Confesess-7 10
第十章
三日後、競羅は港クロス病院を訪ねていた。下上警部から、天美が一般病棟に移ったので面会がOKという連絡があったからだ。病院の受付で、天美の部屋について尋ねると、
「あの事故の少女ですね。お身内の方ですか?」
担当の職員が聞いてきた。少し警戒をするそぶりである。
「いや、はっきり身内とはいえないのだけどね、そんなようなものだよ」
「でしたら申し訳ありませんが、お教えできません」
「おいおい、会えないのかよ」
「すみません。ご家族や、親しい、ご友人の方以外は控えてもらっております」
「では友人だったらいいのかい?」
競羅は突っ込んだ。
「はい、本当に親しきご友人でしたら、よろしいのですけど」
「それなら、朱雀競羅と伝えてくれ」
「すざくけいら様ですね」
「そうだよ。その名前を知らせてくれればいいよ」
「わかりました。少々、お待ち願えますか」
受付係はそう言うと、目の前の電話の受話器をとり、連絡をし始めた。
しばらくの通話のあと、受付の回答がきた。
「今、先方の許可が取れました。病室は第一病棟の十二階です」
「十二階、それだけかい?」
「患者は個室ですので、その階のナースセンターで、もう一度、姓名をお願いします」
「すごく、面倒になったね」
「上から、そのように申しつけられておりますので」
「やはり、何かあったのだね?」
競羅は下上警部の顔を思い浮かべながら言った。
「結構、騒ぎになられた事件ですので、マスコミ対策ではないでしょうか。第一病棟は、今、現在いるところですから、この先を、まっすぐお進み願います。突き当たりを右に曲がりますと、その先にエレベーターがありますので」
受付に従い、エレベーターを降りたら、目の前にナースセンターがあった。
競羅は、すぐさま、そこで自分の名前を告げると、センターの受付は応答した、
「では、確認をいたしますので、少々、お待ち願います」
だが、今度の少々は先ほどとは違って長かった。よほど、慎重になっているのか、
競羅が待っているとき、二人の女性がエレベーターから降り、あらかじめ、目的の病室を知っているのか、そのまま、ナースセンターの横を通り過ぎていこうとした。
すると、どこからともなく、イヤホンを耳に付けた一人の男性が現れて、その女性たちの前に立ちふさがった。年は二十代後半か、肩幅が広く、がっしりした体型で、顔立ちは彫りが深くハンサムの部類に入る男性である。
女性たちはナンパされたかと思って顔がほころんだが、その男は胸元から、警察手帳を取り出した。このようにナースセンターを通り過ごす人物を検問していたのである。
競羅が見つめるなか、二、三のやりとりのあと、女性たちは解放された。ただ、形式だけの人なのであろう。
競羅は待っているのが退屈だったのか、ひと仕事が終わり立ち去ろうとした刑事に、
「おい! そこの刑事さん」
声をかけた。その行動に刑事は振り向いた。そのあと、
「何の用ですか!」
少しうわずった声を上げたが。すぐに、彼女は次の言葉を発した。
「あんた、日月さんのもとにいる一人かい?」
その競羅の言葉に刑事は顔色を変えた。そして、かしこまった口調になった。
「日月さんと申しますと、下上日月警部のことでありますか」
「よほど、厳しく、仕付けられているみたいだね」
「そんなことはありません。優しい方であります」
「日月さんは優しくても、その下の狐目の横渡か、あいつは厳しいだろ」
競羅から横渡巡査長の名前が出ると刑事は、
「そ、そうでもあいません、彼女は・・」
言葉が震えていた。刑事の身長は競羅と一緒の一八三センチぐらいだ。体重も九十近くはあるだろう、その刑事が心なしか怯えているのだ。その様子に競羅は、
〈どうせ、粋がって歯向かって、手痛い制裁をくらったくちだろ〉
と思いながら言葉を続けた。
「もう、そんなことはどうでもいいよ。一応、名前を教えてもらえないかい?」
競羅の言葉に、その男性刑事は軽くちゅうちょをした。
「おや、さっきの女性には手帳の中まで開いていたみたいだけど、困るな、刑事のくせに人を選ぶなんて、確かどこかに、水という字があったような気がするけど。あとで、日月さんに聞いてみるか」
「すみませんでした。自分は清水と申します。役職は巡査です」
清水刑事は素直にあやまった。そのあと続けて声を、
「しかし、巡査長に狐目とは、よく言いますねー」
「実際、そうだろう」
「それはそうなのですけど、私はとても・・」
「だから、そんな話はもういいいよ。どうせ、その狐目が、この先、番をしているのだろ」
「彼女はいませんよ。捜査中ということで」
「では、病室の前には誰もいないのか?」
「松本先輩が見張っています」
その清水刑事の応答中、次の展開が彼はイヤホンに手を当てると。
「はい、わかりました。仰せの通りにします」
と答えた。そのあと競羅に目を向けると声を出した。
「今、警部との確認がすみ、あなたの面会の許可がおりました。どうぞ病室の方へ」
こうして、競羅は天美のいる病室に向かった。
病室の前にも男性がいた。三十ちょうどぐらいか、清水が言っていた松本という刑事だ。
彼は同様に連絡用のイヤホンをつけていた。そして、競羅に向かって話しかけてきた。
「あなたが警部のご親戚に当たる方ですね?」
「ああ、そうだよ。ちょいとした縁でね」
「では、お入りください。重体ですので、無理はさせませんように」
松本刑事はそう答えた。本来なら、もう少し、細かく事情を聞かれる立場なのだが、あっさりしたものである。これが、この刑事の特徴なのだろう。
競羅は松本刑事に軽く一礼をすると、ドアノブに手を掛けた。
病室に入ると、ドアの閉まる音に反応をしたのか、
「だれ?」
弱々しい声が聞こえた。競羅が声の聞こえた方角を見ると、血圧、心拍数などを示すモニターの横に腕に点滴、顔に酸素マスクをした少女が横たわっていた。
「まだ、大変みたいだね」
「その声は・・ ざく姉・・」
天美の声が聞こえた。声の弱さから、全快にはほど遠い状況である。
「そうだよ。こっちだよ。散々な目にあったようだね」
「そうみたい、気づいたら、こんな状態だった」
「それで、どこまで覚えているのだい?」
「いつもの道、走ってたとこかな。そのあと、衝撃して・・」
天美は答えながら苦しそうであった。その様子を見て競羅は、
「もういいよ、無理して話さなくても。今日は、久しぶりに顔を見に来ただけだからね。しかし、よかったよ、あんたが無事だったことが確認できて」
「まあ、なんとか」
「今日は、様子を見にきただけだから、これ以上は聞かないよ。まだ、飲めないかもしれないけど、牛乳を買ってきたから、そこに置いておくね」
「あ、ありがとう」
「今日は帰るけど、また、のぞきにくるからね。がんばるのだよ」
競羅は天美の病室をあとにした。
病院を出た競羅は、さっそく、携帯を取り出し通話を始めた。相手は、
「あ、姐さんすか、連絡を待っていました」
数弥である。そのあと彼はすぐに、尋ねてきた。
「まず、天ちゃんの様子について聞きたいんすけど」
「いきなり、その話かよ」
「ええ、どうしても気になりまして、何度、行っても会わせてもらえませんでしたし」
「それは、あんたもわかっているだろ。集中治療室だったからだよ」
競羅はそう答えた。心中では、
〈あんたはマスコミだから、これからも、絶対無理だけどね〉
と思いながら。まったく、そんなことを気づかない数弥は次の言葉を
「そうすか、それで、姐さんは会えたんすね」
「ああ、会えたよ。一般病棟に移ったからね。個室だけど」
「良かった! それで状態はどうなんすか?」
「まだ何も話せる状態ではなかったよ。鼻には酸素マスクみたいなものをかぶされていたからね。声も途切れ途切れというか」
「そうなんすか。僕も見舞いに行かないと。それで、あと、どれくらいかかるんすか?」
「わからないね。医者じゃないからね。でも、簡単に退院はできないと思うよ。前も報告したと思うけど、手術に立ち会った医者が言うには全治三ヶ月ぐらいだね」
「三ヶ月すか。となると退院は選挙後ぐらいすかね」
「選挙だって、結局は、あんた、そっちの方が大事なのかよ」
競羅はとがめるような口調で声を上げた。
「天ちゃんの方が大切に決まっているじゃないすか。ただ、三ヶ月ということで、選挙のことが思わず口に出ちゃったんすよ。みんな、そんなことばっかり言っているので、つい」
「まあ確かに、あんたたちの業界では選挙の話が飯のタネだからね」
「ええ、政権交代になるかもしれない大きな選挙すから。しかし今回与党は、またまた一段と不利な立場になりましたね」
「また、何かあったのかい」
「だから、岡川大臣の発言すよ。今は、どのテレビ局もその話で持ちきりじゃないすか」
「まだ、そんなことを言っているのかい。真っ当な言葉だろ」
「どこが真っ当すか。危険な発言すよ」
「そうは思わないね。確か、『ミサイルが飛んできて地上を破壊したら、どうするか?』という、どこかの記者の質問に、『そうなったら、国民、皆、兵士となって、撃ってきた国を滅ぼすべきだ』と言っただけだろ」
「だから、それは防衛大臣の発言なんすよ。みんなカンカンすよ」
「そうかな、逆に与党の支持が増えると思うけどね」
「それは、姐さんの一派だけすよ。勇ましい言葉は子供でも言えますから。だいたい、言葉ぐらいで支持が上がるのなら、政治なんて楽なもんすよ。そういうことで、次の選挙、より国民生活党が有利になると思うんす」
「そうかもしれないけどね。だいたい、記者がそんな質問をするのが変なのだよ。あの子のせいかもしれないけど、おかしな事件が続いて与党の力が弱っているだろ。そんなときに、あんな質問なんてするものかなと思ってね」
「それは、周辺諸国の国が強くなってきたからすよ」
「そんなの今更っていう感じだろ。何か裏があるような感じがするのだよ。わざと、そういうたぐいの質問をして相手の言葉尻を取る。どうせ今回もまた、色々と編集をしているのだろ。だから、あんたたちマスコミは警察から警戒をされるのだよ」
「とはいいましても、僕は管轄外すから」
「どうかな、向こうから見たら同じようなものだよ。今、言ってきた、あの子の入院している病院だって、かなり、マスコミを警戒していたからね」
「だから、僕は入れてもらえなかったんすか」
「いや、さっきも言ったように、昨日までは絶対安静状態だったのだよ。けどね、あんたに限っては、これからも当分、あの子への面会は無理だと思うよ。警察のマスコミに対する警戒は半端ではなかったからね」
「どういうことすか?」
「仕方がないね。まあ、どっちみち話すつもりだったけどね」
競羅はそう言うと病院であった出来事について説明をした。当然のように反応した数弥、
「でも、僕は別でしょ」
「なわけはないだろ。向こうもバカではないからね。腕章をはずしてもダメだよ」
「そんなあ」
と声を上げたが競羅は冷たい口調で、
「まあ、恨むのなら自分の職業を恨むのだね。ということで、一応、状況については伝えて置いたからね。そういうことで、今日の用件は終わりだよ」
と言って通話を終えた。
数弥との通話後、競羅は再び携帯の通話ボタンを押した。
「競羅さんですね」
相手先の声が聞こえた。今度の相手は御雪である。
「ああ、そうだよ。今、あの子の入院している病院に行ってきたのだけどね」
「天美ちゃんのですね」
「ああ、そうだよ。あんたの方は、もう行ってきたかい」
「さようで御座いますね。事件の次の日、絵里とお見舞いに行ってきましたが・・」
ここで、御雪の言葉が濁った。競羅はやはりと思いながら、
「どうやら、病室に入れてもらえなかったようだね」
「さようで御座います。まだ、しばらくは絶対安静ということで、まことに残念でしたが。一応、お見舞品は見張りの刑事さんに渡しておきました」
「翌日か。それはまあ仕方がないよ。しかし、それは悪かったね」
「それで、今日の状態はいかがでしたか?」
御雪に聞かれ、競羅は数弥に話したことと同様のことを伝えた。
「さようで御座いましたか」
「ああ、あれだけ派手に報道されたということで、関係者がうるさいということでね。しばらくは、面会が制限されると思うよ」
「仕方が御座いませんね。天美ちゃんの体調もよろしくないということですから」
「ああ、それに、今回は日月さんが指揮をとっているからね。色々と面倒だよ」
「ひつきさん?」
「ああ、少年課の下上警部。義兄さんの奥さんだよ」
「下上警部のことでしたか。わたくし、下の名前までは存じ上げておりませんでした」
「一応、存在は知っていたみたいだね」
「さようで御座います。直接、お目にかかったことは御座いませんが、噂ではかねがね」
「ああ、警察学校から現場に戻って、そんなに日はたってないけど、着々と実績を上げているみたいだからね。あの通り魔事件でも陰の功労者だと言われているね。それより、電話をしたのは用件があるからだよ、今、話の出た義兄さんのことだけど」
「下上警視正ですね」
「ああ、義兄さんのことだけど、履歴を調査してして欲しいのだよ」
「えっ、今、何ておっしゃいましたか」
御雪は聞き返してきた。
「聞こえなかったのかい。義兄さんの履歴を調べて欲しいと言ったのだよ」
「ご冗談ですよね。今は個人のプライバシーを調査するのは禁じられております」
「それは建前だろ。それぐらいできなければ、何のために探偵をしているのだい」
「確かにさようで御座いますが。警察内部の情報となりますと」
「無理だというのかい」
「無理とまでは申しませんが」
「その言葉、やはり、何かつてがあるようだね」
競羅はそう言った。御雪が警察の何人かと親しいことを知っているのだ。
「さようで御座いますが。もし発覚をいたしますと彼らの迷惑になりますし」
「ほおー、彼らねー。でも、ばれなければいいのだよね」
「さようで御座いますが。ですが、さすがに警察幹部の個人情報ですと・・」
「結局、できるのかできないのか、どっちだい! できないのなら他を当たるよ!」
競羅はイラついたのか、そう電話口に迫った。その気迫に相手は、
「わかりました。少々お高くなりますが、何とかいたしましょう」
「初めからそう言えばいいのだよ。まったく、相変わらず、もったいをぶって。とにかく、早いほうがいいから頼むよ」
「むろん、競羅さんは上客ですので、大急ぎでやらせていただきます」
「では、そういうことで頼むよ。それと、ついでだから聞くけど、このあいだ、あんたが話していた、あの子を尾行していた怪しげな女たちについては、何か進展があったかい?」
「残念ですが、まだ素性は判明しておりません。彼女たち自体が姿を見せませんので」
「そうかよ。となると、手がかりは、あの閉鎖した学校だけか」
「例の学校ですね。閉鎖では御座いません。休校です」
「似たようなものだろ」
「違います。わたくしの調べたところ、三ヶ月後にまた、授業を始められるようです」
「どうして、そんなことがわかるのだよ」
「ご存じありませんでしたか。最近、さような掲示があったようです」
「そうかよ、しかし、三ヶ月か。ちょうど選挙が終わったころだね」
先ほどの数弥との会話の影響か、競羅は反射的にそのようなセリフを言った。
「選挙ですか」
当然というか、場違いの言葉に戸惑った御雪。競羅はあっと思ったが、何か考えが出てきたのか、そのまま言葉を続けた。
「ああ選挙だよ。さっき、数弥とそのことを話していたから、ついつい口に出てしまったみたいだね。それぐらいの時期に選挙があるのだろ」
「確かにさようでは御座いますが」
「どうやら、あと二ヶ月で任期満了だってね。そこから、一ヶ月から四十日ぐらいあとに選挙があって次の政権が決まるのだろ」
「確かに、解散から総選挙までは、法律では四十日以内と決められておりますが。かようのことが何か引っかかるのでしょうか?」
「だから、今、話に出てきただろ。学校の話が、その休校の時期と一致するだろ」
「さ、さようで御座いますが、さすがに偶然かと存じますが」
「いや、偶然だと思っていたら話は進まないよ。あの学校に関してはね」
「では、競羅さん自身は、大きな事情をご存知なのですね。わたくし、以前から気になっていたのです。なぜ競羅さんが、これほどまでに気になされるかということを」
御雪はそう質問をしてきた。やはり、何か引っかかっているのだ。まずいと思った競羅は話題を変えるように次の言葉を、
「さあね。何にしても、あそこは、おかしな思想を持っていた場所だったことは間違いないね。それで、選挙の話だけど、どうも、野党というか国民生活党が勝ちそうだね」
「さようで御座いますね。今の与党は大失点続きですから」
「ああ、そうだね、あの子が能力を使って、色々とやらかしたからね」
「あの子って、天美ちゃんがでしょうか?」
話に食いついてきた御雪、どうやら、はぐらかすのには成功したようだ。
「ああ、そうだよ。あんた、あの子を使って、女性の敵と称する人たちを、現行犯でつかまえて、何人か刑務所に送りこんだだろ」
「さようでは御座いますが」
話をふられた御雪は答えながら戸惑っていた。御雪は前も説明をしたように、天美の能力を自分の仕事に利用をしていた。だが、彼女は強善疏の存在までは知らないのだ。
もし、知ったら、もっと際どい行動に出るのは間違いはなかった。だからこそ、強善疏のことを知られてはならないのだ。競羅は慎重に言葉を選びながら言葉を続けた。
「だろう、だから、そういう連中には政治家がついていたのだよ。それも、ほとんど与党がらみのね。その証拠というか、何人かが下半身の関係でやり玉にあがっただろ」
「確かにさようで御座いますね。競羅さんのおっしゃられる通り、幾人かの政治家の方たちが、スキャンダルで役職を辞任いたしました」
「よくわかっているね。そのことが、間接的に大臣たちのおこした犯罪の暴露、につながっていったのだよ。まあ連鎖的というか、マスコミの目が厳しくなったからね。しかし、何にしても困ったことになったよ。今度の選挙は」
「困ったですか、確かに競羅さんはそちらの部類の方ですから」
御雪は受話器の向こうで、うすい笑みを浮かべていた。
「何だよ、そちらの部類って?」
「国粋的な与党の支持者ということです。お国を守るためには、モラルはもとより、いかような大きなスキャンダルが起きましても目をつぶられるという。結局のところは、強者の味方ということですね」
「そんなことは言っていないだろ」
「おや、さようで御座いますか。今までの言動から見ましても、どうしても、わたくしには、さように思えるのですが」
「そういう、あんたは、どうなんだよ?」
「わたくしは、弱者の味方となるべき道を目指しておりますが」
「まあ、聞き心地だけはいい言葉だね。それで、あんたは、どこを支持しているのだい?」
「わたくしは、今回、国民生活党を支持します。国民を国民として尊重せず、財布やコマかと勘違いをなさっている殺人政党は、まっぴら御免ですから」
御雪は厳しい口調できっぱりと答えた。その返答を聞きながら競羅は、
〈確かにこれが、国民の今の真意だろうね〉
と思っていた。そして、彼女は反論するように声を上げた。
「けどね、あそこだって、耳ざわりのいいことばっかり言って、いまいち信用ができないよ。特に前は与党の幹事長だったくせに、いつまにか、あちこちの党の怪しい連中と組んで、新党の総裁におさまった白取という奴はね」
そのころ、別の場所では、天美の殺害を依頼した学校の影のオーナーである一人の政治家が、結社のエージェント、デネブと通話をしていた。
「つまり、結局のところ、あの娘は息を吹き返したのか!」
政治家の声にはあせりがあった。
「さようですな。危機を脱したようで、一般病棟に移されたようですな」
デネブは相変わらず、ねっとりとした口調である。
「そいつは困ったな、うーん」
「むろん、再びお任せしてもらえばやらせていただきます。当然、前金はゼロです。ただし、病院には警察が張り込んでいますので、一手間はかかりますが」
「いや、やめておこう。もう少しで、大望がかなう重要な選挙だ。その前に、これ以上、事を大きくするわけにはいかない」
「おや、そうですかな」
「しかし、施設の方に警察が入るのだけは何とかしないと」
「そこは、心配なさらなくてもよろしいかと、手前どもの情報によりますと、まだ、とても、警察の聴取を受けられる状態ではありませんので」
「それは、間違いがないか!」
「情報にぬかりはありませんな。病院には色々と手は打ってありますので。どうです、ここで本当に、フスを再び依頼しませんか、今回は後金も格安にさせていただきますから」
結社としては天美を始末したかった。だが、いくら始末したくても依頼人がいなければ手を出せない。だから、このような発言が出たのだ。デネブの言葉から、すでに、結社の何者かが、職員に扮装して港クロス病院に潜入しているのであろう。
しかし、政治家は、
「だから、選挙前はダメなんだ。テロ対策とかいって超法規的措置がとられたらまずい」
「まったくもって残念ですな。まっ、他をあたりましょう。それで他に用件は?」
「今のところはない」
「今日の報告はここまでということですな。もし、気が変わりましたら、いつでもご連絡をお待ちしております。では、今日はこれにて」
こうして、通話は終わった。その後、政治家、白取は思っていた。
〈どうやら、警察が踏み込む前に間に合ったみたいだな。実際、あの施設には、まだまだ、都合の悪い書類が山ほどあるからな。今夜にでも取りに行かないといかないと〉
「白取総裁ですか、わたくしは立派な方だと存じますが」
「どうかねえ。ああいうたぐいの連中の主張は、まともに信じてはいけない思うけどね」
「わたくしはさようには思いません。先ほども申し上げました通り、競羅さんは与党側の人ですからね。白取総裁が煙たいのではないでしょうか」
「そんなわけないだろ。何か裏がある、という感じがするのだよ」
「さような考え方が、先入観というものなのです。わたくし、白取総裁が次期首相かと思いますと、まさに心がおどる思いです」
「幸せな人だね。しかし、こっちは、どうも引っかかるね。もしかしたら、今回の学校に関係している、っていうことも頭にちらついてくるし」
「学校? 競羅さん。さようなお言葉、今回のお電話だけで三回出てきましたね!」
御雪の声が鋭くなった。何か手応えを感じたのだ。
「そうだったかな?」
「さようで御座います。そもそも、なぜ学校にさようにこだわるのです。わたくし、先ほどもお尋ねしましたが、どうも、はぐらかされたようで。もしかして、本当に競羅さんは、天美ちゃんの事故と学校を結ばれる何かを握っておられるのですか」
御雪の言葉を競羅は受話器ごしに聞いていた。そして、決心がついたのか、
「こうなったら仕方がないね。また、大きな面倒事になりそうだったから、できるだけ隠しておきたかったけどね、あんたも、すっきりしないようだから説明をするよ」
競羅はそう前おきを言うと、天美から聞いた学校での出来事を話すことにした。
話を聞いたあと、当然というか、驚きの声を上げた御雪。
「さようなことが御座いましたか!」
「ああ、こっちは、それが原因で、あの子が狙われたと思うのだけどね」
「わたくしも、さような感じがいたします。それで競羅さんは、このあと、いかがなさるおつもりでしょうか? もしかして、学校に乗り込んで行かれるとか」
御雪はそう意見を出した。ある意味、彼女の方がいろいろな面で行動的なのだ。
「学校へ乗り込む。そうか、その選択があったね。もとはと言えば、あそこが、すべての発端だからね。一度、どうなっているか調べないと」
「むろん、わたくしもご相伴させていただいて、よろしいですよね」
「そうだね。よく考えたら、ここは、あんたの力が必要になるかもしれないね。でも、わかっていると思うけど、そこは、かなり危険な場所だと思うよ」
「さようなことは存じております。実のところを申し上げますと、わたくし、天美ちゃんが女の子に突き飛ばされた、とうかがったときから、相手が彼女の、おちから、を知っている何ものかであると考えておりました。ですからこそ、はっきり、させたいのです」
「そういうことなら、三十分後に新宿の東口交番前でどうだい」
「承知いたしました。ですが、わたくしとしても、色々と準備が必要ですので、ここはひとつ、一時間後というのはいかがでしょうか」
「一時間後だね。けどね、これだけは言っておくよ。興味本位では大やけどをするよ」
競羅はそう言って通話を終えた。