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Confesess-7 15

第十五章


 その日、国会議事堂内のある部屋内で、国民生活党、白取和之総裁がつぶやいていた。

「色々あったが、ついに、ここまで来たか」

 そこは、国民生活党に割り当てられた部屋の一つで、党首専用室になっていた。

 彼は部屋に用意してある。ソファ仕立てのイスに身体を深く沈めた。材質は、宇宙船にも使うような超近代合成樹脂、時価百万はゆうに超える、くつろぎ専用の椅子だ。支持者から寄贈してもらったもので、彼のもっとも気に入った私物の一つであった。

彼は感慨深そうな顔をしていた。ほんの十数分前、衆議院本会議で解散のみことのりを受け、その解散の決議がされたところなのだ。

所属政党はもとより、連立を組む予定である友党の議員たちは、皆、喜色満面の顔をして万歳三唱をしていた。若手議員は天下を取ったような気持ちになり、中堅やベテラン議員は、選挙後の自分の大臣姿を想像しているのか、

 逆に与党議員の方はというと、から元気の状況であった。実績のない若手議員は、半ば絶望をした顔をしていた。心中では殺人容疑で逮捕をされた先輩議員たちを恨みながら。

 若手でも二世、また、古参の議員たちも、頭の中では、どうやって地元で党の起こした不祥事について、その釈明をしようかという考えで一杯であった。一刻も早く地元に戻って票固めに動くのであろう。

 万歳が終わり議員たちが帰り支度をし始めた。そして、議場から出ようとしたとき、

「おつかれ、かずさん」

 後ろから声をかけてきた初老の人物がいた。

 振り向くと、同期当選組で新党結成のとき、一緒に与党から離脱した笠川副総裁だ。与党時代、いや今でも腹を割った同僚ともいえる人物で、彼の功績もあり、与党から、三十数人の議員が新党に参加をしたのであった。

 また、参議院の方も彼の息がかかった人物が十人ほどおり、総選挙が終わった後、国民生活党との合流を発表をする手はずであった。その笠川は、

「なあ、和さん」

 と再び名前を呼ぶと、そのあと、難しい顔を続けながら言葉を続けた。

「今回の外遊の日程のことだが、こうなってしまった限り、何とかならんかね」

「そうはしたいのだが、なにぶん、相手がいることだからな」

白取は、そのように答えるしかなかった。そう、外遊日程を断るという事は・・・

 政治家の頭の中にはねっとりした声が、こだましていた。

 笠川副総裁は、その気持ちを知ってか知らずか、次の言葉を、

「でも、そこのところを何とかと頼んでいるんだ。やはり、開票日に総裁殿が場にいないのは、どうにもしまりがつかんと、みなが言っているしな」

「それぐらい、わかっておる。だが、本当に向こうは国際的な大物で、日程を変えるのは難しいのだよ。そこを、間違えると将来の国益を損なうことになる」

 白取の返答を聞きながら、笠川は思っていた。

〈たかが中南米の指導者に会うぐらいのことなのに国益とは恐れ入った。これは、噂通り、大きな秘密を向こうににぎられているな。与党側がアキレス腱と騒ぐように〉

 だが、そんな言葉を表には出せないので、

「それでも、何とか掛け合ってくれ、最後の追い込みのときに、和さんが居ないといるとでは、やはり差が出るからな。当落線上の奴らは必死で頼んでいるんだ」

「どうしようもないんだ。調査によると、現職は、ほぼ全員通る状況のはずだ。新人も百人ほどは通りそうだし、わしの外遊ぐらいで落ちるのなら、それだけの力ということだ」

「それを言ったらダメだろう。和さんに言うのも釈迦に説法かもしれないが、選挙はふたを開けないとわからないと言われている。今回は与党はなりふり構わずだ。それに、殺人事件を起こした奴らだ。飛行機が向こうに無事に到着という保証だってない」

「おいおい、さすがにそれは!」

「むろん、そんなことはありえない。だが、選挙は何が起きるかわからない。そのことを、しっかりと肝に銘じて考え直してくれるとありがたいが」

「わかった、そこまで言うなら、連絡がつき次第、先方にかけあってみよう」

「では、いい返事を頼むよ。みな、和さんの終盤の大演説を期待しているのだからね」

 笠川はそう言い残し、本会議室を出て行った。

そのようなことが先ほどあったのだ。そして、再びイスに身体を沈めながら、これまでの、いきさつを思い浮かべようとしたとき、外からドアをたたく軽いノックの音と、

「今、よろしいですか」

という声が聞こえた。その声の主も何度か聞いている人物である。

「友さんか、どうぞ、入ってくれ」

 白取が返事をすると、その友成が入ってきた。年齢は七十三、だが、気はものすごく若いのか、目がらんらんと輝いていた。その友成は入ってくるなり、

「いやあ、ついに、この日が来ましたなあ」

と紅潮した顔で声を上げた。反射的に白取は声を上げた。

「まだ、この日ではないだろう。解散だけで政権を取っていないのだよ」

「もう、取ったも同然ですよ。何にしても、これで国民たちが、王野の支配下から解放されたと思うとホッとしますよ」

 いきなり支配下とは、何か言葉遣いがおかしな人だ。

 友成義一書記長、もとは二十年以上、野党、国家党の党首を経験した人物であった。非常に革命思考が強く、今もスキがあれば政府転覆を夢見ている人物でもあった。

「だから、まだ決まっていないんだ。選挙は最後までわからないものなのだよ」

「またまた、そんなことを言って、与党の支持率を知っているでしょ。十数パーセントですよ。対して、我が党は四十パーセント以上、勝負になりませんよ」

「逆に言うと、半分以上が支持をしていないということなのだが」

「それは、言葉のあやですよ。投票率は過去最高になるでしょう。政審会長の事件はもとより、大臣が二人も殺人事件を起こしたのですからね」

 その言葉を聞きながら白取は思っていた。

〈君だって、若い頃は、さんざんリンチ殺人事件を起こしていたみたいだな。それに、安保闘争のときだって、あちこちで派手にやらかしているくせに、そういうことは、資料から判明をしているのだよ、泳がせてもらっていることを知らずに、のんきだな」

そちらの方も、面と向かっては言えないので話をそらすことに、

「しかしね、知っているだろ。選挙当日、わしは、ここにはいないのだよ」

「ええ、聞いています。セサル大統領閣下にお会いになられるのでしょう。ホルヘ将軍閣下とも、いやあ、うらやましい限りです」

 友成はそう答えた。二人とも中南米の社会共産主義、絶対的指導者の名前である、本来の目的は、この二人に会うことではないのだが、カモフラージュとしては必要であった。

「あのね、なぜ、うちの党の名前が国民生活党か、考えてもらわないと困るよ。私たちは、中南米の誰とかではなく、国民の下で行動をするのが信条だからね」

その言葉に友成は少し興ざめというか鼻白んだ顔をしたが、すぐに、

「そうですね。そうでしたね。いやあ、政権奪取が待ち遠しい。そうだ、わが同志、ゲバラ氏の何か、形見のようなものがありましたら、おみやげ代わりにお願いしますよ」

と言いながら部屋を出て行った。


「まったく、困ったお人だ。いつまでも革命家きどりというのは」

 白取はつぶやきながら、仕切り直すように再びイスに身体を沈めた。

 そして、これまでのいきさつを頭に思い浮かべた。

 真っ先に頭に浮かんできたのは、やはり、今から三十四年前の初外遊であった。そこで、息子であるユン・ファミョンの母、ユン・チャオマーに出会ったのだ。

 あのときを思い出すと彼の身体は今でも火照ってくる。当時、白取和之は二十六才、当選一期生、与党で派閥の実力者、倉橋康平の海外視察のときのお供の一人であったのだ。

 彼の父親、白取浩之は、外務大臣に登り詰めた大物で、体調不良により、前回の選挙のとき、地盤を息子の和之に譲っていた。

 現在、国会対策委員長の倉橋議員は、その浩之の直近で従えていた人物である。和之の地元、兵庫とはとなりの岡山選挙区で、家族ぐるみのつきあいをしていた。

 学生の時にヨーロッパ留学をしていたが、アジア訪問は初めてであった。見るもの見るものが新鮮で興奮を抑えられなかった。

ホテルの部屋は倉橋委員長と同室であった。だが、その倉橋も党の要職者、非常に多忙の身である。ホテルに荷物を預けると、約束の人物と会食をする予定があったのか、すまなさそうな顔をして外に出て行った。

 先輩議員たちも夕食がてら街に繰り出していった。和之も一応は誘われたのだが、やはり唯一の一年生議員、どうしても気後れがして合流することができなかったのだ。

 彼らも、議員の座を譲ったものを、まだ党内に大きな影響力がある浩之氏に世話になっていた手前、形だけ誘っただけなので、断られてもそんなに不快感はなかったようである。

そして、和之一人が残った。とは言っても、じっとしていることはできず、まずはホテルの部屋を出た。どことなく、ホテル内を散策していたとき一人の現地人らしい男性が、

「もしかしたら、今夜、お泊まりの政治家先生ですか?」

 日本語で声をかけてきた。三十半ばぐらいか、和之より十才は年上の感じだ。

「そうですが何か?」

 思わず和之は相手に向かって返事をした。その返答に相手は顔をくずすと、

「やはり、そうでしたか。そうだろうと思っていましたよ。いやあ、うれしいです!」

 と白い歯を見せながら答えた。そして、和之は尋ねた。

「あなたは?」

「ただの、この国の普通の会社員です。実は、わたしも三度ほど仕事で日本に行ったことがあるのですが、いやあ、本当に日本はいい国ですなあ。治安が非常によろしい、それもみな、政治家先生たちが、しっかりとしているからですなあ」

「ここは危険なのですか?」

「そんなことはありませんが、やはり、日本人のかた一人でのお出かけは、おすすめできませんね。もしかして、今から街へ出かけるおつもりだったのですか」

 男の言葉に和之は返答を詰まらせた。このあとの自分の予定がたってないのだ。かといって、気晴らしをしたいのだが、外に出る勇気がないし、一方、目の前の男性は、

「何にしましても日本の先生に何かがあったら大変ですからね。そう言えば先生のお名前を、まだ聞いていませんでした。さしつかえなければ教えてもらいたいのですが」

そして、和之はポケットから名刺入れを出し、そのうちの一枚を相手に渡した。

これは、彼がほぼ日常的に起こす行動だ。まだ二十代半ばの若者、名刺を配るのが楽しい年代なのだ。父や、その後援者に無理に押されて議員になったのだが、相手が名刺を見て、目つきが変わるのを見るのが一種の快感になっていた。

一方、男は、その出された名刺を見ると、少し眉をひそめたような顔をした。だがすぐに、和之の顔を見つめ直すと微笑みながら、

「白取さんですか、どこかで聞いたことがありますね」

「そうですか。だとしましたら父でしょう。有名な人でしたから」

「ということは、政府の要職をなさっていたのですね」

「ええ、おととし、脳梗塞で倒れるまでは外務大臣をしておりました」

「外務大臣ですか。なるほど、お父さんは実力者だったのですねえ」

男は感心したような口ぶりをしたあと、自分の名刺を取り出した。その名刺を見た途端、和之は戸惑った。現地の言語で書かれていたからだ。その様子に男は弁解をするように、

「すみません。わたしの名前は、チェ・クウチャと申します。日本語や漢字は読めるのですが、あいにく、日本用の名刺は持っていなくて、近くの街の商事会社の係長です。仕事柄、名刺に書かれている兵庫県という地名も知っていますよ。神戸がある県ですね」

 その返答に和之の警戒もほぐれてきた。やはり、外国人に郷土のことを知っててもらえたのはうれしいことである。そして、チェは誘うように口を開いてきた。

「あなたと、もう少しお話をしたいですね。このホテルの屋上に、ちょっとしたラウンジがあるのですが、いかがでしょうか?」

チェの誘いに和之は最初は戸惑った。目の前の人物は初対面の男、果たして、ついていっても大丈夫かと。その思案を見越したのかチェは次の言葉を、

「ラウンジですからコーヒーぐらい飲むだけです。私も日本を訪問したときの事を思い出したので、何か懐かしくなったのですよ。立ち話もなんだから、お誘いしたのですが、ご迷惑でしたらこれ以上は無理にお誘いしませんが」

結局、和之はチェの言葉に従い、ラウンジに向かった。


そこからは記憶がなかった。相手と談笑をしていたことまでは覚えているのだが、

目が覚めた場所は、自分の宿泊しているホテルの客室であった、だが、倉橋議員との相部屋ではなく、見知らぬ部屋である。

 そして、そこには自分一人ではなかった。もう一人、女性がいたのだ。端正な顔立ちの女性であった。朝日に照らされ、その女性は女神のように見えた。

「あ、あなたは」

和之はどもったように声を上げた。

「わたくしは、あなたのお世話を頼まれたものです」

 シーツにくるまった女性はそう答えた。おそらく、シーツの下は・・

 和之は思わず自分の身体を見回した。そう彼もまた、シーツの下は真っ裸であったのだ。

だが、彼には、その女性と接触した記憶すらなかった。調子に乗って、何か強烈な酒でも飲んだでのあろうか。確かラウンジで誰かと一緒に・・

 しかし、それ以上は、頭が痛くなって思い出せなかった。

「どうかしましたか? お疲れですので、無理をされますと身体によくありませんよ」

 相手の女性はそう声をかけてきた。まだ、頭がスッキリしないのか、その甘いささやきに、そのまま、和之はその女性の思うがまま、もたれ込んで身体をまかせてしまった。

 再び眠りに入り、起床したのは翌朝六時であった。見知らぬ部屋は確かなのだが、そのベッドの横には誰もいなかった。

「どうして、こんな部屋にいるのだろう。ということは、あれは夢じゃなかったのだ」

とつぶやいたあと、携帯端末の時計を見た。

「しまった、こ、ここ、こ、これは、まずいことになった」

 顔が真っ青になった和之は、持っていたホテルのキーで自室を確認すると、慌てて、その本来の部屋に駆け込んだ。運良く、倉橋委員長はベッドに入って爆睡中であった。

 和之はバツが悪い気持ちであったが、倉橋は朝帰りの理由について何も詮索をしてこなかった。彼も接待ずけで疲れて、そこまで考える余裕がなかったのか、

「さすが、若い子はうらやましいね」

 と微笑んで答えてきただけであった。


三年後、白取和之は二十九才になったとき現職総理を仲人にして婚姻をした。相手は、財界の有力者である某信用金庫の理事長の末娘だ。器量も気品も申し分がなかった。

 政治的な体力もつき、長男が生まれた年に副大臣に任命された。その後も、党の要職につき、二男一女の父親として順調満帆な生活を送っていた、

 そして、四十二の若さで、国務大臣として初入閣を果たした。だが、その就任祝いを待っていたかのように、大きな出来事が彼を襲ったのだ。ある日、一通の国際エアメールが彼のもとに送られてきた。ユン・チャオマーという見知らぬ差出人である。

 忙しい役職の身、無視をしてもよかったが、その手紙は、何か大切な用件の気がしたのか妙に気になった。そして、結局、中身を確認することにした。

 中には、二枚の写真と一通の手紙が同封されており、彼は、その二枚の写真を見たとき、身体に電流が走ったような大きな衝撃を受けた。

 一枚は、記憶の片隅にこびりついている美しい女性。そして、もう一枚は、写真の主は高校生ぐらいの男の子だ。そして、その手紙には、《お父さんへ》と書かれてあった。

白取は直感で理解した。この少年は自分の息子であることを、何よりも、自分が学生時代のときと、感じがそっくりであったからだ。

 彼は、たどたどしい日本語で書かれた手紙の文章を、とりつかれたように夢中で読んだ。

 その内容は衝撃的であった。記憶の中の女性、ユン・チャオマーは先月、看病の甲斐なく病死をしたということが悲しげにつづられており、ファミョンと名乗った息子は、「ぼくも、お父さんのいる日本に行きたい」ということであった。

 また、ファミョンの名前は、和之のファからつけられたとも書かれていた。

突然の手紙に白取は混乱したが、さすがに不惑を超え、政治の世界でベテランの域に入った彼は、わかっていた。この手紙は、某工作機関の回しものであるということを。自分がトラップにあった結果でもあったということも。

だが、子供には罪がない。何よりも自分そっくりの子がいとおしかった。

 自分自身も会いたいという気持ちもおこり、彼には、しばらく悩む日が続いた。

ある日、その白取の携帯に見知らぬ番号からメールが来ていた。メールの内容は、手紙に入った写真について、至急、お話をしたいということであった。

〈これは、本当にまずいことになった!〉

 白取は悩んだが、結局、その見知らぬ番号に連絡を取ることにした。これが、機関のエージェント、ウォルとの、つきあいの始まりでもあった。

「お手紙とメールを見ていただきましたか」

ウォルの声は自信に満ちていた。新製品を進めるセールスマンのような感じというか。

「ああ、見たが、何なんだ、これは!」

「もちろん、あなたの息子さんですよ。どうです、可愛いでしょう」

「その証拠はあるのか?」

「間違いなくあなたの子供です。どうです、本当に鼻筋、耳周りがそっくりでしょう。何なら、DNA鑑定結果をお持ちしますよ」

その言葉を白取は否定できなかった。直感が自分の子供と告げているからだ。

「そ、それで、どうすればいいのだ?」

 思わずそう尋ねていた。

「ただ父親らしいことをしてあげればいいのです」

結局、その謎の男、ウォルの言葉に従い白取は、突然、目の前に現れた少年、ユン・ファミョンを息子として認め、彼の面倒を見ることにしたのである。

ファミョン自体は、母に似た、おとなしい青年であったが、バックにはウォルの機構がついていた。つまり、ファミョンは機構の操り人形のようなものである。

 月日が流れ、ファミョンは白取がスポンサーのもと、機構が用意したミッシェル・高垣という商人の名を隠れ蓑にして設立した外国人スクールの職員となり、校長に就任した。

その間、白取は、ある意味、戦々恐々という状態であった。自分は与党の重職であるにかかわらず、信条がまったく違う危険な組織に、まとわりつかれているからだ。

もし、このことが公になったら、当然というか、マスコミの餌食になり、自分の地位は、ファミョンと共に破滅に向かうであろう。それは、機構も望んでいなかった、自分たちが、日本乗っ取りをする足がかりを失うことになるからだ。


そして、機構から次の要求が来た。白取が五八才で幹事長になったときである。

「幹事長就任おめでとう御座います」

 電話口からエージェント、ウォルの声がした。

「君か、何の用だ?」

「何の用とは、そっけないですよ。先生、そろそろ、新しい提案をしようと思って、連絡をさせていただいたんです」

「もう、充分しただろう」

「だから、ご子息とは別のことです。同志はそろってきました。時期も頃合いです。どうです、このあたりで新党を立ちあげてみませんかと」

「何、新党だと!」

 白取のトーンが上がった。思わぬ発言であったからだ。

「やはり、驚きましたか」

「当たり前だろう。わしの立場を知っておるのか」

「むろんですよ、最初に、『就任おめでとう御座います』と、ご挨拶をさせていただきました。だからこそ、この提案をしたのです」

「おかしなことを言っては困るよ。いくら何でも、それはダメだ」

「どうしてもダメですか」

「当たり前だろう。ここまで、お世話になった党を裏切ることになるんだ」

「先生とぼくたちの仲ですよ。色々とありますし、何とかできませんか」

「色々ってファミョンのことか、その分、協力をしたはずだが」

「そうですね。先生のお力で、ぼくたちも色々と活動をすることができました。ユン君もよくがんばってくれましたし、彼には感謝をしています」

「では、ファミョンを、どうこうすることはないのだな」

「当たり前です。大切な同胞ですから、それより、実のことを申し上げると、今回のお頼み事は、先生にとっても、大変プラスな提案なのです」

「どういう意味だ?」

「詳しいことは、ぼくもまだ知りませんが、今の状況では先生は総理にはなれません」

「まさか、君たちは、わ、わしのこのことを・・」

 白取の言葉を沈めるように、ウォルは言葉を続けた。

「そういうことではないのです。ぼくたちの上のものが調べた結果、話しているわけで」

「ど、どういうことなんだ?」

「さすがに、この場では、説明をすることはできませんので別の場所を」

「わかった、となると、あの場所だな」


 その二日後の夜、ウォルと白取は都内某所の中華料理店で会っていた。店主も機構の関係者なのか、ここなら、安心して密談ができるからだ。

「お忙しいところをすみませんね。先生」

「ああ、まあ、そうだが。それで、その、あのとき言っていた言葉とは何かね。『わしが総理になれないとは、まさか、君らは、やはり、わしを!』

 白取の最後の方の語尾は怒りをあらわしていた。

「ですから、先生にはまったく関係がないことなのです。ただ、不気味な情報があるのですよ。どうも、ぼくたちの機関が手に入れた情報では、与党の大物議員二人が、大変大きなスキャンダルを抱えているようです」

「な、何だって!」

「そうですね。告発されたら、いくら、現役大臣でも逮捕はまぬがれないでしょう」

「そんな、大物で大変なことなのか」

「はい、残念なことですけど、事実のようです」

「なぜ、君らがそんなことを知っているんだ?」

「先生が疑念に思うのは当然です。ぼくでもよくわからない話ですから、ですが、機関は、それなりの情報を手に入れて言っているのです」

「まさか、君たちの機関は、それを、暴露する気なのか」

「わかりません。でも、これだけの悪事を隠し通すことはできませんから、時がくれば白日の下にさらされるでしょう。そうなったら、先生の党は壊滅的打撃を受けますよ」

「しかしな、そんな話をうけたぐらいで、新党を造れというのはな」

「そうです。だから、提案をしたのです。間違いなく、先生にプラスになりますから」

 ウォルの言葉に、白取は腕を組んで考え始めた。どうにも、雲をつかむような怪しい話なのだが、まったく信じられないという話でもないからだ。

 そして、ウォルは、その考え込んでいる白取に向かって、次のセリフを、

「悩んでいるみたいですね。さすがに、ぼくの言葉だけでは信じられませんか。では、こうしませんか、いつのことになるかまでは定かではありませんが、最初、つまり一人目のスキャンダルが表に出たとき、動くことにしたらどうでしょう。党は国民から非難を浴びますし、先生としても、党を見限ったという形で割るのはいかがでしょうか」

「そんなことが、本当に起きるのならな、君らの言うことを聞いてもいいだろう」

 白取はそう声を上げると、一呼吸おいた。そして、次の言葉を言った。

「ただし、新党を旗揚げするのは、本当に、一人でも実力者が逮捕された場合だ。まさか、その実力者というのは、わしのことではないと思うが」

「むろん、先生ではありません。先生の総理レースのライバルという方です」

「わかった。期待はしないが約束をしよう」

 白取は思わずそう答えていた。いくら、何でもそんなことはありえない。だが、向こうの力が想像以上のものなら、それぐらいの罠は用意できる、と

「了承しました。機関との約束ですから、そのときは必ずお願いしますよ」

 ウォルはそう言って、その夜の会談は終わった。


その後、一年半たったとき、まさにウォルの言った通りのスキャンダルが起きた。政審会長が南米の一国、セラスタと邦和グループを巡る大疑獄事件で逮捕されたのだ。

 政審会長は、外務、経済両大臣を歴任した大物、まさに総理候補の一人であった。

 そのスキャンダルで国会はもめにもめ、内閣の支持率は一気に下がった。そして、やはりというか、ウォルからの連絡がきた。

「どうです。ぼくの言った通りになったでしょう」

「やはり、君らの差し金か」

「さて、どうでしょう。あなたの想像にお任せします」

 ウォルはそう答えていたが、機構が暴露しようとしていたスキャンダルは別筋であった。結局、それも後に、天美の能力で、二つとも表に出ることになったのだが、

 実際のところ、その邦和がからんだ疑獄事件は、ウォルの所属している機構自体としても、〈えっ、こんな事件が隠れていたのか? しかし、なぜまた、この時期に急に暴露されたのだろう?〉と、大きく首をかしげるぐらいの状況でもあったのだが、

一方、上から何も知らされていないウォルは、得意げな口調で言葉を続けた。

「さあ、当機関は約束を果たしました。次は先生の立ち上がる番です。まさか、この期に及んで約束を破られることはないですよね」

 その結果、白取は、三十人近くの議員を引き連れ、あらかじめ準備をしていた複数の野党と結集し、新たな党、国民生活党が誕生した。

 国民生活党が発足し、参議院予算審議のとき最初の事件が起きた。彼にとっては神風というべきか、国務大臣の一人が、突然、殺人を命令したことを自白したのだ。

 王野総理とは、同派閥一期下の人物であった。当然、参議院の予算審議は紛糾した。支持率は二ケタ以上下がり、参議院も与党が多い状態であったが決議ができなかった。

 だが、予算は衆議院が優越権をもっていたので、何とか一ヶ月後には通ったのである。

まさに、そのとき、再び与党を大スキャンダルが襲った。またも、国務大臣が殺人行為を自白したのだ。今度は党内二番目のグループの領袖、青年実業家上がりで、メキメキと頭角をあらわし、金と人脈で総理候補の一人としてあがった人物でもあった。

 再び起きた大臣の突然の逮捕により、政局はより混乱した。世論は完全に反内閣に傾き、国民生活党は、その世論に押されて内閣不信任案を提出した。

 不信任案はぎりぎりで否決されたが、閣僚は半分以上辞任することになった。また、そのとき、審議された法案はすべて廃案にもなっていた。

 相次ぐ凶悪なスキャンダルにより、内閣の支持率も十パーセント台に落ち込んだ。

低迷する政権とは逆に、国民生活党の支持率はうなぎ登りに上がった。期待値も七十パーセントを超えたのだ。あとは、三ヶ月後の任期満了選挙を待つだけか。

 ところが、好事魔多しというか、白取の近辺にとんでもない事態が巻き起こった。

 それは、スクールで起きた殺人事件である。目撃者の生徒の通報により、もし、今の状態で、スクールに官憲などの手が入ったら、反日行動をしていた息子との関係がばれるかもしれない、それが、発覚をしたときのことを思うと、白取は生きた心地がしなかった。

 その彼の心情をくみ取ったのか、ウォルは不安を解決するという協力者を紹介してきた。

 協力者は、火元となりかねない目撃者の生徒を始末すると誘ってきたのだが、あまりにも、うさんくさい人物であったので、最初のうちは相手にすることはなかった。

 ところが、その次の夜から、立て続けに悪夢を見ることになったのだ。夢にうなされ、神経がまいっていた白取は、謎の協力者に、その生徒抹殺の依頼をしたのである。

実際、あれから白取は一服もられていた。心中に思っている不安を増幅させ、夢の中で具現化させるというクスリを、結社の手のものによって仕込まれていたのであった。

結局、その抹殺計画は失敗をした。そして、次の対策をしている矢先にスクールに捜査の手が入った。ついに、導火線に火がついたのであった。


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