第六十五話 従順
昼休み、俺と静は三年の教室へと向かった。二教室ある三年生の教室は、何処も弁当を食べている者や雑談をしている人で溢れかえっていた。そして、朝雲はすぐ見つかった。昼食を学食や他の場所で食べているなら、面倒くさかった所だが、すぐに見つかって良かった。だが教室の入り口から大声を出すのも気が引けるので、近くにいた先輩に呼んでもらうことにした。
「あのすみません。朝雲……先輩に用があってきたんですけど、呼んでいただけますか?」
俺は、先輩と呼ぶことで少し考えてしまったが、学校では先輩なので先輩と呼ぶことにし、近くにいた先輩に頼むと、その先輩は快く引き受けてくれた。
「おーい将太!お客さんだぞー」
「客?」
先輩の呼び声に、朝雲は訝し気にこちらを向く。そして分かりやすく“げっ”と言うような顔をした。
「げっ」
声にまで出した。だが、いやそうにしていたのはそこまでで、朝雲はこちらに歩いてきた。俺達は呼び掛けてくれた先輩にお礼を言い、朝雲が来るのを待った。
「何ですか、“エルブさん”と“ナギットさん”」
「馬鹿野郎」
俺は開口一番コードネームで呼んできた朝雲に悪態をついた。朝雲は顔を顰めたが、すぐに失言に気づき、周囲かきょろきょろしながら口を手で塞いだ。そして数秒の後、塞いでいた手を外し、消沈気味に、口を開いた。
「すみません」
「まぁ良い。幸い近くには人がいなかったからな。これからは気を付けるように」
「はい……」
朝雲は消沈しているからかもしれないが、昨日と打って変わって従順に頷いた。そのことに、俺も静乃も少し驚くが、良いことだと思い、何も言わず話をした。
「俺の名前は新藤誠。そしてこっちが野賀地静」
俺の言葉に朝雲は「分かりました」と頷いた。それを確認し、俺は本題に移った。
「朝雲。今日時間あるか?」
「ないです」
「そうか。じゃあ今日の十六時半に、西区の中央噴水広場のカフェに集合な。なくてもいいが、出来れば礼服一式買えるぐらいのお金を持って来てくれ」
「分かりました」
朝雲があまりにも従順なので少し心配になったが、ちゃんと聞いているようなので、良しとし、別れた。敬語とタメ口が傍から見て逆だと思っていそうな目で見てくる人もいたが、話しかけてくるものはいなかった。




