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Confesess-7 14

第十四章


日がたつにつれ、天美の病状も回復に向かい、競羅はその天美と会っていた。病室の外では刑事たちが見張りをしているのは変わらないのだが、

「そう、選挙になったのね」

「ああ、あんまり、あんたには関係がないことだけど、国の方は大変だよ。それよりあんた、あれから、事故のことについて、何か思い出すことがあったのかい?」

「残念だけど、まだ何も」

「そうかい、まあ無理はしない方がいいよ。実は今回、あんたに確認したいことができたのだよ。以前、義兄さんや数弥と話しあったときには、相手もつかめなかったし、もしかしたらぐらいしか思わなかったのだけど。急に気になってきてね」

「どういうこと?」

「やはり、今回の敵、直接、あんたを襲ってこなかった手口からみても、能力のことを知っている組織か何ではないかなと、あんたとしてはどう思うのだい?」

競羅の言葉に天美は沈黙した。彼女自身、確かにそう思っていたからだ。なおも競羅は、

「それに、おかしなクスリが出てきたというか」

「クスリ?」

「ああ、微量だったけどね。あんたを襲った女の子から検出されたのだよ。専門家に聞いても、まったくわからない種類のものらしくて、ただ、中南米のものということは間違いないみたいだね。となるとセラスタの可能性が出てくるだろ。あんたが、つぶしたという、あの舌をかみそうな名前の犯罪団体って何だったけ?」

「ノチェスホェリア(夜の宝石)のこと」

「ああ、そこだよ。その残党が復讐をしにきた、という可能性も捨てきれないね」

「となると、学校とノチェスホェリアの人たちが結びつくことになるけど」

「別におかしなことではないだろ。こう考えたらどうだい。あんたに殺人を見られた学校側の誰かが、その口封じを殺し屋に命じた。その殺し屋はセラスタ時代あんたとの因縁があり、あんたの能力を知っていた。だから、このような手段にでたと」

「つまり、学校が雇った殺し屋さんは、ノチェスホェリアの生き残りだったというわけね」

「ああ、そうだよ。肝心な学校は、あんたも知っての通り、閉鎖というか休校をしてしまったから、もう、その線からは確かめることはできないけどね」

競羅の言葉に天美は沈黙した。何か考え始めたのだ。そして、そのあと競羅は、

「それにね。学校とは別に妙な団体が事件の裏にいた、ということがわかってきたよ」

「その団体って?」

「あんたから頼まれた、あの尾行のことだよ。つい最近のことだけど、その素性がようやく判明してね。そいつらは第二信徒という宗教団体の信者だったのだよ。まだ確認はできてないけど、十中八九、事件の背後に、その教団が関係していると思うね」

「では、わったし襲った女の子は、その宗教団体に、クスリか何かであやつられてたと」

「ああ、そうだよ。第二信徒、この中に、あんたの抹殺を計画したのがいるのだよ。そっっちの線の方が高いね。例の団体の残党なら、はっきり筋が通るだろ」

「そうなのだけど、そうなると、うーん」

 天美は答えながら再び思考をし始めた。そして、結論が出たのか、

「わかった。色々思い出してみるから、今日はもう、一人にして欲しいのだけど」

「えっ、帰れと言うのかよ」

「そう、今の話で頭がごちゃごちゃしちゃって、疲れちゃったの。申し訳ないと思うけど」

 答える天美の顔は少し青ざめていた。結局、競羅は、

「わかったよ、まあ、あんたとしても何か思いついたのだと思うのだけど、こういう状態だから、今日のところはおいとまするよ。毎回、同じ事を言うけど、無理をしてはいけないよ。運動選手だって、こういうときは、じっと我慢をしているのだからね」

 そう言って競羅は病室をあとにした。帰るとき、見張りの刑事に一礼をしながら、


天美の見舞いが終わった競羅は病院を出た。すると、

 チャンチャンチャラチャラ

 携帯の着信音がしたのだ。思わず彼女は画面を見つめた。見たことのない番号だ。彼女は警戒をしながら通話スイッチを押した。

「もしもし、誰だい?」

「はーい、競ちゃん、お元気してたかなー、おねーさんだよー」

 電話口からテンションが高い声が聞こえてきた。少年課の下上日月警部だ。

「あ、あんたかよ」

「そうでーす。今、天美ちゃんとの面会が終わったところでしょ」

「ああ、そうだよ。しかし、いつまで、あんたの部下、病室前にいるのだい」

「退院するまでよ。マスコミがうるさいからね。そうそう天美ちゃん、様態がよくなったみたいだし、そろそろ、警察病院に移そうかと思っているの。だって、いつまでも普通の病院に入れて置くわけにはいかないでしょ。それに競ちゃん、ダーリンにも、警備のこと何か色々と言っていたみたいだし。一週間以内には転院させるつもりだから」

「そうかい、こっちが、とやかく言えることではないからね、従うしかないね」

「では、そういうことで、今度からの面会は警察病院ということでね。それまでは、港クロスに来てもダメよ。手続きで忙しいから」

「わかったよ。それより、この表示に出てきた番号、これが、日月さんの電話番号だね」

「そうでーす。初めてだったかな、お電話したのは」

「ああ、今まで一度もなかっただろ。番号は、やはり、義兄さんから聞いたのだね」

「ピンポーン、大正解、どうしても、お話したいことがあったから教えてもらったの」

「わかってるよ。今回の事件の成り行きだろ」

「ピンポーン、ピンポーン、そう、そのこと教えてくれるよね、今日は特に、天美ちゃんから色々と聞き出しているのでしょ。そのことはわかっているのよ」

 警部はそう答えた。配下の刑事から、そのあたりの報告を受けているのだ。このタイミングでかかってきたということは、やはり、その情報を聞き出すのが狙いか、

「ああ、いいよ。こっちも色々と聞きたいことがあるからね」

「どういうこと? 捜査上の機密事項は無理よ」

「機密事項かどうかわからないけど、一番、聞きたいことは、今回の事件を起こした幼女の背後関係だよ。あれから何か判明したかい?」

「そのことねー、プライベートだから詳しくは言えないけど、少しはね」

「教えてもらえるかい」

「ダメよと言いたいところだけど、結局は、その話が一番肝心のことだから、いいわ。でも、この電話では無理ね」

「それは、会って話すことが一番だけど、忙しいのだろ」

「そうよー、ただでさえ、少年課、所轄の二か所の掛け持ちなのに、天美ちゃんの事件捜査をかかえちゃったのだから、でも、その掛け持ちも今月までかな」

「えっ、どういう意味だい?」

「あら、そこまで、聞いていなかったようね。おねーさん、今月いっぱいで、京港署からは離れる予定なの。奇しくも今は、その京港署で、プチ捜査本部みたいなものができて、そこに常駐しているのだけど」

「つまり、京港署まで来いということかい」

「ピンポーン、ものわかりがいいね。来てくれるかなー」

警部は砕けた口調で答えているが、出頭命令である。競羅はしばらく考えていたが、

「わかったよ。今、すぐに行けばいいのかい」

「そうしてくれると助かるわ、では、お願いね」


 競羅が京港署に入ると、二人の顔見知りの警官が応対に出てきた。後翔子、佑藤恭子という顔なじみの女性の警官である。この二人は競羅と因縁があるのだ。

「どうせ、あんたらには会うと思ったよ」

競羅は面白なさそうな顔をして答えた。

「元気そうね。部屋で主任が待ちかねているわ」

 翔子は冷たい態度で声をだし、

「そうそう。怒っているみたいよ。何かやらかしたのじゃないの」

恭子もそう言ってきた。

「怒らせた覚えはないけどね」

「さあ、どうだか。いい機会だから、たっぷりしぼられるといいのじゃない」

「ということで、今から、取調室に行ってもらうわ」

そして、競羅は、二人の警官に下上警部の待っている取調室に案内をされた。

取調室では、下上警部が机の前に座って待っていた。やはり、恭子たちが言っていた通り、口をへの字に曲げた何かが言いたそうな顔である。警部は競羅が席に座ると、

「競ちゃん、待ってたわ」

「どうも、怒っているみたいだけど」

「少しはね。競ちゃん、この前、病院でおねーさんに話さなかったことあるでしょう」

 警部の言葉に、競羅は、一瞬どきっとした。話していないこと、それは思い当たることばっかりなのだ。中でも、一番、隠しておかなければならないことは、やはり、天美の能力のことである。そして、彼女はおそるおそる口を開いた。

「こっちが、話していないことって何だい?」

「だから、今回、捜査が入った学校のことよ。横渡から聞いたのだけど、競ちゃん、あの学校で惨劇があったことを、あらかじめ知っていたみたいね。どうして、そのこと、この間、会ったときに話してくれなかったの」

 警部の言葉に、競羅はある意味ホッとした。〈何だ、そっちの話かよ〉と、だが、これはこれで答えるのが難しい問いでもある。返答しだいでは、かなり、厳しく叱られる可能性があるからだ。すぐに考えがまとまったのか、

「そのことかい。日月さんだって、学校の存在を臭わせても、『参考にしておく』とぐらいしか答えなかっただろ。だいたい、ボネッカの事件が起きてしまったあとだったし」

「確かにそうだったかもしれないけど、殺人を見たって重要な動機でしょ」

「ああ、それかい、実は言いたくはないけど義兄さんだって絡んでいるのだよ」

「ダーリンが」

「ああ、そうだよ。ここまで話したくなかったけど、こうなったら、話すしかないだろうね。実はボネッカは学校で事件を目撃した後に、きちんと義兄さんに、そのことを報告をしたのだよ。けどね、義兄さんの方も学校の内偵中だったし、複雑な事情があったせいか、それを事件化しなかったのだよ。おまけに『内緒にしてくれ』とも言われたし」

 競羅の言葉を下上警部は複雑な顔をして聞いていた。旦那が殺人の通報を握りつぶしたのだから、あまり、いい気分はしないだろう。そして、顔をしかめながら言った。

「つまり、ダーリンも学校の惨劇について、天美ちゃんの事件前に知っていたわけね」

「ああ、そうだよ。もし、そのとき、強引に強制捜査とかをしていたら、義兄さんの内偵捜査や面目はつぶれても、ボネッカが襲われることはなかったかもしれないね」

「本当にそうかもしれないわ。少し、文句を言わないと」

「何にしても、まずは、義兄さんに確認をしてみるのだね」

「むろん、そうしたいのだけど、今はちょっとね!」

 警部は答えながら顔をふくらませていた。

「確かに捜査で忙しいからね。でも、日月さんだって同じだろ」

「そういうことではなく、もう、この日本にはいないのよ。三日前だったかな、急に旅立っちゃったのよ。どうも、呼び出しがあったみたいね」

「呼び出しって、仕事の筋から国際警察かい」

「おそらくね、『これで、これ以上検察と顔をつきあわせて、しんきくさい捜査をしなくてすむ』とか言って、喜んで行っちゃったわ」

「本当にせわしい人だね」

「でも、実際のところ、萌の誕生日までには帰ってきて欲しいのだけど」

 下上警部はポツリと言った。

「そうか、萌ちゃんの誕生日が近いのか」

「今月の二十二日ね」

「そうだね。選挙のこともあるし、それまでに帰ってくるといいね。それで結局は、いつ戻るのかわからないということか」

「いつもそうなのよー、向こうから呼び出される間隔もバラバラ、出張に行っている期間もバラバラ。こういうものだと思っているわ」

「こっちから、連絡は取れないのかい」

「伝言だけならできるけど、あくまでも、ダーリンからの連絡待ち、だから、今回のこと、問いただそうとしても無理だわ」

「日月さんも、ある意味、大変だね」

「それより、肝心なお話をしないと。結論を言うと、天美ちゃんは、学校で惨劇を目撃したために、命を狙われることになった、と言うことねー」

「ああ、そういうことだね」

「それで、そのあと、どういうことがあったの?」

「どういうことって?」

「だから、事故が起こる前の話よ。何もおかしなことはなかったの?」

 警部の質問に競羅は少し考え始めた。何を話していいかと、そして、答えが出たのか、

「ああ、おかしなことはあったね」

と難しい顔をして答えた。

「やはり、あったのね。どういうことが、あったか教えてもらえる?」

 そして、競羅は先ほど天美に報告した尾行のことについて警部に説明をした。

「なるほどね、だから、第二信徒の存在が判明したと」

 話を聞き終わった警部はそう答えた。

「ああ、結果的にはそういうことだけどね」

「しかし、すごい子ね。いつも、相手が違う女性なのに、つけられているというわかるなんて、何か自意識過剰というか」

「あのね、あの子は襲われたのだよ。それにね、今、日月さん自身が、『おかしなことがなかったの』と言っていただろ、だから、説明したのだけどね!」

 競羅のトーンが上がった。

「怒らない、怒らない、ちょっと言ってみただけよー。ストーカー対策でも、最初は同じような、やりとりをするの、相手の出方を見るために。競ちゃん、怒って、また天美ちゃんのことを、あの子と呼んじゃって。しかし実際、本当に天美ちゃんは、普通の女の子と違うみたいね。帰国子女の中でも、危機管理は人一倍、強いというか」

「ほお、わかるのかい」

「だってね、あのダーリンが潜入を頼んだくらいだからねー」

警部の答弁に競羅は、一瞬、どう返答をしていいかわからなかった。まったく、想定外のセリフだったのだ。

「のろけかよ」

「いや、本当のことを言うと、実はダーリンを厳しく責めたのよ。『いくら何でも、よりによって、あんな学校に通わせるなんて!」とか」

「それで、どう言い返してきたのだい」

「強い眼をして『悪かった。でも彼女だからこそ頼んだ!』のだと。そのとき、一瞬、電気が走ったようにびっくりしたわ。それで、何もそのあと言えなくなってしまって」

「そうかよ。義兄さんとしても、そのように答えるしかなかったか」

「おねーさんも実際、病院の先生から、天美ちゃんがセラスタ時代に、どのような経験を受けていたか聞かされていたので、思わず、心中で納得をしてしまったのだけど、想像以上に身を守る指導はうけていたみたいね」

「ああ、確かにそうだね」

「しかし、やはりこの間、このことは話して欲しかったというか」

「でも、今でも、こんな反応をしたのだよ。あのときは、相手にしてくれたのかい」

「確かに、それは微妙な話ね」

「とにかくね、あのときは素性まではわからなかったので、とても、人に話せる状態ではなかったのだよ。日月さん、こっちも知り合いの探偵がいることを知っているよね」

「よく存じ上げてるわ。御雪さんね」

「ああ、そうだよ。実は彼女たちに頼んだのだよ。ボネッカをつけている相手が誰か、逆に探ってくれないかとね」

「それで、判明したの?」

「だから、その時点でわかっていたら、こんなことにはならなかったし、もっと、別の展開になっていたよ。残念ながら、敵さんも、なかなか用心深かったようだから」

「ふーん、そのとき、まかれちゃったのか」

「あの場合はね。女性たちは、上から命令されていたのか、本部に戻る前に必ず、大型雑貨店に紛れこむように指示をされていたみたいでね。ああいうところの中に入られたら、ごちゃごちゃしていて、もう探しようがないだろ」

「確かに簡単でない話ね。だから事故の時点で、おねーさんに報告ができなかったと」

「ああ、そういうことだね。でも、つい最近かな、偶然に割れたのだよ。そのあたりの話は、証拠を持って義兄さんに報告したはずだけど」

「なるほど、そういうことだったのね。合点がいったわ」

 警部は納得をしたようである。

「それで、日月さんとしては、これから、どうしたのだい?」

「それって、どのような意味かな?」

「だから、義兄さんから報告を受けた第二信徒のことだよ。聞いたからには当然というか、加害者の母親に、そのあたりのことを尋ねただろ」

「むろんよー」

「それで、その母親はどういうことを言っていたのだい」

「あのね、競ちゃん。警察は、そういう質問に答えなくていいということ、知っている?」

「そうだね、普通に言うと、そういう場所ではないね」

「ピンポーン、大正解。だから答えられないの」

「けどね、さっき、こっちを呼び出すときに言ってたよね。『電話では無理だけど、こっちに来たら話す』って、だから来たのだけどね」

「そうだったかしら」

「そうだよ。それが、一番確かめたいところなのだよ。話さないつもりなら、ここに来た意味がないからね。帰らせてもらうよ」

「今、取調べ中なのだけど」

「それが、どうしたのだい。こういうのは任意なのだろ。帰りたくなったら、いつでも帰ることができると思うけどね」

「まあまあ、そんなことを言わないで、おねーさんと、もう少しつきあってよ」

「それなら、加害者が第二信徒と関係があったかどうか教えてもらわないとね。こっちの聞きたいことはそれだけで、別に加害者側の個人情報なんていらないよ」

競羅の言葉に下上警部は何か考え始めた。


 三十秒は過ぎたであろうか。結論が出たのか警部は声を出した。

「そうね。約束だし、プライベートのことを話さなくてもいいなら教えてもいいかな」

「では、教えてくれるのだね。やはり、幼女は第二信徒と関係があったのかい」

「そのことだけど、残念ながら、最初はからぶり」

「からぶりか、でも、最初ということは、何か進展があったのだね」

「むろんよー。それだけで、『はいそうですか』と、すんなり、引き下がるわけにはいかないでしょ。もう少し深く調べたわ」

「その結果、どうなったのだい?」

「捜査の重要内容だから、本当は秘密にしておきたいけど、言い合うのは、もうごめんだから話すことにするね。近所に住んでいる母親の姉が信者だったの」

「なるほど、姉さん、つまり直接ではなく、身内だったのか」

「だから、母親としても、事故当時も何も思い当たることはなかったみたい。なぜ、朝、あの時間に一人で公園に行ったのか? そのことすらね。そういうことだったから、おねーさんとの取調中でも、解明につながる発言はなかったのねー」

「今はどうなのだい?」

「『えっ! 姉に幼稚園のお迎えを頼んでいたことが関係あったの?』と驚いたような顔をして供述をしちゃって。『そんな重要なこと、どうして前に話さなかったの?』と突っ込んだら、『だって、そういう質問もなかったし、忙しいとき、いつもしてもらっていることだから、大して重要なことだとは、まったく思わなかった』って」

「そういうことかよ」

 競羅は半ば脱力感を持った口調で答えた。

「確かに、子供の様子にとらわれて、母親の言う通り、そういう質問をしなかった方も、ぬかっていたと言えばそうかもしれないけど」

「もう言い訳なんてしなくていいよ。それで当然、その姉さんの方の聴取はしたよね」

「もちろんよー。最初は否認をしていたけど、おねーさんが、優しくさとしてあげたら、信者であることを認めたわ」

「優しくかよ。まあ、あんたの取調べ手段については、この際、どうでもいいことだけど、肝心な動機とかは聞いただろうね」

「むろんよー、やはり、教団内の立場が微妙だったみたい。それで、教団側にうながされて、めいを幼稚園帰りに教会に寄らせていたということだったみたいね」

「そこで、催眠術のようなものをかけたのか」

「そこまでわからないけど、教会で何か、事件に関係がある行為をされたことは確かね」

「しかし、めいを殺人の道具に使うなんて、腹が立つ話だね」

「でも、その姉自身も、殺人計画のことはまったく知らされていなかったみたいね。ただ、S美ちゃんを教会で、一時間ほど遊ばせることに同意しただけで」

「ある意味、想定通りのことだよ。今回は、たまたま姉が中に入っていたということだけど、もし、母親が関与していたらと思うと、ぞっとする話だからね」

「おねーさんとしても、心中おだやかではないわ。だから教団側にも、お灸をすえる意味でも、強制捜査とかしたいのだけど」

「上からの命令で、そこまでできないのだろ」

「ピンポーン。そんな、あやふやな内容では、とても令状が取れないって」

「まあ、そこが、奴らが宗教法人を使う理由だけどね」

「そうねー、東京選出の議員を幾人か手なずけているみたいだし」

「手なずけているか。何か含んだような言葉だね」

「ふふふ。本庁一課時代から、政治家さんたちとは色々とあったから」

「何にしても、面白くない話だね。しかし、特殊なクスリが出たということだから、少しは、その方面から攻めることができるだろ」

「えっ、クスリ、競ちゃん、そのこと、なぜ知っているの?」

 思わず声を上げた警部。その態度に競羅はしまったと思った。そして考えた、このあと、どう答えるべきか。横渡がうっかりしゃべったとは言えない、責任問題になるからだ。あのとき、『主任には内緒にしていて欲しい』と頼んできた手前もある。結局、出た言葉は、

「ああ、それかい。そんな情報ぐらいは入るよ。こっちは、あの子、いやボネッカがあんな目にあわされて頭に来ているのだからね。必死になって情報を集めようとするに決まっているだろ。だから、あんたたちでもわからなかった第二信徒が判明したのだろ」

「確かに、言われてみるとそうね。不思議でも何でもないか」

 警部は納得をしたような顔をした。そして、競羅も、

「何にしてもね、そのクスリ、成分は判明したのかい」

「あれから、研究所に回しているけど、まだ、わからないわ。何でも、分子構造を見たことのないクスリだって、特殊な精神高揚剤ということは間違いないけど」

「そうかよ。文明が進むにつれ、どんどん、おかしなものが開発されているからね」

「そうねー、第二次大戦のときに、ソビエトやドイツで、妙なクスリが開発されていたみたいだけど、あれからとっくに半世紀以上は過ぎているし。もっと、進んでいるよね」

「日月さん、そういう話題が好きな人だったのかい」

「わかってしまったかな。あくまで趣味よ。そうそうそのとき、特に捕まえたスパイから任務を聞き出す自白剤について研究をされたと聞いているわ」

「えっ、自白だって」

 競羅は思わず声を上げ、そして、警部はそのまま次のセリフを、

「そう言えば、自白剤で思い出したけど、最近、妙な事件が多いと思わない? 政審会長に続いて、大臣が二人、罪を自白して逮捕されるなんてねー」

 その発言に競羅は戸惑っていた。

〈日月さん、なぜ、ここで、そんな話をするのだろう。ただの好奇心で、その話し相手が、たまたま、こっちなら問題ないのだけど。まさかと思うけど、義兄さんが、あの子の能力のことを日月さんにしゃべって、そのことを確認するのが、ここに呼び出した目的なのか〉

 競羅は内心で冷や汗をかいていた。その心を知ってか知らずか、下上警部は、

「しかし、普通、人を殺したことを自白したら、その地位を失うというか、すべてが台無しになるでしょ。それにもかかわらずペラペラとしゃべるなんて、やはり・・」

「ちょいと、日月、いや義姉おねえさん!」

 たまりかねて競羅が、そう声をあげた。そのまま、彼女はボルテージを上げながら、

「今は、ボネッカに起きた事件のことを解明する方が先決だろ。こっちも忙しいのだよ。そんな、わけのわからないことを聞くために呼び出したのかい!」

 その競羅の剣幕に警部は、

「しまった。つい、疑問に思っていたことを口に出してしまったわ。競ちゃんは関係がないのに、それより、今、おねーさんのこと、お姉さんと呼んだよねー」

「そうだったかな」

「おねーさん、ちゃーんと聞きました」

「では、思わず言ったのだろうね。あんまりイライラしたから」

「えっ、こういう話は苦手なの」

「ああ、そうだよ。日月さんはね。言い方は悪いけど、都市伝説みたいなことを話しているのだよ。こっちが、そういう話に盛り上がる人種だと思ったのかい」

「そうねー、競ちゃんは、そういう伝説話はきらいなタイプかもしれないね」

「ああ、そうだよ。それで聞くけど、今の疑問というか話、義兄さんともしたのかい」

 競羅はそう質問した、ここが肝心なところだからだ。

「ピンポーン。したわ」

「そ、それで、どうなったのだい?」

「全然、相手にされなかった。『そんなクスリが存在したら、仕事はもっと楽』だって。確かにそう言われれば、そうなのだけど」

「普通はそういう反応だろ。あまり、妙なことを言うのはやめようね」

 競羅は答えながら少しはホッとしていた。やはり、下上警視正は天美の能力について何も話していないとわかったからだ。だが、これ以上、話していると自分の方からボロを出すかもしれない。この場にいると、まずいと思った競羅はわざとらしく声を上げた。

「何にしてもね! そんな妙な話をするために、こっちを引き留めたのかい!」

「そういうつもりはないのだけど」

「だったら、もう少し、まじめに取り組まないとね。いいかい、この先、あんたたちのやる仕事は、そのクスリを追って、学校と第二信徒を徹底的に調べることだよ。そうすると、その接点を結ぶ何者かが出てくるかもしれないだろ。まあ、こっちが思うには、きっと、そいつが義兄さんが追っている人物だよ」

「ダーリンの?」

「ああ、そうだよ。はっきりとした確信はないけど、黒幕だと思うね」

 競羅の言葉に下上警部は考え込み始めた。やがて、結論が出たのか、

「なるほど、それが競ちゃんの意見ね。その線で捜査を進めるわ」

「さて、そういうことで、こっちは帰らせてもらうよ。あんたとしても、もう引き留める理由はないはずだから、いいだろ」

「ええ、いいわ。今日はお疲れ様」

 こうして、競羅の事情聴取は終わった。帰り際、彼女は思っていた。

〈もしかしたら、義兄さんの海外出張、その人物の裏付けを取るためかもしれないね。しかし、もし本当に事件の裏にいるとしたら、実際、これは大物だし、えらいことになるね〉

 と、ぼんやりと頭に浮かんできた、ある人物の顔を思い浮かべていた。


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