第六十六話 爆風吹き荒ぶ噴水公園【瑠璃視点】
十六時と少し過ぎ、私はカフェモカをちょびちょび飲みながら外にある三連噴水を眺めていた。その噴水には、五月にも関わらず元気に子供がはしゃぎ、噴水の水にバシャバシャと手を入れる。そんな子供を微笑ましそうにしながらも止める両親。実に和やかな光景に、私はつい微笑む。そんな時だった。ズドォォォンと、大きな音とともに、噴水の一つが爆発する。その大きな振動と音で大気が揺れ、私がいるカフェのガラスにひびが入り、他の客たちは何が起きたのかの意味も分からず阿鼻叫喚する。だが私は、噴水の近くにいた親子に視線が注がれていた。煙が晴れると、人影がいくつか現れた。その人影は、泣き叫びながら子供を抱きかかえる両親と、その近くで毅然とした態度で立つ数人のフードを目深にかぶった集団だった。私は急いで鞄を持ち、崩れたガラスの隙間から飛び出る。状況を理解した人が「止まれっ!」と叫ぶが、全て無視し「救急と警察を呼んでくださいっ!」と言い、親子の下に向かう。
「優斗っ!優斗っ!返事して優斗!」
子供の母親であろう女性が子供の名前を呼びながら泣き叫び、父親らしき男性は、状況を理解できていないが、二人を守るように抱く。その姿には目もくれず、目深フードの集団は両手を広く大きく掲げ、演説するように叫ぶ。
「聞け諸君!魔獣の汚染を免れた我ら同志よ!我らは『魔獣汚染浄化解放教団』であるっ!」
魔浄教団!私はその言葉に戦慄を憶えた。まさかこんなにも早く意図しないタイミングで魔浄教団と遭遇するとはっ!確かこの噴水は、人間と分離奇生命体の共存がタイトルだったはず……。だから破壊したのか!そう思いながら、残った煙をかき分け、やっとの思いで親子の下へ着いた。光景は悲惨なものだった。噴水に手を入れていた子供は、左腕の根元からが無く、体中が熱傷や打撲、切り傷などで、さっきまでの元気さは無く、見るも無残な姿となり果てていた。だが、良いか悪いか息はしている。だが、呼吸をするのも辛そうであった。そんなことを露ほども気にしない魔浄教団の集団は、演説を続ける。
「我々は今!魔獣との共存などと、大法螺の出まかせを吹いた異教徒どもの偽物の平和を砕いた!我々は、本物の平和へとまた一歩進んだのだ!魔獣は全て、我らが魔浄人が殲滅する!」
このようなことをする度にこんな演説をしているのだろうか。……こんなものでは人なんか集まらない。なぜならこの親子は、分離機生命体とは一切関係のない人達だからだ。分離奇生命体を預けていると言われてはどうしようもないが、この親子が分離奇生命体を侍らせてもいないし、半獣や、ましてや魔獣と言う訳でもない。そんな親子を傷つけて、本物の平和とは何なのか?私は沸々と煮え滾る怒りを一旦抑え、親子に話しかける。
「すみません、症状を見せてもらってよろしいですか?」
両親は、突然聞こえた、息子が助かるかもしれない声と、その声が息子より少し年上なだけに見える少女から発せられたことに頭の回転が追い付けず、ポカンとして息子を私に見せる。
「……」
存外に外傷と比べ、内側の症状が浅い。臓器や気道の損傷がありそうだが、緊急の処置が必要なほどではないだろう。そもそもそんな処置を私は出来ない。そして外傷は熱傷が多い。大きな水膨れや、赤白く腫れ上がった皮膚。その他打撲や切り傷は噴水の破損物だろうか。そして外傷で一番酷いのは、根元から破断していた。破断と言っても腕の先は近くにはなく、肉や骨が引き千切られた様にだらりと飛び出ていたので、そうだろうと思ったのだ。そしてこの痛ましい姿をしっかりと確認した私は、自身の鞄から液体の入った小瓶を四つ、新品のタオルを何枚か、砂の入った小瓶と灰色の包帯一つずつ出した。これらの大体が応急処置系統の道具だ。私は織曖さんの結社、『川蝉』に入ってから、常に持ち歩いている物達である。私は、そんな物達を地面に置き、両親に「失礼します」と言い、水膨れなどが割れないように新品のタオルを敷いた上に寝かせる。そして、状況を理解していないながらも息子を心配する両親を脇目に、小瓶の一つを取りつつ眼を見開く。すると、私の両目に熱がこもる。きっと見た目は揺らめく炎のような光彩になっているだろう。そんな青い眼を、私は小瓶内の液体に使う。すると液体は蒸発する。『操炎の魔眼の能力の一つ、炎熱』である。そして気体になったものの入った小瓶の蓋を開け、少年の鼻に当てる。この元液体は麻酔で、今鼻で嗅いだことで麻酔は急激に効いてきているだろう。数秒経つ頃には、苦しそうな表情は幾分か緩和されたように見えた。そして麻酔が回りきるとされる時間を過ぎ、私は次の行動に移る。止血用の液体と、内側の損傷緩和の液体をしっかりと飲用できるように飲ませる。少し嘔吐きはしたが、ちゃんと飲んだようだ。この損傷緩和の液体と、今から使う外傷の損傷緩和の液体は、焼けるような痛みが伴うので、痛みで動いて、余計に怪我をされる訳にはいかないので、麻酔を使ったのだ。隔壁国未来に麻酔の資格などないので、本当に聞いているかなどは分からないが、痛がっていないので、きっと聞いているのであろう。そして外傷の損傷緩和の液体を使っていないタオルに染み込ませ、満遍なく染み込んだら、気道を確保しつつ破断した左側にかからないように上から被せる。その後その左腕に、不治の包帯と言う自己回復能力を停滞させる赤力陣の刻まれた包帯を巻く。ここだけは自然治癒でも治らないので、専門医に治してもらうまではそのままの方が良いのだ。そして応急処置を終わらした私は、両親に向き直り、優しい笑顔で言う。
「応急処置は済ませました。これから救急医が来るまで安静にさせてください」
私がそう言うと、両親は状況を理解し、涙を流しながら謝辞を言う。そんな両親とその息子に、こっそりと『保護の砂』と言う、保護の赤力術式を込めた砂を瓶からだし、護るように撒いた所で、私が落ち着いていれたのはここまでだった。私はたまっていた沸々と煮え滾る怒りを抑えることなく、魔浄教団の集団にぶつけた。
「ちょっと貴方達!」
私の叫びは、いまだに演説を続けていた魔浄教団の人達の言葉を止めた。こちらに意識が向いたことを意識し、言葉を連ねる。
「なんであなたたちは、魔獣と関係のないこの子を傷つけたの!?魔獣と関係のない人たちは同志なんじゃないの!?あなた達魔浄教団は、魔獣や半魔、分離機生命体を殺すだけ殺して、関係ない人たちは知らぬ存ぜぬって……ふざけんじゃないわよ!!」
私は怒りの限り、言いたいことを言った。話が通じる相手なら、大げんかになっていただろう。だが私の言っている言葉は、魔浄教団にどんな信念があろうとも、傍から見た意見はこうなのだ。頭が少しでもまともなら押し黙ると思っていた。後々考えると、私は言いすぎてしまった。……実行犯何て、会話の通じる相手ではない。
「……始末しろ」
魔浄教団は、気に障ったように舌打ちをし、そう一言言って五人ほどが仕掛けてくる。その数人はそれぞれナイフが四人、短刀が三人、トンファーが二人。残りの演説者含む四人は、何等か赤力術式の詠唱をしているようだが、距離が遠く聞こえない。そのことを少し残念に思いつつも、私は目を見開く。作り出すは始まりの炎。そう考えつつ見開いていた眼に力を込めると、私の目の前に、熱を感じない蒼い炎が現れた。『操炎の魔眼の能力の一つ、炎源』である。この炎源の炎は、炎限定の赤力タンクであり、これを作り出す時以外に、赤力術式を使いすぎたときに出る倦怠感を無くし、強く思わなくても無詠唱で赤力術式を発射できるという、ノンタイムラグの火炎砲のようなものだ。それを走ってくる人が着く前にもう二つ、つまり合計三つの炎源を作り出し、『中位術式、一火・数多』をイメージする。すると、三つの炎源から無数の矢が発射される。魔浄教団は一瞬、動きを止めたが、すぐに応戦の姿勢をとる。そして多くの矢を叩き落とし、切り落としていく。順応速度が速いようだ。そして中位術式程度では効かないようだ。そのため私は、赤力術式の威力を高めることにした。『上位術式、火炎の虚狼』をイメージすると、炎源の中から人数分つまり九体の蒼炎の狼が現れ、それぞれ魔浄教団に飛びかかる。魔浄教団員の所持している武器は、どれもリーチが短いので、炎が近く、熱さや、そもそもの要因として、一体一体自律して動く炎の狼達に、苦戦しているようだったが、少しずつ炎の狼達を追い詰めていく。ある程度の手練れのようだ。だがそんなこと私は、最初の走り込みで分かっていた。なので炎の狼達に誘導させて、一つの場所に魔浄教団員を集めていたのだ。そして、近づいてきた九人の魔浄教団員は、一つの場所に集められた。魔浄教団員は集められていたことに気づき、急いで離れようとするが、炎の狼によって防がれる。さっきまで通用していたはずの攻撃が通用しない。炎の狼達は手加減をしていたのだ。そして私は眼を強く見開く。『操炎の魔眼の能力の一つ、炎増』。それによって炎の狼の火力が増し、火柱のようになり、炎の檻が完成する。だが、上は空いているため、魔浄教団員は、上空を目指すだろう。だがその上空に、炎源を動かす。そして炎源を一つにまとめ、一つの大きな炎源を作る。この状態なら、高度な最位術式一回分の赤力があるであろう。そう思いながら私は、最位術式のため力強く眼を見開き、強くイメージする。すると、大きな炎源の前に円形のゲートのようなものが現れ、恐怖の重圧とともに、ゲートから溢れ出るように、蒼い炎が放出される。『最位術式、炎龍片鱗』だ。檻の中にいた魔浄教団員らは、消し炭になっているであろう。そんな威力の蒼い火炎であった。遠くの魔浄教団員にも動揺が見られた。この集団のリーダーと思わしき演説者も、冷静そうに見えるが、口が見てわかるほど引きつっていた。やはり一人ぐらいは尋問した方が良いかと考えていると、突発的に無数の氷の塊が魔浄教団員の上空から発射された。動揺はしていたが、詠唱は続けていたようだ。上空に打ち上げて使う流星のような氷、『最位術式、百霰の球弾』であろう。一個一個は小さい氷の球ただが、数と速度が強烈で、人間の皮膚や筋肉は容易く貫通し、骨も楽々と砕く。そんなものに当たったらひとたまりもないので、『操炎の魔眼の能力の一つ、炎製』で、複数枚炎の盾を作り出す。これなら、幾枚か貫通しても、どうにかなるだろう。ふと気になって、近接の魔浄教団員が居た所に目をやったが、やはり人の姿はなかった。炎龍片鱗の威力が強く、大きな穴が開いていた。少し違和感を憶えた 気がしたが、次の瞬間、そんなことは考えられなくなった。私の所へ来るよう見えるように角度をつけられていて、狙いはあの親子であった。あの親子に振った保護の砂は、低レベルの上位術式、乃至は中位術式までしか防げない!私はとっさに動き、炎製で作った炎の盾を向こうにも作ろうと……それでは少し間に合わない。私は自分を守っている炎の盾を親子の前に移動する。こちらにも何発か氷が来ているが、急所を避けるしかなさそうだ。そこで私は目を見開いた。……実際に見えてはいないが、私の資格の位置から、人の気配を感じた。その箇所を見ると、炎龍片鱗で倒したはずの魔浄教団員が地面から飛び出、私に斬りかかってきていた。穴が不自然だったのは、そのためだろう。この距離まで近づかれたら、親子の守りをやめない限りどうしようもない。素早く赤力を使うには、一つのものに集中しないといけないからだ。だがそれは出来ない。せめて近接格闘の技術があればと思ったが、残念なことに初歩の初歩しか会得していない。この状況では全くの無意味だった。急所を外そうにも、九人の同時攻撃では無駄であろう。せめて親子だけは守ろうと、炎の盾の強度を上げながら、ふとある青年のことを思い出す。
「(誠……)」
私は心の奥でそう言いながら、やってくるであろう痛みに身を窄めようとしたその時、私を呼ぶ声が聞こえた。その声は私の大切な人の声だった。
「瑠璃先輩から!は、な、れ、ろーー!」
声の方向を見ると、一振りの刀を持った青年が、見えない八本の何かを使って、魔浄教団員全員の武器を、斬り上げの状態で鍔迫り合いをしていた。だがそのあと、全ての武器を切り上げで弾き飛ばし、伽藍洞となった胴体に、刀と透明な何かで突き刺した。いつの間にか、他の魔浄教団員も倒れている。それらを確認した誠は、振り返って、私に言った。
「大丈夫ですか、瑠璃先輩」
心配そうに差し出された誠の手を、力が抜け座っていた私は強く握り、誠を支えに立ち上がった。




