第六十三話 川蝉の本題
試合終了の合図が聞こえるとともに、俺は氷の大刺を消した。それと同時に結界が解除され、拍手をしながら仕事仲間や織曖さんが近づいてくる。
「お疲れ様、二人とも。エルブ、朝雲はどうだ?」
「朝雲……あぁ、彼ですね。彼は赤力術式には教えることが沢山ありそうですが、剣術に関しては、節々に才能か訓練の賜物かを見ることが出来ました」
「ほう……」
俺の返答に、織曖さんはしたり顔で笑った。その笑みに俺は首をかしげると、織曖さんは楽しそうに言った。
「試合をする前と後でずいぶん考えが違うと思ってな」
確かに、朝雲の太刀筋を見てから鍛えてみたいと思うようになってきていた。そう意識操作をされたようで少し癪だが、否定もできないため、仏頂面をするに留まった。そんな俺を楽しそうに見ていた織曖さんは、少し微笑むと、朝雲の方を向いた。
「どうだ?エルブと戦ってみた感想は?」
織曖さんが言うと、朝雲は渋々と言った様子で答えた。
「彼が相当な実力者であることは分かりました……」
そう朝雲が言うと、織曖さんはまたも楽しそうな表情をして言った。
「悲しいことながら、エルブは我ら川蝉の中で赤力の順位は中から上の下ほどであろう。そもそもエルブは騎士だからな」
織曖さんがそう言うと、悔しそうにまた顔を伏せた。それを見ながら織曖さんは、少し声を大きくして言った。
「それで?朝雲。お前はまだエルブが自分の教育係になるのはいやか?」
織曖さんが意地悪気にそう尋ねると、何かを決心したのか、朝雲は真剣な様子で顔を上げ、織曖さんを見た後、ゆっくりとこちらへ顔を向けた。
「いえ、むしろこちらからお願いします。エルブさん、俺に剣を、赤力術式を教えてください」
俺は、朝雲の気持ちの変化に、驚き半分、関心半分と言った気持ちで頷いた。
「それではエルブ、朝雲のこと、任せたぞ。……じゃあこの話は終いだ」
織曖さんの言葉を聞いた仕事仲間達は、帰り支度を始める。その時、織曖さんは手を強く叩いた。
「なぜ帰ろうとする?」
織曖さんの問いに、一人の男性が答えた。
「えっ、今回の会合は、エルブさんが彼の教育係になった、という話ですよね?」
男性の回答に、織曖さんは大きく溜め息を吐いた。
「……そんな訳ないだろう。それだけならば当人達だけを呼べば済む話であろう。それとも何か?私が先頭になることを見越して、見物客としてだけで呼んだとでも思っていたのか?」
織曖さんの言葉に、室内にいた者(朝雲以外)の全員が強く頷いた。その光景に、織曖さんは、少しだけ唖然とし、微妙に恥ずかしそうな顔をしたが、すぐに顔を元に戻し言った。
「まぁ良い。……本題はこれからだ」
織曖さんの真剣な表情と声音に、仕事仲間たちは静かに帰り支度を解き、織曖さんに顔を向けた。それを確認すると、織曖さんは話を始めた。
「今回の会合の内容は、最近動きが酷烈になってきた宗教組織『魔獣汚染浄化解放教団じょうかかいほうきょうだん』。通称を『魔浄教団』についてだ。魔浄教団は、名前の通り魔獣や魔染と言う魔獣に染まったもの、つまり半人半魔や分離寄生命体に寄生されている人間を、浄化と言う大義名分の下に、不当な拉致監禁や拷問、殺害をしている集団だ。魔獣の退治はありがたいが、無垢な人間達に暴行を振るうのは看過できない」
俺達はそろって頷く。そんな無作為に半人半魔や分離奇生命体を殺害するのを、俺達は黙っていない。なぜなら、俺達はそういう隔壁国未来の安寧を守る団体だからである。
「なので、我々はこの魔浄教団をどうにかしたいと思う。だが、あいつらは大きく動いているが細かい情報が出てこない。この理由がなぜかすらも不明だ。そのため、まずはその辺りから調べていきたいと思う。まずは……」
織曖さんはそう言い、コードネームを呼びながら、何処へ向かうか、何を調べるか、だれを観察するかなど、様々なことを支持していく。まぁ俺は教育係になりたてだから、当てられるとしても簡単な物であろう。そう高をくくっていると、ついに俺のコードネームが呼ばれた。
「エルブ、シアン、それとナギット。あと……朝雲、お前はこれから『エンバーラスト』エンバーだ。この三人は、魔浄教団と繋がっていると噂の画家、松川 利斎が五月二十四日に出席するパーティーに参加してもらいたい」
「松川利斎……ですか?」
俺はその名前に憶えがあった。松川利斎とは、著名な画家である。有名な作品では一億円を超える作品を世に送り出した人物だ。そんな彼が魔浄教団と繋がっている?彼の妻の家系は分離奇生命体に寄生されていたはずだが……
「松川利斎の妻子の姿がある時期から見えなくなっていてね。その時から作風も変わってしまったのだが。それと同時期に魔浄教団の活動が活発になった。ただの偶然かもしれないが可能性はゼロではない。ほかにも似たような話を他の人にも任せている。資金源の可能性もあるから、十分注意して当たってくれ」
織曖さんの言葉をよく聞き、俺達は深く頷いて、更に詳細を聞いた。そしてそれぞれ準備をしつつ帰路へと就いた。




