第五十九話 入隊挨拶【将太視点】
……誠が集合場所に到着する少し前。俺は古めかしい木製の扉の前に立っていた。俺は意を決して扉を叩く。コンッコンッと音が響いた数秒後、「入ってくれ」と部屋の中から重々しい声が聞こえた。その声を聴いて、俺は扉を開けて中に入る。
「失礼します」
俺は背筋を伸ばし正面を見据える。そこには二十代後半の外見をした、御年五十七歳の女性、織曖 琴音が高級そうな椅子に座っていた。
「今、失礼なこと考えなかったか?」
「……いえ、そんなことは」
勘の良い織曖の言葉に内心ドキッとしながら否定すると、織曖は少し目を細めたが、すぐに表情を元に戻し、話し始めた。
「気を取り直して、君が新しく入った朝雲 将太かい?」
「はいっ。西区白波学園三年の、朝雲将太です」
俺は、体をピシッと立てていった。織曖さんは俺の反応に、少し溜息を吐いて言った。
「礼儀正しいのは良いが、少し緊張しすぎちゃいないかい?」
織曖さんの質問に、俺は言いにくそうに言った。
「それは、織曖さんがこれから俺の上司になるわけですし……。それと織曖さんはこの国でとても影響力のある方ですから」
「媚びを売ってこいと言われたか」
「えっえぇ、まぁ……俺も貴族ですから」
俺ははぐらかしたつもりだったが図星を突かれ、素っ頓狂な声を上げてしまった。慌ててごまかすように真実を漏らすが、織曖さんにはそのことを言うまでもなく察しがついていたようで、うっすらとにやけながら言った。
「まぁ親にキツく言われたかもしれないが、私の前ではあまり気にしなくていい。君の家の評価は君の行動言動一つじゃ変わりはしないからね。……まぁ公的な場や、言葉を正す場面ではその限りではないがね」
「は、はぁ……」
どうやらそういうのを嫌う、または気にしないたちなのだろう。
「そう……か。じゃあそうさせてもらう。これからよろしく」
その言葉を聞いた時、織曖は眉をピクつかせた。そして人を見定めるように言葉を紡いだ。
「お前は一つ思い違いをしている」
「えっ?」
「私は“気にしなくていい”と言ったんだ。調子に乗れとは言っていない」
織曖さんピシャっと言い放った。その後、謂れの無い怒りに心を歪まし、帯刀していた柳葉刀に手を伸ばしかける。そのことを知ってか知らずか、織曖さんは息を吐いて言葉を続けた。
「はぁ~。まぁ思い違いに関してはもう良いとして、これからよろしく、朝雲」
「……はい。よろしくお願いします。織曖さん」
俺は心に灯る豪炎を一旦奥底に押し込み、少しは笑って織曖さん言葉に答えた。その後、織曖さんは机の上に置かれる資料をチラリと見ながら言葉を発した。
「本当ならこれから細かい仕事の説明をするのだが、今は少しタイミングが悪い、だが今回はそれを利用するとしよう。私と朝雲はこれから、私の部下達の緊急会合の集合場所に向かう。そこで朝雲担当教育係の先輩を紹介しよう。ついて来てくれ」
「え?あっはい!」
俺は、捲し立ててこれからの行動を説明され、少し動揺しながらも反応し、すでに動き出していた織曖さんの後を追った。