドンに会われる前に実行をしようと思っているのですが」

「そんなことができるのか」

「少々、事情が変わりましたので、実は手前どもの調べで、下上というオブメンですが、現在、イスラエルに在駐していることが確認できました」

「イスラエルだと」

「これは、本格的にパスワードを解析するつもりですな」

「そんなことをされたらわしは!」

「ですからこそ、フスを早めないといけないのですな。実は、今回のあなた様の事情につきましては、すでに、ドンと話し合っております。約束を守ってもらえるなら、ドンが用意した飛行機の予約を持って前金とすると」

 デネブはそう答えた。これがあったからこそ、電話の返事がおくれたのだろう。

「それはありがたいが、今一つ、のみこめないな」

「では、補足の説明を、アメリカから、わが国に向かう飛行機会社に手前どもの手のものがおります。その男に前金を払ってもらえば、今回のリートは成立となります」

「本当に、そんな簡単なことでいいのか」

「あくまで例外となりますが。今回、あなた様にはマイナスを与えてしまったのですから、少しはいい気分でドンと面会をしてもらいませんと。それが、手前どもの誠意だと思っていただければよろしいということで。これで、もう安泰ですな」

「そんなことを言って大丈夫なのか。相手はイスラエルにいるのだろ」

「さて、どうですかな。おそらく、パリにある国際警察に立ち寄ると思われます。パリでしたら、手のものが何人か潜伏をしておりますので、もしかしたらフスは可能かと」

「でも、そうなると、ビジェーと言ったか、あれの方は?」

「心配されることはありません。お約束通りの十分の一から変わっておりませんので。手前どもは事情が変わろうが、値上げすることは決してありません」

「それは本当にありがたい。何にしても、選挙前に決着をつけてくれるのだな」

「むろんです。手前どものメンツにかけても、次こそは確実に成功させましょう!」

 デネブはそう力強く答え、その通話は終わった。

通話後、白取は満足そうな顔をすると、身体を再びイスに沈め目を閉じた。もう当落線上の議員のことは頭にはなく、選挙後の自分のことを夢見ているのか

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