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第六十二話 天狗の鼻折れ

「『大空、天井より来たれ、太陽の使い、……」

 青年は試合開始と同時に赤力術式の詠唱を始め、下賜かしを求めるように両手を上に掲げる。明らかに隙だらけであった。だが、俺は攻撃を行わない。なぜなら、この隙が罠の可能性があるということもあるのだが、このまま俺が簡単に勝っては、織曖さんの要望を全て叶えることが出来ないからだ。織曖さんの要望は、つまらない試合は許さない、圧倒的な力の差を見せつける、完膚なきまでに叩き潰す、だ。正確には、青年を改心させる、も入るのであろうが、この試合一回ではい改心しましたとはならないだろう。なので除外だ。と言う訳で、今倒してしまうと、圧倒的な力の差を見せつける、完膚なきまでに叩き潰す、は叶えられるが、つまらない試合は許さない、が叶えられないのだ。そもそも織曖さんはそこらへん厳しいので、目指すは及第点なのだが……。そんなことをのんきに考えていると、青年は術式を完成させようとしていた。

「……荘厳そうごんに火を降り落とせ、中位術式ちゅういじゅつしき、火々散霰かかさんさん』!」

 術式を唱え終わると、天に掲げた両手に大きな火球が現れる。そしてその火球は斜め上へと浮遊し始め、ちょうど俺の二メートルほど前で止まる。そこまでの速度は実にゆったりとしていて、当の青年は動きを起こさず、勝利を確信するように火球を見つめてニヤリと笑う。俺や織曖さんを含む観客は一斉に嘆息たんそくした。青年は俺らの嘆息に気づいていない。そのうち、火球からハンドボールサイズの火球が無数に飛び出してきた。俺はその光景を見ながら、手を火球の方へかざす。すると、何処からともなく突風が吹き荒れた。そして俺が翳した手を閉じ始めると、突風もそれに合わせ、火球を閉じ込めるように範囲が狭くなっていく。そして俺が完全に手を握ると、火球は風に押しつぶされるように潰れて消える。俺は目線を青年に戻すと、青年は目を見開いてこちらを向いていた。

「なっ……お、お前、何を、した……」

 青年は、口を鯉のようにパクパクさせながら言葉を紡いでいた。俺は簡潔に返答した。

「今のは上位術式の『圧風あっぷう手握しゅあく』だ」

「そんなのは見れば分かる!い、今、詠唱していなかっ……た」

「あぁ……」

 俺は勿体振るように、仕事仲間の中では当たり前の技術となっている、禁術きんじゅつの『無詠唱むえいしょう』のことをはぐらかしながら、指を鳴らす。パチンッ!と破裂音が室内に響く。その瞬間、指の音に同期して、少し離れた場所で爆発が起きる。

「これは、無詠唱と言う技術だ。赤力は人の思いや意思で形を変える。だから詠唱をして思考を固めなくても、起こしたい現象を細かく思考できれば、詠唱する必要も無く赤力を行使することが出来る」

「……」

 俺がおざなりに無詠唱について説明すると、青年は戦闘中であることや怒っていたことを忘れ、考えるようにうつむいた。そして数秒の後に、青年は言葉足らずに紡ぎ始めた。

「む、えいしょう……無詠唱って、禁術とされているあの無詠唱か?」

 青年は、ありえないものを見たと言わんばかりの表情で俺を見ていた。俺は、そんな青年に説明をした。

「無詠唱って言うのはとても実践的な技術なんだ。禁術と言っても、それは宗教に抵触するからなだけで、国が禁術扱いしている訳ではない。むしろ宗教者じゃない軍や警察には意欲的に導入しているぐらいだ。もちろんうちも宗教に入っているものはいない……って聞いているのか?」

 話している途中で、俺は、青年がなにも反応してこないことが気になり、話を切って話しかけると、俯いていた青年は怒気の炎を再点火させ、「この犯罪者がー!」と柳葉刀りゅうようとうを抜き放ち、突貫してきた。話を聞いていなかったようだ。あの青年も宗教徒ではないはずなのだが……。そんなことを考えているうちに、青年は軍と距離を縮めていた。そして青年は柳葉刀を大きく振りかぶり、斬り降ろす。俺はそれを見、余裕をもって回避する。青年は、すんなりと回避されたことに怒気の形相を増し、柳葉刀を振り回す。俺はそれを危なげなく回避し続ける。青年の怒気を纏ったような太刀筋は、雅崋山流の動きではあったが、怒りの性なのか、ずいぶんと粗雑な物だった。だが、その中にも見過ごせない鋭さを持っている。俺はその太刀筋を目に焼き付けながら、そろそろ終わらせようと思った。そう思った俺は、次に放たれた袈裟斬けさぎりをわざと擦れ擦れで避け、振り抜かれた柳葉刀の峰を叩いた。叩かれた柳葉刀は床に強く叩きつけられた。床は結界で護られているため、柳葉刀は刺さることなく大響音を発し、目に見えるほどしなふるえた。その振動が青年の腕にも届き痺れさせ、青年は柳葉刀を落としてしまった。俺はその柳葉刀を結界の端へ蹴り飛ばし、二度指を鳴らす。すると、氷の大刺おおとげが床からり出し、青年の首擦れ擦れを抜けるように斜めに立つ。首を拘束され、大刺の冷気で体もかじかんできた青年は目の前の俺を見た後、後ろにある、三十を超える水球を見て観念したようで、氷に触れないようにゆっくりと項垂うなだれた。

「試合終了っ!」

 それと同時に、少し楽しそうに声を張った織曖さんが、試合終了の声を発した。

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