Confesess-7 12
第十二章
競羅の心配は杞憂だったのか、その部屋の中に入ってきたのは、下上警視正と、その頼れる配下、中村警部補であった。
競羅も警部補とは面識があり、ほっとした表情になると声をかけた。
「何だ、義兄さんだったのか、思ったより早かったね」
「たまたま、すぐに来れる場所にいたからな」
「本当に、あまりにも早かったから、びっくりしたよ。この近くに用事でもあったのかい」
「それは、君に言うわけにはいかないだろう」
警視正の口調が厳しくなった。その様子を見ながら競羅は思っていた。
(ちょいと聞いただけなのに、こんな返答かよ。数弥の情報は間違ってないようだね〉
と、そして、次の言葉を、
「何にしても、義兄さんが来てくれて助かったよ。運が悪いと、他の警官なら点数稼ぎのため、不法侵入でしょっぴかれる可能性だってあるからね」
「当方も、点数稼ぎの仲間は嫌いだ」
横渡が声を出した。その声に中村警部補が声を、
「あなたが、通報者の横渡巡査長ですね」
「さようだが」
「初めまして、わたしは、こういうものです」
そう言って警部補は名刺を差し出した。
「当方は、今、持ち合わせがないが」
「かまいません。ただ、わたしの立場を知ってもらいたいだけですから。あなたたち三人の聴取ですが、今から、わたしが簡単にさせていただきます」
「けどね、やはりね」
競羅は声を上げたが、中村警部補は穏やかな顔をして、
「大丈夫です。入口の警備員のことは、民間人捜査協力や緊急的処置ということにしておきますから、正直に起きたことについて話してもらえれば結構です」
「そういうことならいいけどね」
競羅はそう答え、そして、三人への聴取が始まった。
二十分近く過ぎたであろうか、聴取もほとんど終わり警部補は、
「なるほど、わかりました、だいたい、このようなことですか」
「ああ、そうだよ。それで、あんたとしては、どこまで知っていたのだい?」
「どこまでといいますと?」
「だから、今、ここで、殺人があったことだよ。知っているかと思ってね」
「残念ながら、今日まで、何も聞かされていませんでした」
「そうかい、やはり、国防上、簡単にはいかない話だからね。まあ義兄さんのことだから、そんな事だと思ったよ。あれ、その肝心な義兄さんは?」
競羅が当たりを見回し始めたとき、その警視正が戻ってきた。早速、競羅は声を、
「どうだった? 収穫はあったかい」
「これはという部屋は、すべてカギがかかっているな」
「そうかよ。それは残念というか」
「でもね、そんなの本職にかかれば問題はないよ。すでに、呼んであるから」
「それなら、何とかなりそうだね。その人たちがくるまで、少し話せるかい」
「少しの時間ならね」
警視正は軽い笑みを浮かべながら答えた。
「そうかい、それなら、遠慮なく質問をするよ。この学校の背後関係はわかったかい?」
「まだかな。二、三の情報が入ったが、本当かどうか確認ができていない状態だ。それで、今、周辺について聞き込みをしていたところでね」
「やはり、そうだったのだね。あの子の事件の方はどうだい。四才児の方の背後関係についてだけど、日月さんから聞いただろ」
「まだ、浮かんでいないようだな。少年課は何かとデリケートだから、強引な捜査は難しいのだよ。このあいだのような事件が起きて、マスコミの目が厳しいし」
「そうかよ。結局は何もかも現段階ではわからずじまいか」
「だから、この現場の捜査には期待をしているんだ」
「そうだね。何かと色々と怪しいそうだし」
競羅が答えたとき、玄関の方でバタバタ音がした。
「課長、到着したみたいですね」
中村警部補がそう声を出した。
こうして、スクールの捜索が始まった。
まずは、鑑識服の職員たちが鑑識道具を持ち込んで、教室に入ってきた。そのあとをスーツを着こなし、アタッシュケースを持った五人の刑事たちが」
「今、来たのが、話していた本職だね?」
「そうだよ。私の部下だ。資料の押収に来たのだよ」
「何か警察庁の人たちって、ただの会社員のような雰囲気の人たちだね」
「君の言う会社員がどんなものかわからないが、そう思ってもらってもいいかな」
警視正は苦笑しながら答えたとき、そのうちの一人が声をかけてきた。
「課長、まずは、どの部屋から調べましょうか?」
その問いに、警視正は少しの間、考え込んでいたが、
「わからないな。すべて重要そうだ。まあ、一つ一つ当たっていこう。私も行くから」
と答えた。そして、競羅に向かって、
「では、私は用事があるから、くれぐれも、検証の邪魔をしないでおくれよ」
と言うと、中村警部補と五人の職員を連れて部屋を出て行った。
教室では競羅たちの見つめる中、鑑識の仕事が始まった。彼らは、白い粉をまぶしたポンポンのようなものを、部屋のあちこちでたたいていた。
横渡の方は、その鑑識員の一人と会話をしていた。かなり、親しい仲なのか、
競羅は横にいる御雪に尋ねた。
「これは、どうも、指紋を取っているみたいだね」
「さようで御座います。アルミニウムの粉を使って、指紋の収集をしております」
「それで、あんたも、これと同じようなものを持っているのかい」
「むろん、現在も所持しております。今回は用いる機会が御座いませんでしたが」
御雪はそう答えた。いくぶん、自慢めいた口調で、
そのとき、若手らしい鑑識員が彼女たちに近づいてくると、遠慮深げな顔をして声を、
「あのう、今から本格的な検証を行いますから、この部屋から、出て行ってもらえるとありがたいのですが」
「そうだね。一応、義兄さんから言われているからね。行くよ、御雪」
競羅はそう言って教室をあとにした。
教室の外では横渡が待っていた。待っていたというか、彼女も用がないので、遠慮をして外にいるのであろう。その横渡に競羅は声をかけた。
「おや、あんたは参加をしなくてもいいのかい?」
「貴様も知っているとおり、当方は管轄違いだ。ましてや、鑑識の仕事はわからない」
横渡は幾分むすっとした態度で答えた。もともと、顔立ちは悪くはないが、いつも、気むずかしい顔なので、あまり変わらないようだ。
「そうだったね。つい、そう言ってしまったよ」
「しかし、横渡巡査長様ですか、あなたの嗅覚ですが、本当にすごいとか申しようが御座いません。聴覚の方にいたしましても同様です。何か特別な訓練を受けられたとか」
御雪がそう尋ねた。
「いろいろ、昔あったからな。その理由は、ここでは話したくないが」
「さようで御座いますね。人さま、色々と事情が御座いますから、今回は、わたくしが無粋でした。それで、もう、おいとましてよろしいでしょうか」
「そうだな。一応、聴取も終わったようだし、いいだろう」
「さて、こっちも帰ろうかね」
そう言って競羅も立ち去ろうとした。だが、彼女に対して横渡は声を上げた。
「ちょっと待て!」
「おや、何かあるのかい?」
「貴様とは、少々話をしたくてな」
「話って言われても、することはないね」
「そんなわけにはいかない、どうしても聞きたいことがある」
そのあと、横渡巡査長は、
「ここでは、よくないな」
と言い宙をにらんで考えていたが、すぐに、
「そうだ、近くに、ちょうどいい店があったな」
思い出したように声を上げると、競羅に向かって言った。
「手間はかからない、つきあってもらうぞ」
「どうやら、いやと言うわけにはいきそうもないね」
競羅はそう答えると、横渡に従うことにしたのである。
横渡が案内をした店は、ランチタイム以後も営業を続けている居酒屋である。そこの個室で、簡単な話し合いというか聴取をすることにしたのだ。二人とも酒を飲むわけにはいかないので、目の前には、ノンアルコールドリンクが置いてあった。
「しかし、昼過ぎから、こんなところに入っていいのかね」
その競羅の声に横渡巡査長は答えた。
「飲酒するわけではないからな。それにここなら、気兼ねなく話がでできる」
「まあ、そうだけどね。飲物しか注文をしないなんて、何というか店には迷惑な話だね」
「他にそう客がいないから問題はない」
横渡はそう答えた。彼女の言葉通りというか、時刻にして三時半、ランチタイムの客も帰り、店内はガラガラな状況である。
「とは言ってもね、やはり・・」
その競羅の言葉をさえぎるように横渡は声を上げた。
「客を入れるのがいやなら、こんな時間の営業など、やめればいいのだ」
「そうだね、その通りだよ。でも警官の立場としたらまずいだろ」
「心配ない、上の許可は取ってある」
「許可って、日月さんかい」
「そうだ、まだ主任をさような呼称をするのだな」
「そういう仲だからね、向こうは、おねーさんと呼んでくれと、言い張るけどね」
「おねーさんだと?」
横渡は思わず復唱した。
「ああ、そうだよ。とても、恥ずかしくて呼べないけどね」
「うーん、おねーさんか」
再び声を上げた横渡。何か心中で色々と考えているのか、その様子に競羅は言った。
「まあ、死んだ兄さんの奥さんの一期下で、彼女の熱烈な信奉者だったらしいからね。だから、自分も彼女の弟と結婚をしたし、どうやら、こっちにも、お姉さんと呼んで欲しいみたいだね。まあ、色々とそういう因果な関係だよ」
「因果と言えば、そうだ、師匠の方とは、うまくいっているのか」
横渡はそう尋ねた。朱雀道場主、祈羅のことだ。
「姉さんの方か、最近は適当にやっているよ」
「そうみたいだな。このところ愚痴を聞かないからな」
「まあ、火曜日には顔を出すようにしているからね。しかし、あんたはどう見ても、コママの影響が強いように感じるけど」
「師範か」
「そうだよ。しゃべり方が、そっち系だよ」
「さようか」
「そう、特にその言葉がね。磨弓は娘だから仕方がないとしてもね」
「そうだな。知らないうちに、そのしゃべり方が身についてしまった」
「それで、道場には何年かよっているのだい」
「かれこれ十二年だ。学校に入ったときからというか」
「学校って、警察学校か」
「今でも、たまに剣道を教えにいっているが」
「なるほど、そこで、日月さんと知り合ったのだね」
「そうだ。そして、ここに引き上げてもらった。その恩が主任にはある」
「まあ、あんたが、できる人間だったからだよ。ちなみに、本庁の前はどこだい?」
「機捜だ」
「きそう?」
「機動捜査隊のことだ。主に事件が起きたときの初動捜査を担当する」
「つまり、事件が起きると、最初に出張るところだね。あそこは体力勝負というか、色々と大変みたいだね。あっ、そうか。だから、鑑識とああいう風に話していたのか」
「さようだが、結構、観察をしているな」
「まあヒマだったからね。それはそうと、学校では何年間、教えているのだい」
「なぜ、そんなことを聞く」
「なぜって、あいつらのことも知っているかと思ってね」
「あいつらとは」
「今、日月さんの下にいる二人組だよ。あの二人とも面識があるかと思ってね」
競羅が言っているのは、天美にまとわりついている、少年係の後翔子、佑藤恭子という二人の女性警官のことである。
「なんだ、あの二人か。確か主任が兼任をしている所轄の」
「そうだよ。やはり面識があったのだね」
「あいつらか、よく、師匠や師範にも叱られていたな」
横渡は何気なく答えたが、
「えっ、あんた、今なんて言った?」
競羅は思わず驚きの眼をした。
「ただ、師匠や師範と言っただけだが」
「だから、そこだよ。二人とも警察学校の教師なのか」
「さようだ。非常勤だが、なんだ、知らなかったのか」
「これは驚いたね。このところ、ご無沙汰していたからね、けどね、考えて見たら、そう不思議なことでもないか。死んだ親父だって、田んぼ(田之場)で母さんと知り合うまでは、教えにいっていたと聞いているからね」
「母さんだと」
「ああ、とうの昔に死んだけど、こっちの母さんだよ。田んぼで壺振りをしていたらしいけどね、母さんと知り合ってから、親父は警察から離れていったというか」
「そんなことがあったのか」
「何しても、こっちも面白い情報を聞いたよ。姉さんたちが日月さんと交流があることはわかっていたけど、それが理由だったとはね。それに、あの二人を知っているなんて、夢にも思わなかったからね」
「二人だけではなく、十五年前から本庁に配属された女性警官、全員だ」
横渡は凛とした口調で言った。
「ああ、そ、そうかよ」
競羅は答えながら軽いショックを受けていた。
「当方も、七年前からの生徒の素性は、ほとんど把握をしているがな。さて、そろそろ、事件のことを話し合わないとな」
「ああ、そうだね。そのためにここに来たのだし、何から聞きたいのかい?」
「まずは、今の現場だ。どうして、このようなことになったのか?」
「そうだね、今回の学校のことだけど、日月さんからは、どこまで聞いていたのだい」
「少女の事故に関係するかもしれないから、様子を見てきて、と頼まれただけだが」
「なるほど、やはり、その程度のことだったのだね」
「その程度とは何だ!」
横渡の顔が気色ばんだ。競羅の言葉を不快に感じたのか。そのあと、なおも彼女は、怒ったようなような口調で尋ねてきた。
「だいたい、貴様としては何だ。今回のことを、どこまで知っていたんだ?」
「どこまでって、ある程度はね」
「ある程度だと、そもそも、なぜ、あそこで殺人が起きたことを知っていたのだ?」
「ほお、いきなり直球で来たねえ。まあ、その疑問はもっともだけどね」
「答える気があるのか!」
横渡の口調が厳しくなった。
「それはあるよ。けどね、話すとなると込み入ってきてね」
「込み入ってもかまわん。話せ。それを聞くために、ここに呼んだのだしな」
「わかったよ。もう、知っていると思うけど、こっちと警視正の関係はわかるね」
「ああ、了解している。義理の兄弟か」
「そうだよ。さて、今回の事件のもとを言うとね。義兄さんたち夫婦が、ある日系人の少女を、この、今回、捜査が入っている学校に通わせることにしたのだよ」
「その少女というのが、もしかすると」
横渡の反応に競羅の方も次の言葉を、
「もしかすると何だい?」
「いや、例の入院中の子かと思ってな、間違っていたらそれまでだが」
「あんた、刑事に引っ張られただけあって、いいカンをしているね。その通り、こっちの知り合いでもある少女だね。実は、まだ日本の国籍を持っていないのだよ。だから、義兄さんたちも、社会のことを教えるため、あの学校に行かせたのだけど」
「やはり、さようだったか。それで、その少女は、なぜ狙われたのか?」
「おや、そっちの方は、まだ、頭の中で結びつかないみたいだね。あんた、さっき、こう尋ねたよね。『なぜ、あそこで殺人事件があったことを知っていたのか?』と、むろん、その、あそこというのは、今回の学校のことだろ」
「さようだが、もしかして、その少女は学校で殺人を目撃したのか!」
「ああ、大正解だよ。あんたの上司ならピンポーンの連発だね。いやあ、込み入った話だと思ったけど、簡単に話すことができてよかったよ」
「まったく、よくない。なぜ、当方たちに話さなかったのだ?」
「こんな大事、話さないわけないだろ。あの子は、真っ先に義兄さんに話したよ。けどね、義兄さんは、こんなことを言って、捜査に入ってくれなかったのだよ」
競羅はそう言うと、当時のやりとりについて説明をした。
その説明を横渡は難しい顔をして聞いていた。そして、そのあと声を上げた。
「そんな、厄介なことが背景にあったのか」
「ああ、だから、門番ともめるようなことを、してはいけなかったのだよ」
「ただ、本当に閉鎖をしたかどうか聞こうとしただけだ。追い払うような、そぶりをされたから、思わず手帳を見せたが。今から思うと、まずかったみたいだな」
「ああ、本当にまずかったよ。恩を着せるわけでもないけど、こっちがいなかったら、資料の押収はできなかったと思うね。完全に証拠を消しにかかったね」
「うーん」
横渡は考え込み始めた。その様子を見ながら競羅は声を出した。
「今回は案じることはないよ。さっきも言ったように、あれから見ての通り、こうやって、警察が踏み込んできたのだから、ただ、こういう場合は気をつけないと、と言っただけでね、何にしてもね、さっきの場所はそういうところだったのだよ。だから、こっちも真っ先に、義兄さんに報告をするように指示をしたのだよ」
「そういうことか」
「ああ、そうだね。義兄さんは、あらかじめ事件が起きたことを知っていたから、あのように迅速に行動ができたのだよ。何も知らなければ、あんたの、あんなガチガチの応対では、要領を得ないっていうか、うまく、伝わらなかったと思うよ」
「うーん」
そう言って横渡は、またも考え始めた。あのときのことを思い出しながら。
「わかっただろ、そういうことだったのだよ」
「何となくな」
「それで、疑問は解けたかい」
「ある程度はとけたが、ここで、確認をしておきたいことがある」
「それは、何だい?」
「どうも、話を聞くと、主任は、今回の学校の事件、知らされていなかったのだな」
「そうだね、いくら夫婦でもね、外事の秘密事項だからね」
「それで、今回の学校自体、主任は関知していなかったという」
「そうだね。まずは、どんなところでもいいから、学校に行かせなさい、とうるさく、言っていただけで、場所までは指定しなかったみたいだね。だから、義兄さんが決めたと」
「なるほど、だから、貴様から聞くまでは知らなかったと」
「まあ、そういうことだね。日月さんが知ったのは、あの子が入院をしたときだよ。病院で事情を聞かれたけど、あのときは、義兄さん、の顔がちらついて、詳しいことは話せなかったからね。結局は、そのぼかしたことが、あんたの行動となり、今日のようなことになったというか、まあ、終わりよければすべてよしということで。さて事件のいきさつにについては、こんなものでいいかい」
「そうだな」
「では、こっちも、色々とあるから、そろそろ、おいとまするよ。飲み物だけで、長居をするのは店に悪いからね。金は・・」
その競羅の言葉をさえぎるように横渡は声を上げた。
「ちょい待て!」
「何だよ。まだ、何か話があるのかよ」
「肝心な事件の内容について、まだ、話し合っていないが」
「内容かよ」
「そうだ、まずは少女が見たという殺人事件について、教えて欲しい」
「何も詳しいことは知らないよ。ただ、あそこで、どこかの外人が殺されただけだろ」
「だが、そんな、単純な事件ではないと思うが」
「それはそうだろ。向こうは、必死で隠そうとしたのだからね。あの子を事故に巻き込むようなことをしてまでね」
「それもそうだが、血液型が二種類でたということが気になる」
「二種類って、あんた、なぜ、そこまで!」
競羅は思わず声を上げたが、すぐに、思い当たったのか次の言葉を、、
「そ、そうか、鑑識から聞いたのか」
「さようだ。その説明を聞きたいが、その返答から見て、何か知っておるようだな」
「知っているって、それは・・」
競羅の言葉がつまった。どうすればいいのか。相手は、こっちが、どれぐらい事件について知っているか尋問をしているのだ。妙に隠すと面倒になる。
そう思った競羅は、思い切って言った。
「それは、あの場所で、二人の人間が死んでいるからね」
「おい、貴様、そこまで知っていたのか?」
「ああ、あの子から聞いたからね。外国人同士が血を流して死んでいたと。状況から見て、二人は殺し合ったと。おっと、それも、義兄さんには報告しておいたよ」
「でも、どうやって、その状況がわかったのだ」
「あの子の話だと、授業中に隣りの部屋から、二人の男性の怒鳴りあうような声がしたらしいよ。それで、声の方向にかけつけていったら、二人の死体があったと」
競羅はそう天美から聞いたことを伝えた。
「だから、殺し合いだと思ったか。そうかもしれないな。しかし、待てよ」
横渡は考えながらつぶやいていたが、思いついたように声を上げた。
「だが、そうなると合点がいかないことが」
「いかないって、何だい?」
「よく、殺し合いと言い切ることができるなと思って。普通、そういうことってわからないものだ。現場を目撃していたのなら、話は別だが」
横渡の発言に競羅はしまったと思った。怪しまれないように話をしたつもりだったが、それでも、不用意は発言を逃さず、突っ込まれてしまったからだ。そして言った。
「あんた、意外に鋭いね」
「さようではない、経験から出る推測だ」
「経験って、機捜時代のか」
「そうだ。複数の人間が死んだ現場も何度も見ている。同じ犯人に殺害された現場も、殺し合いがあった現場もだ。その現場は明らかに違う」
「だろうね」
「殺し合いを偽装した現場も何度かあった、だが、状況を観察すれば、偽装とすぐにわかるものだ。その少女が、今回なぜ、殺し合いと言い切ったのか、どうにも合点がいかない」
「そう言われるとそうだね。きっと、そこまで目撃をしていたのだね。まあ、すばしっこい子だから、誰かがかけつけてくるまでに現場を離れたのだろうね」
そう説明しながら彼女は思っていた。
〈この刑事、まじで頭がいいね。敵に回すのはやめた方がいいねと〉
「何にしてもね、その日は、あの子だけしか補習に出ていなかったから、向こうは用心のために、見てる見てないは別に、口封じにかかってきた、ということだよ」
「そういうことなのだろうな」
横渡巡査長は納得をするしかなかった。
「これで、事件の内容についても、だいたいわかったね」
「さよう、しかし、そうなると、なぜ、直接に襲ってこなかったのか?」
「それが、次の疑問かい?」
「疑問と言えば疑問だ。たかが一人の少女、誘拐とか、いくらでもできたと思うのだが」
「あんた、こっちの前で、いやなことを言うね」
競羅はジロリとにらんだ。にらんだのには、ある意味理由がある。やはり、天美が特殊な能力の持ち主であることを悟られないためだ。
その気迫に押されたのか、横渡の方も、慌てたように言い直した。
「そういう意味ではなく、こんな、前代未聞のような手口で襲ってきたことについて、驚きを感じておるのだ」
「まあ、確かに不思議と言えば不思議だろうね」
「まったく不思議だ。刺客が薬物でコントロールされた幼女という」
「薬物か、そんなものが出たのかい。聞いてないけどね」
競羅の反応に、横渡は、一瞬、しまったというような顔をしたが、すぐに次の言葉を、
「そういうことだ。まだ内密な内容だから、主任にはもらしたことは内緒にして欲しい」
「ああ、わかったよ、それで、どんな薬物だい? できたら、そこまで教えて欲しいけど」
「詳しいことはわからないが、南米のものらしい」
「南米、セラスタか」
「なぜ、そう思う?」
「あの子がセラスタ人だからね。セラスタには、あらゆる麻薬が集まっていると聞くしね」
「残念だが、そこまでは聞いていない。だが、関係があるかもしれないな」
「となると、その薬物を扱うセラスタの団体と学校の関係についても、調べなければならないね。またもセラスタか、義兄さんも大変だね」
「そ、そうだな」
「もう、これで話はいいね。こっちも、新しい情報を知ることができたし、あんただって、いろいろな情報を聞けて、今度こそ、納得をしただろ」
「うん、まあな」
「ということで、ここは、もうお開きだね。あんたも早く、日月さんのところに戻った方がいいよ。詳しいことを聞きたがっていると思うからね」
こうして、二人の会話は終わった。